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十二
しおりを挟むフロッセが目を覚ました時、そこはベッドの上だった。
手探りで自身が横たわるものを探れば、身を包むような柔らかいものを包んだシーツの感触が返ってくる。
そこまでは、フロッセのここ暫くのルーティンになっていた。
「目醒めたか」
聞き覚えのない声に、フロッセは飛び上がる。声の方に視線をやれば、左目周りに大きな火傷痕をある男が壁に寄りかかっていた。
反るように曲がった不思議な剣を携えた謎の男が動く様子はない。神を目の前にして動じないその佇まいに、フロッセは直感で悟った。
────この男、人間ではない。
しかし、フロッセと同じ神でもない。邪(よこしま)な雰囲気すら漂うが、悪魔のような類いとも言い切れない。
様々な何かが混ざったような怪しい男にフロッセが身構えていると、男が口を開いた。
「何処まで覚えている?」
男の問いの意味がわからず、フロッセは首を傾げた。
「……その様子だと、全くだな?」
「……?何があった?そもそもお前は誰だ?レナートは何処だ?」
レナートの名を出した途端、男は目を見開き、大きなため息を吐いた。
「貴様、本当に何も分からないんだな」
「だから、何だと言うのだ!」
回りくどい男の言い回しに嫌気が差して声を張る。すると男は壁から背を離し、ベッド横の椅子にドカリと腰掛けた。突然距離を縮めてきた男に、フロッセは後退りする。
「まず何が起きたか端的に言うとだな。フロッセとか言ったか?貴様は祟り神に堕ちかけた」
「…………は?」
「本筋を端的に説明しただけだ。結果としては完全に堕ちることは阻止した。回復しかけていた貴様の大部分の神気を引き換えにな」
言われて、その時初めてフロッセは自身の神気の具合を探った。
確かに男の言う通り、レナートと出会った直後くらいまでまた衰弱している。しかし、身体が消えかける気配はなく、寧ろこの土地に固定されているような感覚さえする。
「……お前がやったのか?」
「半分正解だ。オレは貴様の神気の堕ちかけていた部分を斬り捨て、消滅させた」
神気を消滅させる。
魔法使いどころか神ですら至難の技を、さも当たり前のように男は説明した。
「……お前は何者だ」
「東洋の鬼神……神の真名は別にあるが、皆からはヒイラギと呼ばれている。俺は悪鬼羅刹を滅ぼすことに特化した力を持つ。つまり、悪性の類いであれば、悪魔だろうが神だろうが斬り捨てる事ができる」
「その特性を持って、堕ちかけていた部分のみを斬ったということか」
「他の神ならこうも上手くはいかなかった。貴様の成り立ちは、日の本の神の在り方に良く似ている」
「日の本の……神?」
気になる言葉が次々と出てくるが、問いかける前に、ヒイラギと名乗った男が掌をフロッセの正面に掲げることで制した。
「本筋が逸れる。貴様が聞きたいことは、今は異国の神の在り方などではない筈だ」
「…………何故、私は堕ちかけたのか」
言葉にすることで、全身に怖気が走る。堕ちるということは、本来の性質が完全に書き換えられるということだ。
しかし、一番怖いのは堕ちるきっかけに全く心当たりがないことだ。
……ヒイラギの口ぶりからして、きっかけはあった。辺境で生まれた神には知識が備わっていないだけで。
「レナートの実験だ」
一回り低い声で告げられた事実に、フロッセは目を見開いた。
「奴は自身の生命力で神気を上書きすることで、貴様を眷属にしようとした」
「な……そんな、ことが…………」
「通常なら不可能だ。しかし、貴様は神の括りから外れかける程弱っていた。そこまで縮小した神気の場合、奴レベルの魔法使いであれば……或いは」
「レナートは……あいつは、私の事など、本当にどうでも良かったのか」
口にした事実が改めて重くのし掛かる。
フロッセの未来の事など何も考えていなかっただけでなく、そもそも神でなくなる事すら、どうでも良かったのだ。
「オレはレナートという男を知らん。分かるのは、奴の実験は人の手に余ることだったという事実のみ」
俯き項垂れるフロッセを、ヒイラギは無情にも突き放した。
「…………実験が失敗して、私は堕ちかけたのか?」
「憶測になるが……実験そのものは少なくとも途中までは上手くいっていた。だが、途中から何らかの邪念が混じった」
「邪念?」
「奴のものか、貴様のものか、はたまたどちら共のものか、判断はしかねる。だが、神とは思想の影響を受けやすい。弱っている神気に邪念が内側から注がれ続けたら、変質するのはあっという間だろう」
ヒイラギの告げた邪念に、フロッセは少なくとも自身のものには心当たりがあった。
レナートへの不信感。
救うの宣いながら粗雑な扱いを続けられ、その内どうすれば良いか分からなくなっていた。そうして雁字搦めになった思考で募った不安が、邪念となって自信すらも蝕んだのだ。
「……レナートは今、何処に?」
「オレの相方が尋問してる」
「!?」
ここに来て新たな人物の存在を仄めかされて、フロッセは単純に驚いた。
「オレの相方はレナートと同期の魔法使いだ。秘境に左遷された奴を心配して、わざわざ自ら様子を伺いに来た。オレはその付き添いだ。調査の進捗だけ聞いてさっさと帰るつもりだったが……実際に来てみれば、何故か堕ちかけの神と莫迦がいた」
そうしてヒイラギが対応してくれたらしい。
ヒイラギと相方が来てくれなければ、或いはもう少し到着が遅れていれば────
最悪の想像をして、フロッセは自信を抱きしめた。
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