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「おそろいなぁ……」
クリスマス目前、やたらと飲み会をしたがる上司を振り切って新井は閉店まで1時間を切ったショッピングモールへ駆け込んでいた。今までもハンカチ、タオル、マグカップ、小物入れに文房具、色々と見てきたのだがどうにもピンとくるものがなくギリギリまでハウへのプレゼント購入を見送ってしまっていたのだ。
(アイツ春になったらいなくなるし、できたら海でも使ってくれるやつが良いな)
そう思うと小物がいいかとアクセサリーショップの前で足を止める。若い女性が多いカジュアルな店だが少しだけメンズアクセサリーのコーナーもあり、そこにひっそりと置いてあったネックレスを手に取る。緑色の小さい石が嵌まっているシルバーのリングが茶色い紐に通されたシンプルなデザインだ。隣には青色、赤色、紫色と石の色が違うバージョンのネックレスがいくつかあり、5分ほどその売場を右往左往して悩んだあとに緑色の石がついた物と青色の石がついたネックレスを持って、レジへと向かい、プレゼント用ですか?という店員の質問に「青色だけラッピングをお願いします」と答えた。番号札を渡されてラッピングを待つ時間も落ち着かず店内をウロウロと歩き回る。
(良いと思ったから買ったけど、アクセサリーって、しかもネックレスだけど指輪ってなんか重い男みたいか?……特別な感じ出ちゃってるような……いやでもホントにあいつに似合うって思っただけで他意はなくて、お揃いなのもアイツがお揃いにしたいって言ったから……)
頭の中で言い訳をしながらラッピングされたアクセサリーを受け取ると車へ戻って助手席へと袋を置く。
(アイツ結構どこでも開けられるみたいだし、ここに隠しとこ)
フンフンと鼻歌を歌いながら車を走らせていると、以前ハウと出会った海が見えてくる。そういえばハウは少しでも海水に触れられると嬉しいと以前水族館で言っていたことを思い出して海の近くの駐車場へと車を止めた。車のなかに数本置いてある水道水をつめたペットボトルを1本持つと誰もいない暗い海岸へと向かっていく。
(これ、詰め替えて海水持ってってやろ)
ペットボトルの水を砂浜に撒き、海水を汲もうとしゃがみ込んだとき、ズボンのポケットからハウにもらった鱗が落ちた。あっ、と思って手を伸ばすが暗い海の中ですでにどこかへ流れていってしまったようだ。
「あーあー……」
落胆しながらボコボコボコッとペットボトルに半分程水を入れた辺りで、目の前に高い波が立って中から声が聞こえた。
「ハウさん!!」
「うおお!?」
ハスキーでそれでいて甘い声の叫びに驚いて新井は尻もちをつく。暗くてよく見えなかったが髪の長い女性のようだ。
「ひゃあ! 人間!!」
「あ、待、待ってくれ! もしかしてハウの仲間か!?」
「……ハウを知ってるのですか?」
ドボンッと急いで海の中へと入った女性だったが声が届いたらしく、顔だけを海面へ出しておずおずとそう聞いてきた。
「あぁ、知ってるていうか……」
「じゃあもしかしてアナタがこの鱗を落とされたのですか。流れてきたのでもしかしたらこの辺りにハウさんが泳いでいるのかと思ってやってきたのですが……」
女性が伸ばしてきた手のひらに乗っているのは確かにさきほど落としてしまったハウから貰った鱗のように見える。よく見ようとズボンのポケットをまさぐって、スマートフォンを取り出しライトをつけると女性の姿が浮き彫りになった。
「うわ、ハウそっくりだ!」
ハウを少しツリ目にして、華奢にして髪の毛を伸ばしたらこんな感じだろうといった顔が海面からでている。
「似ているのは当たり前ですよ。わたくしハウの母ですから。名前はメルと申します」
「え! お母さん!? 若!?」
