魔女ハンナと従士クレイ

朝パン昼ごはん

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第67話 魔女

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 風は勢いを増そうとも、クレイの歩みは止まらない。
 それはゆっくりとした足どりだが、確実に前へと進んでいく。
 一歩。また一歩。
 クレイの足が進むたび、ハンナもまた前へと進む。
 歩を合わせ、背へと顔を近づけて、確実に前へと進んでいく。

 ざわざわとわめく草木。その嘲りが何だというのだろう。
 足下を彩る花の道は、行くべき場所を示してくれている。
 そして風は、クレイが受け止めて和らげてくれている。
 ならば、取るべき行動は。
 下を向くのではない。
 しっかりと前を見据えて、ハンナは詠唱するのだ。

 ♪良い日ばかりなんてない 悪い日もあるわ
 ♪だからってうつむいてちゃ歩けない そうね あなたの言う通りだわ
 ♪顔をあげて歩いて行こう 彼の足跡をなぞりながら 同じ道を歩いていくの
 ♪楽しいことも一緒 悲しいことも一緒
 ♪人生半分こ そういうのじゃないわ
 ♪二人が一緒に踏みしめていくから より長く歩いて行けるの

 風が弱くなった。
 そう感じたクレイだったが、すぐに思い違いに気づいた。
 弱くなったのではない。押し返したのだ。
 背後にいるハンナのおかげで風当たりが弱くなったのである。
 向かい風ではなく追い風。
 背中を押してくれる暖かき感触にクレイも顔を上げ、歩みに力が入る。
 相も変わらず風は吹くが、それに煩わしさを覚えることは無い。
 なびこうとも、花の道が吹き飛ばされることは無い。
 ならば恐れることなど無い。
 クレイが押し進む小路に沿って、ハンナも後を追う。

 結末はあっさりとしていた。
 森を抜けた先に、ノエルが待ち構えていた。
 二人の姿を見届けると、手を振って迎えいれる。
 何かしようとする動きは見られなかった。

「おめでとう。無事抜けられたわね」
「おかげさまで」

 ノエルの手には何も持ってはいない。杖もカードも、手にしてはいない。
 ハンナも杖を下ろしたので、クレイは警戒するのを止めた。
 勝負はこれまで、といったところか。

「別に勝負なんてしてないわよ?」

 心を見透かされたかのようにノエルが言い放った。

「いや、俺たちを閉じ込めようとしたじゃないか」
「あれは私の力を見せようとしただけよ。勝つとか負けるとか、そんなの全然思って無いわ」

 それに、とカードを取り出すノエル。

「やろうと思えば私には手札はまだまだあるからね」

 そう言って悪戯っぽく笑った。
 あまりにも無邪気な笑みにクレイは毒気を抜かれてしまう。
 そうなのか? と振り向けば、ハンナもまた頷いていた。

「魔女同士やりあったらただじゃすまないわ。だから今のは様子見みたいなものね」
「ええそうね。まあ分かってなさそうなのが一人いるみたいだけど」
「なんだと」

 やはりコイツは苦手だ。
 つめようと前に進めば、きゃあ怖いと躱される。
 ハンナとはまるで違うタイプ。扱いには本当に困る。

「でもこれで私の実力は分かって貰えたと思うの」

 そういうノエルの物言いには頷くしかない。
 魔女を騙る詐欺師では無く、彼女は実際に魔法を使ってみせた。
 一人で旅をしているだけはある。そこら辺は認めなくてはならないだろう。
 まあ、言動を認める気にはならないが。
 ひょっとしたら従士に愛想を尽かされて一人なのではなかろうか。
 そういう質問を投げかけたかったが、あっけらかんとええそうよと言われてしまったら返す言葉も無い。
 クレイは言葉を飲みこんだ。

「あら、何か言いたそうな顔してるわね」
「別に。ハンナの足を引っ張りそうな心配は無くなった。そう思っただけさ」

 そう、彼女の実力は本物だ。
 だから苦手でも、ハンナが了承すれば同行を拒否する理由もないのだ。

「足を引っ張るだなんてそんな。一緒になれて嬉しいわ」
「私もよ。これからよろしくねハンナ」
「こちらこそ」

 そしてハンナは、人を邪険にするような狭量ではない。
 互いに握手を交わして微笑む。そんな好人物なのだ。
 そう、良い人。いい人なのだが、もう少し、何というか、疑って欲しいとは思う。
 もっとも、それが彼女の良さなのであるが。

