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第一章 絶望と異世界と狼男と少女
第四話 走り抜ければ─2
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額から汗がこぼれる。五月とはいえ、まだ少し冷たい空気が肺に入り込み、胸が苦しくなってくる。
でも今の私は、こんな苦しみを味わうことに変な高揚感を覚えていた。例えるなら麻薬中毒患者が、自分の体はボロボロなのに、心はハイになっているのと同じような……麻薬はやったことが無いから、麻薬中毒が具体的にどんなものなのかは分からないが。
とにかく今の私は、徹底的に自分を痛め付けていた。
逃げるという本当の目的こそあるが、走るなりして苦しんでいた間は、それすらも忘れられていた。まさか私がこんなアクティブな方法を取るなんて、とは思ったけれど。
そんなこんなで走り続けた私は、いつの間にか見覚えの無い場所まで行き着いていた。
この町に来てからまだ二ヶ月程しか経っていないから、私はまだ見慣れない場所が家の近所にも多い。恐らくこの町並みも、そういったものの一部だろう。
にしても……
私は走っていた足を止め、辺りを見渡す。一車線の道路を挟んで、様々な店が立ち並んでいる。しかしその店の全てに、共通している事があった。
開いていない、のである。休日の昼間だというのに、全ての店に固くシャッターが閉ざされ、店先に商品を置いてある所は無かった。
『アオイ青果店』とか『丸園写真館』といった文字が書かれた屋根は見える。しかしその下には誰もいない。その空間にいた人間は、本当に私一人だったんだ。
押し寄せる静寂と恐怖心から、私の心臓は一層鼓動を早くする。私は少し小走りになって駆け始めた。が、すぐにとある店の前で私は立ち止まった。
その店の看板は、既に文字が掠れて読めなかった。他の店と同じようにシャッターが降りてあったが、その店にはガラス張りのショーケースがあり、そこに様々なものが置いてあった。
ガラス製の天使の人形。木で出来たトーテムポール。あちこち錆び付いたブリキのロボット……ざっと見ても、別に統一性があるようには見えなかった。
そんな中でも、私の目を一際引いたものがあった。
それは、ショーケースの真ん中の一番目立つところに置いてあった、小さな陶器の人形だった。
背の高い男の人と、それより少し背の小さい女の人の人形が、台座の上でワルツを踊っている。
お互いが手を握り、男の人は女の人の腰に手を回して、女の人を支え踊るその姿は、制止していても美しく見えた。
台座の横には、真鍮で出来た小さなゼンマイが伸びている。そこでようやく私は、これが何なのかが分かった。
これはオルゴールなんだ。ゼンマイを回す事で、この人形が音楽と一緒に回るようになっているんだ。
私はしばらく、自分が空腹なのも忘れて、そのオルゴール人形を眺めていた。
一体このオルゴールは、どんな音を奏でるのだろう。一体この店は、どこでこのオルゴールを手に入れたんだろう。
──知りたい。そう思った瞬間の事だった。
カラン、コロン、カランという音と共に、目の前のオルゴールが、一人でに回り始めたのである。
「えっ⁉」目の前の光景に、私は思わず目を見開いた。
まるで私の『回れ』という願いが届いたかのように、オルゴールは回り続ける。共に流れるオルゴールの音色は、どこか遠い国の音楽に聴こえた。
ゆっくりと回る人形の動きを、私は目で追う。
耳が壊れたかと思ってしまうほどの静寂の中で、オルゴールはその音色を唱え続ける。その音色は、どこか儚くて、切なくて、そして──
──そして、なにか助けを求めるように聴こえた。
「…………」
何故そうしたのか、少し時間が経った今でも明確な答えは出ない。ただ、思わずそうしてしまった。というのが一番正しいだろう。
私は、ショーケースの向こうのオルゴールに向かって言っていた。
「私が助ける」と──
その瞬間、私の意識は遠くなっていった
でも今の私は、こんな苦しみを味わうことに変な高揚感を覚えていた。例えるなら麻薬中毒患者が、自分の体はボロボロなのに、心はハイになっているのと同じような……麻薬はやったことが無いから、麻薬中毒が具体的にどんなものなのかは分からないが。
とにかく今の私は、徹底的に自分を痛め付けていた。
逃げるという本当の目的こそあるが、走るなりして苦しんでいた間は、それすらも忘れられていた。まさか私がこんなアクティブな方法を取るなんて、とは思ったけれど。
そんなこんなで走り続けた私は、いつの間にか見覚えの無い場所まで行き着いていた。
この町に来てからまだ二ヶ月程しか経っていないから、私はまだ見慣れない場所が家の近所にも多い。恐らくこの町並みも、そういったものの一部だろう。
にしても……
私は走っていた足を止め、辺りを見渡す。一車線の道路を挟んで、様々な店が立ち並んでいる。しかしその店の全てに、共通している事があった。
開いていない、のである。休日の昼間だというのに、全ての店に固くシャッターが閉ざされ、店先に商品を置いてある所は無かった。
『アオイ青果店』とか『丸園写真館』といった文字が書かれた屋根は見える。しかしその下には誰もいない。その空間にいた人間は、本当に私一人だったんだ。
押し寄せる静寂と恐怖心から、私の心臓は一層鼓動を早くする。私は少し小走りになって駆け始めた。が、すぐにとある店の前で私は立ち止まった。
その店の看板は、既に文字が掠れて読めなかった。他の店と同じようにシャッターが降りてあったが、その店にはガラス張りのショーケースがあり、そこに様々なものが置いてあった。
ガラス製の天使の人形。木で出来たトーテムポール。あちこち錆び付いたブリキのロボット……ざっと見ても、別に統一性があるようには見えなかった。
そんな中でも、私の目を一際引いたものがあった。
それは、ショーケースの真ん中の一番目立つところに置いてあった、小さな陶器の人形だった。
背の高い男の人と、それより少し背の小さい女の人の人形が、台座の上でワルツを踊っている。
お互いが手を握り、男の人は女の人の腰に手を回して、女の人を支え踊るその姿は、制止していても美しく見えた。
台座の横には、真鍮で出来た小さなゼンマイが伸びている。そこでようやく私は、これが何なのかが分かった。
これはオルゴールなんだ。ゼンマイを回す事で、この人形が音楽と一緒に回るようになっているんだ。
私はしばらく、自分が空腹なのも忘れて、そのオルゴール人形を眺めていた。
一体このオルゴールは、どんな音を奏でるのだろう。一体この店は、どこでこのオルゴールを手に入れたんだろう。
──知りたい。そう思った瞬間の事だった。
カラン、コロン、カランという音と共に、目の前のオルゴールが、一人でに回り始めたのである。
「えっ⁉」目の前の光景に、私は思わず目を見開いた。
まるで私の『回れ』という願いが届いたかのように、オルゴールは回り続ける。共に流れるオルゴールの音色は、どこか遠い国の音楽に聴こえた。
ゆっくりと回る人形の動きを、私は目で追う。
耳が壊れたかと思ってしまうほどの静寂の中で、オルゴールはその音色を唱え続ける。その音色は、どこか儚くて、切なくて、そして──
──そして、なにか助けを求めるように聴こえた。
「…………」
何故そうしたのか、少し時間が経った今でも明確な答えは出ない。ただ、思わずそうしてしまった。というのが一番正しいだろう。
私は、ショーケースの向こうのオルゴールに向かって言っていた。
「私が助ける」と──
その瞬間、私の意識は遠くなっていった
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