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ハウが料理をするようになってから、小さなテーブルや安全包丁、低めの折りたたみ踏み台などがホームセンターや宅配で着々と揃えられ今はだいぶ手の凝った料理が出てくることも増え、シンクの前で踏み台に乗って皿を洗ったりもしてくれるようになった。
「お前ほんとに飲み込み早いよなー。もうよくわかんない外国の名前の料理とかつくるし。これとかなんだっけ? ぶるむえった? ぶれった?」
「ブルスケッタね。パンに野菜とかキノコのせただけだよ。それにシイタケちゃんと切れてなくて繋がっちゃってるし……」
「腹に入ればおんなじだろ。美味いよ高級レストランで出るレベル」
「流石にそんなことはないんじゃないかな」
流石に毎食ではないがこうやってハウがご飯を振る舞ってくれることもあり、新井は最近少し体重が増えていた。満腹になった二人が寝転がっているとピンポーンとインターホンが鳴る。
「なんだ? 宅配なんか頼んでたっけ」
新井が「はーい」と大きく玄関へ向かって声をかけると立ち上がり、そのタイミングでテーブルの上のスマートフォンからピロン、メッセージを知らせる通知音が鳴って、メッセージの表示を見た顔がみるみる曇っていく。
「やばい……姉ちゃんだ。姉ちゃんが外に来てる」
「なにがヤバいの?」
「何ってお前……」
頭に過去の出来事が走馬灯のように駆け巡る。片足を失ったヤモリや風邪を引いて鼻水を垂らしている白猫、捨てられた子犬に怪我をした鳥などを見かけるたびに家の押し入れでコソコソと飼っていて、その全てが5つ上の姉によって見つかり、母が気に入って家で飼うことを許された子猫以外は野生に返されるか里親のもとへと貰われていった。
「くっ、ヤモリのもりちゃん、スズメのブラウンにプードルのモコ……! みんな可愛がってたのに……!」
過去を嘆いていると玄関から再びピンポーンピンポーンと連続でチャイムが鳴る。
「やば、とにかくお前が人魚なんてバレたら絶対冬の海とか関係なく海に戻される! しかも姪も来てるし戻されなくてもバレたら明日から街中で噂になるぞ」
秘密にしてね、と言ってもポロンと言ってしまうのが子どもである。自分自身がそういう子どもだった新井は慌ててトナカイ柄の足を入れるブランケットを持ってきてハウの尾ヒレに履かせるとシャツを羽織らせた。
「えっと、お前は……友達! 家に偶然遊びに来てた友達ってことで!」
ピンポーンピンポーンピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。激しくなっていくチャイムの連打に慌てて新井は玄関へと走った。
「出るのが遅い!!」
「アポ無しで来る方が悪いだろ!」
「だって元々寄るつもりなかったんだもん。水族館の帰りにオジサンの家近いねーって言ったら詩織が寄りたいってごねちゃって」
新井の足元に詩織と呼ばれた小さい3歳ほどの女の子がくっついて「おじしゃーん」と舌っ足らずに言いながら登ろうとしてくる。新井はしゃがみこむと「そうかー」とデレデレしながら頭を撫でた。
「でもさ、悪いけど今友達来てるから出来たら帰って貰って……」
「友達って、アンタの靴しかないじゃない」
「うっ!? いや、それは……その、あれ、あー洗濯、洗濯中で」
「はぁ?何で友達の靴をアンタの家で洗うのよ。あっ、もしかしてカラスとか捕まえちゃいけないやつ拾ってきてんじゃないでしょうねぇ!?」
「拾ってない拾ってない! あっ、ちょ! 待って!」
(やばい! ハウにシャツ着せたけどいつも俺がボタンしめてたんだった。ちゃんと着れてないんじゃ……)
詩織を抱えながら、ズカズカと入り込んだ姉を慌てて追いかけると、リビングの扉をあけて固まっている姉が目に入る。
「こんにちは」
ハウが笑顔で姉へ向かってそう言うと姉の首がギギギギ、と錆びたロボットのような動きで新井の方を向いてきた。
「……ついに人間拾ったの?」
「違うって!」
(嘘じゃない。拾ったのは人魚だからコレは嘘じゃない……)
心の中で言い訳していると姉がきっちりとボタンを一番上までしめたハウをまじまじと見てから新井にまた向き直った。
「友達って、どこでこんな綺麗な子と知り合ったのよ?」
「あ、うん。えっと……」
しどろもどろになっていると、横からハウがいつもよりも落ち着いたトーンで話に入ってくる。
「少し前にシイカが溺れてたのを僕が見つけて助けを呼んだことがあって、そこから仲良くなったんですよ」
「えっ!?」
「びっくりした。なに?」
「あ、いやなんでもない!」
(敬語!?敬語使えたのか!?)
