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終
しおりを挟む再び時は現代に戻る。
「そ、そんな……父上までご承知の上だというのか……じゃあもう、僕は……終わり……」
ドルムは顔面を蒼白にし、全身をがたがたと震わせた。
王にこの沙汰を任命された件、その全てをドルムに告げた。
すべてを聞き終えたドルムはがくりとその場に崩れ落ちた。
今までどこか、王族という権威に守られた余裕があったものだが、今や子供のようである。
「死罪というわけではない。誠実に生きて罪を償ったと認められれば、また浮かぶ世もありましょう」
サリオンの最後通牒が告げられる。
「い、嫌だ! 僕は悪くない!」
それに身を捩ってドルムを拘束を逃れようとする。
さすがに第二王子に手荒な真似をするのを気がひけるのか衛兵たちも強く拘束はできずに困っている。
その常軌を逸して取り乱した姿は、逆にやましいところがある人間の怯え方でしかない。
間接的に自白しているようなものだった。
ため息をついてサリオンはそれに指示を出す。
「連れて行ってください」
(さよならドルム……この茶番で貴方が反省を見せたら少しは結果も変わったでしょうけど……)
私は感慨にふけった。王は最後まで親としての彼をあんじていた。
どこかで反省する機会があればと、そう念押しした気遣いをすべてドルムは踏みにじったのだ。
婚約者としてあまりに酷い思い出しかなかった彼から目をそらした。
「嘘だ、嘘だ……嘘だ嘘だ、なんでこうなったんだ」
だからこそ、なにか――壊れて常軌を逸し始めたドルムを見過ごした。
ドルムはうわ言のようにぶつぶつと独り言をいいながらどんどんと瞳の色を狂気に染める。
「証拠が偽物だった。フィオナが作った書類が……あ――はは」
常軌を逸したドルムはもはやうわ言のようにそうつぶやく、その目からは正気が失われている。
そして次の瞬間だった。
「フィオナ! お前が悪いんだ! お前も苦しめッッ!」
ドルムは兵士の拘束を振り払った。
一瞬の出来事だ。そして手近にあるペーパーナイフを掴む。
そしてなんと私に向かって掴みかかるように走り寄ってきた。
「ドルム王子!? 何を!」
衛兵が悲鳴のような制止の声を上げる。
同時に私の視界に目が血走ったドルムが覆い尽くした。
その手に握られているペーパーナイフは私の顔を狙っている。
顔に傷をつけるつもりだと、スローモーションになった世界で私は認識した。
顔の傷……社交界でそうなれば終わりだ。
ざくり、と――目の前で肉を裂く音が聞こえる。
「あ……あ……き、貴様! サリオンっ!」
私に痛みはない。
ドルムの攻撃を遮るように――サリオンが自らの身を私の盾にしていた。
「サリオン様っ! どうして……私をかばって!」
サリオンの右手にペーパーナイフは阻まれていた。
深々とその手の甲にナイフは突き刺さり、そこから血がこぼれ落ちる。
「ぐっ……全く……遠慮無く刺してくれる」
眉をさすがに歪めながら、サリオンは刺さったペーパーナイフを抜き放った。
ドルムはその衝撃で我に返ったのかナイフから手を離し後退る。
遅れて衛兵たちが顔面を蒼白にしてドルムを羽交い締めにした。
今度はもはや王子だからという遠慮がない本気の拘束だ。
「お、王子っ! おとなしくしてください!」
「うぐぐぐ……離せぇ……」
ドルムはやってしまったことにパニックになっているのだろう、暴れる体を、地面に押し付けられなおも叫ぶ。
「フィオナ、下がって」
サリオンは私を自分の背後に移すように移動し、地面に倒れ伏したドルムを見下ろした。
「王子――貴方は襲う相手を間違えた」
サリオンは恐ろしいほど冷たい声でドルムを見下ろしながら告げる。
「いいですか。王子、この謀略の責任者は私です。馬の骨ともしらない女に貢がされた、無様な貴方の計画を叩き潰したのは私なんです」
そしてぐっと身をかがめ、ドルムの顎を握り顔を動かせなくしてから、思い切り視線を合わせた。
