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愛の軌跡 ~盟約~

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「ぼっ、僕は! 僕はだな! お前がおちんちんがを熱いと苦しげに慰め始めたから!! 僕はてっきり!!その場にアレがあると思って……!! うわあああ!! 紛らわしい!! バカヒイロ!」
「えっ、何故怒られているのかがよくわかりませんが、とにかく落ち着いて下さい! ハルカさん! 俺は! 俺は嬉しかったですよ? ほんとです! でも、次に俺のおちんちんを観察したい時は、事前に言ってくれたらとは思いますけど! あと、個人的には目隠しプレイは好きだなって思いました! 予告していた通りおちんちんも大きくなりましたし!」
「おちんちんおちんちん言うな!」
「ええっ!! ハルカさんがそれを言うんですかっ!?」
「うあああ!!」

 羞恥で頭を抱える魔王の周りで全裸&勃起状態でアタフタしながらどうでもいい感想を述べる勇者。
 ツッコミ役が誰もいない修羅場はこの後10分ほど続いたが、結局事実は変わらないのだと悟ったハルカリオンは、よろよろとしながら腕を伸ばしてヒイロの目元に指先で触れる。

「そん、な……」

 再びきゅうっと息の道を締め付ける喉から絶望的な声が漏れた。

 見間違えではない。見つけてしまった。その左目の瞳の中に……赤く揺らめくレオテーゼ家の刻印を。

「あ、ああ……」

 震える指先でヒイロの瞼を撫でる。

「……? 俺の目がどうかしたんですか? あ、ハルカさんの右の瞳の中に何かの模様が……なんだろ?」

  小首を傾げたヒイロがハルカリオンの瞳に浮かぶ刻印に気づく。

「……っく!」

 ――血の盟約の成立。

 その言葉が頭の中で反響する。

「ハルカさん? あ、あの…もっと大丈夫ですか?」

 体を繋げながら互いの血を吸い合いうことで交わされる血の盟約の証がヒイロの左目の中に浮かび上がる。

(こいつは僕のものであり、今後僕にしか欲情しない。その激しい渇きが満たせるのは、夫である僕だけ……。そして、その乾きが続くと、妻であるヒイロは、ヒイロに待つのは――……)

 ……死、のみ。

「大丈夫ではなーーい!なんてことだ……っ! なんてことだーーー!」
「ハルカさん? さっきから一体どうしたんですか? 挙動不審なあなたもかわいいですけど」

 懲りもせずかわいいと口にするヒイロにハルカリオンは掴みかかる。

「どうして僕を抱いたんだ? どうして! ……どうして僕を……欲にまみれされた! 道端にでも捨て置けば……っ! どうして! どうして僕に近づいたんだっ!」

 これは只事ではないと、ポカポカと胸を叩くハルカリオンを見たヒイロは大きな深呼吸をしてゆっくりと問いかける。

「聞きたいですか? 俺がどうしてもあなたに近付いたのかの真実を」
「……ああ」

 ハルカリオンはヒイロの胸に置いた手をぎゅっと握りしめて頷いた。








「昨日、あの戦いの後……砂嵐の中でぽつんと立つあなたの姿が見えたんです。いつもならすぐにどこかへ消えてしまうのに」
「……っ」
「魔王様って、普通戦地から通り場所でふんぞりかえっているイメージがあって。けど、あなたは最初の戦いからずっと戦地にいた。……俺の周りの仲間は今度の魔王はおかしい奴だって言ってたけど、俺はそれがどうしてもおかしなこととは思えなかった。そして気づいたんです」

 胸の上できつく握られたハルカリオンの拳をヒイロの温かくて大きな手が優しく包み込む。

「兵士が危険な時はそれとなく回避魔法をかけたり、治癒魔法をかけたり、それは魔王軍の兵士だけじゃなくて……アースガルドの兵士達にも同じことをしていましたよね?」

 自分が戦場において何をしていたのかの秘密も知られていたことに、ただただ驚く。

「多分、気づいているのは俺だけだと思いますよ。そんなあなたを見て、この人はすっごく優しい人なんだって」
「……人ではない。僕は魔族であり、それらを統べる魔王だ」
「ええ。知ってますよ。それでも好きになってしまったんですから、しょうがないじゃないですか。自分ですら心のコントロールが出来なくなるのが、恋ってやつなんです」

