転生先がゾンビ映画的な世界ってどーなん

おとごり

文字の大きさ
4 / 11
相羽─病院

1-4

しおりを挟む
無機物との対話を早々に終えた相場は、ロボットに付き添われながらロボットの言う通りに通路を歩く。言われるままに進んだその先に、確かに電話機はあった。舞い上がっていた相場は、電話機に飛び付き受話器を持ち上げてから気づく。



「IDカードがない・・・」



体中のどこを探しても、カードなどない。病院着にポケットなどなく、叩いても埃しか舞い上がらない。
そもそも相場はIDカードとやらがどんなものかもわかっていない。ロボットの説明を受けた段階で、通話料金が後回しになるというところしか頭に入っていなかった。
営業失格である。



「病室に置き忘れではないでしょうか? IDカードは肌身離さずお持ちいただくようお願いします。」



ロボットから注意を受けるが、知ったことじゃない。そもそもそんなもの渡された覚えもない。いつ、どうやってこの場所に来たのかさえ相場は知らないのだ。この場所のルールなんて、それこそ説明も受けていない。
苛立ちを覚えつつ、ロボットと連れ立って病室へ向かう。大した距離じゃない、どうせ長期間の無断欠勤で現在地も不明。焦ったところでどうしようもないと心を静める。なにせ、相羽はこの病院の名前も所在地も知らないのだ。



「この病院はなんという病院なんですか?」



外用の対応に切り替えて相場はロボットに問う。医療用ロボットとやらに医療以外の質問が通じるのか不明だが、仕方ない。今はこいつしかいないのだから。



「ここは三条医科大学附属病院です。」

「三条?」



その病院名に、眉をひそめる。どこかで聞いたことがあったような気がする。どこだったか。「三条、三条・・・」と口の中で反芻しながら記憶を掘り起こす。最近ではない。喉元まで出てきているような、何かおかしいような。



「……え、三条大附属病院!? 俺の地元で一番でかい病院じゃねえか!」



立ち止まり大声を上げる。三条医科大学附属病院──詳しく覚えていないが、たしか明治時代に総理大臣をやったりした人が引退した後に作った大学校の一つらしい。なんか元々貴族の人らしくて、遡ると藤原家の血筋とかなんとか。その人が作った大学が大きくなって、病院が附属するようになったということらしい。いや、歴史は苦手だから間違いあるかもしれんが、大体そんな感じだ。
──なんでそんなとこに入院してんだ? 俺は大学の頃から地元を離れてそこそこ遠い場所に一人暮らしだし、車で遠出したのも実家の方向とは逆方向だったはず。わけわからん、どういうことだよこれは、何がどうなってるんだ。
立ち止まり、空いている右手の掌でこめかみを抑える。思考する。自分が意識を失っている間に何があったか。何がどうなって実家近くに運ばれてしまったのか。家に知られているのか。何も状況がわからない以上、可能な限り早急にここを離れて実家から少しでも離れたい。
見るとロボットも立ち止まり傍らで待っているように見える。



「出口はどこだ」



ロボットに問いかける。まずここから出なければ話にならない。ここまで歩いてきて一切の痛みを感じない以上、日常生活に支障がないはずだ。
ディスプレイに表示される院内マップ。どうやら今いるのは5階らしい。ここから出るにはエレベーターを使い1階に降り、少し歩く必要がある。
方向は逆。会社への連絡は今更多少遅れたところでどうってことない。とにかく逃げる必要がある。



「一般外来者入口と、緊急外来入口、非常災害時の出口はそれぞれこのようになっております。」



間も無く、エレベーター前に到着する。下向きの三角形が描かれているボタンを押そうとした瞬間、アラーム音とともにロボットに腕を捕まれる。



「こちらの設備は、現在使用できません。こちらの設備は、現在使用できません。」



何事かと相場がディスプレイを見やると、今までの修飾されたどこかポップなアイコンや顔文字とは違う、簡素で無機質で最小限の文字が浮かんでいる。
『関係者以外使用禁止』と──。



「おいちょっと待て。なんでエレベーターが関係者以外使えないんだよ。」

「現在、使用できません」

「ふざけんなお前こら説明しろ」

「現在、非常事態につき使用できません。」

「非常事態ってなんだよふざけんな。ならまず説明しろ」

「1階はリーシュマリア症D型患者が存在しています。非常事態につき、このフロアからの移動は禁止となっております。」

「・・・? 病院なんだから患者がいるのは当然だろうが。いいから通せ」



腕を振りほどこうとするが、見た目に反してがっちりと掴まれている。というか固定されている。振りほどけない、外れない、動かない。青筋立てて抵抗してみても微動だにしない。見た目と違うパワーに焦り出す相羽。