どう見てもハウと同じ年頃にしか見えないその姿を見て驚愕していると、その反応に頬を紅潮させている。
「若いって、わたくしもう220歳です……」
「220歳!!?うそだろ!?」
「本当ですよ。人魚は生後1年経つと死ぬまで歳をとらないんですよ」
「え、じゃあハウもあれで大人っていうことか?」
「そうですね。あの子は人間の基準で言えば多分少し童顔ですけど」
「人間の基準……?」
「人魚の幼体はただの魚ですからね。わたくしたちの基準では顔がお魚似だったら童顔かしら。うふふ」
メルは笑ったと思うと一転、不安げに鱗を見せながら問うてきた。
「その、あの子のこと知ってらっしゃるってことはやっぱりこの辺にいるのかしら? それとも、まさか食べちゃいましたか?」
「食べ!? 食べてない食べてない!! 家にいるけど手出してないし!」
「手……? あぁ、人魚狩りじゃなくてあの子に誑かされてる方の人間でしたか」
「た、誑かされてる?」
「アナタ、あの子にキスして欲しいってせがまれているでしょう」
「あ、いやっ、その」
「アナタを責める気は全くないですから隠さなくても良いのですよ? あの子、色んなところで色んな人間の男性にそうやって言い寄ってるんですもの」
「……え?」
「ですからアナタも本気にしないで下さいな。あの子は今どこに?」
「今は、俺の……家に……居候してるっていうか……」
「まあ、お家。あの子をお家に招待してくれた人間はアナタがはじめてですね。でも早めに帰って来て貰えると助かるのだけれど……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。全然理解が追いつかなくて。あのハウが色んな人間に言い寄ってたって、何でそんなこと……」
頭の中ではハウが自分の腕にすり寄って甘えて来た時や、頬へキスを落としてきた時、抱きついてきた時といった思い出が蘇ってくる。こんな気持ちになったのははじめてだ、と言っていたのに過去にも同じようなことを言って他の男にすり寄っていたのだろうかと思うと何故か呼吸が浅くなってくる。
「そうですよ。人魚は自分のことを愛してくれている男性からキスされると、海の神様の祝福を受けて足を手に入れられるんです」
「足を……?」
「ええ。だから、アナタのことは利用してるだけで好きでもなんでもないってことですよ」
「いやでも、ハウにそんなこと出来るわけ……」
「あら。これは自慢なのですけれど、あの子は人魚の中でもとびきり賢いんです。人間の男をひとりふたり騙すくらいなんともないですよ」
確かにハウは賢かった。スマートフォンの操作もすぐに理解できたし、姉の前ではいつもの幼い雰囲気とは違う性格も演じられていたし、スラスラと嘘を並べ立てていたし、あんなに美しい人魚が自分のことを好きだという方が違和感がある。それに、ハウは人魚は冷たい海では生きられないと言っていたのに、メルは少しも寒くなさそうにケロリとしていた。
「え、じゃあアイツ最初からそのつもりで……」
冷たい潮風に煽られて、片膝を砂浜につく。メルはそんな新井を見て首をかしげていた。
「あらあらあら、もしかしてショックを受けてらっしゃるのかしら。ごめんなさい、うちの子が美しすぎるばかりに」
ニコニコと笑ったメルの顔がハウと重なってめまいがして胸に黒い淀みが溜まったように重く、息がうまくできなくなる。
「ショック……? 何でショックなんか……」
「あら、好きになっちゃってるんでしょう。あの子のこと」
「好きに……好きに……?」
確かにハウと出会ったときから外見は見たこともないほどに綺麗だと思っていた。一緒に生活しているうちに幼い一面以外にも、賢くてしっかりとしている所も見ることがあったし、落ち着いた雰囲気を纏っていることも多くなった。それでも彼は自分にとってはずっと歳下で、仲間からは追い出されて、陸ではひとりで生きられなくて保護しなければいけない対象だった。それに、自分とは比喩ではなく住む世界が違う。膝をついて俯いていると、大きい波が押し寄せて自分を濡らしていく。
