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第三章:神に恩を売るための冒険をしてみる
第32話「疑惑とようじょ」
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勇者って言うのは一人で魔王を倒すものだと思っていた。
それが僕の思い込みで、幻想に過ぎないと知ったのはほんの数時間前。
一人の小狡そうな商人が、僕の幻想を粉々に砕いたのだ。
「まぁゲームでも小説でも、お供や仲間は連れて行くもんやろ」
「そう言われてみればそうだけど、『勇者とその仲間』じゃなくて『勇者が10人以上協力して』魔王と戦うって言うのは想像してなかったよ」
「あはは、MMORPGみたいね~」
「あ、そうか。そう考えると納得いく」
僕はマリアの説明に深く頷き、ファンテがメイドに運ばせてくれた生ハムでカマンベールチーズを包んだおつまみを一つ、口に放り込んだ。
今はもう23時。外は真っ暗で、本来なら僕も勉強を終えて眠りについている時間帯だった。
しかし今日はそうもいかない。千年王国に疎まれている僕たちが、今後どうするべきかの相談を早急にする必要があったのだ。
「……まぁそんな話はどうでもええねん。実際どうなんや? クリスティアーノやあっくんみたいにミレナリオの組織に素直に従ってる限り、問題は無いんちゃうんか?」
「いや~、元々が自分たちの権力を守るためって言うんならさ~、その権力レースのルールに組み込まれたあっくんみたいなのが、あちらさんにしたら一番邪魔なんじゃないかな~」
チコラの考えに少しの希望を見出した気分になった僕は、マリアの冷静な分析にがっくりと肩を落とした。
この世界から能力持ちの転移者を排除し、自分たちの既得権益を守ろうとする王族たち。
結局のところ彼らがどう考えて、どういう行動をとろうとしているのか、それが分からなければ、僕たちの取るべき対処方には選択肢が多すぎて、行動の指針すら決めることはできないのだ。
「やっぱり、クリスティアーノに相談してみるしかないんじゃないかな?」
「……あいつはやっぱ怪しいで。唯一の転移者として存在を認められとる訳やろ? なんや密約を交わしとる可能性が高い思うわ。ワイらのことかて一番最初に見つけた訳やし……」
「一番最初に見つけたから……なに?」
「うーん、野良転移者の掃除役……って可能性もあるわね~」
「せや、毒を制するには毒って話や、ようあるパターンやな」
考えたくはない。クリスティアーノは僕を友人と呼んでくれた。りんちゃんや僕らが不自由なく暮らしている、この生活の基盤だって彼が作り、分けてくれたものだ。
でも、確かに。
最初に出会ったあの日から、友として親しくしている今に至っても、未だに完全に拭い去ることのできない不安感が、クリスティアーノには纏わりついていた。
「じゃあ、やっぱりここを離れた方が……」
「それは早計じゃない?」
「せやなぁ。クリスティアーノが敵やと決まったわけでもないしなぁ」
「だって、早く何か手を打たなきゃ。りんちゃんの身の安全にかかわる話だよ?」
「……そうね~、じゃあまずはクリスティアーノにそれとなくカマをかけてみる……ってのはどう?」
「カマをかけるならあっくんやろ。死神の鎌の使い手だけにな」
「それ絶対に僕が一番不得意な役目じゃない!」
「あははっ。大丈夫よ~、あっくんなら出来るよ~」
笑いながら、マリアは音も無く席を立ち、ドアの前へ移動する。
そのまま間髪入れずドアを引くと、暗闇に包まれた廊下に、明かりも持たずに立っているファンテの姿が見えた。
「あれ~? ファンテってばそんな所でなにやってるのかな~?」
「……普段でしたらもうアマミオ様はお休みになるお時間ですので、それをお伝えに……。お話が盛り上がっておられるようでしたので、タイミングを計っておりました」
「明かりも持たないで?」
「私は小アルカナの兵士でございます。夜目が利きますので……」
「あ、うん分かったよファンテ。僕らは大事な話があるから、僕たちがこの部屋を出るまで誰も近づかないようにして。それから、今日のこの話はどこにも漏らさないように」
「かしこまりました。……失礼いたしました」
ファンテが半歩下がり、深々と頭を下げる。
