転移世界のトラック神と、ひかれたようじょ

犬河内ねむ(旧:寝る犬)

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第四章:新しい街での暮らしが始まる

第47話「楽しい日常の終わりとようじょ」

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「おっしゃ! りん! ルカ! 行くぞ!」

「おー!」

「はい!」

 中庭から子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
 朝食の後、勉強を終えたりんちゃんたちは、本気で構ってくれるエドアルドとの遊びに夢中になっていた。

 子供たちと遊ぶのは楽しいけど、やっぱりかなり疲れる。
 昨日僕とあんな決闘を繰り広げたはずの彼の体力に、僕は内心舌を巻いた。

「げんきやなぁ」

「だねぇ」

 僕の部屋でハーブティを飲みながら、僕らは暖炉の前でくつろいでいる。
 こんな寒い日に外に出なくていいのは、ある意味ありがたかった。

 それでも、いつもなら「あっくんあそぼー!」と纏わりついてくるはずのりんちゃんが、一度も僕を呼びに来ないのは寂しい。
 りんちゃんやルカが夢中になるような遊びってどんなだろうと興味を引かれて、僕は窓を開けて中庭を覗きこんだ。

「とー!」

 気合と共に、りんちゃんが木の棒を振り回してエドアルドに襲い掛かる。
 エドアルドは少しだけ体をずらして木の棒を受け流し、りんちゃんの背中をぽんと押して彼女を吹き飛ばした。
 ごろんごろんと茶色い芝生の上を転がり、りんちゃんは枯葉の山に突っ込む。

「わはは! 俺様に勝とうなど百億光年早いわ!」

 僕が頭の中で光年は距離の単位だよとツッコんでいると、後ろからルカが棒を打ち下ろした。
 振り返りざまにそれをギリギリで受けたエドアルドは、「ほれ! ほれ!」と言いながらルカに剣戟を浴びせる。
 手加減はしているのだろうけど、その結構なスピードの棒を、片手に杖を突きながら、それでもちゃんと全部受けているルカの腕前に僕は目を見張った。

 しかし、10合目、エドアルドの棒がルカの棒を跳ね飛ばす。
 空中でくるくると回った棒は、ルカの背後の地面に「カラン」と乾いた音を立てて転がった。

「ぐはははは! 相手が悪かったなルカ! 正義の鉄拳をくらえぇぇ!」

 エドアルドは悪人丸出しの顔で、両足を肩幅以上に開き、真っ直ぐ上段に構えた棒を思いっきりルカに向かって振り下ろす。
 しかしその棒は、ルカの頭に当たることなく、空中でぴたりと止まった。

 残忍な笑顔に満ちていたエドアルドの顔が、見る見るうちに泣き顔になり、涙と鼻水と涎を垂らす。
 ぷるぷると震える彼の股間には、いつの間にか背後から振り上げられたりんちゃんの棒が、見ているだけで僕が内股になってしまうほど、恐ろしい角度でめり込んでいた。

「り……りん……」

 ぐらりと体を揺らし、振り返ったエドアルドの後頭部に、容赦のないルカの杖の一撃が見舞われる。
 だらんと垂れていた鼻水を「ぶっ!」と吹き飛ばし、エドアルドは地面に倒れた。

「ルカくん! やったぁー!」

「りんちゃん! やりました!」

 抱き合って喜ぶ2人。ぴくぴくと痙攣するエドアルド。慌てて駆け寄り、治癒魔法をかけるルーチェ。
 すぐに回復したエドアルドは「がぁ~! ふざけんなコラぁ!」と大声を上げると、りんちゃんとルカを両手に抱え、ぐるんぐるんと振り回した。

「きゃあ~あはははははは!」

「あぁっ! あはははははは!」

 上下に振り回されながら、なおかつ横回転。
 しばらくそのまま子供たちの楽しそうな悲鳴と共に回っていたエドアルドだったけど、さすがに30秒ほどぐるぐる回ると、フラフラになって3人で枯葉の山に突っ込んでいった。