「そんなに気を落とさないで下さいな。あの子がご迷惑をかけたお詫びにこちらの腕輪をさしあげますから」
「腕輪……?」
「ええ。海の中には割と昔の宝を載せた船が沈んでいるのですよ。おそらく人間の世界では二百万程の価値があるはずですから」
「二百万か……はは、いいなそれ」
「そうでしょう。お金は大事ですものね」
ニコニコと人当たりの良い笑顔で銀色のブレスレットを差し出してくるメルに新井も力なく笑う。それからメルは、数の少なくなってきた人魚達は仲間を探して回遊しているということ、ハウが勝手に群れから逃げ出して困っているということなどを話しだした。
「あの子は貴重なオスの人魚だから早く群れに戻って結婚して貰わないと困るのですけれど……」
「結婚?」
「えぇ。人魚って卵生なのですけれど、孵化する確率はとーっても低くて。早く結婚していっぱい交尾して貰わないと困りますわ」
「こ、交尾って……そんな、まだ子供だろ……」
「あら人魚からしたら立派な大人です。それにオスの人魚はメスと比べるとずっと寿命が短いですから早いに越したことはありません」
「短いってどれくらいだ?」
「えーと、メスが300歳、オスが100歳くらいですわね」
「まあ短いっちゃ短いけど……あれ、じゃあハウの父親がいるはずじゃ?」
「わたくしの旦那さんでしたらハウが産まれた歳にちょうど寿命で……」
「……あぁ、歳とらないから高齢でも生殖能力あるってことか」
新井はもう汚れることも濡れることも気にせず砂浜に座り込んでいた。メルと話をしていると段々と冷静になってくる。確かにハウは会った当初からやたらとキスしてほしいとせがんでいたし、何故か自分にものすごく好意的で、スキンシップも多かった。理由がわからずに悩んでいたがそういうことだったのならしっくりくる。
(まあ、でもよく考えたら良かったよな……アイツは群れから追い出された訳じゃないなら居場所があるんだし、キスしまくってきてるのもやめさせないとって思ってたけど、本気じゃなくて愛嬌振りまいてるだけだで、そういう真似事してるだけで意味解ってなかったんだろ)
「ああ、でもあの子は沖縄で生まれたから暖かい方が好きなのは確かかもしれませんね」
「へぇ、アイツ沖縄生まれなんだ」
「そうなんですよ。それであの子ってば沖縄で会った人間の女の子が好きだから未だに脱走しては沖縄に行こうとするんですよ。あ、あの子方向音痴だからちゃんと行けたことは無いんですけれどね」
「え……」
メルの言葉に落ち着いていた心臓がまたドクドクと激しく動き始め、震えながら声を出した。
「人間の女の子が好き……?」
「ええ。だから群れの女の子と結婚も交尾もしたくないんですよ。本人は違うって言ってますけど絶対そうなんです。だから日本の海を出るのも嫌がってるんですわ」
「えっ、日本の海を出るって……日本の周りを周り続けてるんじゃないのか?」
「今まではそうだったのですけれど、ハワイの方で人魚の群れを見かけたって噂がイルカの間で巡ってるらしくて、絶滅を防ぐためにみんなでそちらに移動することにしたのですよ」
「ハワイ……」
「みんなハウさんのことを探して待ってますから、できたらすぐにでも帰ってきてほしいのです。ほら、流石に外国は遠いでしょう。早めに出発しないと向こうが移動してしまったらもう会えないかもしれませんから」
「あ……そうだよな、解った。明日の夜連れてくるよ」
「あら、助かります。明日ここへ迎えにきますわね」
そう言うとメルは静かに海の中へと潜っていき、新井だけが音のない砂浜に取り残された。
