ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~永遠の少女と最強機械~

犬河内ねむ(旧:寝る犬)

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1.01〈初級クエスト〉

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 淡い緑色の絨毯が敷き詰められたかのような広大な牧草地を、風がなでていた。
 緑色の台地はなだらかに下り、木立の向こうにある岬を境に穏やかな海へとつながっている。
 空には白い海鳥が舞い、背景の濃い藍色との美しいコントラストを見せていた。

 牧歌的なその風景の中に、一人の男が立ちつくしている。
 両足に均等に体重を乗せ、両手はだらんと下ろし、まっすぐ正面を見つめるその眼は数秒に一度、規則的な瞬きをしていた。
 中肉中背、風に揺れる髪は瞳と同じ濃い黒。
 それ以外に説明が出来ないような、ありふれた姿のその男の周囲に、突然半透明の窓がいくつも浮かび上がった。

 小気味良い電子音と共に、そのウィンドウには大量の文字情報が目にも止まらぬ速さで流れる。
 何の操作をした様子もないままいくつかの選択項目が指定され、その男の手には竜の装飾が施された剣が現れる。持ち上げられた逆の手からは、無表情のまま紡がれる呪文と共に強化の魔法の光が広がった。

詠唱加速チャント・アクセラレーション
斬撃強化エクストラ・スラッシュ
光刃ライト・セイバー
加速インクレディブル・スピード
強度倍加ダブルアップ
偽装伏撃アンブッシュ・ゾーン
千刃サウザン・リッパー

 まるで倍速再生しているかのような呪文が正確に張り巡らされ、男の体と剣を幾重いくえもの光が包む。
 その間わずか3秒。

 全ての準備が整ったその男の姿はその場から掻き消され、頭上に浮かび上がった地図マップに点灯する赤い光点の位置へと瞬間移動した。

 男の姿が現れたのは草原と森の交わる場所。
 その場に居たのは黒い角の生えた巨大な爬虫類を駆る、板金鎧フルプレートを纏った戦士が10騎。
 パイプと歯車を組み合わせたような独特の文字で[竜騎兵ドラゴンライダー LV55 HP8,100]と言う説明書きが、多少のノイズを纏い、雨に濡れた電線のような音を発しながらも、それぞれの頭上に浮かび上がっていた。

 竜騎兵の背後に現れた男は追い越しざまに、竜の装飾を施された剣[レアリティ8]竜殺剣ドラゴンスレイヤーを無言で振りぬく。

 [999,999,999]

 ありえない桁数の数字が、少し湿った効果音と共に相手に与えたダメージを表す赤い文字で浮かび上がり、竜騎兵は光の渦となって消え去った。
 入れ替わりにその場に現れた光り輝く三角フラスコと金貨のマークが男に吸い込まれると、男は何の感情もあらわさないまま次の竜騎兵へと飛び掛かる。

 [999,999,999]
 [999,999,999]
 ……

 計10回。同じことを繰り返した男はまたその場から消え去り、元の場所に現れると装備をすべて解除した。

 風と海鳥の声だけが聞こえる中、男の周りに浮かんでは消えていたウィンドウもやがて無くなり、その後には、また男だけが静かにたたずんでいた。


 ◇  ◇  ◇


 タウン・オブ・ウェストエンド。

 黄銅のパイプが縦横に走る煤けたビルと、高温の蒸気で軋む巨大な歯車が噛み合っているこの街の風景は、独特なこのゲームの世界感を端的に表している。
 喧騒に包まれたこの街の中央広場にある大噴水、通称[命の噴水]の前に光と共に立ち上がった少女は、頭上の[戦士]ゼノビア LV12と言う文字をちらりと見上げると、鮮やかな赤色のポニーテールをふわりと揺らして一呼吸おいた後、もう我慢できないとでも言った様子でその可愛らしい髪を掻き毟った。