ハウにアイコンタクトでそう語りかけるとハウはにっこりと笑顔を作って話を続けた。
「訳があってしばらくココに置いて貰ってます。よろしくお願いします」
そう言って会釈をすると姉が「はぁー」と感嘆の声を漏らす。
「ホントに綺麗な子ねぇ……。ていうかアンタ溺れたの?」
「ま、まあ……色々あって」
「シイカが海にいた猫を助けようとして飛び込んで溺れたんですよ」
「何で言うんだよ!」
「……アンタねぇ」
「ぐ、助かってるんだからいいだろ。それより入るなら手洗ってきてくれよ。ほら、詩織もお母さんと手洗ってきな」
「あらうー」
新井は詩織を姉へと渡して二人が洗面所へと行ったのを確認するとハウへ近寄って小声で話をしはじめた。
「お前敬語使えたのかよ!」
「うん。勉強したんだよ」
「てか友達なのに住んでるっておかしくないか? わざわざそんなこと言わなくても……」
「この部屋で隠そうとするほうが無理があると思うよ」
ハウがそう言うので改めて部屋を見渡すと面倒で敷きっぱなしの布団が二組、ローテーブルの上には電気ケトルと電子レンジ。小さな折りたたみテーブルの上にはガスコンロ、調味料が置いてあり、横には包丁とまな板がスタンドに立ててある。
「ぐ。確かに靴も指摘されたし、洗面所も歯ブラシ2本あるし隠すの無理か……」
「だから嘘つくなら本当のことに混ぜていった方が良いよ。シイカはそういうの下手そうだから僕が適当に誤魔化すからね」
「うー……じゃあ頼むけど、もし無理そうだったら俺が急に発狂して踊って誤魔化すよ」
「あんまりそんなシイカ見たくないから踊らせないで済むように頑張るね」
「自己紹介が遅れてごめんなさいね。詩歌の姉の松村詩音です。こっちは娘の詩織。ほら詩織ご挨拶は?」
詩音に促された詩織はピースをハウの前に突き出した。
「さんしゃい」
「おー、惜しい。でも3歳って解ってるなんて天才だ」
新井が詩織の頭を撫でると詩織はキャッキャと声をあげて喜んでいる。
「ハウくんは歳はいくつなの?」
詩音の質問を聞いた新井が声を上げるよりも早くハウが返事をする。
「18です」
(あっ、バカそのまま言うな!)
と、思ったところでもう遅い。詩音は大きい声を出してハウをまじまじと見る。
「うそ!18!? えっ義務教育……ではないか。いやでも18!?若すぎない!?家の人はなんて言ってるの?」
「あー、家族にもこっちで暮らすのは反対されてて、半ば家出みたいに出てきちゃって」
「そりゃそんなに若かったらねぇ。何でそんなに家出たかったの?」
「実は家の事情で結婚相手が決まってて、それが嫌で……」
「許嫁ってこと? ほんとにそういうのあるのねぇ」
「僕、足が不自由だから中々仕事も決まらないしお金もなくなって、でも帰って結婚させられるのも嫌だなって思ってて。そこでシイカが助けてくれたお礼にしばらく置いてくれるっていうから。お言葉に甘えて置いてもらってます」
にこやかに返すハウを新井は信じられないものを見る目で見ていた。誰だよお前!という口から出かけた言葉をもう3回は飲み込んでいると膝に乗せている詩織がケーキを一口分刺したフォークを差し出してくる。
「どーじょ」
「お、いいのかー? ありがとうな」
元々家の冷蔵庫にあったケーキだが、それでも嬉しくなってフォークに口を近づける。
「おいし?」
「うん。美味しい詩織は優しいな」
新井が詩織の近くでもぐもぐと口を動かしながら撫でると詩織はまたキャッキャと喜んで新井の頬に唇を押しつけた。
「ん?」
「あー、今チューするのがブームなのよ」
「はは、そうなのか。かわいいなー」
ニコニコと笑って詩織のことを撫でていると、ふと視線を感じて顔を上げる。視線の先ではハウが自分のことを瞬きひとつせずにじーっと見ていた。
(な、なんだ?)