マリアとチコラが僕の顔を見たけど、僕は小さく頭を振った。
ファンテが去り、マリアがドアを閉めると、チコラが秘匿の魔法を部屋に張り巡らす。
部屋に魔法元素が充満するのを待って、チコラが「もうええで」とテーブルに腰を下ろした。
「はは……すっかり忘れてたわ。アレはクリスティアーノの魔法の兵士だったわね。……昼間の一件があった時点で、もう向こうには気づかれてると考えた方がいいわね~」
「せやな。あっくんすまん。うかつやった」
「……いや、謝ることは無いし、クリスティアーノが……ファンテが敵だと決まったわけでもないよ。って言うか、僕はファンテを信じたい」
「甘いで」
「甘いわ」
即座にふたりに諌められ、僕は肩をすくめる。
僕たちの執事を務めることになってからずっと、ファンテは世事に疎い僕らの細々とした雑務を全て完璧にこなしてくれていたのだ。
特に僕が倒れたあの一件からあとは、こちらが働きすぎを心配するほどの獅子奮迅ぶりで、細かい気遣いをしてくれていた。
僕らのことを第一に考え、性格や好みまで把握してくれているあの働きが、単なる信頼を勝ち取るための手段だとは思いたくなかった。
「とにかく、明日にでもクリスティアーノに会うよ。もうバレてる事なら隠したって仕方がないじゃない? 全部話して、クリスティアーノの……友達の意見を聞いて、僕は今後のことを決めたいと思う」
「……あまり気は進まんけどな……あっくんがそうしたい言うならワイはかまわんで。いざとなったらワイの魔法がさく裂や!」
「あはは、いいねぇチコラ。じゃあ私も……戦いは苦手だけど……がんばるよ~」
2人は僕に笑顔をくれる。
ほんと、いい友達……素敵な家族だ。
でも、……いや、だからこそ僕は、2人に向かって断固とした決意を込めて口を開いた。
「明日は僕1人で行く」
「は?」
「え~?」
「……もしもーし! アホあっくん。聞こえるか~? あいつはお前1人で何とかなるような相手やないやろ? それはお前、死にに行くようなもんやで」
チコラが僕の頭に乗っかって、頭をこんこんとノックしながらそう言った。
マリアも口には出さないけど、同じように思っていることは明らかな表情をしている。
僕は頭の上から両手でチコラをテーブルの上に下ろして、2人に向かって頭を下げた。
「ごめん、クリスティアーノとは友達として、一対一で話をしたいんだ。僕はまだ彼もファンテも敵だと思いたくない。だから……行かせて」
「友達ならみんなで遊びに行ったってええやろ!」
「――僕がね、僕が、クリスティアーノたちを信じる気持ちはね、本当だよ。でも、その僕の……チコラは良く知ってるでしょ? 『アホなあっくん』のね、その気持ちのために、家族を……りんちゃんを危ない目に合わせたくない。だから、チコラにもマリアにも、ここに居てほしいんだ。りんちゃんや、ルカや、ルーチェを……いざと言うときには守ってほしい」
「それ結局危険やと思とるんやないか! 死にたがりか?!」
「ち……違うよ! 念のため……って言うのとも違うけど……あー、上手く説明できないけど、とにかく――」
「ちょいまち!」
僕の言い訳をチコラが遮る。
口をつぐんだ僕と何か言いたそうなマリアに静かにするように指を立てて指示をすると、チコラはそのままドアの前までふわふわと移動した。
思わず僕らも耳をそばだてる。
チコラが音声遮断の魔法じゃなくて秘匿の魔法を使ってくれていたから、僕らの声は表へ聞こえなくても、表の音は僕たちによく聞こえていた。
「……アクナレート! 私だ! 夜遅くにすまないが、大事な話がある」
「おやめください閣下。このような時間の訪問は失礼に当たります。……それから、奥の部屋には誰も通さぬよう、アマミオ男爵閣下より申し付かっておりますので」
「……それは私も含めての話か? ファンテ、貴様は私に『失礼だ、通すことはできない、帰れ』と、そう言っているのか?」
「私の現在の主人はアマミオ男爵閣下でございます。いかにクリスティアーノ子爵閣下と言えども、それは変わりません」
「……ふん、魔法兵士風情が」
ヤバい雰囲気を感じて、思わず僕は扉を開ける。
扉を抜ける前にチコラとマリアに向かって、りんちゃんやルカやルーチェの部屋を指差して、反論する隙も与えずに僕は玄関へと走った。