本当はハウのことを思うのなら、今すぐにでも海に連れて行った方がいいのだろう。そう思ったものの何故か口からはつい明日という言葉がでてしまった。確かに若いうちから結婚なんて重圧かもしれないが、ハウは貴重なオスの人魚だと言っていたし、きっと大事にはしてもらっている。ハウの誕生日は明後日だが、明日早めに祝ってやればきっと問題ないはずだ。そう考えながら玄関の鍵を開けて、ゆっくりとリビングへ向かっていく。
「おかえりシイカ。今日は遅かったね」
「……うん、あのさ。このブレスレット……」
「っ!? もしかして母さんに会ったの!?」
テーブルの上にメルからもらった銀色のブレスレットを置くと、ハウは信じられないといった顔でこちらを見上げてきた。きっと全てがバレたと思って焦っているのだろうと思った新井はあえて笑ってみせた。
「あはは、そんな顔しなくても怒ったりしないよ。でもみんな困ってるからさ、明日にはお前のこと帰すって約束したからな」
「あ、明日!? なんで勝手に!」
「何でも何もないだろ。勝手に仲間のとこから脱走したって聞いたぞ。家出じゃないか。お母さん心配してたぞ?」
「そ、うだけど……僕、帰りたくないよ。帰ったらシイカともう会えないし、別の子と結婚させられるし」
「別の子か……あのさ、人間の女の子が好きっていうお前の気持ちは否定しないけど、お前のこと好きな女の子達の気持ちも考えてやれよ」
「ま、待って! 確かに人間の女の子のこと探してたけど、それは昔助けてもらったお礼が言いたいだけで……! 僕が好きなのはシイカだよ!」
「ごめんな。そう言ってくれても俺はお前のことそういう風に見たことないからさ、俺からキスしてもお前は人間にはなれないよ」
「……聞いたの? 人魚の言い伝えのこと」
「聞いた。俺のこと好きなんておかしいと思ってたけどそういうことだったんだな」
「確かに最初はそういう目的だったけど、今は違うんだよ! 本当に! 本当にシイカのことが好きでっ!」
「そんなに焦らなくても大丈夫だって。今まで言ってくれてたのが嘘でも怒らないって言っただろ」
ハウのことを見たらまた言葉が出なくなってしまうのではと心配していたが一生懸命に弁明しているハウを見ると逆に自分でも驚く程に冷静になっていった。何を言われても以前のようにドキドキしたり、急に熱くなってわけがわからなくなることもない。ただただ少しばかり胸が重いだけだ。
「ねぇ、シイカ。人魚の子達は僕が好きなんじゃなくて僕が珍しいから言い寄ってきてるだけなんだよ。そんなところに帰りたくないよ。もっとここに居させてよ」
「帰ったら自分の何が好きなのか聞いてみろよ。ちゃんとお前のこと見てくれてて好きって言ってる子がいるかもしれないだろ?」
「ねぇ、ほんとに」
「大丈夫。お前いい子だから絶対見ててくれてる子がいるって。そんで結婚して自分の子ができたら絶対可愛いよ。はは、羨ましいな。俺も子供欲しいからさ頑張っていい嫁さん探さないとなぁ」
「え、シイカ……子供、欲しいの?」
「そりゃな。やっぱり家族って良いなーって思うよ」
「そうなんだ……考えたこともなかったや……そっか……」
そう言うとハウはぴたりと喋ることをやめて静かになってしまった。新井もそれ以上喋ることはなく、もくもくと夕飯を食べて、静かに布団へと入る。ハウがもぞもぞと自分の布団へ入ってくるのを阻止して「自分のところで寝な」と言うと、一瞬泣きそうな顔をしていたものの素直に離れていった。
「あのさ、お前の誕生日って明後日だろ? だから早くなっちゃうけど明日ケーキ買って帰るから」
「要らないよ……何も要らない。だから早く帰ってきて……」
「……解ったよ」
その日、暗闇の中で目を閉じても中々眠りは訪れなかった。
