植物学者の僕は嫌われ者の獣人さんのことを好きになってしまいました

先崎

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植物学者の僕は嫌われ者の獣人さんのことを好きになってしまいました。

交渉

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 ゾーイは鎖に繋がれ、小さな檻のなかに閉じ込められていた。何十人もの騎士たちがその檻を持ちあげ、台車に乗せる。ガラガラと車輪の音を響かせながら、彼らは豪奢な扉をくぐっていった。そして、ホタルもその後に続く。やけに明るい室内へ足を踏み入れた瞬間、ホタルはぎょっとして立ち止まった。部屋の中きは騎士や使用人、さらには料理人までがずらりと集まっていたのだ。

「……久しぶり。三ヶ月ぶりくらいかな」

 中央の床は段差になっており、一番高い場所には金で装飾された椅子が据えられている。リヒトはその椅子に足を組んで座り、ホタルを見下ろしていた。

「……うん。セゾさんは、どうなってるの? ……いえ。セゾさんは、今、どうなっているんですか?」

 リヒトは杖を軽く振り上げ、床をコツンと叩いた。

「 ボクは王だ。そして、今の兄様はただの学者だよ。いや……本当は学者なんて肩書きすら名乗る資格もない。本来、ボクと話せるような立場じゃない」

 リヒトの眼光が鋭くホタルを射抜いた。しかし、ホタルは怯まずまっすぐその瞳を見つめ返す。

「まずは頭を垂れて、ボクの問いに答えろ」
  
 リヒトの一言に、ホタルは小さく息を呑むと、静かに片膝をついて跪いた。

「……そうだな。まずは最初に訊こう。兄様は……地下牢の獣人のことが好きなのか?」
「え……」

 思いも寄らない問いに、ホタルは驚きの声を漏らした。

「あの獣人自身が、そう言っていたものでね」

 ホタルは大勢の使用人らをみて一瞬躊躇したが、やがて唾を飲み込むと、小さく頷いた。

「はい……。僕は、セゾさんのことが好きです。だから、処刑されないように助けにきました」

 ホタルがそう言うと、リヒトはふっと鼻で笑った。どこか馬鹿にしたように。

「以前から、狼の獣人が人を襲っていると報告が何度もあった。兄様がいくら懇願しようと、死刑は免れないと思うけどね」

 リヒトは檻の中のゾーイを一瞥する。口輪をはめられたゾーイは喉の奥から唸り声をあげ、怒りに満ちた目で空を睨みつけていた。

「さて……、次の質問だ。その獣人は何者だ? 捕獲に協力したと聞いたが、地下の獣人と関係があるのか?」
「この人は、ゾーイさん。地下に囚われてるセゾさんの父親で……人間を襲ってた張本人です」

 その言葉に、リヒトの眉がピクリと動いた。

「つまり、その獣人が犯人で、地下の獣人は無実だと主張したいのか?」
「そうです。だから、セゾさんを解放してください」

 ホタルの懇願に、リヒトは小さく舌打ちをした。

「その獣人が犯人だという証拠があるのか?」

 問いかけに、ホタルは僅かに目を伏せて答える。

「証拠はないけど……でも、どこで誰を襲ったのか、ゾーイさんに思い出せる限り証言してもらいます。その内容を今まで獣人に襲撃されたっていう事件の報告と照らし合わせてください」
「……それが全て一致すれば、地下の獣人が無実だった証拠になると?」
「少なくとも、ゾーイさんの記憶と一致した事件はセゾさんはやっていないってことになります」

 ホタルの言葉に、リヒトは肩をすくめた。

「その獣人に、話が通じるほどの知能があるようには見えないけどね。本当は地下のセゾとかいう獣人が犯人で、別の獣人に罪を被せようとしているんじゃないか?」

 杖でカツカツと床を叩きながらそう言い放つリヒトに、ホタルは静かに首を横に振った。

「ゾーイさんが人間を襲っていたのは、事実です。今は話が出来ないけれど……僕の過去を聞かせて、僕を殺せば、正気に戻るかもしれないって思ってます」
「…………何を言っている」