「あ、そういえば猫のご飯代ちょうだいよ。アンタの猫なんだからね」
「え、この前現物送っただろ?」
「もうおばあちゃんだからいつものじゃ食べられないみたいで柔らかいのに変えたの。いつどうなるか解んないし、たまには顔見に来なさいよ」
「もうそんなに歳なのか……そうだな。時間があったら行くよ」
「よかったらハウくんも来たらいいわよ」
「僕が一緒に行ってもいいんですか?」
「もちろん。弟の恩人だしね。ほら、この子って昔から後先考えないで色々やっちゃうとこあって危ないのよねー。だから、悪いけど気をつけてやってちょうだい。よろしくね」
「おい、そんな子供みたいな……」
「子供でも泳げないのに飛び込んだら溺れるくらいでしょ。考えられないんだから子供以下じゃないの。昔からそのせいで何回も怪我はするし帰りは遅くなるし……大人になったら少しは良くなると思ったのにこんな歳で溺れるとか。絶対誰かに見てて貰ったほうがいいでしょ。実家に帰ってきたら?」
「嫌だよ、不況でやっと雇ってくれるとこが見つかったのに。しかも家賃全負担してくれてるしさ」
小一時間程雑談をした後、詩音は時計を見て立ち上がった。
「そろそろお暇するわね」
「ああ、見送るよ」
「悪いけど僕はここで」
「ああ足悪いって言ってたもんね! 大丈夫大丈夫! 無理しないで! 長居しちゃってごめんねー」
詩音が詩織を抱きあげて玄関まで連れて行くと、靴を履かせながら手招きをしてくる。
「ん?」
「あのさ。アンタ、あんまりハウくんの世話焼くんじゃないわよ」
「えっと、どういう意味だ?」
「足不自由とか帰るとこないとか言われてつい置いといてるんだろうけど、優しいのと見下してんのは違うんだからねって話。一応18ってことは成人してんでしょ? あんまり色々気遣ったらその方が傷つくわよ」
「別に見下してはないって……」
「あと変な気起こして襲ったりしちゃダメだからね」
「襲うか!! それにどっちかって言ったら俺のほうが……いや、なんでもない」
「? じゃ帰るけど、とにかく危ないことと犯罪だけはしないでよね」
「わかったって。母ちゃんによろしくな」
「おじしゃん、ばいばいー」
「うん。ばいばーい。またいつでも来てな」
新井がニコニコとしながらリビングへ帰るとハウは座椅子から這いずって移動したようでシャツもブランケットも脱いで布団へ寝そべっている。
「あぁ、疲れたよな。ごめん」
「……シイカさっきの小さい女の子のこと好きなの?」
「え、そりゃまあ……」
「……あの子と結婚するってこと?」
「ん!? どっからそんな話になった!?」
「だって、シイカ好きな人同士じゃないとキスしちゃだめって言ったよ」
「いや、言ったけど詩織は子供だし姪だし……」
「なにそれ! 僕にも弟みたいに思ってるって言た!子供でよくわかってないからキスしちゃダメって言った! ズルい!ズルい!」
「お、落ち着け! 近所迷惑だろ!」
布団からはみ出ている部分の尾ヒレがバシン!バシン!と激しく床を叩くと隣の部屋からドン!と壁を殴られる。
「うるさくしてごめんなさい!! ほら、お前のケーキ出しちゃったし、かわりにもっといいやつ買いに行こうぜ。ホールでもいいからさ」
「いやだ!行かない!! 僕もシイカのほっぺにキスさせてくれるまでずっと暴れるから!!」
「おい、やめろ!! コラ! 大体お前最近はキスしたがらなくなってただろ!?」
「ダメって言われたから我慢してただけだよ!なのに!なのにっ!!」
「コラ! やめろってば!」
激しく尾ヒレを動かして布団の上でゴロゴロと暴れるハウの上に馬乗りになって止めると、なんとか少し静かになったので、今しかないとこんこんと言い聞かせはじめる。
「あのさ、お前が子供っていうのは年齢的な話だけじゃなくて、人間の生活とかあんまり知らないだろ。お前が俺に好意的なのはここで俺以外頼る人がいないからだと思うんだよ。なのにそういう恋人とするような大事なことを俺とするのは俺が騙してるみたいでなんか嫌なんだよ。それにお前人魚だから海に帰るだろ。その時仲間の人魚?と結婚したら何であの時あんなことしたんだろって後悔するって」