クリスマス目前、やたらと飲み会をしたがる上司を振り切って新井は閉店まで1時間を切ったショッピングモールへ駆け込んでいた。今までもハンカチ、タオル、マグカップ、小物入れに文房具、色々と見てきたのだがどうにもピンとくるものがなくギリギリまでハウへのプレゼント購入を見送ってしまっていたのだ。
(アイツ春になったらいなくなるし、できたら海でも使ってくれるやつが良いな)
そう思うと小物がいいかとアクセサリーショップの前で足を止める。若い女性が多いカジュアルな店だが少しだけメンズアクセサリーのコーナーもあり、そこにひっそりと置いてあったネックレスを手に取る。緑色の小さい石が嵌まっているシルバーのリングが茶色い紐に通されたシンプルなデザインだ。隣には青色、赤色、紫色と石の色が違うバージョンのネックレスがいくつかあり、5分ほどその売場を右往左往して悩んだあとに緑色の石がついた物と青色の石がついたネックレスを持って、レジへと向かい、プレゼント用ですか?という店員の質問に「青色だけラッピングをお願いします」と答えた。番号札を渡されてラッピングを待つ時間も落ち着かず店内をウロウロと歩き回る。
(良いと思ったから買ったけど、アクセサリーって、しかもネックレスだけど指輪ってなんか重い男みたいか?……特別な感じ出ちゃってるような……いやでもホントにあいつに似合うって思っただけで他意はなくて、お揃いなのもアイツがお揃いにしたいって言ったから……)
頭の中で言い訳をしながらラッピングされたアクセサリーを受け取ると車へ戻って助手席へと袋を置く。
(アイツ結構どこでも開けられるみたいだし、ここに隠しとこ)
フンフンと鼻歌を歌いながら車を走らせていると、以前ハウと出会った海が見えてくる。そういえばハウは少しでも海水に触れられると嬉しいと以前水族館で言っていたことを思い出して海の近くの駐車場へと車を止めた。車のなかに数本置いてある水道水をつめたペットボトルを1本持つと誰もいない暗い海岸へと向かっていく。
(これ、詰め替えて海水持ってってやろ)
ペットボトルの水を砂浜に撒き、海水を汲もうとしゃがみ込んだとき、ズボンのポケットからハウにもらった鱗が落ちた。あっ、と思って手を伸ばすが暗い海の中ですでにどこかへ流れていってしまったようだ。
「あーあー……」
落胆しながらボコボコボコッとペットボトルに半分程水を入れた辺りで、目の前に高い波が立って中から声が聞こえた。
「ハウさん!!」
「うおお!?」
ハスキーでそれでいて甘い声の叫びに驚いて新井は尻もちをつく。暗くてよく見えなかったが髪の長い女性のようだ。
「ひゃあ! 人間!!」
「あ、待、待ってくれ! もしかしてハウの仲間か!?」
「……ハウを知ってるのですか?」
ドボンッと急いで海の中へと入った女性だったが声が届いたらしく、顔だけを海面へ出しておずおずとそう聞いてきた。
「あぁ、知ってるていうか……」
「じゃあもしかしてアナタがこの鱗を落とされたのですか。流れてきたのでもしかしたらこの辺りにハウさんが泳いでいるのかと思ってやってきたのですが……」
女性が伸ばしてきた手のひらに乗っているのは確かにさきほど落としてしまったハウから貰った鱗のように見える。よく見ようとズボンのポケットをまさぐって、スマートフォンを取り出しライトをつけると女性の姿が浮き彫りになった。
「うわ、ハウそっくりだ!」
ハウを少しツリ目にして、華奢にして髪の毛を伸ばしたらこんな感じだろうといった顔が海面からでている。
「似ているのは当たり前ですよ。わたくしハウの母ですから。名前はメルと申します」
「え! お母さん!? 若!?」
どう見てもハウと同じ年頃にしか見えないその姿を見て驚愕していると、その反応に頬を紅潮させている。
「若いって、わたくしもう220歳です……」
「220歳!!?うそだろ!?」
「本当ですよ。人魚は生後1年経つと死ぬまで歳をとらないんですよ」
