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幕間「世界で一番弱虫で卑怯な男の話」

~side ヒイロ~ 5

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 魔族が暮らす国・デヴィガルド。
 そこへ行くには深淵の森と呼ばれる巨大な森を抜け、更に地の奥深くへと下っていかなければいけないという。
 深淵の森は太古から生きる神獣と呼ばれる生き物が護る場所と言い伝えられている神聖な森だ。
 中に入り木の実や必要な分だけ獲物を狩るなどの自然の恵みを受けることは出来るが、悪意を持って踏み入れたり、森を傷つけるようなことをすれば神獣によって罰せられるとも言われている。
 その為、アースガルドもデヴィガルドも手出しをすることが出来ないこの森を不可侵の領域とし、両国の境としている。
 魔王がいると思われる本陣は、深淵の森を抜けアースガルド側に寄った小高くなだらかな丘の上に構えられており、魔王専用の一際大きい天幕の周りに大小様々な天幕や天幕とも呼べないようなテントもどきが張られている。魔王の天幕だって正規の支柱ではないものが使われているのか斜めに傾いており、少しの衝撃で崩れ落ちそうだ。
 この明らかに悲惨な状態を見ただけでも、戦力だけでなく財政すらも逼迫していることが伺える。

「こんな状況で戦いを挑んでいるのか? 魔王は何を考えている。侵略よりもまずは自国を何とかするのが先だろ」

 ほとんどの者が出陣しているのか、残っている魔族は50名にも満たない。残っているのは治癒を仕える医療班だけなのだろう。所々穴が開き、継ぎ接ぎだらけの天幕内へと次々と運ばれてくる負傷兵にてんやわんやしている。アースガルドの暇を持て余している治癒術士達を派遣したいくらいだ。

「一応防御結界も張られているみたいだけど、俺の指一本で破壊できそうだな」

 魔王の本陣営から50キロほど離れた大人の腰ほどまで高さのある草むらの中へと転移し、遠視魔術を使って状況を見極めると、腰に下げていた王より歴代勇者が使用してきたと言われ渡された聖剣の柄を握る。無駄な殺戮はしたくない。狙うのは魔王の首だけでいい。

「あの細い身体じゃ、一瞬で仕留められる。それこそ、痛みを感じる間もないくらいに」

 魔王の姿だけならいつも確認していた。
 趣味の悪いもどきの仮面と大きな体を覆う漆黒のマント。
 だが、俺は知っている。そのマントには身体を大きく見せるための認識を惑わす魔術が施されていることも、そのマントの下に隠された華奢な身体にぴったりとしたアンダースーツを着ていることも。

「何歳なんだ? 仮面の中までは流石に透視できないけど、高校生くらいか?」

 子供を殺さなければいけないのかと一瞬躊躇う気持ちが芽生えるが、こんな一方的な蹂躙とも呼べる戦争なんか、早く終わらせてあげたいとも思う。
 そんなことを考えていると、ぼろい天幕が並ぶ一帯から、コソコソと辺りを伺うように誰かが出てきた。

「……あれは魔王か? ひとりで何をしようとしているんだ?」

 今は大きなフード付きのマントを羽織っているが、いつのも仮面の大きな角が出ているので隠れ蓑にすらなっていない。
 その上、身を潜めてはちょこちょこと動き回るその姿に何故か愛らしさを感じてしまう始末だ。

「……ぷッ! かわいいな」

 なまはげもどきの仮面だけは強固な古代魔術でも施されているのかまだ素顔を見たことはないが、透視魔術で見るマントの下の姿はやはり幼さの残る青年だ。あの青年を自分はこれから殺すのだ。
 押し込めていた罪悪感が再び芽吹く中、ふと彼のオーラを見たことはなかったなと思い出し、手のひらに展開した小さな魔法陣を瞼に焼き付け再び目を開けると……。

「……くっ!!」

 白と金が混ざり合ったような激しい光が飛び込んできて思わずバランスを崩して後ろに倒れると運悪く小ぶりの石があり、それに後頭部を打ち付けてしまった。

「……いっ! くぅ……っ!」

 勇者が尻もちをついて倒れ、そこにあった石で頭を打って死ぬなんて笑えない。それでも死ねるのならいいかと思うけれど、人はそんな簡単には死ねないらしい。
 しばらく痛みに悶えたあと、そっと頭に手を当てるとヌルッとした感触がする。

「血が出てる……」

 周囲には誰もいないし仕方ないと治癒魔法を使おうとした時だった。

「…………か、誰かそこにいるのか?」

 1歩1歩ゆっくりと近づいて来る足音と共に、怖々としながらもこちらへと問いかける女にしては低く男にしてはやや高い声が聞こえる。

(やば、魔族か……!?)

 とりあえず軽いであろう怪我はそのままに慌ててアースガルド連合軍の一般兵へと変化し、倒れたまま目を瞑る。

「おかしいな。この辺りから魔力を感じるんだが……気のせいか? でもここに逃げ込んだ者もいるかもしれない。怪我をしていたら大変だ」

 カサカサと草を書き分ける音。
 サクサクと大地を踏みしめる音。
 それが段々とこちらへと近づいてきて……。

 ガサッ!

「やっぱりいた! …………この服装はアースガルドの……あっ!」

 目を瞑り、ジッとしている響空のすぐそばに誰かが膝をつく。

「頭から血が……。周りには誰もいない、よな? …………よし」

(よしって……俺を殺すつもりか?)

 目を瞑りながらも気づかれぬよう手のひらに攻撃魔法を練り出そうしたその手を握られ、驚きのあまり魔法が霧散していく。

「……ッ」
「安心するがいい。私はお前の命を奪うためにここへ来たのではない。お前にも家で待つ家族や恋人がいるのだろう? こんな寂しいところで死ぬな」

 優しく諭すような心のこもった言葉。
 握られた手から伝わる温かな小さな手。

(な、んだ……この魔族は……何を言って……)

「そのまま大人しくしていろ。直ぐに治してやる。起きたらすぐにここから立ち去れ。私以外の魔族に見つかったら本当に殺されてしまう。アースガルド連合軍はここから50キロほど南に下った場所にいる。運が良ければ仲間に見つけてもらえるだろう」

 その言葉と共に手から魔力が注ぎ込まれる。

(これは……治癒魔法? しかも相当な腕前だ。もしかしたら仲間の治癒士か?)

「戦は嫌いだ……。強奪も殺戮も」

 ぬるめの温かなお湯に浸かっているかのような心地良さの中、ぽつりと聞こえたその言葉に薄らと目を開ける。
 視界に飛び込んで来たのは……。
 にょきっと額から生えている大きく太い角。
 閉じた口から伸びる大きな牙。
 大きな鷲鼻に、ギロリと睨みつけるつり上がった大きな目と太い眉。

「……なっ」

 驚きで漏らした小さな声に相手が反応する。

「……な?」
「な、ま…はげ……」

 自分に治癒魔法をかけるのは、いつも戦場で睨み合っていた魔王その人だった――。




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