6 / 17
6
しおりを挟む
「じゃあ、行くけど、ちゃんと約束守れよ?」
「うん。テレビを見る時は休憩しながら。大変なことがあったら電話する。うるさくしない。カーテン開けたいなら服を着て、尻尾も隠す」
「よし。あと万が一に泥棒とか危険なやつが入ってきたら叫べよ。人魚がいるってバレても死ぬよりはマシだ」
「そうそう入ってこないんじゃないかな。日本って割と治安が良い国だって聞いてるよ」
「それが最近は不況のせいか昔より良くないんだよなぁ。襲われたとか騙されたとかもよく聞くし、気をつけろよ」
「わかったよ、ところでこんなに喋ってると遅刻するんじゃないかい?」
「あっ、やべ。じゃあ行ってくる。昼メシはテーブルの上に置いてるから!」
「うん。いってらっしゃい」
ガチャリ。と鍵が閉まる音がして、車の音が遠ざかっていく。昨夜は仕事、というものの仕組みを説明してもらったがとにかくソレに行かないとご飯は食べられないし家にも住めないらしい。
「人間は大変だね」
そう言いながら『3時のおやつ』と付箋の貼ってあるシュークリームの袋を開けるとひと口で頬張る。
「わっ、なんか中身が出てきちゃった……ん、美味しい!」
舌の上でカスタードクリームが舌の上でひんやりとろりとして気持ちいい。バニラの香りが鼻に抜けるのに気がついて何回か深呼吸してから新井がローテーブルの近くに移動させていったゴミ箱にシュークリームの袋を捨てる前に緑色の付箋を剥がして粘着面を指に貼り付けて遊んでみる。
(別に最初に食べてもバレないよね。シイカって勘も鈍そうだし)
そう思いながら新井が出かける前に言っていた襲われたとか、騙されたとかもよく聞くし、気をつけろという言葉を思い出す。
「シイカのほうが気をつけるべきだよね。お人好しだもん」
そう言いながらハウは自分の尾ヒレを撫でつけていた。
ハウをひとりで家においても意外となんの問題もなく生活しているようで新井はホッとして過ごしていた。未だに箸やフォークといった手先を使うものは苦手のようだが頭はかなり良いようで、以前使っていたスマートフォンを渡して使い方を説明するとすんなりと操作を覚えて使っていた。文字も全部が読めるわけではないが平仮名なら全て解るらしく、ふりがなのアプリをインストールしてやってからしばらくするとメッセージアプリに簡単な文章を打ち込めるようにまでなっていたので驚いた。たまに仕事場で無事かを確認するメッセージを送ると『てれびみてた』と報告してくれるし、むこうから『そとでトリないてる』等ととりわけもないメッセージが来ることもある。用意しておいたご飯やおやつは帰ってきてからおいしかったと言ってくるが一度『むらさきのクッキーすごくおいしかった』とのメッセージが来たのでそんなに感銘を受けたのかと面白くなって『よかったな。またカシスクッキー見かけたら買うよ』と親指を立てたGOODマークの絵文字を返した日以来、絵文字を出せるということに気づいたらしくハウからのメッセージにはやたらとハートの絵文字がついてくるようになった。休みになれば近場へ買い物へ行き、服や生活雑貨等を揃える。仕事の日は昼食にパンやおにぎりやお弁当を置いていくといった日々を過ごしていた幾度目かの休日、新井はカレンダーをめくって11月と大きく書かれたページを顎に手を当てながら見つめていた。
「うーん、今年は実家帰らないからいつも年末にくっつけてる有給別のところで使うかな……よし、ハウ!」
「なんだい?」
ハウは新井の呼びかけに返事をするものの視線はテレビに釘付けのままだ。画面の中では都会で最近つくられたアート水族館を楽しむ女の子達の様子が特集されている。
「来週とか長めに休みとるからさ、遠出しないか?」
「遠出?」
「近くのスーパーとかコンビニじゃなくてもっと遠いとこに遊びに行こうぜ、てこと」
そう言いながら、新しく購入して置いてある2台目の薄緑色の座椅子に座ると、布団に寝転んでいたハウは画面から目を離して腕を伸ばして勢いよく腰に抱きついてきた。
「うわっ!!」
「ほんとに!?」
見上げてきた深緑色の瞳の中に部屋の蛍光灯が反射して丸い輪っかが浮かんでいる。
「うっ、眩しい……」
「? 人魚は発光しないよ」
「物の例えっていうか……。まあ、気にするな」
ごほん、と咳払いをして仕切り直すとまた話を続ける。
「折角陸に来たんだからお前も色々見たいだろ。こっちいる間に行きたいとこ出来るだけ行こうぜ」
「やったぁ、ありがとうシイカ! 大好き!」
ちゅ、と小さなリップ音をたてて、ハウは新井の頬に唇を当てる。驚いて数秒固まってから頬に手を当ててハウを見ると悪びれもせずにニコニコとしている。
「……キス禁止って言ったよな」
「唇にはしてないよ?」
