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幕間「世界で一番弱虫で卑怯な男の話」
~side ヒイロ~ 4
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ついに条件とやらが揃い始めた。
魔獣を生み出す魔素溜りと瘴気の噴出、そこから這い出てきた魔獣による被害が多少なりとも各国で確認され始めたのは、アースガルドに召喚されて2年ほど経った頃だった。
多くの魔獣は訓練を重ねていない一般兵でも片付けられる程度のものばかりで、被害はまだ小さいものの、少しずつ地の底から忍び寄る魔族の足音が聞こえるような気がした。
やがて国のあちこちの領主から自分の領地で魔獣だけでなく人型を持つ魔族が目撃されたとの情報が集まりだした頃、相変わらずのほほんとしたプレミア国の王様、マリステッド15世に呼び出された。
「舞台は整った!」
興奮に満ちた赤い顔で鼻息荒くそう言った王様によって、ずっと秘匿されていた俺はついに勇者として名乗りをあげることになった。
勇者一行のメンバーには各種族から選ばれた者もいるため、国内だけでなくアースガルド全土に向けてのお披露目となった。先んじて他国の王や部族の長との顔合わせもあったが、皆一様に「やっとこの時が来た」と口々に言っていた。
まるでこれが当たり前かのような流れに、台本があるようでないような不完全な劇を披露する舞台に立たされた気分だった。
人族が多く暮らすここプレミア国は魔法技術がピカイチで、魔法や魔石を駆使した魔道具やそれらを付加した生活基盤が非常に充実していて、普通に暮らす上ではなんの問題もなく元の世界とほとんど変わりなかった。スマートフォンのような魔通信機まであるのには流石に驚いたけれど。
勇者一行のお披露目も当然ながら、アースガルド中に張り巡らせた魔術回線を駆使し、全世界へと発信されているらしい。所謂、生中継ってやつだ。
ちなみに、魔王軍との戦いの状況も常に実況放送される予定らしい。生か死しかない戦場を見世物にするなんて、本当にこの国の人間は頭のネジが一本抜けているとしか思えない。
王城の、しかも王族しか立つことが許されない広いバルコニーに、俺は共に戦う仲間と共に立たされていた。
この日の為に用意された歴代の勇者達と同じく極上の金糸が襟元や袖口が織り込まれた群青色の詰襟のジャケットには煌びやかな金色の肩章と純白のマントがついており、風にのって波打つように靡いている。下は同じようにサイドに金糸のラインが入った黒のスラックスに白いショートブーツという姿で。
騎士アーヴィング、エルフ族の弓使いリエラ、最年少王国魔術士のラルフ、ドワーフ族の戦士フンガ、プレミア国第1王女である聖女リシャーナもそれぞれ盛装姿で横一列に並んでいる。
異世界より召喚された勇者である俺に向かって王城まで駆けつけた民衆が大きな歓声を上げ、それに応えるように仲間達は手を振る。
正義の名のもとに、国や種族思想や理想の何もかもの壁をとっぱらったアースガルドに住む者達の大きな期待を背負い、そして打倒魔王を胸に、かつての平和を取り戻すために俺たちはこれから旅立つのだ。
バルコニーから見下ろす群衆はうにょうにょと動く虫のようだし、俺を真ん中に、左右を囲んで並ぶ仲間たちは誇らしげな表情を浮かべている。
同盟国である天界――エディガルドから祝福と加護の光が星の雨みたいに降り注ぐ中、俺だけは別の何かへと思いを馳せていた。
ここへ共に来たはずだと信じている白い毛と金色の瞳を持つ、あの生き物へ。
「あいつ……ちゃんと生きてるかな?」
瘴気から生まれる魔獣はそれなりに強いヤツもいたけれど、正直言うと肩透かしどころじゃなく魔族は激弱だった。
無駄死にレベルだし、下手すればこちら側が悪とも思える一方的な蹂躙。
それでもこちら側が正義だと疑いもしないヤツらは魔族を倒せと檄を飛ばす。