下から見上げているハウは納得してない様子ですぐさま返してくる。
「絶対後悔しない」
「そんなのわかんないだろ。あのな、ちゃんと考えて……」
「解るよ。解るし、考えてるよ。シイカが思ってるよりずっと大人だよ僕。それにシイカも僕のこと好きって言ってくれるなら帰らなくても良いって思ってるもん」
両頬をギュッと掴まれた新井の瞳に緑色の視線が真っ直ぐと刺さって、言葉に詰まる。
「う……あ……」
(あれ、コイツ、こんなに手デカかったっけ……?)
その時、熱に魘されていた日の光景が急に脳裏にフラッシュバックした。熱っぽさの中で一瞬だけ目が覚めて、横にあったひんやりとした何かをたぐりよせて頬に寄せたあの時、ぼんやりとしていた記憶が何故か今になって、自分を見下ろす慈愛に満ちた瞳をハッキリと脳裏に映し出す。
「あ……わ、わかったよ! わかった!じゃあお前もほっぺならしても良いよ!! それならいいだろ?!」
「えっ!ホントに!?」
カッと顔が熱くなって、つい口走ってしまったが、ハウは喜んでそのまま顔を寄せると早速、頬へキスをする。それも2回3回と止まらない上にどんどん口元へと近づいて唇の際まで来ていた。
「ちょ、こら……」
「唇にはしてないよ?」
イタズラっぽい笑みを浮かべてペロリと舌を出して自分の唇を舐めるハウは妖艶で思わず息が止まる。
(なんか俺トンデモないこと言ったかも……)
「お前ほんとに飲み込み早いよなー。もうよくわかんない外国の名前の料理とかつくるし。これとかなんだっけ? ぶるむえった? ぶれった?」
「ブルスケッタね。パンに野菜とかキノコのせただけだよ。それにシイタケちゃんと切れてなくて繋がっちゃってるし……」
「腹に入ればおんなじだろ。美味いよ高級レストランで出るレベル」
「流石にそんなことはないんじゃないかな」
流石に毎食ではないがこうやってハウがご飯を振る舞ってくれることもあり、新井は最近少し体重が増えていた。満腹になった二人が寝転がっているとピンポーンとインターホンが鳴る。
「なんだ? 宅配なんか頼んでたっけ」
新井が「はーい」と大きく玄関へ向かって声をかけると立ち上がり、そのタイミングでテーブルの上のスマートフォンからピロン、メッセージを知らせる通知音が鳴って、メッセージの表示を見た顔がみるみる曇っていく。
「やばい……姉ちゃんだ。姉ちゃんが外に来てる」
「なにがヤバいの?」
「何ってお前……」
頭に過去の出来事が走馬灯のように駆け巡る。片足を失ったヤモリや風邪を引いて鼻水を垂らしている白猫、捨てられた子犬に怪我をした鳥などを見かけるたびに家の押し入れでコソコソと飼っていて、その全てが5つ上の姉によって見つかり、母が気に入って家で飼うことを許された子猫以外は野生に返されるか里親のもとへと貰われていった。
「くっ、ヤモリのもりちゃん、スズメのブラウンにプードルのモコ……! みんな可愛がってたのに……!」
過去を嘆いていると玄関から再びピンポーンピンポーンと連続でチャイムが鳴る。
「やば、とにかくお前が人魚なんてバレたら絶対冬の海とか関係なく海に戻される! しかも姪も来てるし戻されなくてもバレたら明日から街中で噂になるぞ」
秘密にしてね、と言ってもポロンと言ってしまうのが子どもである。自分自身がそういう子どもだった新井は慌ててトナカイ柄の足を入れるブランケットを持ってきてハウの尾ヒレに履かせるとシャツを羽織らせた。
「えっと、お前は……友達! 家に偶然遊びに来てた友達ってことで!」
ピンポーンピンポーンピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。激しくなっていくチャイムの連打に慌てて新井は玄関へと走った。
「出るのが遅い!!」
「アポ無しで来る方が悪いだろ!」