「え、じゃあハウもあれで大人っていうことか?」
「そうですね。あの子は人間の基準で言えば多分少し童顔ですけど」
「人間の基準……?」
「人魚の幼体はただの魚ですからね。わたくしたちの基準では顔がお魚似だったら童顔かしら。うふふ」
メルは笑ったと思うと一転、不安げに鱗を見せながら問うてきた。
「その、あの子のこと知ってらっしゃるってことはやっぱりこの辺にいるのかしら? それとも、まさか食べちゃいましたか?」
「食べ!? 食べてない食べてない!! 家にいるけど手出してないし!」
「手……? あぁ、人魚狩りじゃなくてあの子に誑かされてる方の人間でしたか」
「た、誑かされてる?」
「アナタ、あの子にキスして欲しいってせがまれているでしょう」
「あ、いやっ、その」
「アナタを責める気は全くないですから隠さなくても良いのですよ? あの子、色んなところで色んな人間の男性にそうやって言い寄ってるんですもの」
「……え?」
「ですからアナタも本気にしないで下さいな。あの子は今どこに?」
「今は、俺の……家に……居候してるっていうか……」
「まあ、お家。あの子をお家に招待してくれた人間はアナタがはじめてですね。でも早めに帰って来て貰えると助かるのだけれど……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。全然理解が追いつかなくて。あのハウが色んな人間に言い寄ってたって、何でそんなこと……」
頭の中ではハウが自分の腕にすり寄って甘えて来た時や、頬へキスを落としてきた時、抱きついてきた時といった思い出が蘇ってくる。こんな気持ちになったのははじめてだ、と言っていたのに過去にも同じようなことを言って他の男にすり寄っていたのだろうかと思うと何故か呼吸が浅くなってくる。
「そうですよ。人魚は自分のことを愛してくれている男性からキスされると、海の神様の祝福を受けて足を手に入れられるんです」
「足を……?」
「ええ。だから、アナタのことは利用してるだけで好きでもなんでもないってことですよ」
「いやでも、ハウにそんなこと出来るわけ……」
「あら。これは自慢なのですけれど、あの子は人魚の中でもとびきり賢いんです。人間の男をひとりふたり騙すくらいなんともないですよ」
確かにハウは賢かった。スマートフォンの操作もすぐに理解できたし、姉の前ではいつもの幼い雰囲気とは違う性格も演じられていたし、スラスラと嘘を並べ立てていたし、あんなに美しい人魚が自分のことを好きだという方が違和感がある。それに、ハウは人魚は冷たい海では生きられないと言っていたのに、メルは少しも寒くなさそうにケロリとしていた。
「え、じゃあアイツ最初からそのつもりで……」
冷たい潮風に煽られて、片膝を砂浜につく。メルはそんな新井を見て首をかしげていた。
「あらあらあら、もしかしてショックを受けてらっしゃるのかしら。ごめんなさい、うちの子が美しすぎるばかりに」
ニコニコと笑ったメルの顔がハウと重なってめまいがして胸に黒い淀みが溜まったように重く、息がうまくできなくなる。
「ショック……? 何でショックなんか……」
「あら、好きになっちゃってるんでしょう。あの子のこと」
「好きに……好きに……?」
確かにハウと出会ったときから外見は見たこともないほどに綺麗だと思っていた。一緒に生活しているうちに幼い一面以外にも、賢くてしっかりとしている所も見ることがあったし、落ち着いた雰囲気を纏っていることも多くなった。それでも彼は自分にとってはずっと歳下で、仲間からは追い出されて、陸ではひとりで生きられなくて保護しなければいけない対象だった。それに、自分とは比喩ではなく住む世界が違う。膝をついて俯いていると、大きい波が押し寄せて自分を濡らしていく。
