転生先がゾンビ映画的な世界ってどーなん

おとごり

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相羽─病院

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勇んで階段を降り始めた5分後、相羽は3階に運ばれていた。
非常階段を下りていき、3階に差し掛かったところ、待ってましたと言わんばかりに非常扉が開き、中から2体のロボットが相羽に向かっていった。
びっくりして逃げようと上に戻ろうと振り返ると上からもロボットが。囲まれた相羽は為す術もなく、高い高いされながらそのまま最寄りの3階に強制連行された。
ロボットに耐性のない相羽からすれば、ロボットに囲まれる状況というのはちょっとしたSFホラーだ。
問答無用に自分に目標を定め、無躊躇に至近距離に接近し、無遠慮に捕らえられる。怖い。

今相羽がいるのは非常階段の近くの病室。無理やりこの部屋に下されてご丁寧に見張り番のようにロボットが一台残されている。
ここに連れてきたロボット曰く、「1階から2階までは関係者以外立ち入り禁止となっております」「1階にリーシュマリア症D型患者の方が複数確認されているため」「安全保護」「感染の危険」

──まとめると多分、感染するかもしれないから2階までを関係者以外入れないようにしてるんだそうだ。だそうだが、無理やり問答無用にとっ捕まえて引っ張り出されるってのはどういうことだ。ケガでもしたらどうする。ロボット三原則だとかはどうなってるんだ。この病院は従業員にどういう教育してるんだ。

しかし、と相羽は考える。
病気に対して知識のない相羽ではあるが──ではどんな知識を持っているんだと言われても特に何も思いつかないだろう──1階にいる病人に対して2階までを立ち入り禁止にする程には大変な感染力がある病気の患者さんなのだなとは理解できた。



──あるいは空気感染する? でもそれならこの病棟全てがもう安全圏じゃない気もするけど。実際そこまでしないといけないようなもんなのか? もしかすると、外が異様に静かなのもその患者さんがいるから……んなわけないか。その程度で車が走らない理由にはならないよな。しかし……重なりすぎてる気がするのは気のせいなのか?

少し考えたところで、しかし理解も判断もできるような知識がない。自分の知ったかぶり知識だけで判断して、甘い段取りの末にトラブルになったなんてケースもかつて数度あった。特に怖いのは「知っているつもり」だ。「自分の常識は他人の非常識」という意識を片隅に持っておけ。直属の上司が唯一教えてくれたこと。パワハラモラハラKY老害暴力とこの世で最も嫌いな人間として5本の指に入るが、その『言葉を教えてくれた』ことだけは感謝していた。言葉しか教わっていないし、他は何を相談しようとも報告しようとも自分の仕事が忙しい振りをして何もしない、会社に貢献しろと言うくせに残業してるふりして誰もいない会社でアダルトサイトを見てるクズだったが。(こっそり履歴を確認した。)

──あー嫌な奴の顔思い出した。その言葉をそのまま返してやりたかった。お前の常識で何人の人間が辞めていったと思ってやがる。そういや今まで焦って会社に連絡取らなきゃって思ってたけど……もうこのまま仕事辞めてもいいんじゃないかな。

段々と、心の冷静さと共に様々なことが思い出されてくる。務めている会社への不満が、ずっと溜め込んで考えないようにしていたことが。一歩会社の外に出て時間経過と冷静さを取り戻すと、もう我慢しなくていいものに分類された瞬間が訪れる。外面だけのクズ課長、自分のミスを人のせいにしておいしいところだけ持っていく次長、キャパオーバーの仕事を押し付けてさらに仕事後に宗教勧誘する部長、業界を全然知らない血脈のみで就任した2代目社長……。

──最後の筋として、電話だけはかけよう。辞表も郵送しよう。やりたくもないけど。関わりたくもないけど。最低限としてそれでいいや。法に触れてるわけでもない。人として~なんて言うかもしれないが、あいつらだってグレーなことも十分やってし何なら触れてたけどスルーしてたことも見てる。あいつらにだけは言われたくない。

