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第33話

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「リーダーは『怪盗20面相』を飲んだことありますよね? 私は初めて飲んだけど、美味しすぎて感動しましたよ。ねえ、パパ?」
「あっ、いえ、私もたまたま機会に恵まれなくて飲んだことないんですよ」
「そうなんですか? ああ、そうですよね。30年目に突如現れて世界中のワイン愛好家の人たちの舌を唸らせたと思ったら、わずか1シーズンしか生産しないで終わった幻のワインですものね。まだあの頃は私たちも未成年で飲めない歳でしたけど、あれだけ話題になっていたから名前は知ってましたよ」
「私も名前だけは。こうやって目にできるとは夢にも思ってなかったですけどね」
 ごちゃごちゃくっちゃべってないで、早く私にも飲ませてくれ。話はそれからでいいじゃないか。お願いだー。
「飲みたいですか?」 
 当たり前だろ。これ以上もったいつけるなら、後で明智君に八つ当たりするぞ。
「そ、そうですね。できれば、どんなものか味わってみたくもないこともないというか、まあ話の種になるかもと」
「うーん、どうしようかなー。ねえ、パパ?」
 いつまでもったいぶるつもりなんだ。さっさと飲ませろと言いたいところだけど……やはり何か企んでいたか。
 どうしても怪盗団に入れてくれとか言いそうだな。もしそうなら、意地でもきっぱり断ってやる。それがお互いのためなのだ。
 今ここで『怪盗20面相』を飲めなくても、阿部君のあの大きな風呂敷の中にたんまりとあるはずなので、なんとか必死に泣きながら鼻水も垂らしてお願いすれば、1本くらい譲って……いやそもそも私にだって戦利品をもらう権利があるじゃないか。あの風呂敷の大きさからいって30本はかたいだろう。ということは私は15本と言いたいところだけど、何気に明智君はワインも好きなうえにこんな高いワインの権利を辞退するわけがないな。まあそれでも10本はもらえるぞ。
 何も今『怪盗20面相』を飲めないとしても、ちょっと我慢すればアジトに浴びるほどあるのだから、ここは強気に出てやろう。
「あっでも、無理に私に分けないで、せっかくの希少なお酒を楽しんでくださいね。別に怒っているわけではなくて、私はワインにそれほどこだわりもないんですよ」
「そうなんですね。そういうことなら、もうこのワインはたぶん世の中にあと2本しかないというか、どこかの億万長者が隠し持っている可能性がないわけではないですけど、見つけるのは不可能に近いので、私たちだけでチビチビと頂くことにしますね」
「え! 2本しかない? だって阿部君のあの大きな風呂敷にまだまだいっぱいあるのでは?」
「あー、あれは、わけの分からない美術品よ。フランスの美術館に返す絵が分からなかったから、手当り次第に盗ってきてついでに高そうな骨董品を盗ってきたって言ってたわよ。まあ、ひまわりは風呂敷の中にこの『怪盗20面相』も紛れているとは思っているでしょうけど」
 あー、肝心な事を忘れてたじゃないか。てっきり、絵なんて1枚しか飾っていないと思い込んでいたから、どんな絵か知らないぞ。白シカ組の組長も詳しく教えてくれればいいのに。もしかしたら強奪された当時は大きなニュースになって、日本国中の人が知っていると白シカ組の組長は思っているのか。
 確かに記憶の奥底にある。うん、段々と思い出してきたぞ。しかし、どんな絵だったかまでは全く思い出せない。もともと絵に興味がなかったし、もしかしたら映像も含めて一度も目にしていない可能性があるかもしれないけど。
 思い出した事と言えば、当時は絵を守れなかったうえに事件を迷宮入りにしてしまった警察が批判されまくりで肩身が狭かったな。1000万円とトラゾウを手に入れたのは別として、今さらながら怒りがこみ上げてきたぞ。
 こんなことなら、帰りがけに白シカ組の組長宅に落書きの一つでもしておけばよかったかな。今からでも間に合うんじゃないか。過去のニュースを見ればどんな絵なのかは分かるが、確認のためとか言って、組長宅に行ったついでに落書きしてやろう。楽しみだな。
 いや待てよ。暴力団に顔を知られたくないし、あの時付けていたお面もどこかに無くしてしまったぞ。阿部君が買ってくれたトラの覆面は阿部君パパに譲ってしまったし、あったとしてもあのバカ組長のことだから私だと信じないかもしれないな。
 うーん……いやいや違うちがう。組長宅に落書きどころではないぞ。そんな事よりも、『怪盗20面相』じゃないか。阿部君のあの大きな風呂敷包みの中に30本どころか1本もないんじゃ、阿部君パパママのご機嫌をとらないと私は一生『怪盗20面相』を飲めないかもしれない。
 それは、死ぬ間際になった時に後悔しないだろうか。するに決まっている。
 しかし阿部君パパママを仲間にすると、私がどんなに頑張って奇想天外な作戦を立ててもミッションの成功する確率は大幅に下がるだろう。奇想天外だからだろなんて言う奴がいたら……そういう細かい事は言わないでください。危うくぶっ飛ばすって言いそうになってしまった。危ない危ない。私が暴力を振るうのは、怪盗のミッション中に身を護る時だけだったな。
 どうも話が逸れてしまうなあ。今はいかにして『怪盗20面相』を飲むかだった。
 この私をここまで考えさせるなんて、阿部君パパママもなかなかやるじゃないか。とりあえず知能は合格とするか。ぎりぎりだからな。問題は運動神経及び体力の方だから。
 何か妥協案を見つけないと、私は『怪盗20面相』を飲めないぞ。何か、何かあるだろ。初老のミーハー夫婦が怪盗団に加わってもリスクが全く増えない方法が……閃いた! 
 やはり私は天才だ。ただ、こちらから言うのはまだやめておこう。もしかしたら全く違うお願いの可能性だってまだまだまだまだ残されているのだから。そして下手に出ると妥協案すら反故にされるだろうから、それとなく飲みたい旨をアピールするか。
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