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しおりを挟む2日後の夜。
食堂の利用時間は終了し、数刻前までの賑やかさは静まり返っている。キッチンからの漏れる光ばかりの薄暗い空間で、董哉は油で汚れたテーブルや床をひたすら磨いていた。
そこへ、丈夫なゴム底の靴が磨かれた床を踏み締める音が近づく。董哉よりも一回り大きい影が彼を覆い隠し、暗すぎる視界の中董哉は顔を上げる。
暗すぎで判断に少々時間を要したが、目の前には間違いなくフレッドが立っていた。
「……本当に来た」
「Huh?」
2日後に食堂を閉め終わった後に渡す。確かに伝えはしたが、正直気分が変わったりして来ないことも十分考慮してた。しかし、フレッドは不服そうにしながら律儀にここまで来た。董哉の手料理を受け取りに。
思わず日本語で呟いた独り言は勿論フレッドには理解されず、逆光でもわかるようなガンを飛ばしてきた。おおかた、オメガがボソボソ喋ってるとでも考えているのだろう。差別から入る不機嫌は今に始まった事ではないので、今更気にしない。
「そこで待っててくれ。今取ってくる」
フレッドが肯定を返すよりも早く、モップを立てかけて横を通り抜ける。キッチンに戻り、業務用の巨大冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の片隅に置いていた2つのタッパーを取り、フレッドの元に戻ると彼は食堂の椅子に腰掛けていた。
2つのタッパーを持って現れた董哉に、フレッドは小首を傾げた。
「これ、こっちの緑の蓋のタッパーがカレー。メイン料理」
「カレー」
何を食べたいか聞いていなかったので、色々迷った結果、日本でも王道のカレーを作った。ルーは日系のスーパーマーケットで購入した日本産の企業努力の結晶もあったのだが、フレッドは董哉の料理をご所望だったのであえてスパイスから作った。
「で、やっぱりカレーは米で食べてほしいんだけど、米なんて置いてないだろうから一緒に持ってきた。それがこっちのピンクの蓋のタッパー」
「は?」
「本当はらっきょうや福神漬けもあるとよかったんだけど流石に手に入らなかった。あ、米はそのままだと固いだろうから温める時に霧吹きとかで湿らせて……」
「おい!」
あれこれと説明していた董哉の顎をフレッドは鷲掴みした。
いきなり顎を掴まれたことと、近づくなと言ったくせに自分から触れてくる矛盾に流石の董哉も苛立ちを覚える。が、顎が固定されて言葉を発せないので、フレッドを真似て眉間に皺を寄せて訴えた。
「俺はメシの解説をしろと言った覚えはねぇ」
しかし、フレッドが臆することは少しもなく、見下ろすというより見下しながら吐き捨てるように口を開いた。
「でも、折角食べてもらうならできるだけちゃんとした状態で食べてほしい」
「ならそのちゃんとした状態ってのを持ってこい。今」
とりあえず渡して、どこか空いた時間で食べてもらえればいいと考えていた董哉は目から鱗とばかりに瞬いた。
食堂の皿とレンジを拝借し、タッパーの中身をそれっぽく盛り付けた。こんなことなら弁当っぽく仕上げて、他にもおかずを添えればよかったと考えるが仕方ない。
「……どうぞ」
湯気が上がるほど温め直されたカレーが、フレッドの前に置かれる。
具材は定番かつシンプルに人参、じゃがいも、玉ねぎ、牛肉。アメリカン規格に合わせて具材は全体的に大きめに切り、スパイスは少し辛めに仕上げた。
自分で食べたいと言ったくせに、目の前のカレーをフレッドは訝しむように見ている。
「いらないなら俺が食べるけど」
「何も言ってねぇだろうが」
下げようと皿に手を伸ばそうとすれば、虫でも払うように跳ね除けられた。不貞腐れる董哉を尻目に、フレッドはやっとスプーンを持った。
ライスにルーを絡めて小さな一口分を掬い、ついにカレーを口に入れた。
ゆっくりとした咀嚼だが、フレッドの顎が動くたびに彼の眉間の皺は徐々に薄くなっていく。
そして今度は大きめの一口分を掬い、無言で口に運んだ。
「……美味い?」
少しずつ食べるペースが上がっていくのを見れば、そんなの答えがなくてもわかる。
「………………悪くない」
「美味いか不味いしか受け付けません」
「…………………………Awesome」
董哉はその一言が聞きたかった。
見知らぬ土地に来て早4ヶ月。偏見や差別による蔑みの視線に晒されながら踠くように料理について学んできた。オメガが、イエローモンキーが作った料理なんて、と態度だけで唾棄されることもあった。
しかし、その筆頭だったフレッドに食べてもらい、美味いと言わせた。
道なんてない夢の道で、やっと確かな1歩を踏み出せたような気がした。
「……そっか」
声が震えそうになるのを堪えたせいで、素っ気ない返事しかできなかった。
フレッドには伝わってしまっただろうか。伝わってないといいな。今までの振る舞いがただの強がりだったことがこんなやつにバレるのは、癪な気分だ。きっと、今日という日をダシにここで働き続ける限り揶揄われるだろうから。
董哉は気づくな、絶対に気づくなと内心願い続けた。そんな董哉を暫くジッと見ていたフレッドは、その後は董哉から目を逸らすように黙々とカレーを食べ続けた。
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