【完結済み】私達はあなたを決して許しません

21

　わたしは、かつて王国の誇り高き令嬢と呼ばれていた。名はアリサ。美しい金髪と青い目、優雅な振る舞いは、どんな舞踏会においても人々の視線を集めていた。しかし、運命は残酷だった。婚約者である王子リュートによって、心の底から愛していたはずの彼に、婚約を破棄されてしまったのだ。



「申し訳ない、アリサ。だが、他に愛する人ができた。」



彼の言葉は、まるで冷たい刃物のように私の心を切り裂いた。彼の目には、もう私の姿は映っていなかった。急速に冷めていく彼の視線から、かつての愛の温もりは消え去り、ただひたすらに悲しみだけが私を包んだ。



それからというもの、私は心に深い闇を抱え、日々を過ごしていた。身分に見合わないほどの悲しみに沈み、次第に人々の噂の的となっていく。かつての華やかな社交界では、私の名が囁かれていた。優雅なドレスは、今や哀しみの象徴と化していた。



「アリサ、どうしたの？ いつも明るかったのに。」



友人たちの心配そうな声が耳に入るが、私の心はすでに冷たく、彼女たちの言葉はまるで遠くの響きのようだった。私の心には復讐の念が芽生え始めていた。愛した人に裏切られた私の心は、もはや過去の美しさなど求めてはいなかった。



ある夜、私は決心した。リュート王子に復讐することを。彼の心を持つ者、彼が愛する者を奪うことで、彼に私の苦しみを思い知ってもらおうと思ったのだ。



そのために、私は古い噂を思い出した。遠い森の奥深くに存在する「呪いの井戸」。そこに潜む存在は、心の闇を引き出し、復讐を助けると言われていた。私は、恐れを振り払い、早朝の薄暗い中で森へと向かった。



森の中は静寂に包まれていた。冷たい風が木々を揺らし、何かが私を見つめているような不気味な感覚がした。心臓が高鳴る中、私は井戸にたどり着いた。古びた石造りの井戸は、周囲を苔が覆い尽くし、まるで過去の記憶を語るかのように佇んでいた。



「どうか、私に力を与えてください。」



私は井戸の前でひざまずき、心の底から願った。すると、冷たい水面が波紋を立て、何かが目覚める感覚がした。背筋が氷のように冷え、恐れと興奮が入り混じった。そこから私の声が響いた。



「復讐のために力を求めるのか？」



その声は、まるで井戸の中から直接聞こえてくるようだった。私は思わず身を震わせたが、心の中の復讐の炎が私を突き動かした。



「はい、王子を苦しめる力をください。」



その瞬間、井戸から出た水の一滴が私の指先に触れ、冷たい感覚が全身を駆け巡った。力を得た私は、今までの無力さから解放されるように感じ、急速に心の奥底にたぎる復讐の炎が燃え上がった。



時が経ち、私は王子の愛する者、彼の新たな婚約者を狙うことにした。彼女の名はリリス、美しい黒髪と柔らかな肌を持つ、どこか神秘的な雰囲気を纏った少女だった。王子の心を掴むには、彼女に近づくのが一番だと決めた。



リリスの周囲に自然に溶け込むため、私は彼女に近づくことにした。優しい笑顔を浮かべ、彼女と友人となることで、彼女の心に浸透していった。彼女の明るい性格と柔らかな声は、私に復讐の甘美な快感を思い起こさせた。



しかし、次第に私は彼女との友情に心を奪われていった。彼女は無邪気で、どこか憎めない存在であった。しかし、復讐の炎は消えず、私の心は二つに引き裂かれていった。リリスを愛する心と、王子に復讐したい心が常に対立していた。



ある満月の夜、私は決心した。呪いの井戸からもらった力を使い、リリスを王子から引き離すことにした。王子に彼女の秘密を暴露し、彼の心を打ち砕くことができれば、私の復讐は成功するはずだ。



私は、その晩、王子の宮殿に忍び込んだ。彼女の秘密を暴露するための証拠を探すため、静かに夜の闇に紛れた。心は高鳴り、その瞬間が訪れることを待ちわびていた。



だが、そこで目にしたのは、驚くべき光景だった。王子はリリスと共に、幸せそうに笑い合っていた。彼女の目の中には、確かな愛が宿っていた。私は、その瞬間、何かが変わった。復讐の念は、いつの間にか彼女への友情に変わってしまっていたのだ。



私の心には悲しみと後悔が渦巻いていた。復讐を果たすことが、果たして本当に私の望みなのか。彼女を傷つけることは、私自身をも傷つけることに他ならない。私が求めていたのは、王子の愛ではなく、彼に愛された後の幸福だったのだ。



その晩、私は決心した。復讐をやめることにしたのだ。リリスに心からの謝罪をすることを決意し、彼女を傷つけたくないと心から思った。



ところが、その瞬間、私の心に不気味な感覚が走った。井戸の声が再び響いている。私はその声に囚われ、逃げることができなかった。



「復讐をやめるつもりか？ それでは、代償を払わねばならない。」



その言葉が頭の中でループし、恐怖が私を包み込んだ。井戸の力を借りることにしたその代償が、今、私に迫っていたのだ。



リリスの元に戻ろうとしたが、身体が言うことを聞かない。私は彼女に近づくことを拒まれ、闇の中に引きずり込まれていくのを感じた。彼女の眼差しは、私を求めていたが、私はその手を掴むことができなかった。



「アリサ、どうしたの？」



彼女の声が遠くに聞こえ、私の心を引き裂く。私は、井戸の力に飲み込まれ、暗闇の中で苦しみ続けることになった。復讐の道を選んだ代償は、私自身の心を奪うことであった。私の存在は、いつの間にか消え去ってしまった。



時が経ち、王国にはアリサの名はもはや語られなくなった。彼女の復讐の物語は伝説として語り継がれることはなかった。井戸の力によって、彼女はその存在を消されてしまったからだ。



しかし、森の奥深くにある呪いの井戸は静かに佇み、次なる復讐者を待っているのだった。私の心は、今もその井戸の中でさまよい続けている。