こんなヤツらに何を怯えることがあるのだろうかと、大きな戦を仕掛けてくる度にそう思いながら聖剣を赤い血で染めた。 魔族でも血は同じ赤色なんだとぼんやりと思いながら。
敵が激弱なおかげで、俺はいつの間にかただの勇者様から史上最強の勇者様と呼ばれるようになってしまった。
まぁ、実際に間違いなく最強なのだが、それにしてももっと戦い甲斐があるものだと思っていたのもあってきまりが悪い。
「こんな雑魚どもがアースガルドを侵略出来るなんて思えねぇ。この国の奴らはマジでこんな奴らを恐れてんの? 出てくる魔獣もクソ雑魚レベルじゃん」
「まぁ、確かに。私も、もっと激戦を想像していたんだけどな」
隣に立つアーヴィングも一応は抜刀しているものの、その剣先は今や地面に突き刺さり、柄を置き身を屈めてその上に顎を乗せている。
「弱く見せてこちらに隙を作るのが目的かもしれませんよ、ふ、わぁ~」
魔術師のラルフは欠伸をしながらそう言うが、それ以前の問題だと思ってしまうほどに対峙する魔王軍は弱かった。
フンガなんて地面に座り、大きな斧の研磨を始めてしまっている。その他女子は本陣に張ってある天幕の中で今日も優雅に王都から取り寄せたスイーツ付きのお茶会だそうだ。
「……なあ、これが世界の平和をかけた戦いなのか?」
魔王軍の侵略が始まってから、ずっと考えていた疑問がついに口から漏れた。
――どう見たって……これじゃ俺達の方が悪役じゃないか。
右を向いても左を向いても後ろを向いても前を向いても……地面に転がるのは簡単な防具と刃こぼれした剣や斧、使い古された弓矢しか持っていない魔王軍の兵士たちの死体だけしか転がっていない。
その転がる死体はまだ成人になっていない子供らしき魔族や老い先短い老人のような魔族もいるため胸糞が悪い。
この戦いの行く末は見えているし、これ以上の犠牲を増やすのも馬鹿らしい。
「俺はいつ死ねるんだろう?」
この場にいても仕方がないと、俺はその場から転移した。魔王との戦いを今日限りで終わらせようと思ったからだ。
勝手なことをするなと言われそうだが、勝手に召喚したのはそちらだし、いずれにせよ魔王を倒すのが目的なのだから問題はないだろう。
魔獣を生み出す魔素溜りと瘴気の噴出、そこから這い出てきた魔獣による被害が多少なりとも各国で確認され始めたのは、アースガルドに召喚されて2年ほど経った頃だった。
多くの魔獣は訓練を重ねていない一般兵でも片付けられる程度のものばかりで、被害はまだ小さいものの、少しずつ地の底から忍び寄る魔族の足音が聞こえるような気がした。
やがて国のあちこちの領主から自分の領地で魔獣だけでなく人型を持つ魔族が目撃されたとの情報が集まりだした頃、相変わらずのほほんとしたプレミア国の王様、マリステッド15世に呼び出された。
「舞台は整った!」
興奮に満ちた赤い顔で鼻息荒くそう言った王様によって、ずっと秘匿されていた俺はついに勇者として名乗りをあげることになった。
勇者一行のメンバーには各種族から選ばれた者もいるため、国内だけでなくアースガルド全土に向けてのお披露目となった。先んじて他国の王や部族の長との顔合わせもあったが、皆一様に「やっとこの時が来た」と口々に言っていた。
まるでこれが当たり前かのような流れに、台本があるようでないような不完全な劇を披露する舞台に立たされた気分だった。
人族が多く暮らすここプレミア国は魔法技術がピカイチで、魔法や魔石を駆使した魔道具やそれらを付加した生活基盤が非常に充実していて、普通に暮らす上ではなんの問題もなく元の世界とほとんど変わりなかった。スマートフォンのような魔通信機まであるのには流石に驚いたけれど。
勇者一行のお披露目も当然ながら、アースガルド中に張り巡らせた魔術回線を駆使し、全世界へと発信されているらしい。所謂、生中継ってやつだ。
ちなみに、魔王軍との戦いの状況も常に実況放送される予定らしい。生か死しかない戦場を見世物にするなんて、本当にこの国の人間は頭のネジが一本抜けているとしか思えない。
