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相羽─病院
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しおりを挟むそこは奇妙な空間だった。
明るいような暗いような、白いような黒いような、赤いような青いような緑のような、ごちゃごちゃしてるような殺風景なような。
あまり覚えていない。
そこで誰かと話をした気がする。
鮮明な世界だったはずなのに、大事なことだったはずなのに。
目覚めたら全てを忘れていた。
目を開くと、見たことの無い天井があった。
白い天井。いや、白いのは普通なんだが、壁紙が貼られていない。天井から吊るタイプのカーテンレールに薄い白いカーテンがかけられている。そして、点滴。点滴の管を辿ると、自らの腕に繋がっていた。
──なんだこれは。どういう状況だ。
首だけを動かしてよく見ると俺が着ているこれはなんだ。いかにも入院患者さんが着ていますみたいなアレを着ている。病院着とでも表現するか。
──入院してるのか?なんで?
この混乱ぶりは若い頃に記憶がなくなるまで飲んで次の日の昼過ぎにやっと起きたとき以来だ。
──待てまて待て待て思い出せ。昨日俺は何をしていた?
目を見開いて必死に思い出す。
そうだ、俺は相羽正次。
26歳、会社員四年目。
営業。
三十代の足音が聞こえてきた矢先。
友達もちらほら結婚して遊びに誘いづらくなり、休日を持て余し気味だった。
魔が差した。
このままじゃ部屋で休日を浪費してしまうという焦燥感から、長らく乗っていなかった車に乗り込み走り出した。
何であんなことしたんだ。浪費してりゃ良かったんだ。部屋でゴロゴロしてて何が悪かったんだ。
浪費は文明が生み出した最高の贅沢だ。
明日が来ると、意識するまでもなく確信していて、その上で明日のことを考えない。
どれだけ生き物として破綻してるんだ。
それが人間だ。
だから人間はピラミッドの頂点なんだ。
軽はずみに将来を投げ飛ばせる。
自分が死ぬはずがないと信じているから。
人間の意識通り過ごせば、調子に乗って遠出することも、休憩をせず走り続けることも、山道に入ることも、野生動物が車の前を横切って急ハンドルを切ることも、ガードレールを突き破って崖下に真っ逆様なんて事も無かった。
──そうか、だから入院してるのか。良かった、生きてて良かった。いや良くない、まずい。会社に連絡しないと。あの契約は俺しかわかってない部分が多い、顧客に迷惑がかかる。急いで連絡をとらなきゃならない。
急いで内ポケットに手を伸ばして──、これがスーツではなく部屋着どもなく、病院着であることを思い出す。
──スマホ…はあるわけないよな。もしかして車の中にそのまま置きっぱなしとか?壊れてるかもしれないよな。あわー、保険どこまで出るかな、車内に置いてたものも対象になってたっけ。
と、心配していたところで、ふと気づいた。
包帯とかギプスとかそういう類いのものが巻かれていないし、体のどこにも痛みを感じないのだ。
ほんの少し思考を巡らせて、愕然とする。
交通事故での負傷が完治するだけの時間が経過している──。
血の気がひくのを感じた。
──ふざけるな何で誰も起こしてくれなかったんだよ、あの契約は今どうなってるんだ。やばい何日間無断欠勤してるんだ。まずい、非常にまずい。ナースステーションだ。電話を借りて会社に連絡を入れよう。
慌てて立ち上がろうとした。が、左腕に痛みが走り思わず声を上げた。左腕の痛んだ箇所を見る。点滴の針だ。引っ張ってしまって腕の中で針が少し動いてしまったのか。
──忘れてた。これも持っていかなきゃいけないのか。怪我も治ってるのに何の点滴だよこれ!しかしすぐに、ブドウ糖などの生命活動に最低限必要なモノなのかもしれないと思い直し、苛立ちながらも納得する。
気を取り直して点滴棒を押して部屋を出る。履物が見付からなかったので素足である。
廊下のすぐ先に金属製の頑丈な扉が見え、その扉を開けるとさらに廊下が伸びていて、ナースステーションは開けた扉のすぐ先にあった。あったのだが──
「誰もいない…?」
ナースステーションには誰もいなかった。
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