「だって元々寄るつもりなかったんだもん。水族館の帰りにオジサンの家近いねーって言ったら詩織が寄りたいってごねちゃって」
新井の足元に詩織と呼ばれた小さい3歳ほどの女の子がくっついて「おじしゃーん」と舌っ足らずに言いながら登ろうとしてくる。新井はしゃがみこむと「そうかー」とデレデレしながら頭を撫でた。
「でもさ、悪いけど今友達来てるから出来たら帰って貰って……」
「友達って、アンタの靴しかないじゃない」
「うっ!? いや、それは……その、あれ、あー洗濯、洗濯中で」
「はぁ?何で友達の靴をアンタの家で洗うのよ。あっ、もしかしてカラスとか捕まえちゃいけないやつ拾ってきてんじゃないでしょうねぇ!?」
「拾ってない拾ってない! あっ、ちょ! 待って!」
(やばい! ハウにシャツ着せたけどいつも俺がボタンしめてたんだった。ちゃんと着れてないんじゃ……)
詩織を抱えながら、ズカズカと入り込んだ姉を慌てて追いかけると、リビングの扉をあけて固まっている姉が目に入る。
「こんにちは」
ハウが笑顔で姉へ向かってそう言うと姉の首がギギギギ、と錆びたロボットのような動きで新井の方を向いてきた。
「……ついに人間拾ったの?」
「違うって!」
(嘘じゃない。拾ったのは人魚だからコレは嘘じゃない……)
心の中で言い訳していると姉がきっちりとボタンを一番上までしめたハウをまじまじと見てから新井にまた向き直った。
「友達って、どこでこんな綺麗な子と知り合ったのよ?」
「あ、うん。えっと……」
しどろもどろになっていると、横からハウがいつもよりも落ち着いたトーンで話に入ってくる。
「少し前にシイカが溺れてたのを僕が見つけて助けを呼んだことがあって、そこから仲良くなったんですよ」
「えっ!?」
「びっくりした。なに?」
「あ、いやなんでもない!」
(敬語!?敬語使えたのか!?)
ハウにアイコンタクトでそう語りかけるとハウはにっこりと笑顔を作って話を続けた。
「訳があってしばらくココに置いて貰ってます。よろしくお願いします」
そう言って会釈をすると姉が「はぁー」と感嘆の声を漏らす。
「ホントに綺麗な子ねぇ……。ていうかアンタ溺れたの?」
「ま、まあ……色々あって」
「シイカが海にいた猫を助けようとして飛び込んで溺れたんですよ」
「何で言うんだよ!」
「……アンタねぇ」
「ぐ、助かってるんだからいいだろ。それより入るなら手洗ってきてくれよ。ほら、詩織もお母さんと手洗ってきな」
「あらうー」
新井は詩織を姉へと渡して二人が洗面所へと行ったのを確認するとハウへ近寄って小声で話をしはじめた。
「お前敬語使えたのかよ!」
「うん。勉強したんだよ」
「てか友達なのに住んでるっておかしくないか? わざわざそんなこと言わなくても……」
「この部屋で隠そうとするほうが無理があると思うよ」
ハウがそう言うので改めて部屋を見渡すと面倒で敷きっぱなしの布団が二組、ローテーブルの上には電気ケトルと電子レンジ。小さな折りたたみテーブルの上にはガスコンロ、調味料が置いてあり、横には包丁とまな板がスタンドに立ててある。
「ぐ。確かに靴も指摘されたし、洗面所も歯ブラシ2本あるし隠すの無理か……」
「だから嘘つくなら本当のことに混ぜていった方が良いよ。シイカはそういうの下手そうだから僕が適当に誤魔化すからね」
「うー……じゃあ頼むけど、もし無理そうだったら俺が急に発狂して踊って誤魔化すよ」
「あんまりそんなシイカ見たくないから踊らせないで済むように頑張るね」
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「さんしゃい」
「おー、惜しい。でも3歳って解ってるなんて天才だ」
新井が詩織の頭を撫でると詩織はキャッキャと声をあげて喜んでいる。
「ハウくんは歳はいくつなの?」
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「18です」
(あっ、バカそのまま言うな!)