「そんなに気を落とさないで下さいな。あの子がご迷惑をかけたお詫びにこちらの腕輪をさしあげますから」
「腕輪……?」
「ええ。海の中には割と昔の宝を載せた船が沈んでいるのですよ。おそらく人間の世界では二百万程の価値があるはずですから」
「二百万か……はは、いいなそれ」
「そうでしょう。お金は大事ですものね」
ニコニコと人当たりの良い笑顔で銀色のブレスレットを差し出してくるメルに新井も力なく笑う。それからメルは、数の少なくなってきた人魚達は仲間を探して回遊しているということ、ハウが勝手に群れから逃げ出して困っているということなどを話しだした。
「あの子は貴重なオスの人魚だから早く群れに戻って結婚して貰わないと困るのですけれど……」
「結婚?」
「えぇ。人魚って卵生なのですけれど、孵化する確率はとーっても低くて。早く結婚していっぱい交尾して貰わないと困りますわ」
「こ、交尾って……そんな、まだ子供だろ……」
「あら人魚からしたら立派な大人です。それにオスの人魚はメスと比べるとずっと寿命が短いですから早いに越したことはありません」
「短いってどれくらいだ?」
「えーと、メスが300歳、オスが100歳くらいですわね」
「まあ短いっちゃ短いけど……あれ、じゃあハウの父親がいるはずじゃ?」
「わたくしの旦那さんでしたらハウが産まれた歳にちょうど寿命で……」
「……あぁ、歳とらないから高齢でも生殖能力あるってことか」
新井はもう汚れることも濡れることも気にせず砂浜に座り込んでいた。メルと話をしていると段々と冷静になってくる。確かにハウは会った当初からやたらとキスしてほしいとせがんでいたし、何故か自分にものすごく好意的で、スキンシップも多かった。理由がわからずに悩んでいたがそういうことだったのならしっくりくる。
(まあ、でもよく考えたら良かったよな……アイツは群れから追い出された訳じゃないなら居場所があるんだし、キスしまくってきてるのもやめさせないとって思ってたけど、本気じゃなくて愛嬌振りまいてるだけだで、そういう真似事してるだけで意味解ってなかったんだろ)
「ああ、でもあの子は沖縄で生まれたから暖かい方が好きなのは確かかもしれませんね」
「へぇ、アイツ沖縄生まれなんだ」
「そうなんですよ。それであの子ってば沖縄で会った人間の女の子が好きだから未だに脱走しては沖縄に行こうとするんですよ。あ、あの子方向音痴だからちゃんと行けたことは無いんですけれどね」
「え……」
メルの言葉に落ち着いていた心臓がまたドクドクと激しく動き始め、震えながら声を出した。
「人間の女の子が好き……?」
「ええ。だから群れの女の子と結婚も交尾もしたくないんですよ。本人は違うって言ってますけど絶対そうなんです。だから日本の海を出るのも嫌がってるんですわ」
「えっ、日本の海を出るって……日本の周りを周り続けてるんじゃないのか?」
「今まではそうだったのですけれど、ハワイの方で人魚の群れを見かけたって噂がイルカの間で巡ってるらしくて、絶滅を防ぐためにみんなでそちらに移動することにしたのですよ」
「ハワイ……」
「みんなハウさんのことを探して待ってますから、できたらすぐにでも帰ってきてほしいのです。ほら、流石に外国は遠いでしょう。早めに出発しないと向こうが移動してしまったらもう会えないかもしれませんから」
「あ……そうだよな、解った。明日の夜連れてくるよ」
「あら、助かります。明日ここへ迎えにきますわね」
そう言うとメルは静かに海の中へと潜っていき、新井だけが音のない砂浜に取り残された。
本当はハウのことを思うのなら、今すぐにでも海に連れて行った方がいいのだろう。そう思ったものの何故か口からはつい明日という言葉がでてしまった。確かに若いうちから結婚なんて重圧かもしれないが、ハウは貴重なオスの人魚だと言っていたし、きっと大事にはしてもらっている。ハウの誕生日は明後日だが、明日早めに祝ってやればきっと問題ないはずだ。そう考えながら玄関の鍵を開けて、ゆっくりとリビングへ向かっていく。