「アクナレート様……!」
玄関に到着した僕の見ている前で、ファンテの姿が消えてゆく。
小アルカナのカードが一枚、ふわりと床に落ちるその向こう側で、両手をパチンと打ち合わせたクリスティアーノが、壁に寄り掛かって笑顔を見せた。
「やぁアクナレート、こんな夜遅くにすまない。いろいろと忙しくてね、動けるようになるのを待っていたらこんな時間になってしまった。ところで……立ち話もなんだろう? ソファーのある部屋へ案内してもらえると助かるんだが」
まるで、何事も無かったかのように、ふと友達の家に遊びに来ただけとでも言った風に、クリスティアーノは壁に寄りかかったまま僕を見る。
僕は、床に落ちた小アルカナ――タロットカードの聖杯のカード――をじっと見つめていた。
もともとファンテはクリスティアーノの能力でカードから作り出された執事だ。彼がいつカードに戻そうが、それは彼の自由とも言えるだろう。
知識も経験も、どうやっているのかは分からないけどちゃんと蓄積されているようだし、あとでもう一度あのファンテを作り出してくれれば、その時点で何の問題も無く元通りと言うわけだ。
それでも、何か月も一緒に暮らしてきたファンテと言う一人の人間――そう、人間を、簡単に消したりするクリスティアーノの行為に、僕は少し……ほんの少しだけ苛立ちを感じていた。
「……アクナレート?」
「あ……ああ、うん。僕も丁度クリスティアーノに相談があったんだ。……それで、ファンテが居ないと困るんだけど、彼を元に戻してもらえないかな?」
「ああ、そうだな。小アルカナの一枚くらいお安い御用だ」
クリスティアーノの両手が水平にそろえられ、軽く90度、角度を変える。
その動きに引っ張られるようにして空中に浮かび上がった聖杯のカードは、その場で黒い服に身を包んだ灰色の髪の執事、小姓・聖杯へと姿を変えた。
「アクナレート様……申し訳ございませんでした」
「いいよ、それより僕らは密会の部屋に入る。飲み物だけ用意してくれるかな? それが終わったら、みんなと一緒に、今日はもう休んで」
「……かしこまりました」
密会の部屋。
この世界の貴族の屋敷には必ずある、狭くて窓の一つも無い、他の部屋から隔離された部屋。
魔法元素も精霊力もある程度遮断されたこの部屋のドアをファンテに開けてもらい、僕とクリスティアーノは小さなソファーに同時に腰かけた。
それが僕の思い込みで、幻想に過ぎないと知ったのはほんの数時間前。
一人の小狡そうな商人が、僕の幻想を粉々に砕いたのだ。
「まぁゲームでも小説でも、お供や仲間は連れて行くもんやろ」
「そう言われてみればそうだけど、『勇者とその仲間』じゃなくて『勇者が10人以上協力して』魔王と戦うって言うのは想像してなかったよ」
「あはは、MMORPGみたいね~」
「あ、そうか。そう考えると納得いく」
僕はマリアの説明に深く頷き、ファンテがメイドに運ばせてくれた生ハムでカマンベールチーズを包んだおつまみを一つ、口に放り込んだ。
今はもう23時。外は真っ暗で、本来なら僕も勉強を終えて眠りについている時間帯だった。
しかし今日はそうもいかない。千年王国に疎まれている僕たちが、今後どうするべきかの相談を早急にする必要があったのだ。
「……まぁそんな話はどうでもええねん。実際どうなんや? クリスティアーノやあっくんみたいにミレナリオの組織に素直に従ってる限り、問題は無いんちゃうんか?」
「いや~、元々が自分たちの権力を守るためって言うんならさ~、その権力レースのルールに組み込まれたあっくんみたいなのが、あちらさんにしたら一番邪魔なんじゃないかな~」
チコラの考えに少しの希望を見出した気分になった僕は、マリアの冷静な分析にがっくりと肩を落とした。
この世界から能力持ちの転移者を排除し、自分たちの既得権益を守ろうとする王族たち。
結局のところ彼らがどう考えて、どういう行動をとろうとしているのか、それが分からなければ、僕たちの取るべき対処方には選択肢が多すぎて、行動の指針すら決めることはできないのだ。
「やっぱり、クリスティアーノに相談してみるしかないんじゃないかな?」
「……あいつはやっぱ怪しいで。唯一の転移者として存在を認められとる訳やろ? なんや密約を交わしとる可能性が高い思うわ。ワイらのことかて一番最初に見つけた訳やし……」
