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相羽─病院
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しおりを挟む歩いてみると意外と広い病院構内。スリッパでカパカパと歩いているが、それでもやはり芝の上を歩く気にはならずにアスファルトやコンクリートの上を選んで歩く。太陽光をたっぷり吸ったアスファルトはしっかり熱を蓄え、親切にも周りにお裾分けしてくる。暑い。幸い背中から風を受けていられる分、暑さも歩行も楽ではある。しかしそれでも暑い。虫も多いようで何か飛んでいる。温暖化だとかなんだとかは概ねアスファルトやコンクリートを排除すれば解決するんじゃないのかと思いたくもなる。セミの声がジワジワジワジワと鳴りやがって、どこのだれがセミの声を夏の季語にしたんだ。おかげで体が条件反射して余計暑い。そういえば南極の氷が溶けてるとかなんとか言ってるけどさ、氷が溶けて海面が上がって世界が沈むとかバカなことを誰かが。氷が溶けたところでコップから水が溢れたところ見たことないんだが誰か科学的にどういう効果で海面が上がるのか教えてくれ。ついでにタバコががんの原因っていう明確なデータも合わせて明日の10時までにデスクに持ってきて。会議で使うから。ドヤ顔で文句言う奴ほどそのあたりの明確なことを誰も教えてくれないから。
などとさっきまで快適な空調の中にいたからどうしてもバカなことを考えてしまう。誰も教えてくれないのは当然だ。広まって金になる情報は広げるが金にならない情報は広げないもんだ。マイナスイオン、水素水、血液サラサラ・・・。あれらと一緒だ。
違う、そういうわかりきったバカなことって意味じゃない。考えても何にもならないバカなことって意味だ。
などとバカ面下げて進んでいたけれど、やっぱりバカなことばっかり考えるもんじゃない。
「あれ、なんだ・・・?」
普通見落とさないようなところを見落としてる。
道の先に目をやると、警備員が入る小さなプレハブ小屋のような詰所がある。出入りする人や車に対応できるように出入り口に置いてあるあれだ。
その窓が割れている。なぜ割れているとわかったか。『中から足が生えている』からだ。
近寄るほど段々と理解してくる。何かそういう形の物がついているのかと思ったが、どうやら違う。脛のあたりから窓の外に放り出している。中ではどんな体勢をしてるんだ。最初は窓を開けているのかと思ったが、しっかり見るときちんとサッシは閉まっている。あれはガラスがない。
しかしこれはどういう状況だ。頭から突っ込んだのか?なんで?誰?ジーンズ?スニーカー?警備員は?やっぱりいない?でも人だ。人がいる。しかしどういう状況だ?大丈夫か?なんであんなことになってるんだ?人の目がないと人間ってそこまでわけわからない行動とるのか?
ゆっくりと近づいていく。状況を勝手に推測するまま近づいていく。ある瞬間。風がやんだ。じりじりと焼く太陽に顔をしかめる。今まで吹いた分、逆方向に弱く吹き戻す。後ろから前に吹いた風が、前から後ろへ。
本来うれしいはずの風。顔を緩めようとして、眉がひくついた。違う。これは違う。嘘だ。あんな堂々と。町の。病院の。入口に。どういう状況だ。なぜそうなる。誰が、誰も、放置したのか。いくらなんでもこんな。何故こんなことに。
逃げてきたはずの臭いが逃げた先から襲ってくる。どう考えても、あの警備員小屋からだ。ゆっくりと方向を変える。どうせ車も走っていないんだ、どこまではみ出しても構わん。これ以上近寄らずにしかし速やかに出ていく。円の動きだ。最小限の動きで制するんだ。またバカなことを考えている。
歩く速度は変えず、反発する磁石のように小屋を避けて通る。出来るだけ空気を吸わないように、肺に入らないように、薄いスリッパをカパカパと言わせながらこのバカげた状況から逃げようと歩く。しかしやはり呼吸は止め続けられない。なるべく浅く済むように呼吸を再開する。迂回して、横を通り、公道に乗り、通過した。
距離を取り、距離を取り、距離を取り、ここまでくれば大丈夫かと肺いっぱいに空気を詰め込み、詰まっていた気持ちを抜くように吐き出す。
「なんでそうなんだよ・・・」
この理解できない状況に対して何か言わずにいられない。道端に死体が、窓に突っ込んで放置されてる状況。誰が理解できて即対応できるっていうんだ。でも誰もいないし誰に言えばいいのかもわからない。打開できるのか出来ないのかもわからない状況にイライラして仕方がない。誰に責任を取らせればいい。誰が俺にこんな不利益を及ぼした。頼りたくない親や友人に頼らなければならない現状を思い出して、どんどんイライラが募る。
「そんなとこで死んでんじゃねーよバーカ!」
振り返って吐き出した言葉。しかしその相手が悪いのかも、相手がその言葉に返答できるわけでもない。すぐに前を向きなおす。
キレたところでどうなるというものでもないのはわかっている。でも言わずにはいられない気持ちが、彼を振り返って言葉を吐かせた。この中途半端な感情の吐露こそ、今後彼は反省しなければならなくなる。
彼が言葉を向けたその足は。
ただ放置されていたその足は。ゆっくりとその小屋に飲み込まれた姿を吐き出させ、その全身をさらけ出した。
その頭部は、ガラスで切ったのだろうか切れている個所が目立つ。しかし血液は流れているわけでもない。およそわずかに凝固したような跡があるだけだ。その頂上にあるべき毛髪は、しかし一部を残してそこに存在しない。今立ち上がる際に皮膚ごと剥がれて落ちた。
その体は、皮膚は、すでに固体としての性質を半分放棄していた。その所有権を放棄し、自らを他の生物に分け与えている。その青白い肌の色にテラテラとぬめるその蟲をここそこに纏い、しかしその腕は恐らく彼の想定した動きを実行できている。
その眼球は、皮膚の状況を見ると信じられない事だがまだ眼球と呼べるものであった。およそその全てを白く濁らせてはいるものの、確かにそれは眩しい真夏の太陽光に対して僅かに、だが確かに拒絶のような反応を見せた。
その顔は、例えばもうすでに口という形状を保っていない。唇はもう見当たらない。頬とはどういったものであったか。鼻につくこの臭いも、鼻がなければ感じまい。
『彼』が誰であるかがわかる人など、もういないのではなかろうか。そんな姿と化してしまったというのに。
その頼りない足は確実に体を支え、そして歩き出す。その削げ落ち非力になった腕は、しかし確実にその求めるものに向けられている。
耳は確かにその声を聴いたのだ。目はその相手を見ているのだ。
はっきりと、それは声の主、相羽の後姿をとらえて追いかけ始めた。
肺が、声帯が、残っているのかいないのか、その口から漏れ出るのはただ虚ろに響く風のような音だった。
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