「あ〜〜〜〜〜!! もう! なんで即時蘇生リザレクション誰も使えないのよ?!」

「静かにしなさい萌花もえか。周りに迷惑よ。それに私たちはまだ低レベルなんだから、そんなに文句を言うなら[復活のロザリオ]でも課金しておいたらどうかしら?」

 同様に隣に立ち上がった、頭上に[魔術師]シャミラム LV11と言う文字を浮かべた背の高い少女は、空中に呼び出した半透明のウィンドウでデス・ペナルティの時間を確認しながら、顔にかぶさった青いロングヘアーを耳にかけ、メガネの位置を直す。
 さらにその横に[狙撃手]キャナリー LV11と言う文字とともにふらふらと立ち上がった小柄な少女は、げっそりとした顔でメガネの少女の背中に寄りかかった。

「ふぇぇ……さっちゃ〜ん。もえちゃんの暴走なんとかしないと、いつまでたっても先に進めませんよぉ」

 ゆっくりと消えてゆく頭上の表示に合わせるようにして、ふわふわの淡い緑色の髪の少女はずるずると背中を滑り落ち、涙目でため息をつく。
 萌花と呼ばれた赤髪の少女は間髪をいれずに言い返した。

「ムキー! うっさい! 早苗も芽衣めいも萌花って呼ぶな! 私はGFOジー・エフ・オーの中では[戦士]ゼノビアなんだからね!」

 萌花は低レベルの戦士の標準装備である[レアレティ2]ブロードソードを握ったままぶんぶんと両手を振り回し、早苗たちは「あぶなっ」と声を上げて頭をかすめる剣から身を引く。
 その瞬間、萌花の頭上に赤銅色のバツ印が表示され、彼女は突然力が抜けたように膝から崩れ落ちた。

「……はぁ、バカねぇ萌花、デスペナに加えてシンペナまで受ける必要はないでしょう? そんな状態だと今日はゲームにならないじゃない」

「デス・ペナルティは30分ですけど、迷惑行為シン・ペナルティは3時間ですからねぇ」

 デス・ペナルティで全てのステータスが30%減り、更にシン・ペナルティで50%減った萌花の力では、鉄板を繋ぎ合せた鎧[レアリティ2]ブリガンティは重すぎた。
 立ち上がることも出来ないままメニューを操作し、重い装備をすべて解除した萌花は、光の集まるエフェクトと共に身軽なワンピースに着替えると、鼻息も荒く立ち上がる。
 そのまま呆れ顔でこちらを見ている友人たちへ顔を向け、周りから向けられる好奇の目に気付くと、見る見るうちに赤く染まった顔をうつむかせたまま、両腕を大きく広げてガッチリと友人たちを両脇に抱え込んだ。

「……ごめん、またやった」

 萌花はカッとしやすい性格だ。
 リアルでも友達である早苗や芽衣にはいつも迷惑をかけていると言う自覚もある。
 それが分かっていても、この完全没入型フルイマーシブMMO『ギャラクシー・ファンタジア・オンライン』の中では特に、誰かが傷つくのを放ってはおけなかった。
 今日だってNPCが喰人鬼オーガに襲われそうになっているのを見てしまった彼女は、オーガの頭上にLV24と言う自分の倍の数字が表示されているのが分かっていても、助けに入るのを躊躇しなかったのだ。
 フルパーティの5人でもない、たった3人の初心者が倍のレベルのオーガに勝てる訳もなく、彼女たちはホームタウンへとする羽目になった訳だが、その間にうまく逃げたNPCの事を考えれば、萌花の心は晴れやかなものだった。

 そんな萌花の性格をよく分かっている早苗も芽衣も、自分たちが彼女のせいでしまったことにも、別段怒っているわけではない。
 たとえ五感全てが現実と同じように感じられる完全没入型フルイマーシブMMOではあっても、何しろここは所詮ゲームの中の世界である。ゲームに命を懸けている所謂「廃人」でもない彼女たちにとって、本当に死んでしまう訳でもないそれは「しょうがないなぁ」で済むレベルの話だったのだ。