と、思ったところでもう遅い。詩音は大きい声を出してハウをまじまじと見る。
「うそ!18!? えっ義務教育……ではないか。いやでも18!?若すぎない!?家の人はなんて言ってるの?」
「あー、家族にもこっちで暮らすのは反対されてて、半ば家出みたいに出てきちゃって」
「そりゃそんなに若かったらねぇ。何でそんなに家出たかったの?」
「実は家の事情で結婚相手が決まってて、それが嫌で……」
「許嫁ってこと? ほんとにそういうのあるのねぇ」
「僕、足が不自由だから中々仕事も決まらないしお金もなくなって、でも帰って結婚させられるのも嫌だなって思ってて。そこでシイカが助けてくれたお礼にしばらく置いてくれるっていうから。お言葉に甘えて置いてもらってます」
にこやかに返すハウを新井は信じられないものを見る目で見ていた。誰だよお前!という口から出かけた言葉をもう3回は飲み込んでいると膝に乗せている詩織がケーキを一口分刺したフォークを差し出してくる。
「どーじょ」
「お、いいのかー? ありがとうな」
元々家の冷蔵庫にあったケーキだが、それでも嬉しくなってフォークに口を近づける。
「おいし?」
「うん。美味しい詩織は優しいな」
新井が詩織の近くでもぐもぐと口を動かしながら撫でると詩織はまたキャッキャと喜んで新井の頬に唇を押しつけた。
「ん?」
「あー、今チューするのがブームなのよ」
「はは、そうなのか。かわいいなー」
ニコニコと笑って詩織のことを撫でていると、ふと視線を感じて顔を上げる。視線の先ではハウが自分のことを瞬きひとつせずにじーっと見ていた。
(な、なんだ?)
「あ、そういえば猫のご飯代ちょうだいよ。アンタの猫なんだからね」
「え、この前現物送っただろ?」
「もうおばあちゃんだからいつものじゃ食べられないみたいで柔らかいのに変えたの。いつどうなるか解んないし、たまには顔見に来なさいよ」
「もうそんなに歳なのか……そうだな。時間があったら行くよ」
「よかったらハウくんも来たらいいわよ」
「僕が一緒に行ってもいいんですか?」
「もちろん。弟の恩人だしね。ほら、この子って昔から後先考えないで色々やっちゃうとこあって危ないのよねー。だから、悪いけど気をつけてやってちょうだい。よろしくね」
「おい、そんな子供みたいな……」
「子供でも泳げないのに飛び込んだら溺れるくらいでしょ。考えられないんだから子供以下じゃないの。昔からそのせいで何回も怪我はするし帰りは遅くなるし……大人になったら少しは良くなると思ったのにこんな歳で溺れるとか。絶対誰かに見てて貰ったほうがいいでしょ。実家に帰ってきたら?」
「嫌だよ、不況でやっと雇ってくれるとこが見つかったのに。しかも家賃全負担してくれてるしさ」
小一時間程雑談をした後、詩音は時計を見て立ち上がった。
「そろそろお暇するわね」
「ああ、見送るよ」
「悪いけど僕はここで」
「ああ足悪いって言ってたもんね! 大丈夫大丈夫! 無理しないで! 長居しちゃってごめんねー」
詩音が詩織を抱きあげて玄関まで連れて行くと、靴を履かせながら手招きをしてくる。
「ん?」
「あのさ。アンタ、あんまりハウくんの世話焼くんじゃないわよ」
「えっと、どういう意味だ?」
「足不自由とか帰るとこないとか言われてつい置いといてるんだろうけど、優しいのと見下してんのは違うんだからねって話。一応18ってことは成人してんでしょ? あんまり色々気遣ったらその方が傷つくわよ」
「別に見下してはないって……」
「あと変な気起こして襲ったりしちゃダメだからね」
「襲うか!! それにどっちかって言ったら俺のほうが……いや、なんでもない」
「? じゃ帰るけど、とにかく危ないことと犯罪だけはしないでよね」
