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Episode1
【Episode1(11)】
しおりを挟む律が、嫌そうな顔をする。
断ろうと口を開いたところで、ぎらぎらとした眼でナイフを構え始めた彼のボディーガードに、最初から帰らせる気はなかったのだと悟った律は、張り付いたような笑みを浮かべた。
「どんな演目があるんですか?」
「特等席で、見ようではないか」
律とノア、セシルの母親は、オークションの特等席まで案内される。
下卑た笑みを浮かべた商人が、席に着いたのを見計らった様にオークションが再開された。
「一杯居るか?」と、律に赤ワインが差し出される。
「ありがとう御座います」と受け取った律に、ノアは顔を顰めた。
オークションは続いていく。
白い羽の大梟、ひときわ強そうな獣人、火を噴く大蜥蜴など、珍しい魔物の次に始まったのは、人のオークションだった。
脅えた声が飛び交う人間のオークションの中で、ステージの真ん中に連れ出された女性めがけて、一人の少年が飛び出してきた。
「躾のなっていない奴隷だなぁ」真横にいる商人がぼやく。
飛び出してきた少年が、棒で殴られる。
もう必要のない商品とばかりに。
それをこの会場の誰もが、黙るか、笑ってみている。
それは律にとって触れてはならない物だった。
律の中で何かが振り切れる。
それは、この世界での日常風景なのかもしれない。
それは、この世界で人という歯車がきちんと回る様にする為に用意された、潤滑油なのかもしれない。
自分が、正義の味方ではない事を、律は知っている。
自分が被害者というより、加害者側に回っている人間であることを、律はよく知っている。
だが――
隠されることのなかった遠距離射撃用の小銃、二式小銃による発砲音。
笑顔と嘲笑の中で吹っ飛んだ商人の頭に、静まり返る会場。
そこに響くのは、暗く沈んだ異様に低い律の声。
「胸糞悪い」
「イヤァァァ‼︎」と誰かが叫び出したのを皮切りに、会場に悲鳴がこだましていく。
ある者は武器を取り、ある者は逃げ惑い、ある者は身を隠し、ある者はそれらに巻き込まれていく。
律は、そのまま商人の護衛の攻撃をいなしつつ、袖に潜ませておいたナイフで、すれ違い様に軽く頚動脈を搔き切る。
そのまま護衛が倒れるのを見送ると、ノアが待ってましたとばかりに、律の背中に張り付いた。
「良いのか、律。会場全員が敵に回ったぞ」
「こんな奴らの仲間にされるのは御免だ」
「そう来なくては」
楽しそうな笑みを浮かべる相棒に、敵意をむき出しに睨み始める商人達。
律は笑う。
隠していた本性が、隠しきれなくなって笑う。
音も無く、色も無く、ただただ静かに浮かべられた笑み。
それは見る人にとっては死神さながらの、凶悪な笑みだった。
「アイテムボックス」
ピンの抜けたグレネード、V40MINIが三つ、空中に放り出される。
律は、二式小銃をバットの様に振り回すと、三つのグレネードを同時に弾き出す。
弧を描く様にそれぞれ別々の場所へ飛んで行ったグレネードが爆発し、十数人が肉片となった。
「お前……お前っ‼︎ 何様のつ――」
隣で怒鳴りかけた、商人の頭が吹き飛ぶ。
振り向く事なく撃ち終え、煙の上がる二式小銃をしまい、律はコルトパイソンを取り出す。
絶対防御のスキルでセシルの母親に防御障壁を貼り終えたノアが、特大の狼の姿へと変化した。
「ぎゃぁぁぁ――」
叫びかけた悲鳴が途切れる。
コルトパイソンとグレネード片手に、人が多過ぎてどこに撃っても必ず当たる銃弾を撃ち始める律と、狼の姿になり、たやすく人々を噛み殺すノア。
会場はその二人の存在だけで、阿鼻叫喚となった。
律とノアの戦闘が終わった後、会場にいた殆どの人間が死体となっていた。
何人かは、走って逃げるか、転移の魔法を使ったのかもしれないが、数を数えていない律には確認のしようがない。
あぁ、これは取り返しのつかない事をしてしまったなと頭を抱える律に、ノアが話しかける。
「流石、我が主」
両者頭から血がべったりではあるが、傷一つない律とノアは、初春のそよ風がなびく草原の上に共に腰かける。
「ところで律よ、彼らはどうするのだ」
「え、何?」
「聞こえないふりをしても無駄だぞ?」
ノアに促された律が、そぉっと後ろを振り返る。
律とノアの後ろには、何十人もの、捕まっていた人、獣人、亜人、厄介な経歴を持つ奴らが立っていた。
ノアが、鼻を鳴らす。
「魔王にでもなってみるか? 案外楽しいぞ」
「遠慮しておく。それは向かない」
奴隷たちは、律の死神のスキルにより、体にかかっていた奴隷契約の魔法を解かれその殆どが自由の身となっていた。
彼らの一部は、商人たちが持っていた充分な金銭を律から受け取り、自分達の足で故郷に帰ることを決意したが、その大半は、故郷までの道のりが遠すぎたり、故郷が既に滅んでしまった人々だ。
彼らは律に、話しかける。
「あの、私達の村は、殆どの人が行く方向と反対側で、私達だけでは辿り着く事すらできません」
「我々獣人には、働き口がありません。このままでは昨日と同じ様な道を辿る事に……」
「キュルルルルルル……」
律が解き放ったのは、何も人だけでは無い。
律が適当に銃をぶっ放し、悲鳴の大合唱となった会場から、どさくさに紛れて解放したのは、ノアと同じく、何かしらの拘束魔法を掛けられていた魔物達だ。
「会場を撹乱させた後、そのうち何処かに飛んでいってくれるだろう……」という律の予想に反し、魔物達はなぜだか律に懐き、側を離れない。
律は、サッとノアを見る。
元魔王で、魔物の中ではかなりの信用があり、何を吹き込む事も出来たであろうノアが、律からサッ目を逸らす。
「ノア、何を吹き込んだ?」
「魔物は律義なのだ。死んでもお前から離れるものか」
あざとく小さな狼の姿になり、「キューン……」と頭をすり寄せるノアに、深い溜息と共に割とすぐにほだされ始めた律は、仕方ないなぁとノアを撫でる。
ノアが、ふと、思った事を口にした。
「会場の裏手に、奴隷の契約書が置いてあっただろう。その気になればあそこに捕まっていた全員を自分の奴隷にすることが出来たろうに……」
「あぁ、なんだ。そんなことか」
なんて事なく笑う律は、なんてことない風に答えた。
「人は、誰かの奴隷じゃない。奴隷になんてなれやしない。人は一生、わがままな人のままだ」
ノアが、意外そうな顔をする。
ニヤッと笑い、ポフンと体を大きくすると、律の体にのしかかった。
「お前が心底気に入ったぞ、律! 地獄の果てまで付いていってやろう!」
他の誰より頼もしい言葉に、律は思わず笑みをこぼす。
やれやれと立ち上がる。
振り返って見えるのは、曇り始めた空模様、困った顔をする“誰か”。
律は、一歩前へ進む。
投げた棒の方向へ、適当に、丁寧に、跡が残らない様に、それらしく、そのつもりで。
だからこそ、律は確信していた。
この旅の結末は、きっと碌なものにならない。
Fin
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