猫を拾おうと思ったら人魚を拾っていました。

先崎

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 新井は残りの休みを療養に使用して、また出社する日々を送っていた。今は仕事終わりにスーパーマーケットに寄っている。

(うーん、野菜って言っても俺全然料理しないからわかんねぇな。キュウリトマト丸かじりは飽きただろうし……)

 最近のハウはやたらと野菜や肉、果物といったものを食べたいとリクエストしてくる。相変わらず自分が仕事に行ってる最中も問題なく過ごしているようではあるが、最近のハウはやたらとボーっとしていることが多い。やはり陸ではストレスが溜まるのだろうかと思って、できるだけリクエストを聞いてやっていた。

(布団も新しくアイツの為に買ったやつ無視して、俺の布団にずっと入ってたのに最近はちゃんと使ってるし。いや、折角買ったからそれはいいんだけど……怒ったりすることも増えたし……反抗期か?)

 そんなことを考えながら買い物を済ませた新井は帰路につく。

「ただいまー。遅くなった、今飯作るから」

 鍵を回して玄関の扉からそう中へ声をかけ、座って靴を脱いでいると後ろからズルズルと這いずるような音が近づいてくる。

「おっ、久しぶりの出迎えだ、な……」

 嬉しくて声を弾ませながらそう言って振りかえり、ハウの姿が目に入ると固まった。

「おかえり。あのさ、ご飯作ってみたんだけど……どうしたの?」

 小さい声でモニョモニョと恥ずかしそうに言いながら出迎えてきたハウだったが新井が目を見開いて眉をしかめて口をあんぐりとあけているので疑問符を浮かべる。

「どうしたのって、なんだこれ! 顔腫れてるし髪の毛焦げてんじゃねえか!?」
「ああ。大したことないよ。ガスコンロっていうの使ったら思ったより大きい火が出ちゃっただけ。それよりご飯……」
「馬鹿! 飯の話なんか後!」

 ハウは大したことがないと言っていたが右目の下から顎まで白い肌が爛れたかのように真っ赤だ。新井は脱いだ靴も揃えずにハウを抱え上げると風呂場の扉を開けて洗い場にハウを置く。水の蛇口を捻ろうとするがツルツルと滑って中々あけられず、やっと出てきた冷水のシャワーをハウの顔に当てると、みるみると赤みは引いて元の白い肌へと戻っていった。

「ん!? は!? 治っ……た??」
「治るよ。人魚は怪我しても水に触ると治るんだよ」
「そうなのか……」

 はぁーっ、と新井は大きなため息をつくと濡れている洗い場の床へ服のまま座り込んだ。

「はぁ、腰抜けた……あ。髪、焦げたまんま……」
「うん、髪の毛は治らないからね。ね、それよりご飯……」
「ご飯じゃないだろ!」

 急な大声にハウの肩がビクッと揺れた。新井は眉間にシワを寄せたままハウの焦げてしまった髪の毛をつかんでいる。

「勝手に火に触るんじゃない!! 危ないだろ!!」
「だって、」
「だってじゃない!! こんなになるってことはガス漏れてたんだろ! 火事にでもなったらどうするんだ!」

 新井が叫ぶとハウはポカンとしていたがすぐに頬を膨らませて尾ヒレで新井の背中を強く叩いた。

「いてっ! おい!俺は心配して……」
「僕だって心配してた!」

 ハウが大声を出すと今度は新井がポカンと口をあける。

「僕だって、シイカのこと心配してた! 僕のせいで風邪引いたのにもう仕事行ってるし! それに僕が来てからきっと疲れてると思ったから……」

 ハウの言葉はどんどん小さくなっていき次第に無言になって俯いてしまった。新井はどうしたものかと言った風に視線を彷徨わせるとハウの肩に手を置き、ハウの肩がまたビクンと跳ねた。

「いや、うん。怒鳴って悪かった。俺のためにご飯作ってくれたんだよな。怪我してるから驚いてさ……だって折角綺麗な顔なのに」

 親指がハウの右の頬を優しく撫で、焦げた髪をサラサラと梳く。

「ほんとに、大したことなくて良かった……ご飯、食べようか」
「……うん」
「その前に着替えないとな。ちょっと待っててくれ」

 新井はシャワーを止めると濡れてしまった衣服をその場で脱ぎ、脱衣所へ出て脱衣籠に入れた。脱衣所のラックの上に置いてあるバスタオルを取って身体を拭くと、床にそのバスタオルを敷くと、風呂場に戻ってハウを抱え上げ敷いたバスタオルの上へと降ろす。

「……服着ないの?」
「どーせ今濡れてんだから先にお前のことも拭いた方がいいだろ」

 ハウがちらりと後ろから自分のことを拭いている自分のことを見たと思うと慌てたように前に向き直る。

「なんだ?」
「な、なんでもない!」
「ふぅん? てか、ガスコンロ台所に置いてたのによく使えたな」
「手を伸ばしたら取れたからテーブルの上に移動させたんだよ」
「冷蔵庫の中身も取れたし結構なんでもできるんだな」
「うん、シイカが思ってるよりはね」
「でも火とか勝手に使うなよ。多分火付けようってつまみひねったけどつかなくて何回もカチカチしてたんだろ」
「すごい、なんでわかるの?」
「わかるよ。俺も昔それでガスに引火してちょっとした爆発起こして母ちゃんにスゲー怒られたもん」

 その後、リビングへ行くとテーブルの上にはガスコンロとフライパンが乗っていた。ハウが作ったものは冷蔵庫から取ることの出来た調味料のにんにくチューブと醤油でトマトを炒めただけの物だったし包丁は取れなかったようで手で潰して無理やり皮を剥いだらしいトマトはぐじゅぐじゅだったが新井は久しぶりに人がつくった料理を食べたと大げさに喜んでいた。

「美味いよ、ほんとに」
「じゃあ僕明日からも作っていい?」
「怪我しないように気をつけてくれればな」
「ほんと? よかった」
「しかしレンジもガスコンロもケトルもテーブルに置くと狭いよなぁ、もう1個台とかちっちゃいテーブルでも買うかぁ」

 新井は皿を持ってぐじゅぐじゅのトマト炒めを啜ると箸を置いてハウに向き直って口を開く。

「ごちそうさま」

 笑顔でそう言うと何故かハウは俯いてしまった。

「どうした? やっぱ火傷したとこ痛いか?」
「……」

 心配そうに言って、ハウの顔を覗き込もうとした瞬間、ハウの喉からキュルルルルッと大きい音が響く。

「おっ……あ。もしかして、これ照れてるときとかにも出るのか?」
「う、うるさいよ」
「ははっ、図星か……そういえば、お前さっきお前が来てから俺が疲れてるって言ってたけど、全然そんなことないからな」
「……ほんと?」
「うん、前も言っただろ。お前が来て楽しいよ。ほんとに嬉しい」

 新井がそう言うと、また部屋にキュルキュルと音が響いた。
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