「一番最初に見つけたから……なに?」
「うーん、野良転移者の掃除役……って可能性もあるわね~」
「せや、毒を制するには毒って話や、ようあるパターンやな」
考えたくはない。クリスティアーノは僕を友人と呼んでくれた。りんちゃんや僕らが不自由なく暮らしている、この生活の基盤だって彼が作り、分けてくれたものだ。
でも、確かに。
最初に出会ったあの日から、友として親しくしている今に至っても、未だに完全に拭い去ることのできない不安感が、クリスティアーノには纏わりついていた。
「じゃあ、やっぱりここを離れた方が……」
「それは早計じゃない?」
「せやなぁ。クリスティアーノが敵やと決まったわけでもないしなぁ」
「だって、早く何か手を打たなきゃ。りんちゃんの身の安全にかかわる話だよ?」
「……そうね~、じゃあまずはクリスティアーノにそれとなくカマをかけてみる……ってのはどう?」
「カマをかけるならあっくんやろ。死神の鎌の使い手だけにな」
「それ絶対に僕が一番不得意な役目じゃない!」
「あははっ。大丈夫よ~、あっくんなら出来るよ~」
笑いながら、マリアは音も無く席を立ち、ドアの前へ移動する。
そのまま間髪入れずドアを引くと、暗闇に包まれた廊下に、明かりも持たずに立っているファンテの姿が見えた。
「あれ~? ファンテってばそんな所でなにやってるのかな~?」
「……普段でしたらもうアマミオ様はお休みになるお時間ですので、それをお伝えに……。お話が盛り上がっておられるようでしたので、タイミングを計っておりました」
「明かりも持たないで?」
「私は小アルカナの兵士でございます。夜目が利きますので……」
「あ、うん分かったよファンテ。僕らは大事な話があるから、僕たちがこの部屋を出るまで誰も近づかないようにして。それから、今日のこの話はどこにも漏らさないように」
「かしこまりました。……失礼いたしました」
ファンテが半歩下がり、深々と頭を下げる。
マリアとチコラが僕の顔を見たけど、僕は小さく頭を振った。
ファンテが去り、マリアがドアを閉めると、チコラが秘匿の魔法を部屋に張り巡らす。
部屋に魔法元素が充満するのを待って、チコラが「もうええで」とテーブルに腰を下ろした。
「はは……すっかり忘れてたわ。アレはクリスティアーノの魔法の兵士だったわね。……昼間の一件があった時点で、もう向こうには気づかれてると考えた方がいいわね~」
「せやな。あっくんすまん。うかつやった」
「……いや、謝ることは無いし、クリスティアーノが……ファンテが敵だと決まったわけでもないよ。って言うか、僕はファンテを信じたい」
「甘いで」
「甘いわ」
即座にふたりに諌められ、僕は肩をすくめる。
僕たちの執事を務めることになってからずっと、ファンテは世事に疎い僕らの細々とした雑務を全て完璧にこなしてくれていたのだ。
特に僕が倒れたあの一件からあとは、こちらが働きすぎを心配するほどの獅子奮迅ぶりで、細かい気遣いをしてくれていた。
僕らのことを第一に考え、性格や好みまで把握してくれているあの働きが、単なる信頼を勝ち取るための手段だとは思いたくなかった。
「とにかく、明日にでもクリスティアーノに会うよ。もうバレてる事なら隠したって仕方がないじゃない? 全部話して、クリスティアーノの……友達の意見を聞いて、僕は今後のことを決めたいと思う」
「……あまり気は進まんけどな……あっくんがそうしたい言うならワイはかまわんで。いざとなったらワイの魔法がさく裂や!」
「あはは、いいねぇチコラ。じゃあ私も……戦いは苦手だけど……がんばるよ~」
2人は僕に笑顔をくれる。
ほんと、いい友達……素敵な家族だ。
でも、……いや、だからこそ僕は、2人に向かって断固とした決意を込めて口を開いた。
「明日は僕1人で行く」
「は?」
「え~?」
「……もしもーし! アホあっくん。聞こえるか~? あいつはお前1人で何とかなるような相手やないやろ? それはお前、死にに行くようなもんやで」
チコラが僕の頭に乗っかって、頭をこんこんとノックしながらそう言った。
マリアも口には出さないけど、同じように思っていることは明らかな表情をしている。
僕は頭の上から両手でチコラをテーブルの上に下ろして、2人に向かって頭を下げた。