「ほっぺたにも禁止なの!」
「でも人間は挨拶でほっぺにキスすることあるでしょ。本でもしてたよ」
「それは外国とかの話であって、我が家は日本だから禁止!」
「絶対だめ?」
「絶対だめ!」
ハウは何か言いたげな様子だったが諦めたらしく「はーい」と返事をすると腰に抱きついたまま話をはじめる。
「ねぇ、遠出ってどこ行くの?」
「そうだな。どこか行きたいとこあるか?」
「うーん、水族館がいいな」
「ああ、水族館……水族館??」
「どうかしたの?」
「いや、海から出てきたのに水族館って楽しいのか?」
「人間だって動物園ってとこに陸の動物集めて見てるじゃない」
「そりゃそうだけど……」
「魚が見たいっていうか、イルカと会いたいんだけどね。色々お話したいからさ」
「お話って……イルカと?」
「うん、人魚はイルカと喋れるんだよ」
「へぇー、なんかロマンチックだな。人魚とイルカが喋るなんておとぎ話みたいだ」
ハウとイルカが海の中で泳ぐのを想像してみる。きっと美しい珊瑚礁を見に行ったり、歌を歌ったりするのだろうと思うと胸がときめくようだ。
「海の中にいた時は一緒に岩場からカニとかほじくり出したり、小さい魚を追い込んで食べたりしたなぁ。あと船に乗ってる人間を脅かして落っことしたりとかさアハハ。あれ、急に変な顔してどうしたの?お腹痛い?」
「……いや。そうだな、野生だもんな……。でも水族館のイルカって海のこととかあんまり詳しくなさそうだけど、話に行きたいのか?」
「あぁ、僕は人間の話が聞きたいんだよ。僕よりきっと詳しいもん」
「ふーん。イルカから見た人間の印象ってことか?」
「うん。この前シイカ危ないやつもいるって言ってたし、どうやったら僕でも仕留められそうかとかね」
「…………」
「うん。テレビを見る時は休憩しながら。大変なことがあったら電話する。うるさくしない。カーテン開けたいなら服を着て、尻尾も隠す」
「よし。あと万が一に泥棒とか危険なやつが入ってきたら叫べよ。人魚がいるってバレても死ぬよりはマシだ」
「そうそう入ってこないんじゃないかな。日本って割と治安が良い国だって聞いてるよ」
「それが最近は不況のせいか昔より良くないんだよなぁ。襲われたとか騙されたとかもよく聞くし、気をつけろよ」
「わかったよ、ところでこんなに喋ってると遅刻するんじゃないかい?」
「あっ、やべ。じゃあ行ってくる。昼メシはテーブルの上に置いてるから!」
「うん。いってらっしゃい」
ガチャリ。と鍵が閉まる音がして、車の音が遠ざかっていく。昨夜は仕事、というものの仕組みを説明してもらったがとにかくソレに行かないとご飯は食べられないし家にも住めないらしい。
「人間は大変だね」
そう言いながら『3時のおやつ』と付箋の貼ってあるシュークリームの袋を開けるとひと口で頬張る。
「わっ、なんか中身が出てきちゃった……ん、美味しい!」
舌の上でカスタードクリームが舌の上でひんやりとろりとして気持ちいい。バニラの香りが鼻に抜けるのに気がついて何回か深呼吸してから新井がローテーブルの近くに移動させていったゴミ箱にシュークリームの袋を捨てる前に緑色の付箋を剥がして粘着面を指に貼り付けて遊んでみる。
(別に最初に食べてもバレないよね。シイカって勘も鈍そうだし)
そう思いながら新井が出かける前に言っていた襲われたとか、騙されたとかもよく聞くし、気をつけろという言葉を思い出す。
「シイカのほうが気をつけるべきだよね。お人好しだもん」
そう言いながらハウは自分の尾ヒレを撫でつけていた。
ハウをひとりで家においても意外となんの問題もなく生活しているようで新井はホッとして過ごしていた。未だに箸やフォークといった手先を使うものは苦手のようだが頭はかなり良いようで、以前使っていたスマートフォンを渡して使い方を説明するとすんなりと操作を覚えて使っていた。文字も全部が読めるわけではないが平仮名なら全て解るらしく、ふりがなのアプリをインストールしてやってからしばらくするとメッセージアプリに簡単な文章を打ち込めるようにまでなっていたので驚いた。たまに仕事場で無事かを確認するメッセージを送ると『てれびみてた』と報告してくれるし、むこうから『そとでトリないてる』等ととりわけもないメッセージが来ることもある。用意しておいたご飯やおやつは帰ってきてからおいしかったと言ってくるが一度『むらさきのクッキーすごくおいしかった』とのメッセージが来たのでそんなに感銘を受けたのかと面白くなって『よかったな。またカシスクッキー見かけたら買うよ』と親指を立てたGOODマークの絵文字を返した日以来、絵文字を出せるということに気づいたらしくハウからのメッセージにはやたらとハートの絵文字がついてくるようになった。休みになれば近場へ買い物へ行き、服や生活雑貨等を揃える。仕事の日は昼食にパンやおにぎりやお弁当を置いていくといった日々を過ごしていた幾度目かの休日、新井はカレンダーをめくって11月と大きく書かれたページを顎に手を当てながら見つめていた。