「おかえりシイカ。今日は遅かったね」
「……うん、あのさ。このブレスレット……」
「っ!? もしかして母さんに会ったの!?」
テーブルの上にメルからもらった銀色のブレスレットを置くと、ハウは信じられないといった顔でこちらを見上げてきた。きっと全てがバレたと思って焦っているのだろうと思った新井はあえて笑ってみせた。
「あはは、そんな顔しなくても怒ったりしないよ。でもみんな困ってるからさ、明日にはお前のこと帰すって約束したからな」
「あ、明日!? なんで勝手に!」
「何でも何もないだろ。勝手に仲間のとこから脱走したって聞いたぞ。家出じゃないか。お母さん心配してたぞ?」
「そ、うだけど……僕、帰りたくないよ。帰ったらシイカともう会えないし、別の子と結婚させられるし」
「別の子か……あのさ、人間の女の子が好きっていうお前の気持ちは否定しないけど、お前のこと好きな女の子達の気持ちも考えてやれよ」
「ま、待って! 確かに人間の女の子のこと探してたけど、それは昔助けてもらったお礼が言いたいだけで……! 僕が好きなのはシイカだよ!」
「ごめんな。そう言ってくれても俺はお前のことそういう風に見たことないからさ、俺からキスしてもお前は人間にはなれないよ」
「……聞いたの? 人魚の言い伝えのこと」
「聞いた。俺のこと好きなんておかしいと思ってたけどそういうことだったんだな」
「確かに最初はそういう目的だったけど、今は違うんだよ! 本当に! 本当にシイカのことが好きでっ!」
「そんなに焦らなくても大丈夫だって。今まで言ってくれてたのが嘘でも怒らないって言っただろ」
ハウのことを見たらまた言葉が出なくなってしまうのではと心配していたが一生懸命に弁明しているハウを見ると逆に自分でも驚く程に冷静になっていった。何を言われても以前のようにドキドキしたり、急に熱くなってわけがわからなくなることもない。ただただ少しばかり胸が重いだけだ。
「ねぇ、シイカ。人魚の子達は僕が好きなんじゃなくて僕が珍しいから言い寄ってきてるだけなんだよ。そんなところに帰りたくないよ。もっとここに居させてよ」
「帰ったら自分の何が好きなのか聞いてみろよ。ちゃんとお前のこと見てくれてて好きって言ってる子がいるかもしれないだろ?」
「ねぇ、ほんとに」
「大丈夫。お前いい子だから絶対見ててくれてる子がいるって。そんで結婚して自分の子ができたら絶対可愛いよ。はは、羨ましいな。俺も子供欲しいからさ頑張っていい嫁さん探さないとなぁ」
「え、シイカ……子供、欲しいの?」
「そりゃな。やっぱり家族って良いなーって思うよ」
「そうなんだ……考えたこともなかったや……そっか……」
そう言うとハウはぴたりと喋ることをやめて静かになってしまった。新井もそれ以上喋ることはなく、もくもくと夕飯を食べて、静かに布団へと入る。ハウがもぞもぞと自分の布団へ入ってくるのを阻止して「自分のところで寝な」と言うと、一瞬泣きそうな顔をしていたものの素直に離れていった。
「あのさ、お前の誕生日って明後日だろ? だから早くなっちゃうけど明日ケーキ買って帰るから」
「要らないよ……何も要らない。だから早く帰ってきて……」
「……解ったよ」
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だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
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