タンタカタン

こはり梅

文字の大きさ
8 / 8
第2話

第3章 覆水不返

しおりを挟む
「えぇ、分かりましたっ……今回の怪異が起こす事件、その解決までお手伝い頂けましたら、駅前のお寿司屋さんをご馳走させて頂きますっ」
「寿司屋って居酒屋な……OK、それなら手伝う」
 交渉成立の証として、珍しく僕は、ロア相手に固く握手なんてしてみた。
 駅前の寿司屋という居酒屋――ずっと気になっていたお店で、一度行ってみたかったんだ。
 
「では、改めてっ……ネズミを操る、もしくはネズミそのものの怪異はいくつか候補がいますっ」
「今回は妖怪関連の怪異って事なのか?」
 ネズミそのものに対しての畏敬の念やイメージであれば、出所でどころ不明の怪異で、ロアでも検討が付かないってのも納得がいく。ただ今回は、そのものでは無く何かの伝承や、逸話にまつわる怪異であると言う事らしい。
「ネズミそのものの怪異であれば、街や人以外にも被害が出ているはずなんですっ……ただ今回はそれが無い――あくまでも標的は街や建物など、人工物に限定されているんですっ」
 自然発生したものではない――悪意のある攻撃だというのがロアの見解らしい。攻撃性のある物は大方伝承や妖怪の類いが元となる怪異が多いそうだ。
 ネズミの妖怪と言えば……。
旧鼠きゅうそ水鼠みずねずみ火鼠ひねずみ赤鼠あかねずみ……鼠は古くから日本に生息していますっ。こういう伝承などの話は、引く手数多あまたですっ」
 なるほど、ロアでも正体が掴めずにいる要因は、情報過多――今ある情報では絞りきれない、と言うのが一番大きいみたいだ。
「そしたら、僕が情報を集めてくるよ」
 僕は右手を肘の辺りから緩く挙げて、少し前後に動かしながら言った。
「僕が集めた情報で、ロアが怪異の正体を掴めれば……そうすれば、その後の対処が幾分か楽になるだろう?」
 なんなら怪異の対処事態はロア一人で十分だし、情報集めであれば、停電が起こった地域でネズミの目撃情報とか、被害状況なんかを聞けば何かの足しになるだろうと思っていた。
「じゃあ、ロア……早速、明日から被害があった地域を順に回って、情報収集するよ。 明日の夕方くらいには、一度連絡できると思うよ」
 
 正直、この時の僕は今回の事件を甘く見ていた。少なくともロアが「面倒」と言うくらいのレベルではあったのだ。ロア自身が『楽をしたい』とか、『対処に幾つかの手順を踏む必要がある』とか、そういう面倒だと――僕は勝手に思ってた。
 その為に、僕に協力を求めたんだと思った。
 その考えは甘かった。
 不確定でも相手は怪異。しかも――今回の相手は、ロア曰く『妖怪の類い』から生まれた怪異。
 妖怪とは人知を超えた不可思議な現象を伝承するためのものの他、人々へ『戒め』を伝わり易くするために生み出されたものも存在する。
『ここに入ってはいけない』、『これをやってはいけない』、そんな戒めが、逸話を基にして形を得た時――それは、悪意を持って人に害を成すものとなる。
 地震は悪意を持って人に害は成さない。地震は起こった結果として災害となってしまうだけ。水災、火災なども同様だ。
 そこに悪意が加わると、意図してその脅威が特定の物事に及ぶ。その特定の物事が人だったら、人類だったら、途端に僕らは、無力になる。自然でもなく、野生でもなく、悪意を持って、人に害を成そうとする存在。それはただでさえ厄介な超常の存在を、更に脅威とする。
 