「わかったって。母ちゃんによろしくな」
「おじしゃん、ばいばいー」
「うん。ばいばーい。またいつでも来てな」
新井がニコニコとしながらリビングへ帰るとハウは座椅子から這いずって移動したようでシャツもブランケットも脱いで布団へ寝そべっている。
「あぁ、疲れたよな。ごめん」
「……シイカさっきの小さい女の子のこと好きなの?」
「え、そりゃまあ……」
「……あの子と結婚するってこと?」
「ん!? どっからそんな話になった!?」
「だって、シイカ好きな人同士じゃないとキスしちゃだめって言ったよ」
「いや、言ったけど詩織は子供だし姪だし……」
「なにそれ! 僕にも弟みたいに思ってるって言た!子供でよくわかってないからキスしちゃダメって言った! ズルい!ズルい!」
「お、落ち着け! 近所迷惑だろ!」
布団からはみ出ている部分の尾ヒレがバシン!バシン!と激しく床を叩くと隣の部屋からドン!と壁を殴られる。
「うるさくしてごめんなさい!! ほら、お前のケーキ出しちゃったし、かわりにもっといいやつ買いに行こうぜ。ホールでもいいからさ」
「いやだ!行かない!! 僕もシイカのほっぺにキスさせてくれるまでずっと暴れるから!!」
「おい、やめろ!! コラ! 大体お前最近はキスしたがらなくなってただろ!?」
「ダメって言われたから我慢してただけだよ!なのに!なのにっ!!」
「コラ! やめろってば!」
激しく尾ヒレを動かして布団の上でゴロゴロと暴れるハウの上に馬乗りになって止めると、なんとか少し静かになったので、今しかないとこんこんと言い聞かせはじめる。
「あのさ、お前が子供っていうのは年齢的な話だけじゃなくて、人間の生活とかあんまり知らないだろ。お前が俺に好意的なのはここで俺以外頼る人がいないからだと思うんだよ。なのにそういう恋人とするような大事なことを俺とするのは俺が騙してるみたいでなんか嫌なんだよ。それにお前人魚だから海に帰るだろ。その時仲間の人魚?と結婚したら何であの時あんなことしたんだろって後悔するって」
下から見上げているハウは納得してない様子ですぐさま返してくる。
「絶対後悔しない」
「そんなのわかんないだろ。あのな、ちゃんと考えて……」
「解るよ。解るし、考えてるよ。シイカが思ってるよりずっと大人だよ僕。それにシイカも僕のこと好きって言ってくれるなら帰らなくても良いって思ってるもん」
両頬をギュッと掴まれた新井の瞳に緑色の視線が真っ直ぐと刺さって、言葉に詰まる。
「う……あ……」
(あれ、コイツ、こんなに手デカかったっけ……?)
その時、熱に魘されていた日の光景が急に脳裏にフラッシュバックした。熱っぽさの中で一瞬だけ目が覚めて、横にあったひんやりとした何かをたぐりよせて頬に寄せたあの時、ぼんやりとしていた記憶が何故か今になって、自分を見下ろす慈愛に満ちた瞳をハッキリと脳裏に映し出す。
「あ……わ、わかったよ! わかった!じゃあお前もほっぺならしても良いよ!! それならいいだろ?!」
「えっ!ホントに!?」
カッと顔が熱くなって、つい口走ってしまったが、ハウは喜んでそのまま顔を寄せると早速、頬へキスをする。それも2回3回と止まらない上にどんどん口元へと近づいて唇の際まで来ていた。
「ちょ、こら……」
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それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
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