様々な会社に履歴書を送り、面接を受け、妥協も重ね、辿り着いた会社だった。
それだけ苦労してやっと入社した会社に、なぜこうも執着がないのか。
面接がスタートなら入社がゴールなんて誰が言い出したのだろう。ゴールなんてどこにもなかった。入社はスタートでしかなかった。人生にゴールなんてなかった。
営業の仕事をするようになってから、相羽は自身の人格に関して無意識にどんどん評価を下げていた。
入社してから自分の価値観がいかに営業に向かないかを理解しつつ、自分から飛び込んだ世界で責任を果たすためになんとか馴染もうと努力した。
何も知らない新入社員の頃であれば、一つ一つの仕事に一喜一憂があった。研修が終わって1か月程度までの話だ。
段々と見えてくる。誰かのために金が動き、誰かに流行が作られていき、誰かによって人を劣悪とわかっている環境にあの手この手で押し込める。その中に相羽も入っていた。
一時的に売り上げが会社内で一番になろうが、難しい商談をまとめようが、相手側の会社の担当といい関係を作れていようが、歩合で一時的に小金持ちになろうが。
売り上げが上がれば次を求められ、難しい商談をまとめればもっと無理難題を押し込まれ、担当といい関係を作っても別の場所では裏切りともいえることをしなくちゃいけない。
せめて折り合いがついていれば、苦労はしなかった。しかし、最早達成感などなかった。遣り甲斐など生まれなかった。
職に求めるものが「裕福な生活」であれば良かったのかもしれない。
何か目標をもって職に就いていれば良かったのかもしれない。
しかし、そうではなかった。
特に目標もなく、妥協を重ね、たまたまそこにたどり着いただけだ。
裕福でなくていい、贅沢がしたいわけじゃない。ある程度普通に生活できればいい。
彼が人生において求めていたのはそこだけだ。
たまに友達と遊べればいい。出会いがあれば恋人もいてもいいだろう。結婚してもいいだろう。
でも、それは今じゃない。そういうものは求めていない。
支出を超えて入ってくる収入は、ただ通帳の中で増える数字でしかなかった。
試しに大きな買い物をと車を買ってみたが、大きな喜びはなかった。家具の買い替えの時に少し便利になった程度。
お金を使って得られる幸福を、相羽は知らなかった。
お金はただ維持するものでしかなかった。
そんな人間が、営業というお金に対して真摯で貪欲な職業に遣り甲斐を感じる人間になるというには、あまりにも空洞だった。
為したいこともない。守りたいものもない。欲しいものもない。自分の価値を認めさせたいわけでもない。
不満などないのだから、求めるものなどない。人生など死ぬまでの暇つぶしだ。仕事をして、死なないために責任を背負って、生に楔を打ち付けているだけだ。吹き飛ばされないように。
ただ、維持したいだけなのだ。本質は結局そこになる。ある程度の娯楽があり、飢えることなく、ほぼ安全であるという生活があればいい。たまに友達と遊べればいいが、段々と友達との付き合いも薄れていっているのを感じていた。
じわじわと、維持するだけでは足りなくなる。緩やかに、状況は沈んでいく。しかし人間は慣れていく。友達が離れていこうと、そういうものだと納得していく。住処が劣化していこうが、そういうものだと納得していく。
維持だけであれば、欲望も鈍るのだ。
多少収入が減ろうが、大した問題ではない。



意外とすんなりと相羽は廊下に出ることが出来た。ロボットは出口を遮ることなく相羽を通してくれたからだ。まあ、相場の後ろをしっかりと着いてきているのだが。
しかし今の相羽は、鬱陶しいということも思っていない。
会社を辞める決心をつけた時から、ある種の焦りが消えた。
後腐れがあるかないかはわからないが、もはや自分でしかわからない仕事など存在しない。替わりはいくらでもいるのなら、いくらでも辞めてやれる。自分しか出来ない仕事なんて糞くらえだ。自分がやりたい仕事を探そう。
散策すること十数分。特に5階と違わないことがわかった。ほぼ5階と同じであるように思える。
思えるというのは、まだ確認できていない部屋があるからだ。
5階で言う、相羽が眠っていた部屋にあたる場所だけは確認できていない。その前にある扉が開かなかったのだ。
別に確認できなくても全く構わないはずなのに、誰もいないからか焦りが薄まったからか、見れるものなら中を見たいと思っていた。
どうせ辞めるつもりなんだ、数か月寝てたとするならもう数日遅れようが何が変わるものでもない。のんびりと進める。



「ここはどうやって開けるの?」



着いてくるロボットに聞いてみる余裕さえある。



「現在、こちらは患者様が入られておりますので、本人・ご親族・関係者の方出ない限りは入室禁止です。」



ロボット君の説明を受け、驚く。



「ここにも誰かいるの?」

「はい」



5階で一人も見なかった、自分以外の人がここにいた。
自分と同じような部屋にいた、この病院で明確に居場所がわかる人間。興味が湧く。
しかし、入っちゃいけないと言われては引き下がるしかない。
力では勝てないし、親族関係者以外ということはよほどの状態だろう。邪魔をしてはいけない。
しかし、人が確実にいるとわかると欲は深まるもので。この先下に行けるようになった時に、話せる人はいるのだろうか。



「医療関係者とか、この下に問題なく会って話せる人はいないの?」



「該当する者はいません。」



「いない?」



相羽が密かに思い描いていた予想は裏切られた。
てっきり下の患者さんに当たってる医者なり看護師がいるものだと思っていたが、そんなことはないようだ。
そもそも今まで医療スタッフが一切見当たらないことで予想できるといえば出来たのだが、先入観があるせいか、そういう最前線は人間がやるべきだと思っていた。
感染のリスクがあるというんだから、そもそもそっちの方が効率的……なのかもしれない。
相羽には、このロボットたちの対応がどうしてもプログラム一辺倒で、柔軟性がないように感じられていた。重大な病気に対して、予想外の事態が起きた時に対処できるのかという疑問があったための反応。
その考えは、ここでも当然間違いではないのだが。
しかし今の相羽にとって、もはやこの病院の運営体制などどうでもいいことだ。ここを出て、部屋に帰る。ついでに会社に連絡をとって、退職を伝える。
そこまで急ぎではないにせよ、それが今の目的であり、行動指針である。
そして考える。
エレベーターは使えない。階段もこれより下に進めない。隣にはロボット。
この状況でどうやってこの建物から脱出できるのか。
さて。

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