「うん、もえちゃん大丈夫。GFOの楽しみは冒険だけじゃないですから、今日はゆっくり服でも見に行きましょうか」

「……そうね、ウィークリークエストの期限は明後日までだし、土日になれば同じマップに来る人も増えて野良パーティーも出来るわ。確かに芽衣の言うとおり、今3人で無理にクエストを進める必然性もないわね」

 すぐにちゃんと反省して自分の悪かったところを謝れるのが萌花の良いところだと彼女たちには分かっている。その反省が次回にあまり生かされないのは困ったものだが、その分、他人の過ちにも寛容な萌花を早苗も芽衣も親友だと思っていた。
 3人寄り添うようにしてその場から離れながら、早苗と芽衣は萌花を励ます。
 単純な萌花はすぐに立ち直ったが、早苗たちの励ましは思った以上に彼女を奮い立たせてしまったようだった。

 萌花は無言でウィンドウを開くといくつかのメニューをポンポンと選択して行く。

「ちょっと萌花、何をしているの?」

「もえちゃんどうかしたんですかぁ?」

 不思議そうに萌花のウィンドウを覗き込む二人にドヤ顔で振り返ると、萌花は最後の確認ボタンを選択してウィンドウを閉じた。

「ふふふ……やったわ。ついに……課金したわ!」

 興奮気味に別のウィンドウを開き、空中にずらりと並んだアイテムの中から[贖罪しょくざいのバラ]と[復活の卵イースターエッグ]をガシッガシッと取り出す。
 躊躇なくそれぞれを空中に放り投げると、萌花の体は一瞬だけ赤と黄色の光の輪に包まれた。

 課金アイテム[贖罪のバラ]は、迷惑行為のペナルティを3時間短縮する。同じく課金アイテムの[イースターエッグ]は、デスペナルティを最大2時間短縮する。
 基本料金無料のこのゲームの中では、即時復活アイテム[復活のロザリオ]と共にメジャーな課金アイテムの一つだった。

「ねぇ、5個120円のイースターエッグはともかく、贖罪のバラって500円よね? 私には今わざわざそれを買う必然性が全然見えないのだけど」

「早苗うっさい! いいじゃない! 今日はお小遣いもらったばかりだし、もっとゲームしたい気分なの!」

「それはいいですけど……でも500円って言えば甘城屋あまぎやの小倉ティラミスクレープセット1個分ですよぉ?」

 早苗の意見には堂々と反論した萌花だったが、芽衣の言葉にはグッと言葉を詰まらせる。今更ながら後悔にプルプルと震える彼女の肩にポンと手を乗せ、早苗は笑いをかみ殺した。

「まぁたまにはいいかもしれないわね。さぁさぁ、せっかく小倉ティラミスクレープセット1個分の課金してまでペナルティを短縮したんだから、早速冒険に出発するわよ」

「う……うん、そうだね」

「……ところで芽衣、私もお小遣いもらったばかりだから、明日甘城屋に行こうか?」

「いいですねぇ!」

 元気よく返事をした芽衣は、半泣きとも半笑いとも取れる何とも言えない顔をしている萌花を見て「あ。……ふぇぇ」と視線を宙に泳がせる。
 そんな二人を見比べてちょっと意地悪な笑顔を浮かべた早苗は、「萌花も行く?」と畳み掛けた。
 今、萌花の頭の中ではものすごいスピードでお金の計算がされているのだろう。顔を汗だらけにして、ぐるぐると目を渦巻かせながら「う〜んう〜ん」とうなる彼女を見て、ついに我慢しきれなくなった早苗は大きく噴き出した。

「……ぷっ! いいわ萌花。今から暴走しないでウィークリークエストをクリアできたら、甘城屋の小倉ティラミスクレープセットを奢ってあげる。がんばりなさい」

「わぁ! もえちゃん、よかったですねぇ!」

「うう……ありがとう早苗。私頑張るよ……」

 3人は消費アイテムの補充をすると、ウェストエンドの街の西にある岬の洞窟を目指す。
 そこには推奨レベル10レベルの初級クエストのボスが居り、フルパーティーではない3人でも、入念な準備さえすればなんとかクリアできる程度の簡単な冒険が楽しめる……予定だった。
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