 タイトルは忘れたが、漫画の台詞で読んだことがあったな。
『油断をするな。うまくことが進んでいる時程、足は掬われやすい』
 まぁ、別に上手く事が運んでいたわけじゃ無いが、僕の中でこれ自体を『上手くいく』と思ってしまったからだろう。まんまと足を掬われる事になった。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 翌日、火曜日。
 この日、僕は学校に行かなかった。
 というか、行けなかった。
 最寄りの駅から出るバスは、全経路、全線で運転見合わせだった。駅周辺の信号機はどれも青、黄、赤、どの色を灯すことなく真っ暗なまま。周辺の車は、信号の光を失ったせいで、お互いに衝突し合い、ボンネットから煙を上げている――中には火が上がっている車もあった。
 信号機を始め、駅構内、駅前の商店街――駅前のことごとく、その一帯は停電してしまっている。
 車からの出火だけではなく、ネズミが電線や配線を噛み切ったのであろう――駅前の通りにある数件のお店からは火の手が上がっていた。火事による熱により変形、歪に開いてしまったシャッター、その下から漏れ出る黒い煙。本来は通勤通学の時間帯で、まだ明るいはずの空は、駅前区画だけを夕暮れ時の様に暗くしていた。車やお店から漏れ出る火だけが明るく見えて、異様な不気味さを演出していた。

 僕は制服のポケットからスマホを取り出して、連絡先からロアに電話を掛ける。
「もしもし、ロア?」
『おはようございます、傘音くんっ』
「駅前が大変なことになってるんだけど、これも怪異のせいかな……?」
『そうですねっ、今朝から私にも方々ほうぼうから連絡が来てます……電話鳴りっぱなしですっ』
「まあ、だろうな……どこだか知らないけど、今回のネズミ退治は依頼されてるんだったけな」
『そうですっ、先方はもう、カンカンですっ』
 その割には余裕そうに聞こえるな……。
「とりあえず、そっちに向かうよ……街がメチャクチャだ」
『分かりました……では、駅から一番近い妙随寺みょうずいじ、そこで待ち合せとしましょうかっ』
「OK……じゃあ、そこで」
 ロアと連絡を取って、僕は待ち合わせた寺へ急ぎ向かう。
 
 妃慈さんは、いつも歩きで登校していたはずだ、駅側は大変なことになっているし、一応連絡しておこう。
 
『おはよう、駅前が大変なことになってるから近付かない方が良い。僕は今日、学校行けないと思う。』
 
 スマホのSNSアプリで連絡しておいた。
 
  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 昨日の鷺淵くんとロアさん、何か大変な話をしていたな。お邪魔だったかしら。
 先々週の、私が巻き起こしてしまった事件。そのお礼を二人にはきちんとしたいのだけれど、中々タイミングが合わない。
 鷺淵くんには先週、ネズミ退治の仕掛けを置くのも手伝って貰っちゃったし。
「あ、でも……それは喫茶店でケーキをご馳走したから、良いのかな……?」
 朝からブツブツと呟きながら、私が通う高校への通学路を歩いていた。

 でも、本当に先週は助かった。鷺淵くんが手伝ってくれなかったら、一体どの位の時間がかかっただろう。
 ミッキーマウス、トムとジェリーのジェリー、ゲゲゲの鬼太郎のねずみ男……。
 ネズミをモチーフにしたキャラはどれも愛らしいけど、実際のネズミはどうにも苦手。素早かったり、尻尾が長かったり、どうしても汚いって印象が強いし、それが恐い。
 想像していたらブルッと身震いしてしまった。
 とにかく、手伝って貰って助かったのだから、きちんとお礼をしよう。

 ブブーッ……。

 スマホが鳴った。制服のポケットから取り出すと母親からのメッセージだった。
『今日は午後から出掛けるので、家の鍵持って行ってね』
 そういえば昨夜、出掛ける用事があると言っていたっけ。
 鍵はいつも持ち歩いているし、大丈夫。ただこういう時、念のため確認しないと落ち着かなくなるし、なんかソワソワしてしまう。
 私は立ち止まって、一応いつも家の鍵を入れている鞄の内側ポケットを、手を入れて確認する。
 
 え……無い……噓でしょ? ……あ。
 そうだ、思い出した。昨日お母さんから出掛ける話を聞いて、忘れないように玄関に置いておいたんだった。
 お母さんが家を出たら鍵を閉めて、鍵を取りにも戻れなくなっちゃう。
 