氷のような冷たい、青い目がドルムを射抜くように見据える。
息を呑んだドルムは気圧され、そこから言葉を失った。
「覚えましたね? 今後狙うなら私にしなさい。もしフィオナを狙うなら、この世に生まれてきたことを後悔させてあげます」
「ぐう……っ!?」
完全に打ちのめされたドルムはもがくのをやめて、大人しくなった。
「――連れて行け!」
それを見てサリオンは衛兵に告げる。
ドルムは部屋の外に消えていく。
残ったのは私とサリオンだけ。
緊張の糸が切れた私は縋りつくようにサリオンへと駆け寄った。
「サリオン! 手がっ……大丈夫ですか!」
サリオンの手からは血の滴が垂れ落ち、じゅうたんにぽたぽたとこぼれている。
私はドレスの裾を破って、彼の傷を塞ぐ。
鮮血がすぐに布地を濡らす。九死に一生を得たとはこのことだ。
私に刺さっていたら、一生消えない傷が残っただろう。社交界での人権を失うところだった。
それを彼は身を挺して受けてくれた。
「う……うう……ごめんなさい。私のせいで……」
感謝と同時に申し訳無さが胸の奥から湧き出してくる。彼の手の傷とて、支障が無いわけではない。
それでもなお彼は私を守ってくれた。
こらえ切れず、私の目から涙がこぼれ落ちた。
「なぜ、泣くんです。困ったな、私は貴女を助けるために来たのに」
「ど、どうして……私なんか、そんなにっ……」
そんな私に、サリオンは戸惑うような声を上げた。
その声に確信した。いや、気づいていたのだ。この人は冷血なんかじゃない、とても優しい人なのだ。
不器用で職務に忠実なだけで真っ直ぐで――優しい人。
この件に対して、ずっとサリオンは私のことを一番に考えて行動してくれている。
損得や、利害ではない。私への純粋な想いを感じざるを得なかった。
サリオンは気まずそうに天井へと視線を上げ。ささやくようにつぶやいた。
「ずっと見てましたから。貴女は覚えてないでしょうけど。初等学校で貴女にテストで負けた時からずっとね」
その言葉に私は驚いた。
私はずっと昔から、彼と出会っていたのだ。
「それから、どうしても目が離せなくて。そうしてるうちに貴女はドルムと婚約していきました」
私の手当を受けながら、サリオンはぽつぽつと話を続ける。
「王家との婚約……貴族の淑女において誉れです。祝福するしかないでしょう?」
「ええ。ええ……」
「私個人がどんな想いを貴女に抱いていようとも、私はまず王家の臣下ですから」
私は涙ぐみながら、ことばにならない声でそう返すしか無い。
「しかし……貴女はドルムにこき使われて、どんどんその笑顔が暗くなっていきました……」
いつの間にかサリオンの視線は天井から私の方に戻ってきていた。
私とサリオンの視線が絡みあった。
サリオンの顔は今までの無表情が崩れ、柔らかい――見たことのない笑顔になっていた。
きゅっと、私はサリオンの傷に巻いた布を結び終えた。
「ずっと辛かったでしょう。だからね、貴女が受けた悲しみに比べたら、こんな傷、ちっぽけなものなんです。お願いだから泣き止んで」
サリオンはそんな手当した傷を撫で、そして私に告げた。
――衝撃が私の旨を貫いた。いままで他人に対して感じたことのない、強い衝撃だった。
その衝動のまま私はサリオンの胸に飛び込んだ。
私と同じく、彼は書斎の匂いがした。
私はその時に思った。
この人に返しきれないほどの恩を受けたのだと。
屋敷の前に馬車が止まった。
荷台から、ドレスを翻して淑女が降りる。
彼女は屋敷へと入り、使用人に呼び止められた。
「当家にいかがな御用でしょう?」
「あの、家令の募集があると聞いてまいりました」
「失礼ですが、ご紹介は? あとお名前は」
使用人の言葉に淑女は完璧なマナーで微笑しながら答える。
「サリオン様から商会を頂きました。名はフィオナ・ロジエルと申します」
受けたご恩を返しにきました。
と彼女は告げた。
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