「このフロアからの退出は禁止となっています。退出を目的とされる場合、強制的に阻止させていただきます」

「ちょっと待ておい痛い痛い痛い・・・痛い!引っ張るなおい! わかった!わかったから離せ!」



言葉を終えると、ロボットは腕を引っ張ってエレベーターから相羽を引きはがす。引かれる角度によって腕が変な角度になることもあり痛い。
エレベーターホールから離れ、廊下まで戻ったところで、手を離された。思わず手首を擦る。



「いってーな! わかったよ近寄らなければいいんだろ畜生!」

「私は畜生ではありません。また、病院内ではお静かにお願いします。」

「わかってるよバカ! この・・・ばーか!」



不意を突こうと、言葉を言い終わる前にエレベーターに走り出しボタンを押そうと手を伸ばす・・・ことさえできなかった。エレベーターホールに足を一歩踏み入れた瞬間、腰回りから引っ張り上げられて次の一歩が届かなくなる。持ち上げているのはやはり例のロボット。腰回りをその両手で捕まえられて、まるで高い高いをされているような形に。想定以上に速く力強いロボットの動きに、これまた衝撃を受ける相場。



「繰り返します。関係者以外、使用禁止です。退出を目的とみなし、強制的に阻止させていただきます。」

「わかった! わかったから離せ! もう無理なのはわかったから! いいから離してもうわかりましたから!」

「また、病院内ではお静かにお願いします」

「わか!・・・りましたので離してくださいお願いします」



その後、何をしようがエレベーターホールに近づくだけでロボットが反応するので、エレベーターを使うことは諦めることにした。
さっさとここを離れたいというのに、思うようにいかない。
さすがに諦めた相羽は、ロボットが警戒態勢を解かないため、もうエレベーターホールから離れている。



「不愉快だ。もういい。病室に帰る。もういい着いてくんな」

「では、何かありましたらまたお知らせください」



そう言いながら歩き出した相羽は、ロボットと別れて病室へ向かう例の扉へと戻ってきた。が、扉の前で回れ右。ロボットがいないことを確認すると、来た道を戻り別の所へ。


──エレベーターがダメなら階段から降りるしかないよね。めんどくさいけど仕方ない。まったく融通のきかない機械のせいで手間ばっかり増えるじゃないかクソ。


先ほどのロボットからの説明で非常階段の位置を大体覚えていた相羽は、こそこそと非常階段へと向かう。
特にロボットと鉢合わせになることもなく辿り着いたそこは、防火扉が閉まっていたが非常口の標示もある。
こっそりとゆっくりと、取っ手を回す。途中から少し抵抗が強くなる取っ手をそのまま回転させカチャリとラッチが動いた感触を確認すると、扉をあけようと力を混める。少し隙間が空いた。瞬間、相羽は即座に扉を閉める。
緩んでいた意識が急速にアラートを出す。眉間が固まり、一瞬で体温が上がった気がする。喉が渇く。階段の空気をこれ以上こちらに侵入させてはいけない。侵入を許せば、無意識に確信していた平和で安全な日本という妄想が、崩れる。
それは腹にズンと来るような強烈な臭い。鼻の中に残る臭い。体が拒否反応を示すような臭い。病院はこんな臭いがする場所だったか? そんな記憶は一切ない。異常だ。この臭いはダメなやつだ。
相羽はこの臭いを仕事で嗅いだことがある。安否確認の時だ。ドアポストから溢れてきたこの臭い。警察立会のもとで鍵を開け、ドアを開くと押し寄せてきたあの臭い。室内から蠅の羽音が聞こえてきたのも覚えてる。神経が、感覚が、精神が、すべて拒否する臭い。
間違いなく、この先にアレがある。間違いようがない。この臭いはアレだ。アレしかない。誰かのアレがある。この臭いの強さなら夏場2週間くらい。見られたもんじゃない段階のアレがある。ダメだ。この階段はダメだ。別の階段を使おう。
なぜ病院にそんなものがある。仮に誰かがそうなっても、すぐ安置されるんじゃないのか。家族が呼ばれ、引き取るんじゃないのか。おかしい。この場所は、ここは違う。異常だ。


1分か、10分か、10秒か。鼓膜の裏で血液が巡る音が聞こえてくる。その音を意識できるようになって、ようやく相羽は自分が息を止めていたことに気付いた。

肺に残っていた僅かな空気を吐き出し、ゆっくりと空気を吸おうとして、臭いの残滓を鼻腔が捉えてしまう。即座に意識して呼吸を止め、平静を装ってゆっくりと扉から離れる。誰が見ているわけでもないのに、薄い張りぼてで自分を支える。

相羽は、扉に向かって手を合わせた。扉越しに、見えない『死体』に向かって──。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...