「きゃ~!」

「あはは!」

「おえぇぇ! 地面てめぇ! ぐるぐる回るんじゃねェ! りん! ルカ! どこだコラァ!」

 それでもすかさず立ち上がって、子供たちを捕まえようとするエドアルド。
 彼のスタミナは無限か。
 きゃあきゃあ言いながら逃げるりんちゃんとルカを追いかけて庭中を駆け回ったエドアルドは、最後にルーチェに木の棒で足をひっかけられ、1人で地面に転がった。

「はいはい。もう危ない遊びはおしまいですよ」

「え~! ルーチェちゃん! りんちゃんもっと遊ぶ~」

「ボクも、もうちょっと……いえ、なんでもありません」

「いいですよ、遊んでても。……でも今日はザクロのジュースとシフォンケーキがあるんですよねぇ」

「え? りんちゃんケーキ食べる!!」

「あ、シフォンケーキ……好きです!」

「はい、食べたい人は手を洗ってくださ~い」

「は~い」

 なぜか地面に転がっていたエドアルドまで元気に返事をして、3人は庭の端にある手洗い場で手と足と顔を洗う。
 寒空の中、冷たい水で手足を洗うと言うただそれだけのことで、りんちゃんたちはまた楽しそうに笑っていた。

 僕は中庭に面した窓を閉じる。
 りんちゃんたちの声が遠くなり、ただ見ていただけのはずの僕は、一気に襲ってきた疲れに大きくため息をついた。

「なんや、ルーチェも仲良うやっとるみたいやないか」

 ドアの横で待機していたメイドさんにお茶のおかわりをお願いして、チコラは小さなクッキーを頬張る。
 僕もついでにお茶をお願いして、ソファに腰を下ろした。

「うん、ルーチェはもともと社交的だからね。ルールを守らない人が嫌いなだけだから、もう大丈夫だと思うよ」

 暖かいハーブティーが僕たちの前に置かれる。
 ポットにおかわり分のお茶が入ってるのを確認して、僕はメイドさんに下がってもらった。

 メイドさんがドアを閉めたのを確認して、僕はソファーに首までずり下がる。
 本当はメイドさんに居てもらった方が何かと便利なんだけど、こうやって心の底からのんびりしたい時には、やっぱり家族以外の人がそばにいるのはちょっと苦手だった。

 チコラはそんな僕のだらしない態度にも何も言わない。
 ただお茶を飲んで、小さくあくびをしただけだった。

 コッコッと、小さくノックの音がして、僕はすぐにソファに掛けなおす。
 この鋭い感じのノックはファンテだ、
 でも、いつもより音の間隔が少しだけ速い様に、僕には感じられた。

「開いとるで」

 チコラの返事と同時に、ドアが開く。
 予想通りに現れたファンテは、ドアを閉めるのももどかしそうに、僕らに向かってお辞儀をした。

「なんや、そないに慌てて」

「おくつろぎのところ申し訳ありません。クリスティアーノ様から連絡が入っております」

 僕とチコラはある種の予感に襲われて、ソファから立ち上がる。
 ファンテは、両手を固く握りしめ、僕たちを真っ直ぐに見つめて、それを告げた。

「ポルデローネが、災厄の魔王の眷属に襲われております」

 僕は思っていたより落ち着いてその言葉を聞き、壁の死神の鎌デスサイズを手に取ると、ドアを抜け、階段を駆け下りた。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 ついさっきまで子供たちが楽しげな声をあげていた中庭で、グリュプスが翼を広げて空を打つ。
 翼が巻き起こした風は、事情を報告するために使いを送ったら見送りに来てくれたアンジェリカのスカートをひるがえさせ、心配げに見つめるジョゼフの髪をなびかせた。

 馬車は勢いよく舞い上がり、僕らの家を一瞬で小さな模型のサイズにしてしまう。
 床に押し付けられるようなG、そして一瞬の浮遊感。僕らを乗せた馬車は雲の上で動きを止め、りんちゃんの号令と同時に、弾かれたように城塞都市ポルデローネを目指して飛んだ。