「うーん、今年は実家帰らないからいつも年末にくっつけてる有給別のところで使うかな……よし、ハウ!」
「なんだい?」
ハウは新井の呼びかけに返事をするものの視線はテレビに釘付けのままだ。画面の中では都会で最近つくられたアート水族館を楽しむ女の子達の様子が特集されている。
「来週とか長めに休みとるからさ、遠出しないか?」
「遠出?」
「近くのスーパーとかコンビニじゃなくてもっと遠いとこに遊びに行こうぜ、てこと」
そう言いながら、新しく購入して置いてある2台目の薄緑色の座椅子に座ると、布団に寝転んでいたハウは画面から目を離して腕を伸ばして勢いよく腰に抱きついてきた。
「うわっ!!」
「ほんとに!?」
見上げてきた深緑色の瞳の中に部屋の蛍光灯が反射して丸い輪っかが浮かんでいる。
「うっ、眩しい……」
「? 人魚は発光しないよ」
「物の例えっていうか……。まあ、気にするな」
ごほん、と咳払いをして仕切り直すとまた話を続ける。
「折角陸に来たんだからお前も色々見たいだろ。こっちいる間に行きたいとこ出来るだけ行こうぜ」
「やったぁ、ありがとうシイカ! 大好き!」
ちゅ、と小さなリップ音をたてて、ハウは新井の頬に唇を当てる。驚いて数秒固まってから頬に手を当ててハウを見ると悪びれもせずにニコニコとしている。
「……キス禁止って言ったよな」
「唇にはしてないよ?」
「ほっぺたにも禁止なの!」
「でも人間は挨拶でほっぺにキスすることあるでしょ。本でもしてたよ」
「それは外国とかの話であって、我が家は日本だから禁止!」
「絶対だめ?」
「絶対だめ!」
ハウは何か言いたげな様子だったが諦めたらしく「はーい」と返事をすると腰に抱きついたまま話をはじめる。
「ねぇ、遠出ってどこ行くの?」
「そうだな。どこか行きたいとこあるか?」
「うーん、水族館がいいな」
「ああ、水族館……水族館??」
「どうかしたの?」
「いや、海から出てきたのに水族館って楽しいのか?」
「人間だって動物園ってとこに陸の動物集めて見てるじゃない」
「そりゃそうだけど……」
「魚が見たいっていうか、イルカと会いたいんだけどね。色々お話したいからさ」
「お話って……イルカと?」
「うん、人魚はイルカと喋れるんだよ」
「へぇー、なんかロマンチックだな。人魚とイルカが喋るなんておとぎ話みたいだ」
ハウとイルカが海の中で泳ぐのを想像してみる。きっと美しい珊瑚礁を見に行ったり、歌を歌ったりするのだろうと思うと胸がときめくようだ。
「海の中にいた時は一緒に岩場からカニとかほじくり出したり、小さい魚を追い込んで食べたりしたなぁ。あと船に乗ってる人間を脅かして落っことしたりとかさアハハ。あれ、急に変な顔してどうしたの?お腹痛い?」
「……いや。そうだな、野生だもんな……。でも水族館のイルカって海のこととかあんまり詳しくなさそうだけど、話に行きたいのか?」
「あぁ、僕は人間の話が聞きたいんだよ。僕よりきっと詳しいもん」
「ふーん。イルカから見た人間の印象ってことか?」
「うん。この前シイカ危ないやつもいるって言ってたし、どうやったら僕でも仕留められそうかとかね」
「…………」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。
キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、
ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。
国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚――
だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。
顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。
過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、
気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。
「それでも俺は、あなたがいいんです」
だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる