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〈第九話〉
しおりを挟む入り口から石像が階段を掘り返す音が一向に止まず、これは近づけないなぁと判断したナイトハルト達は、取り敢えず、地下通路を真っ直ぐ進んだ。
地下通路の階段を真っ直ぐ降りて行くと、突き当たりに木製の簡素な扉があり、扉を開けると、そこにはそこそこの広さの部屋があった。
部屋の壁から木の根が伸びており、風が通り、光が差し込んでいることから、ここから外に出られる場所があると判断したナイトハルトは辺りを見回す。
すると――
「久しぶりの来客と思ったら、人間か」
部屋の一番奥、丁度光が差し込んでいる木の根に背を預け、短くボサボサな黒髪のボロを着た少年が一人座っている。
「何者だ!」
騎士二人が緊張した様子で剣を構える中、少年はゆっくりと立ち上がった。
「我は第八代魔王、エリュシオン」
「そんなまさかっ!」
「魔王が、こんな場所に‼︎」
騎士が焦り、切迫した様子で少年と相対する中、それを見たナイトハルトが最初に思ったこと、それはーー
ちっちゃいな……
ナイトハルトは、ごく自然に少年の方に向かって歩き、騎士達を抜す。
「殿下! 何を!」
「危険です! お戻り下さい!」
ナイトハルトは騎士達の制止を華麗にスルーすると、少年の前まで辿り着き、徐に少年に向け、軽いチョップをした。
「こらっ!」
少年が、⁈ という顔をし、騎士達、カイオンが信じられない物を見る目でナイトハルトを見る。
「こんな場所に子供が一人で入たら危ないだろう!」
カイオンが呆れる。
「とうとう課題のやり過ぎで、頭が可笑しくなったか……」
カイオン! おまっ、ちょっと待てや!
心の中でカイオンに毒づきつつも、ナイトハルトは騎士達やカイオンに向かって説明する。
「まぁまぁ、落ち着け。さっき、私達が居た部屋の壁には、第八魔王エリュシオンについての記述があった。それによればエリュシオンは、確かに黒髪ではあるが、同時に人々を凍てつかせる真紅の瞳を持っており、既に勇者達によって倒されているそうだ」
少年が、少し驚いて言う。
「ほぅ」
「しかし……その者は自ら魔王と名乗ったのですよ?」
武装を解きつつ、それでも若干言い淀む騎士の発言に、ナイトハルトは思う。
いやたぶん、これは中二病という名の甘い罠だろ……
中二病以前に、数百年前に倒された魔王エリュシオンが、今ここに居る訳がないだろうと思ったナイトハルトは、若干呆れる。
そして、少年の足につけられている鎖に気が付くと、このままでは石像が来た時に逃げられないと思い、剣を抜き、思い切り上から振り下ろして鎖を断ち切った。
「なっ……」
少年が、驚いて声を無くす。
この少年はよく見るとかなり整った顔をしており、大方人買い達が何処かから攫ってきてここに隠だのだろうと考えたナイトハルトは、ポンッと少年の頭に手を当てると、そっと少年の頭を撫でた。
「さっきは、叩いてしまってすまなかったな……」
しゃがんでよしよしと少年の頭を撫でるナイトハルトは、彼に何処か親近感を感じていた。
というのも、ナイトハルトがこの世界に来てから、黒髪の人……特に黒目黒髪の人を見かけたことが無かったのだ。
この小さな少年の姿を、姉や兄の悪戯っぽい息子達と重ね、懐かしさのあまり自然と笑みを零すと、少年は目を大きく見開いてナイトハルトを見つめた。
何だ? そんな変なことをしているのか?
少年が、ハッとして笑う。
「ふっ、愚かな人間よ。我を助けるとは貴様の命数もここで尽き――」
「よっこらせっと」
少年が何か言い終わる前に、ナイトハルトがやれやれと少年を抱き抱え、それを見たカイオンが眉間にしわを寄せる。
「この人は……」
「こんな小さな子供を一人置いていけないだろ……」
「ふむ」
うわぁぁという表情で、若干後ろに引き下がる騎士達が、恐る恐るナイトハルトに告げる。
「へ……殿下、僭越ながら、黒髪黒目というのは、不吉の象徴とされていまして……」
うーん、それは。偏見だと思います……
時代的には、そういった些末なことを気にしても仕方がない時代ではある。
だが、今日見た貧困喘ぐ子供達や、人買い達を思い浮かべたナイトハルトは、騎士達に言う。
「一国の主になろうという男が、不吉如きを気にしていてどうする。兎も角、ここから出る方法を探すぞ」
「やれやれ……」
カイオンが呆れて溜息をつくと、ドガーン‼︎ という凄まじい音を立てて、騎士達の後ろの壁が崩る。
そして目を赤く光らせ、若干ぼろぼろになり凶悪さ加減を増した天使と悪魔の石像が姿を表す。
ナイトハルトが、少年を抱き抱える手に若干力を込め、石像に向かって構えると、少年がすっと手を前にかざす。
「消え失せよ……」
少年の手から、二体の石像に向けて凄まじい衝撃波が飛び、二体の石像の上半身が同時に吹き飛び、後ろの壁に激突し、粉々に粉砕される。
ナイトハルトが目を見開いて少年の方を見ると、紅く目を光らせた少年が、クスッと笑ってからナイトハルトの耳元に口を寄せる。
「ところで……」
少年が、騎士やカイオンに聞こえない様に微かな声で囁く。
「お前は何を望むのだ。転生者よ……」
ナイトハルトが目を見開き、ピタっと硬直するのを見て、少年が真紅の目を細めてニヤリと笑う。
「又、会おう……」
少年は、ナイトハルトの手からふわりと浮いたかと思うと、僅かな風と共にその場から音も無く姿を消した。
「殿下‼︎」
「ご無事ですか⁈」
騎士達や、カイオンが心配して駆け寄る中、ナイトハルトはというと……暫くの間冷や汗が止まらなかった。
※
ナイトハルトは城に帰り、王に今日あった事を正直に報告した。
王から無闇やたらと古代文字を読むな! などとお叱りを受け、それでも無事帰ってきてよかったと言われ、何処か切なさと暖かさを覚えたナイトハルトは、部屋に帰り、ベッドに横たわり、長い溜息を一つ吐くと、徐々に寝息を立て始めた。
城の外が真っ暗になり、もう誰も起きている人が居なくなった頃、ナイトハルトの脳内に、またあの機械的な音声が鳴り響く。
《シナリオに改善が見られます……》
《シナリオに改善が見られました》
《シークレットキャラクターの情報を開示します》
《シークレットキャラクター、魔王エリュシオンのシナリオの解放条件を一部満たしました》
《魔王エリュシオンについての一部のシナリオを開示しますか?》
「うぅ、すまない、課題を倍に増やすのだけは……頼む……」
《隠しシナリオ”深淵を覗く者“の情報を一部開示致します》
※
ナイトハルト達が行った遺跡の隠し部屋で、目を真紅に光らせ、黒髪を長く伸ばした妖艶な男が一人、ヒロインと対峙する。
「お前は何を望むのだ。転生者よ……」
ヒロインが、魔王の腕に縋って言う。
「お願い! この人を助けて‼︎」
「ふむ……」
魔王が、ヒロインの剣幕に若干気圧されながらも、遺跡で怪我をしたのであろう、ヒロインの前に倒れる男に魔法をかけ、命を救う。
「ありがと――」
そう言いつつ振り返るヒロインの前に、既に魔王はおらず、ヒロインはキョロキョロと周囲を確認する。
「あれっ?」
※
シーンが切り替わり、魔王が、遺跡から少し離れた森の中でこっそりとヒロインを見つめる。
そこに、コウモリの様な翼と細長く先が尖った尻尾を生やした男が一人現れ、エリュシオンに尋ねる。
「よかったのですか? 魔王様」
「皆、普段、誰も私を恐れて触れようとせぬ。特に、人に触れられるのは、随分と久しぶりだ……」
少しだけ腕の感触を確かめる何処か哀愁漂う魔王は、夜風に吹かれその姿を闇の中へ消すのであった――
※
晴天に恵まれ、小鳥が囀る清々しい朝に、若干頭を痛そうにしたナイトハルトが目を覚ます。
うーん、これは……不味いんでないのか?
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