イエナリショウヤの事件簿

犬河内ねむ(旧:寝る犬)

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木賊色(とくさいろ)の研究

木賊色(とくさいろ)の研究 最終話

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「こらお前ら、いつまで残ってる! 学校に用事のないものはすぐに帰りなさい!」

「は、はーい!」

 7人で机を囲み、コーヒーフィルターに広がってゆく虹色を見つめていた私たちは、突然現れた先生の声に文字通り飛び上がった。
 ショウヤくんは実験器具を背中に隠し、短冊をひとまとめにしてクシャッと握る。
 その瞬間『理科のノート事件』の真相は、闇の中へと葬られた。

「わかったら気をつけて帰れよー」

「はーい」

 先生が居なくなると、ショウヤくんは手に握った短冊へ視線を落とす。
 ちらりと私を見て、ちょっと難しい顔をしたショウヤくんは、それをゴミ箱へぽんと捨てた。
 袋に入れられていたペンを取りだして、それぞれの持ち主に黙って返す。
 最後の一本を井伏くんに返すと、大きく両手を上げて伸びをした。

「うーん! 面白かった!」

「なによ! 結局犯人はわからなかったじゃない!」

 アイリちゃんが腰に手を当ててため息をつく。それでも、その顔は怒っていなかった。
 私も、別に犯人が誰なのか知りたかった訳じゃない。
 どうしてこんな事をしたのかはちょっと知りたかったけど、推理小説の名探偵みたいな捜査を出来ただけで、私は満足だった。

「うん、みんな私のために残ってもらってごめんなさい。……私、もうぜんぜん気にしてないから」

「……シオンがそう言うなら……いいけどさ」

「うん、アイリちゃんありがとう。……それから、ショウヤくんも……ありがとう!」

「まったく、時間の無駄だったわ! 面白かったけど」

「俺も、面白かったからいいけどさ」

 笑った私に釣られるように、工藤さんはペンを筆入れに片づけながら笑い、普段はショウヤくんとは遊んでいない寺崎くんも、ショウヤくんと肩を組んで笑う。
 こうして、名探偵による事件の捜査は終わりになった。

 ◇ ◇ ◇

「じゃあシオン、わたし帰るけど、もう気にしないようにね」

 帰り道。
 アイリちゃんは最後まで私を気遣ってくれた。

「うん。ほんとにもう大丈夫ですよ」

 笑って手を振り、一人の道を歩く。
 結局犯人は分からなかったけど、今日の捜査はすごく楽しかった。

 そんなことを考えている私に、背中から「藤村」と声がかけられた。
 振り返るとそこには、黒いランドセルを背負ったショウヤくんと、一緒に残ってくれた4人の中の一人、私の隣の席の井伏いぶせくんが立っている。
 ショウヤくんが肘でつつくと、井伏くんは目をそらしたまま一歩前へ出た。

「藤村……ごめん」

「え? ……あ……うん」

 その一言で全てわかった私は、そう言ってやっぱり笑う。
 その後も何か言いたそうにしていた井伏くんは、結局最後にもう一度「ごめん」とだけ言うと、くるっと後ろを向いて走っていった。

 残された私は、ショウヤくんを見る。
 証拠の短冊をくしゃっと握ったあの時、ショウヤくんにはもう犯人が分かっていたんだと思う。
 犯人を決めてしまったら、友達を一人失うことになるかもしれない。
 私は勝手にショウヤくんがそう考えて、犯人を隠してくれたのだと思ってた。
 でも、だとしたら……最後までかくしておいてほしかった。

「そっかぁ……私、井伏くんに嫌われてたんですね」

 井伏くんはよく話しかけてくれるし、男子の中では仲のいい方だと勝手に勘違いしていた私は、ちょっと悲しくなってそうつぶやく。
 それを聞いたショウヤくんが、不思議そうに私の顔を覗き込んだ。

「言っとくけど、あれ書いたの井伏じゃないよ」

「え?」

「僕の推理だと、あれは井伏の彼女が書いたんじゃないかな。井伏が書いたのはその下の字だ」

「下の……字?」

 私はランドセルの中から理科のノートを取り出す。
 下の字ってどれのことだろう?
 目を凝らしてみてみたけど、あの『ダメ』の文字の周りには他の文字は見当たらなかった。

 そんな私を見ていたショウヤくんは、ペンケースの中からシャープペンを取り出すと、ノートを1枚めくる。
 ところどころビリジアンのペンが滲んでいる下の紙を撫でるようにシャープペンでこすると、そこには『つきあって』という文字が浮かび上がった。

「……井伏は藤村さんのこと好きなんだ。でも彼女いるんだよね。ダメなやつだ」

 顔を赤くしてその文字を見ている私に向かって、ショウヤくんは腕組みをして唇を尖らせる。

「井伏は最後までシラをきろうとしたけど、ほら、ビリジアンの端っこに指紋が残ってるでしょ? それで問い詰めたらやっと白状してさ。井伏に告白されたなんて噂になったら藤村さんも嫌だろうから、こっそり本人にだけは謝ることを約束させたんだ」

「えっと……指紋……ってそんなに簡単に取れるんですか?」

 顔を赤くしたまま、深く物事を考えられなくなった私は、反射的にそんな質問をしてしまう。
 ショウヤくんはメガネの端を小さく持ち上げて、さも当たり前のように説明してくれた。

「うん、簡単だよ。本当はアルミの粉がいいんだけど、学校ならチョークの粉があるから、それを指に付けてセロハンテープに写し取れば……」

 自分から質問したのに、うわの空でその説明を聞きながら、私は顔を赤くしたまま俯いていた。
 井伏くんは、私に付き合ってほしいって思ってたんだ。
 別に井伏くんのことが好きと言うわけじゃない。それでも、男の子から付き合ってほしいって言われるのは、やっぱりうれしいし、少し恥ずかしかった。

 指紋の取り方を説明していたショウヤくんは、私の様子に気づく。
 彼は「井伏ほんとダメなやつだよ。ダメダメ。ほんっと絶対ダメ」と何度も繰り返し、念を押した。

「……確かにダメなことはしたかもしれないですけど、そんなに言わなくても……」

「なに? 藤村さんはあんなことする男が好きなの?」

「そうじゃないですけど……」

「ダメだよダメ! 僕なら――」

 言いかけて、ショウヤくんは口を閉じる。
 顔を上げた私の目に、眩しい夕日と同じくらい赤い顔のショウヤくんが見えた。

「あ……あの……ショウヤくん、なんですか? ……僕ならって」

 ショウヤくんの喉がゴクリと音を立てる。
 私はさっきよりももっと赤い顔で、いつも気になるその変わったクラスメイトを見つめた。

「ぼ……僕なら。……あー、結構面白かったし、いつでも犯人探しに付き合ってあげるよ。藤村さんの――」

「――シオンでいいですよ」

「……うん、シオンの頼みなら、いつでもね」

 ショウヤくんはそう言ってメガネを直すと、くるりと振り返って走り去る。
 私はドキドキと騒がしく跳ねる心臓を押さえて、名探偵の後ろ姿をずっと一人で眺めていた。

――終
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