王城の、しかも王族しか立つことが許されない広いバルコニーに、俺は共に戦う仲間と共に立たされていた。
この日の為に用意された歴代の勇者達と同じく極上の金糸が襟元や袖口が織り込まれた群青色の詰襟のジャケットには煌びやかな金色の肩章と純白のマントがついており、風にのって波打つように靡いている。下は同じようにサイドに金糸のラインが入った黒のスラックスに白いショートブーツという姿で。
騎士アーヴィング、エルフ族の弓使いリエラ、最年少王国魔術士のラルフ、ドワーフ族の戦士フンガ、プレミア国第1王女である聖女リシャーナもそれぞれ盛装姿で横一列に並んでいる。
異世界より召喚された勇者である俺に向かって王城まで駆けつけた民衆が大きな歓声を上げ、それに応えるように仲間達は手を振る。
正義の名のもとに、国や種族思想や理想の何もかもの壁をとっぱらったアースガルドに住む者達の大きな期待を背負い、そして打倒魔王を胸に、かつての平和を取り戻すために俺たちはこれから旅立つのだ。
バルコニーから見下ろす群衆はうにょうにょと動く虫のようだし、俺を真ん中に、左右を囲んで並ぶ仲間たちは誇らしげな表情を浮かべている。
同盟国である天界――エディガルドから祝福と加護の光が星の雨みたいに降り注ぐ中、俺だけは別の何かへと思いを馳せていた。
ここへ共に来たはずだと信じている白い毛と金色の瞳を持つ、あの生き物へ。
「あいつ……ちゃんと生きてるかな?」
瘴気から生まれる魔獣はそれなりに強いヤツもいたけれど、正直言うと肩透かしどころじゃなく魔族は激弱だった。
無駄死にレベルだし、下手すればこちら側が悪とも思える一方的な蹂躙。
それでもこちら側が正義だと疑いもしないヤツらは魔族を倒せと檄を飛ばす。
こんなヤツらに何を怯えることがあるのだろうかと、大きな戦を仕掛けてくる度にそう思いながら聖剣を赤い血で染めた。 魔族でも血は同じ赤色なんだとぼんやりと思いながら。
敵が激弱なおかげで、俺はいつの間にかただの勇者様から史上最強の勇者様と呼ばれるようになってしまった。
まぁ、実際に間違いなく最強なのだが、それにしてももっと戦い甲斐があるものだと思っていたのもあってきまりが悪い。
「こんな雑魚どもがアースガルドを侵略出来るなんて思えねぇ。この国の奴らはマジでこんな奴らを恐れてんの? 出てくる魔獣もクソ雑魚レベルじゃん」
「まぁ、確かに。私も、もっと激戦を想像していたんだけどな」
隣に立つアーヴィングも一応は抜刀しているものの、その剣先は今や地面に突き刺さり、柄を置き身を屈めてその上に顎を乗せている。
「弱く見せてこちらに隙を作るのが目的かもしれませんよ、ふ、わぁ~」
魔術師のラルフは欠伸をしながらそう言うが、それ以前の問題だと思ってしまうほどに対峙する魔王軍は弱かった。
フンガなんて地面に座り、大きな斧の研磨を始めてしまっている。その他女子は本陣に張ってある天幕の中で今日も優雅に王都から取り寄せたスイーツ付きのお茶会だそうだ。
「……なあ、これが世界の平和をかけた戦いなのか?」
魔王軍の侵略が始まってから、ずっと考えていた疑問がついに口から漏れた。
――どう見たって……これじゃ俺達の方が悪役じゃないか。
右を向いても左を向いても後ろを向いても前を向いても……地面に転がるのは簡単な防具と刃こぼれした剣や斧、使い古された弓矢しか持っていない魔王軍の兵士たちの死体だけしか転がっていない。
その転がる死体はまだ成人になっていない子供らしき魔族や老い先短い老人のような魔族もいるため胸糞が悪い。
この戦いの行く末は見えているし、これ以上の犠牲を増やすのも馬鹿らしい。
「俺はいつ死ねるんだろう?」
この場にいても仕方がないと、俺はその場から転移した。魔王との戦いを今日限りで終わらせようと思ったからだ。
勝手なことをするなと言われそうだが、勝手に召喚したのはそちらだし、いずれにせよ魔王を倒すのが目的なのだから問題はないだろう。
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