一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

文字の大きさ
12 / 187
第二章 人と精霊と

孤独の女王

しおりを挟む
 パトリア王国の首都アクセムにある王城の主、フローレンティーナ女王の心は引き裂かれた。
 かつて国を守った英雄ドゥークス・レークタの息子が「騎士団入りを前提とした軍学校進学を断った」と聞かされて。
 フェルームの町から半日かけて戻った古参騎士ビゴット卿が、フィデリタス騎士団長と並び、女王の執務室で報告をしていた。
 ビゴット卿はルークスの非礼に苦言を呈する。
「元々騎士団に良からぬ感情を抱いておる様子でした」
 英雄暗殺にまつわる騎士団の対応が問われた事は報告から除かれていた。
 為にフローレンティーナには「ルークスの我が儘」との印象だけが伝わる。
 できるだけ平静を装い女王は騎士団長に問いかけた。
「ドゥークス殿のご子息が風の大精霊と契約しているのは間違いないのですね?」
「は。学園からの報告以外でも、我が息子が幾度となく目撃しております。他のシルフを圧倒するグラン・シルフの姿を。その力は生徒が作る等身大ゴーレムを風圧で破壊するとの由」
「我が王宮精霊士室長殿は、一度も大精霊を見せてくれませんのに」
「お恐れながら、戦傷者の治療でグラン・ウンディーネに無理を強いたが為と聞き及んでおります」
「それ程難しい大精霊を、随分と気軽に召喚できるのですね、その少年は」
「王宮精霊士室によりますと、ほぼ常駐という事例は他国はおろか過去の記録にも見られないとの事です」
「それだけ精霊を、従えると言いますか、使える能力がありながら私――我が国を守ってはくれぬと?」
 千々に心が乱れる女王の問いかけに、古参騎士が応える。
「残念ながらグラン・シルフ使いとして騎士団に入る気は無く、飽くまでもゴーレムマスターになる事に執着しておりました」
「なれるのですか?」
 ビゴット卿は答えられず、代わりにフィデリタス騎士団長が答える。
「ゴーレムを動かすには土精ノームの力が必要です。早い者なら初等部でノームと契約ができるもの。中等部の最終学年になってなお召喚さえできないとあっては、望みは極めて薄いかと」
 息子が精霊士学園に通っていることもあり、かなり詳しく説明できた。
 女王は古参騎士に問いかける。
「それなのにゴーレムマスターに?」
「はは。父親の仇を討つ意思も、無い模様です」
 ビゴット卿は言いにくそうに答えた。だがフローレンティーナはもっと言いにくかった。
「残念ですね。それで、学園は彼を、どうします?」
 問われて騎士団長が答える。
「風精学はもう教える事は無いと思われます。大精霊と契約という目的は既に果たしたのですから。ゴーレムについては教えても無駄かと。従って彼は中等部で卒業となりましょう」
「その後は?」
「グラン・シルフは軍が是が非にでも欲しております。彼の才能が国の守りに活用される事に違いはありません。ただ、騎士団より待遇は悪くなりますが、それは本人の責任でしょう」
 突き放された思いで女王は総括をしなければならなかった。
「そうですね。せっかくの温情に、非礼で返されては、仕方ありません。残念な結果に、なってしまいました」
 言葉を継ぐごとに離れてゆく。
「差し出がましい真似をいたしました。ドゥークス殿には恩義を感じておりましただけに、無念でございます」
 フィデリタス騎士団長が辛そうに言う。
 だがもっと辛いフローレンティーナは顔にも声にも出さぬよう自分を制した。
 そして女王は臣下をねぎらって下がらせた。

 一人になるや少女はハンカチを噛み締めた。
 最前から胸が締め付けられ激しく痛んでいる。
 食いしばった歯から声が漏れた。
「……約束したのに……守ってくれると……」
 騎士らは知らないが、フローレンティーナはルークスと一度だけだが会った事があるのだ。
 十年前に父王を亡くし、幼くして即位した女王を更なる試練が襲った。北のリスティア大王国の侵略である。
 その侵略軍を一掃したゴーレム大隊の指揮官がドゥークスだった。
 講和会議を行う首都アクセムに帰還したゴーレム大隊の迫力は、六才の女王をどれだけ力づけた事か。
 そんな英雄は妻の他に息子も伴っていた。それがルークスである。
 半年しか生まれが違わない二人はたちまち打ち解けた。フローレンティーナに初めて友達ができたのだ。
 ルークスは精霊を紹介してくれた。夜に行われたサラマンダーの輪舞を一緒に見てくれた。
 その直後である。
 ドゥークス夫妻暗殺という凶報がもたらされたのは。
 ルークスとはそれきりとなって以後一度も会っていない。
 だがあの時、ルークスはフローレンティーナに約束していた。
 父が死んでも、自分が陛下を守る、と。
「十年近くも前、子供の頃の約束なんて忘れてしまったのですね」
 騎士団入りを断った事などより、そちらの方が彼女にとってショックだった。
 この九年間、たった一人の友達と交した約束を心の支えにしてきたのに。
 その結果が、忘却という裏切りであった。
 フローレンティーナの心臓は鮮血を噴きだしているかのよう。
 強い心痛に加え頭も痛み女王を苛む。
(ルークス……友達だと思っていたのに……)
 それに不公平とも思う。
 彼は大精霊に守られているのに、女王であるにも関わらず自分は大精霊に守ってもらえない。
 行く行くは彼を王宮精霊士室へ、とまで考えていたのに。

 もうこの世には頼れる人はいない。

 臣下にしても国難に際してなお反目し合う。
 君主の人望の無さが故に、と女王は自嘲した。
 誰も居ない。
 寂しい。
 孤独だった。
 再び孤独となった。
 否、フローレンティーナはずっと孤独の檻に閉じ込められていたのだ。
 ただこの九年間は檻が見えなかっただけのこと。
 偽りの約束に目隠しされていて。
 今、世界は真実の姿をフローレンティーナに再び見せたのだ。
 暗闇の中にポツンと一人たたずむ自分の姿を。
「忘れましょう、彼の事は」
 そう言うしかなかった。
 住む世界が違う人間が、一瞬交差しただけ。
 そう自分に言い聞かせるしかなかった。
 意識を切り替える為に女王は机上の書類に無理やり目を据えた。
 最近、北の国が不穏である。
 占領地の支配が固まったので近いうちに攻めてくるのは歴然だ。
 九年前でさえ英雄がいなかったら守り切れなかったと聞く。国力が半分となり、その分敵が力を増した今、再度防ぐ事は至難を通り越した不可能事に思えた。
 自分がパトリア最後の王となる日が来るのを、フローレンティーナは予期せざるを得なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした

茜カナコ
ファンタジー
魔法使いよりも錬金術士の方が少ない世界。 貴族は生まれつき魔力を持っていることが多いが錬金術を使えるものは、ほとんどいない。 母も魔力が弱く、父から「できそこないの妻」と馬鹿にされ、こき使われている。 バレット男爵家の三男として生まれた僕は、魔力がなく、家でおちこぼれとしてぞんざいに扱われている。 しかし、僕には錬金術の才能があることに気づき、この家を出ると決めた。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...