強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

進展

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「シュワルツェ、ちょっといいか」

討伐の翌々日、ロゼが楽しみにしていた昼休憩の時間を告げる鐘が鳴り響いた時だった。
第一隊の執務室の中で午前の業務を終えたロゼは、隣の隊長室からこちらの部屋に来たらしいリデナスに声を掛けられる。ロゼが席から立ち上がる際、リデナスが近くに机を構えているゼルドに目配せをしたのを見るに、恐らくは例の組織の話なのだろう、と考えた。

廊下に出ると、そこにはいつもより幾分か真面目な顔をしたシュデルが、足を組む形で壁に寄りかかっていた。

「何か、進展が?」

執務室の扉を閉めた途端にシュデルにそう話しかけるゼルドを見て、質問の意図が分からずロゼは首を傾げたが、シュデルにはそれで通じたようで、こくりと頷いて見せる。

「ロゼちゃんには初めて言うかな。先日の討伐でね、狂化していた数体の大怪鳥ルフがいたでしょ?そのうち一体の一部を持ち帰って色々調べていたんだ」

隊長執務室に入った後、シュデルがそう切り出した。その言葉に、ロゼは先程のゼルドの問いが調査の結果を促すものであったことに納得し、それと同時にひとつの疑問を抱いた。だがその疑問は、次に告げられたシュデルの言葉によって納得へと導かれる。

「今までの討伐で狂化した魔物を討伐したことは幾度もあったけど、解剖用に持ち帰ってもその個体に変化をもたらした原因は分からなかった。でも、先日ロードが討伐した個体の一部から、ある反応が出たんだ」
「――もしかして、ロードさんが神力を使わずに倒した大怪鳥ルフから、ですか?」
「……そう、よく分かったね。狂化した魔物は上位種が多くて、神力を使わないで倒すことなんて本当は有り得ないからね。あれだけ微弱な神力の反応だったから、今までの個体は致命傷を与えた御使いの神力の残滓が邪魔をして、感知できなかったんだと思う。まあ、ゼルドのお陰で今回それは解決した訳だけども。……ほんとに、神力を使わずに倒すなんて、こいつくらいなもんだよ……」

説明している途中から遠い目をし始めたシュデルに、ロゼは苦笑で返すしかなかった。

ロゼたちのような御使いは、訓練で体が鍛えられているとはいえ、元は潜在的に有する神力が強いことが理由で御使いになれた者たちだ。親からの遺伝か、突然変異的に発生した強い力か。割と不規則に産まれる御使いの資質を有する人間は、必ずしも体格に恵まれている訳では無い。ロゼのように小柄な御使いもいるし、鍛えても細身だったり、筋肉がつきにくい者だって当然いる。
その中でも、やはりゼルドは異質だった。火神の子孫の国カルファで、父方であるロード家の長男として産まれた彼は父親の性質を濃く受け継ぎ、長身が特徴のロード家の中でもゼルドはずば抜けて体格が良く、それは彼の父親をも超えるほどだった。それに加えて母方の祖父、つまり現聖師長の血のせいか、隔世遺伝とも言うべきか。ゼルドは強大な神力をその身に宿し、討伐においては圧倒的な戦闘力をもってその場を蹂躙することで同僚たちからは恐れられていた。
そんな彼が、神力を用いずに魔物の上位種を倒したとしても何ら不思議はなく、それを聞いても誰も疑問に思わないだろう。


「それで結果は」

当の人間扱いされていない本人は、向けられた視線を気にした風でもなく、先程と同じように無表情で結果を催促する。

呆れた様子のシュデルは、彼の横に立つリデナスに一度目を向けて、そして視線をロゼとゼルドに戻した。

「……分かっていると思うけど、僕のような公的な研究所に属していない者がこの件を任されたのは、情報が漏れないようにという第一聖師団長様の配慮だ。だから、このことを誰かに伝えたりしてはいけない」