「……何度も言うけど、戦うのは僕とチコラ、あとファンテだけだからね」

 小一時間もかからずに、馬車はポルデローネに到着するだろう。
 僕は少しイライラした声で、みんなに確認を取った。

「俺様も戦った方がいいんじゃねぇか?」

「エドアルドにも手伝ってほしいのはやまやまだけど、今回はりんちゃんたちを守ってほしい。それに今は転移者が増えたことを千年王国ミレニアム側には知られない方が良いと思う」

「せやな。クリスティアーノの立場が揺らいどる今は、お前さんは出んほうがええ」

 馬車には僕、チコラ、りんちゃん、ルーチェ、ルカ、マリアステラ、ファンテ……そしてエドアルド、つまり家族が全員乗っていた。

 最初は僕とチコラ、そして連絡要員としてのファンテだけが討伐に向かうつもりだった。
 でも、グリュプスはりんちゃんの命令しか聞いてくれない。
 仕方なくりんちゃんが帯同することになり、必然的にりんちゃんを守ることが出来る人物も一緒に行くことになる。
 僕とチコラを除いて、今眷属に対抗できそうなのは、エドアルドしか居なかった。

 エドアルドとりんちゃんを2人だけにすることを不安に思ったマリアステラが同行を申し出る。
 それを承認すると、今度は戦闘が長引いた場合に、マリアステラがエドアルドと夜に2人きりになる可能性が出て、僕は慌ててルーチェにも同行を頼むことになった。

 そうなると、結局残るのはルカ一人になる。
 戦闘になれば一番役に立たないのは自分だと言う自覚があるルカは、歯を食いしばって「留守を守ります」と言ってくれたけど、僕はりんちゃんから離れないことを条件に、ルカの帯同も認めることにした。

 あんな悲しそうな顔を見せられたら、1人だけ置いていくなんて言えない。

 それは僕が決めた事だったけど、馬車の中の雰囲気が「みんなで眷属を倒そう!」と言う方向に盛り上がり始めたのを見て、慌てて諌める形になったのだ。

「……そういうことだから、僕とチコラだけが戦う。みんなは僕らを下ろしたら眷属の手が届かない上空で待機してて」

「眷属って、お前らだけで倒せんのかよ?」

「……前回は、僕とチコラだけで倒すことが出来たよ。転移者とまではいかなくても、ファンテを含めて56枚の小アルカナの兵士が助力をしてくれる手はずになってるんだ。大丈夫だよ。だから、エドアルド、馬車の中のみんなのことはキミに任せる」

「あぁ、……あっくんがそういうならよ、まぁ任せとけ」

 前回の眷属を僕たち2人だけで倒せたのは嘘じゃない。でもあれは言ってみれば捨て身の攻撃による相撃ちに近い。
 それはみんな分かっていたけど、今は僕の言葉を信じて従ってくれていた。

「アクナレート様。ポルデローネが見えました」

「りんちゃん、ぐりりんに地上に降りるよう言ったってや」

 りんちゃんの号令で、馬車が滑るように街道へと降りる。
 一部に炎が上がっているものの、思ったより静かなポルデローネを眺めつつ、僕とファンテは同時に地面に降り立ち、デスサイズを構え直した僕の頭にはチコラがふわりと着地した。

「負けんじゃねぇぞ!」

「うん、ありがとう」

 エドアルドの激に答えて、振り向いた僕は差し出された拳に自分の拳をぶつける。
 にやりと笑って「よっしゃ! 待機だ!」と叫ぶエドアルドの後ろから、りんちゃんがひょいっと顔を出した。
 一度口を開きかけ、唇をかんだりんちゃんは、にぱっといつもの笑顔をくれる。

「あっくん! おしごとがんばってね!」

 りんちゃんの笑顔に力をもらった僕は、羽ばたくグリュプスの馬車に背を向け「いってきます!」と駆け出した。
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