 拗ねた子供みたいにそう言うともう片方の手で乱れた髪をすかれながら撫でられる。

「正直、あのおどろおどろしい仮面の下がこんなに美しい人だとは思ってもいませんでしたけど。それだけが誤算だったな。……だってもっとすきになっちゃったんですもん」
「……っ! そ、そんなに恐ろしい仮面だったのか、アレは」
「ええ。THE魔王って感じで初めて見た時は笑っちゃいました」
「笑ったのか」
「だって初めて見た時から、あなたの身体を纏うオーラがあまりにも違っていてチグハグでしたから」
「チグハグ? 僕のオーラが……」

 頬を大きく温かな手に包まれながら、互いの額を重ね合わせる。

「はい。あの仮面と戦闘服から滲み出るオーラは真っ黒でおどろおどろしいオーラでしたけど、それを纏うかのようなあなたの本当のオーラはあなたの瞳と髪の色が混ざったような、ひとつの穢れもなく純粋で美しいオーラなんですよ。勇者の特有の能力なのか、俺って見たもののオーラが見えるんです。殺意を向けるような奴や何かをたくらむ奴はすぐにわかるんです。だからあなたが魔王でも、あなたのオーラを見て、この人は悪い人じゃないと一瞬で分かりました」

 流石に、まさか勇者軍との初対戦の時から見抜かれていたとは思わなかった。

「くっ…ますます勇者に勝てる気がしないな」

 皮肉気に呟くハルカリオンを見てヒイロが笑う。

「それからです。俺があなたを意識して観察し始めたのは。確かに最初はただの興味本位程度だったんですけど、ある日の戦いで、あなたが戦場で混乱に紛れて何をしているのかに気づいて……ああ、なんかもうものすごく堪らないなって。そう思ったのがきっかけですっかり魔王の沼に転げ落ちました。あの瞬間からあなたは俺のヒーローになったんですよ」
「沼……? ヒーロー? それはお前の名では?」
「ははっ。由来はそうでも俺の名前はヒイロです。ヒーローっていうのは、英雄みたいなものかな? それに俺みたいなのはヒーローになんかなれません。今ある力だって自分で得たものではないですからね」

そんなことは無い、と言いかけるが、ヒイロがあまりにも悲しみを含んだ表情を浮かべていたので、ハルカリオンは口を噤む。
そんなハルカリオンを見て、ヒイロは悲しげな表情のまま少し口角をあげる。

「……戦いに負けても、あなたは決して自軍の兵士に罰を与えたりしないし、蔑ろにしない。それどころか退散する時には率先して歩行困難な奴に肩を貸したり……回復させたり……ふふ、魔王様なのに、やっていることはヒーローそのもので。それが微笑ましくて。アースガルドに放つ魔獣だって、どこか可愛くて、弱いものばかりですよね?」
「……うぐっ! それも気付いていたのか!」
「だから言ったじゃないですか。ずっとあなたを見ていたって。あなたは、俺がこの世界に召喚されて学ばされてきた歴代魔王の誰とも違う。あなたと比べたら、俺の方がよっぽど悪いことしてますよ。だからあなたこそが真のヒーローなんだって、俺はそう思ってます」
「……っ、違わない。僕は悪い魔王だ!」

 ブンブンと頭を横に振るハルカリオンの背をヒイロの大きな手が落ち着かせるように撫でる。

「……けど、昨日は違った。ひと際大きい魔獣を倒されたのに、周りに傷ついている仲間がいたのに、あなたはあの場所から1歩も動かなかった。仮面を吹き飛ばされても、頬から血を流しても。しかも敵の陣地で、ですよ? だから、帰還を促す仲間に適当な言い訳をして、あなたから遠ざけた。あなたのあんな姿を見たのは俺だけだから、それも安心してください」
「……っ」
「ゆっくりとあなたを驚かせないように近づいている時も、正直心臓がバクバクして口から飛び出そうでした」