当然のことだと、ロゼは強く頷く。
神殿内部に内通者がいる可能性がある限り、慎重に行動するに越したことはないのだ。


「――反応が出たのはゼルドが予想していた通り、呼吸器官と頭部、脳の部分だ。鼻の粘膜と喉の内側に微量な反応を示す粒子が付着していたから、空気中からその粒子を取り入れて神経を通じ、脳に作用したんだろう。……でも、その粒子が問題だった」

言葉を選びながらやけに慎重に話すシュデルに、ロゼは緊張感を覚える。普段の彼の気の抜けた姿を知っているのだから、それはなおさらだった。

「その粒子が人為的に作られたものであることはすぐに分かったんだ。でもその作り変えられる前のもの、恐らくは狂化を引き起こした要因となるものが何かわからなかった。……そこで、ある文献をふと思い出したんだ。……ゼルド、お前は”魔素”がどこからくるものだと思う?」

急に投げかけられた予想外の質問に、ゼルドは一瞬訝しむような顔をしたが、腕を組んだ状態のまま答えた。

「魔素には、まだ謎が多い。その源が何であるかについては多くの学説がある。……だが、前に一度ある学説を、お前の研究室の棚にあった文献で読んだことがあった」

恐らくはシュデルの言おうとしている文献と、同じものなのだろう。ゼルドの言葉を聞いたシュデルは小さく頷き、ゼルドに続きを促した。

「……野生の動物が体内に神力を取り込み、そしてそれを魔素に変換すると、そう書いてあったと記憶している」
「――そう。そしてその文献の本題はそこではなく、続きにあった。魔物が、その魔物よりも上位の神力に対してどのような反応をするのか、ってね。文献を書いた学者が生きていた時代には魔物に対しての倫理観なんて求められていなかったから、非公認で魔物を実験体にすることには抵抗もなかったんだろう。文献には実験内容と、結果も記されていた。数十体の魔物にそれぞれ異なる属性の人間の体液、死体の肉片、またはそれを粉末状にしたものを直接摂取させた。……そしてそのうち、数体に変化が起きた」
「……もしかして、狂化した、とか」

恐る恐る聞いたロゼに、シュデルは小さく苦笑を零す。

「……まあ最終的には、かな。重要なのは、まず取り込んだ直後にぴたりと行動をやめ、したこと。その状態が数日続き、ある日を境に狂化すると、そう書いてあった。…………少し話を戻すけど、この文献と先程ゼルドが話した仮説が正しければ、今まで上位の魔物たちを狂化させたのは、それよりも更に上位のである可能性が高い。粒子には作り変えられた形跡があったから、まず間違いなく人間が意図的に魔物たちに摂取させたんだろう。今まで上位の魔物だけが数を減らしていた原因がここにあるとすれば、全て納得がいく」
「――が、目的だったということか?」
「恐らくはね。何かしらの目的で上位の魔物のみを連れ去ろうとしたんだろう。そしてその人間の手から逃れた魔物がいたか、それか鎮静化作用のある薬物が空気中に散布されたかの理由で、粒子が森の一部に広がってしまった。鎮静化という短期的な効果を求めた為に、長い時間薬物が作用すると魔物が狂化する事には気づかなかったのかもしれない。どちらにせよ、僕らはそのお陰で目的に気づくことができた」

ロゼは次から次へと与えられる情報に、目を瞬かせてばかりだ。そんなロゼに、シュデルはいつものような茶目っ気のある笑いを見せた。

「今僕が言った後半の内容は、ノーヴァ師団長のお言葉をそのまま伝えただけだよ。そしてここらか僕が言うことも、師団長からのお言葉だ」





『 ……問題は、もうひとつありますね。狂化した原因であるの神力、あれが何かということです。基本的に人間以外の動物は神力を持たないし、上位の魔物の更に上の神力となると神殿に所属する御使いの中でも限られてくる。そこら中に沢山いるわけが無い。犯人も確実に魔物が沈静化するようにしたかったでしょう。だから恐らくは、絶対的上位の神力を、ほんの僅かな量のみ混ぜて用いたのではないですか?』

