転生先がゾンビ映画的な世界ってどーなん

おとごり

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相羽─病院

1-8

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「一体どういう状況でこうなってるんだ」



誰も聞いていない。誰に聞かせるでもない。確認したかったのか、信じたくないけれども信じざるを得ないから口にしたのか。
相羽は一人、つぶやいていた。
先ほど調べきれなかった範囲も含め、改めてこのフロア全体を見て回った。結果、やはり誰もいない。
ナースコールを押してもロボットは来るけれども人間は来ない。
改めてこの規模の病院で、この規模の施設で、利用者や運営者が一人もいないフロアがあるというのは、理解できない状況だった。
理解できないにせよ、有り得ているのだから仕方ない。納得はできないが、受け入れるしかない。



「いないにしても最低限連絡手段くらい用意するだろう普通。なんだってんだこれ」



納得できないからこそ、愚痴の一つくらい零したくもなる。非常階段の異常事態を鑑みるに、非常事態ではあるのだろうが──病人を残して放置している状況というのは果たして医療機関としてどうなのか。大規模災害時でも比較的秩序だった日本国の大規模施設がこの体たらくでいいのか。

──全部終わったら必ずクレームを入れてやる。必ずだ。

やり場のない怒りを、こみ上げる得体のしれない不安を、せめてどこかにぶつけてやると、そう自分に言い聞かせて、次の指標を探す。
今いるこの部屋は、フロア探索最後の部屋。普通の4人部屋。きっと入院患者がかつていたんだろう。どのベッドもきちんと綺麗にベッドメイクされているわけではなく、ただ誰かが起きてそのままベッドを去った感じで放置されている。カーテンは閉まっていて、ただエアコンの駆動音だけが響いている。真っ白いカーテンに映る太陽光が、きっと今はお昼ぐらいなんだろうと伝えていた。
ふらふらと窓辺に近付き、カーテンを開き、窓を開けた。室内の冷房と室外の熱気が、一瞬押し合い、風がそれを邪魔だと言わんばかりに押しのけ、室内に熱気を届ける。遠く、近く、どこかの壁にしがみついているセミが、短い生を成し遂げる為に甲高く声を上げている。
夏だ。
いくらそれなりの広さのある病院とはいえ、この閉鎖された理解不能な空間に閉じこもっているのはつらい。相羽は時に、人は街を見下ろしたり、空を見上げなければならないと思っている。特に冷静ではないと自覚出来ているときはなおさらに。彼自身うまく言えないが、冷静になれるからだという。
時に冷静であればきちんと状況を理解することができる。見逃していた物事をきちんと認識しなおし、拾いなおすことができるようになる。
今がきっとその時だと思い、彼は少し風に当たることにする。
ふと覗き込んだベランダ部分には、どうやってここまで上ってきたのかこの場所で全うしたセミがその亡骸を晒している。相羽が見つけなければ、ここで息絶えたことさえ誰にも知られずにこの場所に晒され続けていたのだろう。
強烈に死というイメージがまとわりつく。あまり触りたくないと思った相羽ではあったが、不憫に感じて拾い上げ、ベランダの外に放り投げた。その落ちた先が土なのかアスファルトなのかは知らない。
そしてふと気付く。
遠くを眺めてみる。冷静になった頭が取りこぼさなくなった情報を一斉に認識し始める。演算処理が始まる。
事故は秋に起きた。あの日、10月11日、相羽は事故を起こした。そもそも夏場の暑い時期に洗車するのがいやで秋まで放置していたのだ。しかし今、肌を焼くこの陽光は、7月か8月か。およそ9か月は寝ていた可能性を示唆している。いや、場合によってはそこに年という単位で数字が追加される可能性さえある。
町が違うのだ。相羽が知っている地元の町とは違う。
大きな川が見えないから、きっと病院を挟んだ逆側なんだろう。だが、それならこの病院から見られるはずのタワーマンションがない。俺が子供の頃に完成していて、近辺からランドマーク的に扱われていたあの建物がない。
あの遊園地がない。事故を起こす少し前にあの遊園地が何かイベントをやるというのをインターネットで見たのを覚えている。
何より、静かすぎる。車が走っていない。人の喧騒もない。
確かにまだこの建物の中で人は見つけていないが、1階には何とか病の患者が何人かいるとロボットも言っていた。人がいないわけではないのだ。そしてここは大きな病院。人が集まらないはずがない。
だというのに、ベランダから少し顔出して見下ろしてみても人が見えない。下の芝生周りのベンチにも人は座っていない。周りの道路に車は通らない。

