猫を拾おうと思ったら人魚を拾っていました。

先崎

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 姉が訪問してきた日以来、ハウは毎日複数回キスをするようになった。朝起きたらおはようのキスで会社に行くときは行ってらっしゃいのキス、帰ってくればおかえりなさいのキスだし、寝る時はもちろんおやすみのキスだ。それ以外にも飲み物を用意したりケーキを買ったり、外に連れていったりした時はお礼のキスがある。最初は自分が口を滑らせたのだから仕方ないと受け入れていたが、ここ最近は流石に少し控えさせた方がいいのではないかと思い始めている。

「ハウ、話があるんだが……」
「うん。どうしたのシイカ?」
「あー、うん。えっと……休みだし映画でも見に行かないか? 近くの映画館車椅子席あるみたいでさ」
「映画? うん、行ってみたい!」

 (うおー、俺のアホ! バカ! アホ!)

 自分のことを頭の中でもう一人の自分がタコ殴りにするが、最近ハウの顔を見ているとどうにも言葉が出てこない。見るからにウキウキとしているハウの気分を壊すことも出来ず新井は一旦外出の用意を始める。

「ちなみに見たい映画あるか?」

 本日上映スケジュールと書かれたページが表示されたスマートフォンをハウに見せるとふんふんと真剣に見つめて吟味している。

「これがいいな。連続殺人鬼の住んでる事故物件に呪いの人形がやってくるホラーだって」
「それはホラーっていうかもうギャグだろ……次の上映が16時ねぇ。よし、デパート行ってフードコートで昼メシ食って買い物でもしてから見ようぜ」
「え、外でご飯食べていいの?」
「おー、お前も箸とか随分普通に使えるようになったし、フードコートなら車椅子でも入りやすいしな」
「やった、僕はじめて食べるから楽しみ。食べたいと思ってたのがあるんだよ」

 新井の想像では唐揚げやうどん、スパゲッティ等箸やフォークを使うものを食べたいのかと思っていたが、実際フードコートでハウが選んだ食べ物はハンバーガーだった。

「ハンバーガーが食べたかったのか? 言ってくれれば別にそれくらいいつでも連れてきたのに……」

 もぐもぐとオレンジ色の包み紙を持ってチーズバーガーを咀嚼しているハウに不思議そうに問いかけるとゴクンと飲み込んでから返事をしてきた。

「だって、ワガママ言ってたらカッコ悪いかなって」
「別にそんなこと……ていうかお前カッコいいとかカッコ悪いとか気にしてたのか」
「そりゃ好きな人にはカッコいいて思っててもらいたいからね」
「…………」

 格好良さを木にしてることを少しからかってやろうかという気持ちが湧いたがハウの返答を前に押し黙ってしまう。

 (どんどん露骨ってかストレートになってきてるしやめさせた方がいいよなこれ。でもなんて言えば……)

 頭の中でそんなことを思いながらフライドポテトに手を伸ばすと丁度ハウと手が重なって、慌てて手を引っ込めた。そのまま視線をあげるとポテトをつまんだハウが笑いながらこちらの口元にさしだしてくる。

「はい、あーん」
「ば、こんな外でできるか!」
「家だったらいいってことかな?」

 顔を背けるとクスクスと笑い声が聞こえてきて、もう一度チラリと横目でハウをみるとつまんだポテトを自分の口に運んで指先を舐めていた。それを見てまた慌てて顔を背ける。

 (なんか、見ちゃいけない物を見た気分だ……)



 ギャグかと思っていた映画は存外グロテスクで観客席からは時たまどよめきが起こる程だった。どこからか若い女性のすすり泣きが聞こえて、演出なのか泣いている女性がいるのかとキョロキョロとすると、横の車椅子スペースに座っているハウが視界に入る。怖いシーンもグロいシーンもぽけーっとした何を考えているのか何も考えていないのかといった表情で画面を見つめていた。

(俺も若干怖いけど全然怖くないのか? 人魚と人間はホラーの感覚が別なのか?)

