上 下
4 / 50

第4話

しおりを挟む
「あれー、ひろしさんから電話してくるなんて珍しいじゃないですか。いよいよ私の声を聞きたくなったのかな? あっ冗談冗談、怒らないでー。やっぱり明日の撮影の確認ですよね。でも、こんな時間に? 今、仕事中じゃないんですか? バスの。この時間はあんまりお客さんが乗らないとかで寂しくなってきたとかですね。分かります分かります。あっ、この話は内緒でしたね。ひろしさんと私だけの、ひ、み、つ、だなんて何か悪い事をしてるみたいですね。大丈夫です、今の会話は誰にも聞かれていません。ひろしさんも知っての通り、自宅にいるので。休みなのに、一人寂しくまったりしていたところに、ひろしさんからデートに誘われるなんて夢にも思っていなかったのですごく嬉しいですよ。どこに連れていってくれるんですか? って、ひろしさんの今日の仕事は終わったんですか? 早いですね。もしかしたら、明日の撮影に備えて早退したとか? 案外融通がきくんですね。あれ? そう言えば、私の家を知ってましたっけ? まあ、知らなくても、ひろしさんなら来れますよね? じゃあ、待ってまーす」
 人の話を聞かない塚谷君が電話を切りそうになったので、慌てて、
「おいおいおーい、切るなー。話は終わってない。というか全然何も話してないよ」
 これで、塚谷タイムは終わり、ここからは会話というものができそうだ。
「え? まだ電話で話したいんですか? まったく、わがままなんだから」
「うー。いろいろ反論はあるけど、それはまた会った時にでも。いや、一つだけ。デートはしないというか、付き合ってもなにのに誤解されるような事は言わないこと」
「もおー、真面目なんだから。冗談じゃないですか。ちょっとだけ本気だけど……」
「え? 聞こえない。まあいいや。こんな時間に電話したのは、緊急の要件ができたからなんだけど……実は健二さんにバレちゃった」
「健二さん? 健二さん健二さん健二さん……」
「え? まさかと思うけど、あの小林健二を知らないの?」
「しっしっしっ知ってるに決まってるじゃないですか。何年この世界にいると思ってるんですか。アノコバヤシケンジを知らないわけないでしょ。怒りますよ」
 疑わしいけど、話を続けないといけないし、もし知らなくても簡単に調べられる時代なのだから問題ないだろう。でも、一緒に仕事をしたことが一度や二度ではないのだけれど、敏腕マネージャーでもあんな有名芸能人を覚えていないものなのだろうか。なぜだか少し安心して、そして不覚にもかわいくも思ってしまった。
「で、その健二さんにバレちゃった」
「バレた? え? どういうことですか? 撮影中止とかですか?」
 塚谷君は頭の回転が速いだけなのか、それとも頭がこんがらがってしまったのか。
「いや、そのバレたじゃなくて……僕がバス運転士だというのが、バレちゃった」
「へえー、そうなんですか……って、うそー! 嘘ですよね? それとも冗談ですか? 私をからかってるんでしょ? やっぱりそうですよね。そんな簡単に騙される私ではないですよ。ひろしさんはまだまだですねえ。それじゃ、バスの仕事頑張ってくださいねー」
 現実逃避をしようとしているのか本当に冗談だとでも思っているのか判断しかねるけど、またまた電話を切られそうになったので、意地でも情報共有をしてこの危機を一緒に乗り越えてほしい僕は食らいついた。
「待て待て待ってー。嘘でも冗談でもなくて、本当に知られちゃったんだよ」
 電話は切られていないようだけど、しばしの沈黙。そして僕は耐えられなくなった。
「塚谷君? 聞いてる? もう一度言うけど、健二さんに知られたのは本当なんだけど」
「……あ、すいません。一瞬だけ、別世界に行ってました。なんだか、きれいなお花畑で楽しそうに走り回ってたような……そんな事はどうでもいいですよね。何をしてるんですか。明日、会ったら説教ですね」
 いやいや、完全な不可抗力だけど時間もないので、ああだこうだと言い争っている場合ではない。少なくとも見放されはしなかったので安心した。
「ごめんなさい」
「ごめんですめば警察なんていらないよ、って言うこの前のひろしさんの芝居はなかなか良かったですよ。褒めてあげますね」
「塚谷君と話してると、なんでいつも話が逸れるのかな? もう時間がないから用件を言うね。僕は明日だけど、健二さんは今日も撮影があるから……」
「あっ、それで、健二さんを口を聞けないくらいにボコボコにして、ついでに記憶も無くなるほどグチャグチャにしてこいって言ってるんですね?」
「そうそうそう、健二を半殺しにして僕の秘密を知った事を後悔させてやって、って……ちがーう!」
「おおー。ひろしさん得意のノリツッコミ。面白くないけど、冴えてるじゃないですか。その様子なら大丈夫ですね」
 褒められているのか、けなされているのかよく分からないが、何気に心配もしてくれていたようだ。
「今日のうちに口止めをお願いしようとしたんだけど、塚谷君が今日は休みだったとは知らなかったよ」
「えー、そんなあ。私の休みを知らないなんて、すごくショックです。そのうえ、ただ働きをしろだなんて……」
「あっ、ごめんごめん。いいよ。休みなんだから、行かなくても」
「喜んで行ってきまーす。ガチャ」
「あれ? 塚谷君?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ヤンデレな王子と無邪気な人魚姫

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

魔法学園

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

あなたのことを忘れない日はなかった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:13

七日間だけの婚約者となりましょう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:74

始原覇次元神龍の料理屋経営~暇だったから始めたけど結構楽しくない?~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

どれだけ離れても

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

おまじない相談所へようこそ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...