──俺は何年眠っていた? しかしさっきの『神様』は「寝てない」と言っていたような。いや、あんな『神様』が言ってる事なんて信用しても仕方ないけれども。しかしそれにしても、おかしい。数年なんていう話じゃないぞこの感覚は。タワーマンションが更地になるってどのくらい時間が経ったら起こりうるんだ? しかし時間が経過した割に、設備のレベルはそこまで遜色が・・・いやロボットがいたな。違う、ロボットがいることが不思議だったんだ。見慣れた範囲でしかなかった文明レベルの中に、ロボットだけ明らかに浮いていたから驚いたんだ。ロボットだけが進歩して、他がほとんど進歩しない世の中なんてあり得るのか。
おかしい。ずっと病院がおかしいと思っていた。いや、そう思おうとして出来なかった。違う。これは違う。俺の意識しないところで勝手に他でもない俺自身がこの状況を納得しようとしている、受け入れようとしている。

何か、自分の知らない何かが起こっている。自分の認識を超えた何かが起こって、今この状況になっている。
こんなにも暑い中、薄ら寒いものが相羽の背筋を走っていく。俺がおかしいのか、世界がおかしいのか。誰でもいいから一刻も早く助けてもらわなくてはいけない。



このフロアがダメなら別のフロアだ。
どうやら今いるフロアは5階。上にも下にも行ける。
行けるのだが。エレベーターはロボットに阻まれて使えない。階段の1つは例の階段。可能な限り使いたくない。
なので、今相羽は捜索中に見つけたもう一つの非常階段の扉の前に立っている。
見た目に先ほどの扉と違いはない。それだけに、どうにも先ほどの光景が頭をよぎる。光景というよりも、臭い。鼻の奥にまだこびりついていたものが、息を吹き返し活動を再開したように。臭いと共にフラッシュバックする、夏の日のあの部屋の光景。ドアポストの隙間から溢れる臭気。窓を覆う蠅の群れ。そして中に横たわる──。
相羽は頭を振って意識を目の前の扉に戻す。

──大丈夫だ。ない。そんなものはない。大丈夫。さっきの臭いだって、モノを見たわけじゃない。俺の勘違いかもしれない。そうに決まってる。間違いなく多分、きっとそうだ。大丈夫、見てないんだもの。まだあるなんて確定してない。見えないものは存在しない。起きてから想定外の状況が続いてるから、きっと神経が過敏になってて間違えたに決まってるんだ。そもそもこっちの階段はあっちとは違う。もし仮にあっちにアレがあったとしても、こっちにもあるなんてことがあるはずがない。一体どんな確率でそんなことが起きうるっていうんだ。

嗅覚の危機察知は優秀だ。だが、その効果は揮発性がある。視覚のように脳裏に焼き付くようなこともなく言語化もできない現象は、その輪郭をぼやかし記憶に溶けて薄まる。他人に伝えても信憑性がないということは、自分自身にも言える。自分の都合のいいように解釈をして、危機感を薄れさせてしまうのだ。自分を誤魔化して、奮い立たせることができる。危機感が薄れる事が良いのか悪いのかは、結果が現れない限りわからないものだが。
ゆっくりと、非常扉を開く。空気が流れ込んでくる。微かに、混じっている気がする。薄く、臭う気がする。しかしあちらの階段より全然マシだ。相羽は張っていたものを緩めるように息を漏らし、そしてやはりあちらの階段で嗅いだあれは勘違いじゃなかったと、せっかく誤魔化そうとしていたものもあっさりと放棄する。元々わかっていてのことだ。
さて、上に行くか下に行くか。相羽は下を選んだ。
病院の部屋の配置など知らないが、少なくともロボットが言うには1階には何人か病人がいて、そして普通に考えれば1階に出口がある。
医者の居場所を聞ければ御の字、聞けなくても一度勝手に出て行ってやろう。

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