 悪戯っ子の様に笑うヒイロを見上げて、ハルカリオンもつい小さく笑ってしまう。

「初めて見たあなたの素顔はとても美しくて、俺はあなた憧れていただけじゃない。恋もしていたんだってその時に気づきました。ヒーローだって魔王だって、心がないわけじゃない。子供みたいに泣きじゃくるあなたを見てたまらず抱きしめて願ったのは、この人の痛みを俺も分かち合いたいということでした」

 うっすらと思い出す、砂塵の中の優しい抱擁とその温かさ。

「あれはヒイロだったのか……」
「思い出してくれました?」
「ああ。うっすらとだが、とても温かかったのは覚えている」
「俺があなたに近づいたのは、勇者としてではなく、ひとりの恋する男として好きな人にただ近づきたかったんです。仲間を遠ざけたのもきっとあなたをひとりじめしたかったから。あなたを抱きしめながらそんなことを思っていたら、もう完璧に魔王様のこと愛しちゃってんじゃん俺って」
「ヒイロ……」
「笑っている隣で一緒に笑いたいし、泣いているのなら……涙を拭ってあげたい。その理由の全ては、あなたのことが好きだから。あなたを抱いたのも、あなたのことがどうしても欲しかったから。俺の行動理由は、全部全部あなたのため。あなたがこの世界を掌握したいと本気で願うのなら、あなたのために俺も本気で世界を敵に回すよ、ハルカさん」

 まだ薄く残っていた頬の傷に触れられ、ピリッとした痛みに顔を顰めると、今度は慈しむようにそこへキスが落とされる。

「本気で思うか、こんなこと! 僕は……僕の願いは我がデヴィガルドの民と共にただ静かに暮らすこと」
「もちろん隣には愛する人がいるんですよね?」
「……ああ」
「じゃあ俺しかいないですね!」

胸を張ってドヤ顔をしているヒイロの顎にカプっと噛み付く。

「調子に乗るな。お前とは限らんだろ」

ええっ!そんなぁ!と悲しみの声を上げるヒイロを見て、思わず涙を含んだ笑いが込み上げる。

「っ、本当にバカだ、お前は……これが魔王である僕自ら体を張ったトラップだったらどうするんだ?」
「いいですよ。すっかり骨抜きになっている俺をこのまま殺しても。でも今話したことが真実です。信じてもらえないかもしれないですけど」

 ヒイロらしいその即答に、ハルカリオンは呆れる。殺せるものならとっくに殺している。それが出来ないのは、この目の前の男が新しい未来を見ようと手を差し伸べてくれたからだ。
自分が死なないための、果てしなくもそれでも求めてしまう新たな未来を。

「そんなこと簡単に言うな! 本当に……バカだ。えいっ!」

 ヒイロの肩をポカッと軽く叩くと、そのまま抱きしめられる。

「ほらね、あなたはやっぱり優しい人だ。さっきも今も……全然痛くない。何故なら、傷つけられる痛みを知っているから」

 少し力を込めた抱擁と押し付けた胸から耳へと響く心地の良い鼓動音。

「……簡単に殺せなどと言うな。さっき言った言葉は嘘だったのか?」
「さっき?」
「ああ。僕等がお互いの手を取って、平和に導く世界にすると言っただろう? それに……」

 ハルカリオンは少しつま先立ちをして腕を伸ばし、それをヒイロの首に回す。

「お前はこうも言った。信じて欲しいと。そして僕はお前のことを僕に信じさせよと言った。互いの手を取り合う前に、信じ合うことが大切だと、そう思わないか?」
「……ハルカさん」

 ハルカリオンから歩み寄ろうと決めたその言葉にヒイロの顔が泣き笑いを浮かべくしゃりと歪む。
 その表情は年相応なもので、ハルカリオンは初めて心の底から目の前に立つ勇者が少しだけ愛おしいと思った。
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