「ごめん、クリスティアーノとは友達として、一対一で話をしたいんだ。僕はまだ彼もファンテも敵だと思いたくない。だから……行かせて」
「友達ならみんなで遊びに行ったってええやろ!」
「――僕がね、僕が、クリスティアーノたちを信じる気持ちはね、本当だよ。でも、その僕の……チコラは良く知ってるでしょ? 『アホなあっくん』のね、その気持ちのために、家族を……りんちゃんを危ない目に合わせたくない。だから、チコラにもマリアにも、ここに居てほしいんだ。りんちゃんや、ルカや、ルーチェを……いざと言うときには守ってほしい」
「それ結局危険やと思とるんやないか! 死にたがりか?!」
「ち……違うよ! 念のため……って言うのとも違うけど……あー、上手く説明できないけど、とにかく――」
「ちょいまち!」
僕の言い訳をチコラが遮る。
口をつぐんだ僕と何か言いたそうなマリアに静かにするように指を立てて指示をすると、チコラはそのままドアの前までふわふわと移動した。
思わず僕らも耳をそばだてる。
チコラが音声遮断の魔法じゃなくて秘匿の魔法を使ってくれていたから、僕らの声は表へ聞こえなくても、表の音は僕たちによく聞こえていた。
「……アクナレート! 私だ! 夜遅くにすまないが、大事な話がある」
「おやめください閣下。このような時間の訪問は失礼に当たります。……それから、奥の部屋には誰も通さぬよう、アマミオ男爵閣下より申し付かっておりますので」
「……それは私も含めての話か? ファンテ、貴様は私に『失礼だ、通すことはできない、帰れ』と、そう言っているのか?」
「私の現在の主人はアマミオ男爵閣下でございます。いかにクリスティアーノ子爵閣下と言えども、それは変わりません」
「……ふん、魔法兵士風情が」
ヤバい雰囲気を感じて、思わず僕は扉を開ける。
扉を抜ける前にチコラとマリアに向かって、りんちゃんやルカやルーチェの部屋を指差して、反論する隙も与えずに僕は玄関へと走った。
「アクナレート様……!」
玄関に到着した僕の見ている前で、ファンテの姿が消えてゆく。
小アルカナのカードが一枚、ふわりと床に落ちるその向こう側で、両手をパチンと打ち合わせたクリスティアーノが、壁に寄り掛かって笑顔を見せた。
「やぁアクナレート、こんな夜遅くにすまない。いろいろと忙しくてね、動けるようになるのを待っていたらこんな時間になってしまった。ところで……立ち話もなんだろう? ソファーのある部屋へ案内してもらえると助かるんだが」
まるで、何事も無かったかのように、ふと友達の家に遊びに来ただけとでも言った風に、クリスティアーノは壁に寄りかかったまま僕を見る。
僕は、床に落ちた小アルカナ――タロットカードの聖杯のカード――をじっと見つめていた。
もともとファンテはクリスティアーノの能力でカードから作り出された執事だ。彼がいつカードに戻そうが、それは彼の自由とも言えるだろう。
知識も経験も、どうやっているのかは分からないけどちゃんと蓄積されているようだし、あとでもう一度あのファンテを作り出してくれれば、その時点で何の問題も無く元通りと言うわけだ。
それでも、何か月も一緒に暮らしてきたファンテと言う一人の人間――そう、人間を、簡単に消したりするクリスティアーノの行為に、僕は少し……ほんの少しだけ苛立ちを感じていた。
「……アクナレート?」
「あ……ああ、うん。僕も丁度クリスティアーノに相談があったんだ。……それで、ファンテが居ないと困るんだけど、彼を元に戻してもらえないかな?」
「ああ、そうだな。小アルカナの一枚くらいお安い御用だ」
クリスティアーノの両手が水平にそろえられ、軽く90度、角度を変える。
その動きに引っ張られるようにして空中に浮かび上がった聖杯のカードは、その場で黒い服に身を包んだ灰色の髪の執事、小姓・聖杯へと姿を変えた。
「アクナレート様……申し訳ございませんでした」
「いいよ、それより僕らは密会の部屋に入る。飲み物だけ用意してくれるかな? それが終わったら、みんなと一緒に、今日はもう休んで」
「……かしこまりました」
密会の部屋。
この世界の貴族の屋敷には必ずある、狭くて窓の一つも無い、他の部屋から隔離された部屋。
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