 ホタルの言葉が理解できず、リヒトは露骨に苛立ちを滲ませた。だが、ホタルは淡々と続けた。

「昔、お父様の命令で獣人狩りに来ていた騎士にセゾさんが襲われて、それをかばって、セゾさんのお母さん……ゾーイさんの奥さんが命を落としました。ゾーイさんは、その日から正気を失ったと聞きました」

 リヒトはつまらなそうに黙って話に耳を傾けている。

「だから、獣人が狙われる原因をつくってしまった僕を殺せば少しは気が晴れるかもしれないって……そう思ってるんです」

 その言葉を聞いた瞬間、リヒトは杖で床を強く叩いた。

「ボクに御伽噺でも聞かせに来たのか?」

 冷ややかな声色が、部屋の空気を凍らせる。

「まず、その状態の獣人に身の上話をして理解できるとどうして思える?」
「ゾーイさんは、セゾさんの人形を見たときに名前を呼んでました。完全に記憶や理解力を失っているわけじゃない。だから、僕の話が通じてる可能性がある御と思ったんです」
「可能性……ね。では、その獣人に話が通じる可能性は何パーセントだ? そして、正気を取り戻す確率は?」
「それは……やってみないと、わかりません」
「話にならない」

  リヒトは目を伏せ、静かに大きく息を吸いこんだ。そして一転、声を強めて捲し立てた。

「実現の可能性が限りなく低い。そんな曖昧でお粗末な考えで、よく『助けに来た』などと宣えたな。仮に正気に戻ったとしても、襲撃事件の報告は十年以上前からある。そんな前のことを正確に覚えているとでも? 万が一『自分がやった』と自白したところで自分の子どもを庇っている可能性だってある……つまり」

 ホタルの首に一筋の汗が伝った。

「つまり……?」
「その獣人が正気を取り戻して証言したところで、地下の獣人の処刑を取りやめる理由にはならない」
「……っ」

 ホタルは下唇を噛み締めると、鞄へ手を突っ込んだ。取り出したのは、布に包まれた花たちだった。

「これ……」

 言葉を紡ぐより早く、リヒトが咳払いをひとつした。

「結構だ。その花が捕らえている獣人の家で育てられていたという報告は受けている。そして、獣人の血で育つという情報も聞いた。大方……『花を育てるために生かしておくべきだ』とでも主張したいんだろう」

 リヒトの言葉にホタルは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、言葉を紡ぎはじめた。

「そうです。セゾさんの血があったから、ここまで増えました。この花は、セゾさんがいたから育ったんです。だから、彼の命を――」
「なるほど」

 リヒトが言葉を遮り、ゆっくりと椅子から立ち上がる。立ち上がるその動作には呆れとも怒りともとれる気配が滲んでいた。

「わかった。ならば、あの獣人を殺すのはやめよう」

  ホタルは顔をあげ、ぱっと目を見開いた。

「あ、ありがとうございます……!」

 感極まったように言うホタルに、リヒトは静かに淡々と告げた。

「これからは、地下の獣人を鎖につなぎ、死なない程度に血を抜き続ける。逃げられないように足は切り落としてな。外にも出さず、日の光も見せず、目の前で父親を惨たらしく殺す光景を見せてから、生かし続けよう」
「…………っ! え、あ……ま、待って。そんな、違う……!」

 ホタルの全身から、嫌な汗が噴き出す。思考が追いつかず、唇も震えて言葉がうまく出てこない。

「地下の獣人は生かす。そしてもう一体の獣人は殺す。兄様の望み通りのはずだよ」

 リヒトが静かに階段を降りる。足音が一歩ごとに冷たく響く。ホタルの前に立ち、そっと耳元へ顔を寄せた。

「兄様が『ミアに噛まれた』と言ったせいでミアは死んだんだよ」

 囁きはじっとりと、それでいて冷たかった。

「今度は……兄様自身の言葉で、兄様の大切な者が、同じ目に遭えばいい」
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