「それで? このあとはどうする?」

 ノエルが二人に向かって聞いてくる。別段予定など無い。
 このまま街へと戻っても良いくらいだ。

「せっかく外に出たのだから、周囲を散策してみましょうよ」

 ハンナがそう提案してくる。別段断る理由も無い。
 帰るにもしても陽はまだ高い。
 クレイと、ノエルもそれに同意する。
 三人は辺りを見てまわることにした。

 見渡す草原には、先ほどの景色は欠片も残っていない。
 辺りの何処を見ても森林の姿など無い。
 雲散霧消。それが幻であったかのように。
 涼やかな木漏れ日が無くなり、陽の当たりが強く感じる。

「凄かったでしょ?」

 木のカードをこちらに見せて、ノエルが微笑んだ。
 凄い。
 自分に出来ないことを出来る人は凄い。
 だからクレイは、悔しいが素直に頷いた。

「ああ、凄いな。まるで最初からあったかのようだった」

 その言葉を聞いて、ノエルの笑みが強くなる。
 もっと褒めなさい。そんな得意気な姿である。

「でしょう? あれは木と風だけだったけど、組み合わせればもっと凄いこと出来るわよ」

 カードをずらして別の絵柄を見せつけてくる。
 木とは別の絵札。獣、そして雫……いや、雨か。

「雨降らしてけしかけるつもりだったのか?」
「まさか。そんなことしないわよ、やろうと思えば出来るだけよ」

 証明するだけだったから、手札をあまり使わなかったと説明した。
 おそらくそれは本当なのだろう。
 彼女が本気なら、もっと凄い事をやれるに違いない。
 例えば木と風に火を足すとかだ。
 害意があれば、敵対者を森へと迷わせ、炎の迷路へと陥れることも出来るのだろう。
 やれるけどやらない。それが実力の証明だ。

「ハンナもそうなんでしょう?」

 問いと同時にノエルはハンナを見た。クレイもハンナを見る。
 二人に見つめられたハンナは戸惑い、そして頷いた。

「ええ。私もやろうと思えば色々と出来たわ」

 ハンナの魔法はクレイを伴って真価を発揮する。護ってはいたが動いてはいない。
 クレイが動けばさらに領域を展開出来た。
 ハンナとノエルの両名は実力を出し切ってはいなかったのだ。
 要するに、手加減をしていたのである。
 まあ、それもそのはずである。お互いに鎬を削る戦いをする必要もないのだ。
 出会ったばかりの仲間に危害を加える理由も無く、第一アヤカシとの邂逅もまだなのだ。
 互いに魔女として認め合った、形を変えた握手みたいなものと言ったところか。

 互いに見せ合ったハンナとノエルは、最初に会った時より打ち解けてきている。
 一人消化不良のクレイだけが、やや取り残されているといった感じである。
 先導するのではなく、一歩退いて彼女らのあとをついていき、話に加わるまでも無く耳を澄ませていた。

「ハンナはここの祭りに参加したことはあるの?」
「いいえ無いわ。ノエルは?」
「私も無いわ、初めて。するとハンナもアヤカシに遭うのは初めてみたいね」
「ええ、そうね」

 残念、と言いたげにノエルがため息をつく。
 手法が違えども、彼女も魔女の末席に加わっている。情報の重要さを知っているのだ。
 だからハンナにも尋ねてみたのだが、あいにく空振りに終わってしまった。

「何か情報が欲しいわね」
「街の人はいつも見ているらしいわよ」
「あら良いわね。今年は派手にやってみせましょうよ」

 ハンナとは違い見世物になることには不快感を露わさず、喜んだ顔を見せるノエル。
 腕前を他人に披露してみたくて仕方が無いといった表情だ。
 魔女ではなく武家の家系に生まれれば、さぞや名を馳せるもののふとなっていたであろうに。
 功名心猫を殺す。
 この意気込みは頼もしいが危うくもある。

「派手に失敗しないと良いがな」
「あら、大丈夫よ」
「どうしてだい」
「貴方がいるからよ」

 ノエルがクレイに悪戯っぽく微笑みかける。
 その言葉の真意を掴めずに、クレイの顔が微妙へと変化した。
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