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第一章【黒】
満ちる月
しおりを挟む昼飯はナポリタン。量もそうだが味も満足だ。食後にまた珈琲を入れてもらい、しばしの休息。すると、ダグがカウンター越しに俺の前へ来た。何か話があるらしい。
「・・・何だ?」
「薬草の事だが、その後どうだ?」
「あー、まぁなんとか少しは確保できた。通常の量よりは足りないが、とりあえず王都ギルドに連絡をして詳細は伝えてある」
「そうか。あいつらの事に関しては何かあるか?」
この『片翼の鷹亭』は王都ギルドからの紹介で来ている。なので今回の採取クエストについてもダグは俺よりも詳しいかもしれない。毎回王都ギルドはこの宿を常宿にしているそうだから。
俺もギルド長に何かあれば宿屋の主に相談してもいいと許可を貰っている。なので今回の商業都市ギルドとのいざこざもいい機会なので話しておく事にした。追い出した所から、おそらくダグも個人的な伝手を駆使して相手側に連絡をしているとは思うが。
「そうか、そういう事か。商業都市ギルドもなんだか反応がイマイチだと思っていたんだ。ギルド長が変わっていたとはいえ、ここまで杜撰だとはなあ」
「国王に奏上したってんだから、商業都市の長には間違いなく報告・・・苦情が行ってるだろう。そこからギルドへ何らかの対応をしていると思うが、アイツらにどんな指示が来るのかはわからないからな」
「・・・そうか。ならとりあえず俺からはいい事を教えてやろう。魔女の香草についてだ」
「・・・何?」
ダグの情報は驚くものだった。魔女の香草は春分と秋分の日の前後3日間だけ収穫可能になるという。その3日間を逃すと、花から光が消えるという。
「な、あんた、そんな情報どこから」
「どこから・・・と言われてもな。随分長い事ここで宿屋なんてやってれば、毎年同じ時期にギルドから採取クエストに冒険者が来る。そこで話を聞いてりゃ想像に固くないって事さ」
「~~~っ、そういう事かよ」
言われてみればそうだ。毎年同じ時期に同じクエストしに来る奴がいて、採取成功したのかどうかだってわかる。『何かあれば相談してもいい』ってのはこういう事かよ!
「腐るなよ、情報を出すのも人を見てるからな?」
「ああそうかよ、感謝するぜ」
「お前にゃ見どころがあるからな、これで明日は採取可能だってわかったろ?今年の秋分は明日だからな。でも油断するなよ?ちなみに最高品質の魔女の香草が採取可能なのは朝日が昇るまでの間だ」
「は!?なんだよそれ!?」
「おいおい、よく考えればわかるだろ?月の光を吸収して花に光を宿すんだ。日が昇ったら徐々にその光は薄れていく」
『これまでの奴らは、花に宿る光が日が昇るにつれて徐々に消えてく事に気付くのに2日かかるんだ、だから採取できるのは最終日の夜から朝にかけてが多いな』と笑うダグ。ちくしょう、教えてもらわなかったら俺も仲間入りかよ。
だが、教えてもらったからには最善を尽くさなければ。俺の移動速度ならば可能だが、今回は満を持して夜中から見守る事にした。ジーナは心配そうだったが、ダグは満足そうに俺を送り出した。やっぱり夜から見張るのが正しい選択だったという訳か。試されてたな。
□ ■ □
深夜の森。昼間も静かなものだったが、夜になると真なる闇の洗礼を受ける。覚悟はできていたので、魔力で動くランタンを持ってきている。それでもあまり強い光を使う訳にはいかないから最小限だ。森の霊獣が寄ってきても困る。
昼間よりも慎重に進み、泉に注ぐ湧き水の音が聞こえてくると少し安堵する。奥地の採取エリア、そこは煌々と月灯りが降り注いでいた。
「・・・絶景だな」
柔らかな月灯りが魔女の香草へ注がれる。淡い燐光が薬草全体を包み、光の粒子が周りへと散っていた。これで妖精とか精霊とか出てきても全く違和感はない。
あまり近くで見ているのもなんだ、俺は少し離れて淡い光の乱舞を見守る事にした。水筒を取り出して飲むと、中身は暖かいハーブティーだった。…どこかで飲んだ味だ、と記憶を辿るとヒナの家で飲んだものと同じだった。
「ダグの店でも出してるのか?村の雑貨屋で売ってんのかもな・・・」
このハーブティーを飲むとホッとする。張り詰めたものがほぐれていくというか。それでいて頭の中はちゃんと冷えているから考え事を遮る事もない。
王都に戻る前に少し土産に買っていくとするか。
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