 見つめられていることに気づいたらしいハウがこっちを見てきて、薄暗い中で画面に照らされた口元が声を出さずに形を作っていた。こわい? 口パクでそう聞かれたようだと判断して素直に頷く。ホラーと銘打った映画が人魚にとっては全く怖くなくて、これは人間にとっては怖い物なのか? と聞いているのだと思ったからだ。頷いた新井を見るとハウはまた画面へと向き直った。ガシャン!と画面のなかで皿が落ちて割れると驚いて身体をビクッと震わせると肘掛けにかけていた右手になにかひんやりとしたものが触れて思わず声が出そうになる。

「っわ……!?」

 右を向くとハウがこっちを見て人差し指を唇の前に立てて、「しー」とジェスチャーをしている。肘掛けの上の右手にはハウの左手が重なってキュッと握られていた。

 (……もしかして、俺が怖がってると思われてんのか? いや確かに怖いって言ったけどそういう意味じゃなかったんだが)

 自分も画面に向き直るものの、右手の体温が気になって仕方がなく、頭の中ではハウの声が再生されはじめる。好きな人にはカッコいいって思っててもらいたい、恋人になってほしい、好きだよ、帰らなくてもいいと思ってる……

 (あー、やめやめ!! 考えるのやめ!!)

 映画に集中しようとした瞬間にガシャン!とまた大きな音がして、思わず右手に力を込めていた。



「シイカずっと僕の手握ってたけどそんなに怖かった?」
「……まあまあ。ちょっと休みたいくらいには」

 少し怖いくらいだった映画は終盤にかけてグロさも怖さもヒートアップし、スタッフロールが流れる頃には若い女性の観客が何人か泣いていた。考えることをやめようとしていた自分にとっては脳の処理が追いつかなくなる程のありがたい盛り上がりでもあったが非常に疲れたし、考えることをやめたせいで右手にあるのが何かなんて忘れてシーンが切り替わるたびに握りしめていた。上映スクリーンを出てすぐの映画館内にあるベンチに座って水を飲んでいると隣のハウは自分の左手を見てグーパーグーパーと開きながら何やらニヤけている。

 (俺と手繋げたからって何がそんなに嬉しいんだよ)

 そう思うものの、きっと聞けば好きなんだから嬉しいのは当たり前だなんだと恥ずかしい言葉が返ってきて、頭の良くない自分は言いくるめられるに決まっているため口には出さないでおく。一休みして映画館を出ると外は既に暗くなっていた。はぁ、と吐いた白い息を眺めているとハウが車を止めていた駐車場と真逆の方を指差す。

「ねぇ、あっちなんか光ってるよ」
「こーら、指ダメだって。いつになったら治るんだその癖」

 ハウが伸ばした指を握り込んで下へと下げさせると、ハウは何やらモゴモゴと口を動かしている。よく耳を澄ましてみると

「ずっとなおんないかも……」

と呟いていた。

「頑張って直せって。光ってる方見てみるか」

 駐車場と逆の方へと車椅子を押していくと光っていたのは電飾やオーナメントで飾り付けられた巨大なモミの木だった。周囲は木の下で写真を撮る親子連れや遠くからイルミネーションを撮影するカップル達で賑わっている。

「クリスマスツリーかぁ。もうクリスマスが来るんだな」
「ああ。おじいちゃんが家に入ってきて欲しい物を置いていく日ね」
「ちょっと語弊があるだろそれは。そういえばお前クリスマス生まれだったよな。なんか誕生日プレゼント欲しい物あるか?」
「誕生日プレゼント? 誕生日って歌を歌って祝うものじゃないの?」
「へぇ、そういう文化なのか。こっちでは物をあげるんだよ。看病してくれた時の礼もまだだし、特別に高いものでもいいぞー」
「別に高くなくてもいいけどシイカとおそろいのものが欲しいな。なんでもいいからさ」
「なんでもなぁ、俺センスないし欲しいもの言ってくれればそれ買うけど……」
「ううん、シイカが選んでくれたやつがいい」
「うーん……キーホルダー、はお前つけるようなもん持ってないし、バッグ……野郎二人でバッグおそろいも目立つか……?」
「ねえシイカ、後ろじゃなくて隣に来てくれない?」
「ん? ここでいいか?」
「うん。ありがとう」

 悩んでいる最中、ハウに乞われて車椅子から手を離し、隣に移動するとそっと手を握られて、新井は慌てて離そうとしたが力強く掴まれていて抜け出せず、小声で咎めた。

「ちょ、おい。目立つって……」
「みんなツリー見てるから大丈夫だよ。ほら見て、シイカの好きな色に光ってるよ」

 そう言われて視線をツリーと周りのイルミネーションに向けると白く発光していた電飾は段々と水色へと変わっていっていて、今度は緑へとゆるやかに変化していくところだった。

「おお。すごいなー、キレイだ」
「うん。見られて良かったよ。シイカも今日のデート楽しかった?」
「ぶっ……で、デートって。ただ遊びに来ただけだろ」
「僕にとってはデートだよ」

 見上げてきたハウが真剣にいうものだから否定できずに、しばらく手を繋いだままその場でイルミネーションを眺めていた。
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