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5,約束
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父の今際の言葉が頭にこびりついている。
「涼奈を、涼奈を頼む!」
視界が真っ赤に染った夜、泣き止まない妹を庇うように抱き、火の粉が舞い落ちる狭い建物から必死に逃げ出した。落ちてきた瓦礫から逃げられず私の体には左腕と右頬に消えない火傷の痕が残った。
髪で隠していた赤黒い右頬のやけどに涙が伝った。傷はもう塞がっているので、もうしみたりはしないのだけれど、急いでその涙を拭った。
泣くのはいつぶりだろうか、情けない今の自分の姿に吐き気がした。大きく息を吸って脳に酸素を回す。落ち着いて考えよう、妹を救えるのは私だけである。
(けど、もしまたウザイと言われたら……)
浮かんだ考えを頭を振ってかき消す。どんなことを言われても父との約束を果たさなければいけない。なにせ、妹は今思春期真っ只中である。多少の暴言は大目に見なければ。私もきっとこんなふうに父を困らせていたのだから。
そういえば、私が父と義母を亡くしたのもちょうどこのくらいの歳だった。
ガチャっといきなり扉が開いた。思わぬことに心臓が飛び跳ねる。豪華な青の上着をなびかせて男が1人入ってきた。上着には袖を通さず肩にかけているだけであったが、先程の軍服の男にも負けず劣らずのガタイの良さにより、上着は腰の辺りでなびくだけで微動だにしない。先程の皇子と同じプラチナブロンドの髪であったが、彼のような派手さはなく、素直にセンター分けされた髪の間から慎ましげな表情が覗いていた。決して皇子よりブサイクだったわけでなく、服装に華美な装飾が一つも付いていないように、顔に何ひとつとしてよく見せようという意思が見受けられなかった。ただ、私と同じ茶色の美しい瞳に深く吸い込まれた。
私の姿がその瞳に写った瞬間、飾らなかった表情が大きく動く。少し驚いたようだったが、すぐに元の美しい表情に戻り、笑うことなく私に頭を下げた。
「まだいらっしゃるとは思わず、失礼いたしました」
「い、いえ、」
声まで美しいその男に返したその一言を、彼の耳から回収したいほど自分の声に劣等感を覚えた。声だけでは無い。よくよく見てみれば、私の今の服装は仕事帰りのだらしないもので、12時間を過ごした髪は既にアホ毛が目立っていた。先程は妹の命がかかっておりそれどころではなかったが、こうも美しく慎ましい男を目の前にすれば自分の汚さが露見したようでいたたまれない。
あわてて前髪を整えながら、私はもう一度声を出した。
「いえ、とんでもない。私がいつまでも居座っていたのがいけなかったので」
立ち去ろうと扉に近づいたところで、ふと気がつく。私にはここがどこかも分からないのに、ここから出てしまえばどこに行けばいいのかも分からない。そもそも妹を追いかけたくても、彼らがどこに行ったかも分からない。
男の前でどうしようもなく立ち尽くしてしまった私に、男は不思議そうに聞く。
「皇子や宰相、妹君はどちらへ?」
「さ、さあ」
私は苦笑いでそう答えた。
彼はその一言で察したのだろう、小さく溜息をつき呆れ顔を覗かせる。私の肩が少し震えた。ここでは明らかな部外者の私には、彼らの前で堂々とする権利などない。
少しの絶望感と、今後のことについての思案で黙り込んだ私に男は唐突に手を差し出した。
「私はこの国の公爵、クロッセス・バルシュミードと申します。良ければ私の屋敷へいらっしゃってください」
「涼奈を、涼奈を頼む!」
視界が真っ赤に染った夜、泣き止まない妹を庇うように抱き、火の粉が舞い落ちる狭い建物から必死に逃げ出した。落ちてきた瓦礫から逃げられず私の体には左腕と右頬に消えない火傷の痕が残った。
髪で隠していた赤黒い右頬のやけどに涙が伝った。傷はもう塞がっているので、もうしみたりはしないのだけれど、急いでその涙を拭った。
泣くのはいつぶりだろうか、情けない今の自分の姿に吐き気がした。大きく息を吸って脳に酸素を回す。落ち着いて考えよう、妹を救えるのは私だけである。
(けど、もしまたウザイと言われたら……)
浮かんだ考えを頭を振ってかき消す。どんなことを言われても父との約束を果たさなければいけない。なにせ、妹は今思春期真っ只中である。多少の暴言は大目に見なければ。私もきっとこんなふうに父を困らせていたのだから。
そういえば、私が父と義母を亡くしたのもちょうどこのくらいの歳だった。
ガチャっといきなり扉が開いた。思わぬことに心臓が飛び跳ねる。豪華な青の上着をなびかせて男が1人入ってきた。上着には袖を通さず肩にかけているだけであったが、先程の軍服の男にも負けず劣らずのガタイの良さにより、上着は腰の辺りでなびくだけで微動だにしない。先程の皇子と同じプラチナブロンドの髪であったが、彼のような派手さはなく、素直にセンター分けされた髪の間から慎ましげな表情が覗いていた。決して皇子よりブサイクだったわけでなく、服装に華美な装飾が一つも付いていないように、顔に何ひとつとしてよく見せようという意思が見受けられなかった。ただ、私と同じ茶色の美しい瞳に深く吸い込まれた。
私の姿がその瞳に写った瞬間、飾らなかった表情が大きく動く。少し驚いたようだったが、すぐに元の美しい表情に戻り、笑うことなく私に頭を下げた。
「まだいらっしゃるとは思わず、失礼いたしました」
「い、いえ、」
声まで美しいその男に返したその一言を、彼の耳から回収したいほど自分の声に劣等感を覚えた。声だけでは無い。よくよく見てみれば、私の今の服装は仕事帰りのだらしないもので、12時間を過ごした髪は既にアホ毛が目立っていた。先程は妹の命がかかっておりそれどころではなかったが、こうも美しく慎ましい男を目の前にすれば自分の汚さが露見したようでいたたまれない。
あわてて前髪を整えながら、私はもう一度声を出した。
「いえ、とんでもない。私がいつまでも居座っていたのがいけなかったので」
立ち去ろうと扉に近づいたところで、ふと気がつく。私にはここがどこかも分からないのに、ここから出てしまえばどこに行けばいいのかも分からない。そもそも妹を追いかけたくても、彼らがどこに行ったかも分からない。
男の前でどうしようもなく立ち尽くしてしまった私に、男は不思議そうに聞く。
「皇子や宰相、妹君はどちらへ?」
「さ、さあ」
私は苦笑いでそう答えた。
彼はその一言で察したのだろう、小さく溜息をつき呆れ顔を覗かせる。私の肩が少し震えた。ここでは明らかな部外者の私には、彼らの前で堂々とする権利などない。
少しの絶望感と、今後のことについての思案で黙り込んだ私に男は唐突に手を差し出した。
「私はこの国の公爵、クロッセス・バルシュミードと申します。良ければ私の屋敷へいらっしゃってください」
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