団長執務室の中で優雅に座りながら、シュデルの報告に対して答え合わせでもするように淡々と推論を述べる見目麗しい御仁。その堂々たる仕草に、シュデルは自分の調査など不要だったのではないかと思い始めてしまうほどだ。

『 ……絶対的、上位ですか。そんなの、……――神様くらいしか――』


神。
現実離れしたその存在は、だがしかしこの世界に実在する。自らの子孫である人間に稀に干渉し、そして何百年、何千年に一度生まれ変わり、人々を見守っているのだ。

『 そう、神くらいしかいない。ですが彼等を此方から見つけることは困難でしょう?召喚術なんて存在しないし、そもそも人智を超えた彼等から何かを奪うなど、例えそれが髪一本だとしても叶わないはずです。犯人達もそれ程の愚は犯さないでしょう。……しかし、神に近い力を持つもので、この粒子の持ち主である可能性のあるものが存在します。――神から力を与えられた、彼らの眷属です』





「そう言われて対象を絞って再度調べ直したら、あたりだった。粒子には、ほんの、ほんの僅かに風神の眷属の鱗粉が含まれていた。……今の風神は眷属を二柱抱えている。その内の一柱は元々彼の先代、五百年前に消滅した風神が所有していた一角獣ユニコーン。そしてもう一柱は、一度人間の生を終え、その後に風神の眷属という形で今の風神にした、人型の眷属。……噂によれば、彼女は蝶のような透き通った羽をその背にもつ、らしいんだ」

その話なら、ロゼも聞いたことがある。生前風神に見初められ、死の直前に彼の眷属として契約することで、半永久的な生を受けた女性。
容姿については分からないが、その背に美しい透明な羽を持つ、というのは有名な話だ。
鱗粉、というのはその羽から出たものということだろう。ここまで判明したのであれば、今までシュデルが話していた推論も、いよいよ正しいものになってくる。


「そして師団長は、このことをロゼちゃんに知らせるべきだと判断した。こんなものを仕入れられる組織ってことは、――ロゼちゃんを狙う組織の可能性が高いから」

ロゼは無意識に、口にたまっていた唾をごくりと飲み込んだ。

ロゼを誘拐し、実行犯の一人を暗殺した組織。
風神の眷属の鱗粉を用いて上位の魔物を多く連れ去り、ここローザリンドの森の生態系に著しい変化を与えた組織。

確かに、神力封じの首輪に風神の眷属の鱗粉など、入手が困難なものを用いているという一点に関して両者は共通している。そうなると、上位の魔物を鎮静化してまでも連れ去った目的と、ロゼを誘拐しようとしたことにも何らかの関りがある、ということになる。以前リデナスが言っていた通り、ロゼを誘拐しようとした目的はロゼの中にある神力の”同調性”を利用するためだろう。

しかしそこまで分かっていても、やはりロゼの頭の中で物事が一直線上に並び真実が見えてくる、というようなことはない。
内心首をひねっていたロゼは横に立つゼルドがロゼを見下ろしていることなど気づかず、その小さな頭を必死に働かせている。


「だが今回のことで、情報はかなり掴めた。そして組織の目的が不明確な以上、シュワルツェには引き続き慎重に行動してもらう必要がある。表立って身の回りを固めることは出来ないが、普段から傍にいるロードなら護衛していても問題ないだろう。シュワルツェの警護は任せるぞ、ロード。…………まあ、その様子を見るに言う必要もないだろうが」

ロゼの横に至近距離で立ち、傍を離れないと言わんばかりのゼルドを見て、リデナスは珍しくその気難しげな顔に笑いを浮かべた。
……まあ、笑いと言っても苦笑なのだが。




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