『ごめん、お母さん。鍵忘れたから引き返す。家出るの少し待ってて。』
 SNSの通話機能でお母さんにすぐ連絡を取り、そのまま一旦自宅に引き返す。家を出て五分ほどしか歩いていなかったので、走ればすぐに家へは戻れる。私はそのまま踵を返して一度自宅へ戻ることにした。

 数分後……、私は再度自宅の玄関前、鍵を確かに鞄の所定の位置に入れた。
 私が戻るまで、朝出掛けるのを待っていてくれたお母さんに「ありがとう、行ってきます!」と二度目の挨拶をして、もう一度通学路を歩き出す。
 考え事をしていたのもそうだが、鍵を一度取りに戻ってしまったので予定よりも遅くなってしまった。今朝は早めに行って、昨日やらなかった生徒会の仕事をしてから、教室に向かおうと考えていた。
「バス使おうかな……」
 このまま歩くと30分だが、朝のバタバタで10分ロスしてしまっている。で行けば高校までは15分ほどで着く。
 今日こそは鷺淵くんにお礼がしたい、これ以上生徒会の仕事を放置するのも良くないし、そうしよう。
 私は歩く方向を駅側に向けて、歩き始めた。

 学生靴と地面が鳴らす音が軽快に聞こえ、何分かすると目的の駅に着いた。駅の中にあるバスロータリーで高校方面のバスを待っている――時刻表ではバスが来るまでは数分だった。
 鞄から文庫本を取り出して読み始める。数分の時間つぶしにはちょうど良かった。
 5分……。
 10分……。
 13分……。
 16分……。
 18分……。
 19分、20分……。
 
 時計を見る感覚がどんどん短くなる。
 なのに、一向にバスは来ない。私の前に並んでいるサラリーマンっぽい人も、バス停から見える道路の向こうと、左腕にはめている腕時計を交互に見ている。

 ザザザッ……。

 バスロータリーに沿って並んでいる私の後方、エレベーターや駅までの階段がある方向で、何か音がした。
 風が吹いて、物が動いたとかではない。
 もっと重くて、何か沢山のものが蠢く様に、動いたような。
 バスが遅いこと、私の後ろで何かが動いたこと、それに気付いた時にはもう手遅れだった。
 ロータリーを挟んで、駅の反対側にある大きなパチンコ屋さん。まだ朝の7時なのでシャッターは開いていない。なのに、そのシャッターを内側――何か大きなものが当たったり、そうかと思うと今度は、先ほどよりも小さな物が何度も当たっているかのような。まるでシャッターが意思を持った土砂を堰き止めていて、それを打ち破ろうとしている様だった。
 シャッターを打ち付ける音は次第に大きくなり、私だけじゃなく、私の前に並んだサラリーマンも、後ろに並ぶ私よりも年下の――中学生くらいの女の子も、シャッターが打たれるガシャンという音と、次また鳴る間に立てるシャッターが軋むギシギシという音が、段々と大きくなるのに気付いた様で、辺りをキョロキョロと見回していた。
 
 ガシャンッ………………ガシャンッ…………ガシャンッ……。
 
 何かがシャッターにぶつかる音の間隔は、段々と短くなる。それに比例して、軋む音も大きくなり、シャッターは目に見えて歪み、中に潜む何かがこちらに飛び出そうとシャッターを変形させていた。
 
 ガシャンッ……ガシャンッガシャンッ……ガシャンガシャンッ!
 内側に当たる物が連続してシャッターへ当たるようになって数秒、バリッと音を立てて裂け、金属が外側に向かって曲がりこちらに向けて開く花弁のようになっていた。
 
 本来裂けたり、割れたりしない金属製のシャッター――それが異様に変形し、壊れている。その破損に必要な運動量エネルギーは、シャッターだけに留まらない。近くの壁を割り、大地を揺らし、空気を震わせて――その衝撃を私たちに伝えた。
 日常感じる事の無い衝撃に、私含め――バスロータリー内に居る人たちは、身動きが取れないまま、反射的に身を守ろうと体勢を低くして様子を見ていた。
 大きく裂け――花開いたシャッターの中、そこは真っ暗で何も見えない。何がシャッターを壊したのか、次に何が起こるのか、何もできないまま私は、ただそこを見つめる事しかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

妹の仇 兄の復讐

MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。 僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。 その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...