一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第六章 ゴーレムマスター

夢が叶う時

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 数日たつと、かなりの精霊が学園に戻ってきていた。契約精霊を失った教職員や生徒も次々と契約に成功するなど「事件」の傷は癒えつつある。
 学園長代行となったアウクシーリムの働きも大きい。
 校則を緩め相談窓口を作るなど、これまでの厳格な学園を柔軟に転換している。
 生徒たちには概ね好評で「土精と風精の違いだ」と評していた。
 それら改革を、学園の方針をほぼ決めてきた土精科の教師たちは快く思っていない。しかし代表不在でまとまれず、勢いづく風精科教師との心理的葛藤は強まっていった。

 ルークスの立場は一変した。
 今までバカにされていた奇行の数々が、次々と追認されたのだ。
 例えば学園の木々にはそれぞれ精霊が宿っているが、ほぼ全員がルークスの友達である。
 精霊使いは精霊の力を使うのが仕事なので、役に立たない精霊と契約する意味などない。さらに、卒業すれば二度と会わなくなる精霊との契約は二重に無意味と誰しもが思っていた。
 だがルークスからしたら「そこに精霊がいるのに話しかけない」方がおかしいのだ。木の精霊ドリュアスと会話して、仲良くなるのは彼にとっては自然の事である。そして友達が困っていたら手を貸すのも当然だった。
 ルークスが木に肥料をやったり、腐った枝を切ったりしていたなど、学園の誰も知らなかったが、精霊たちには広く知られていた。
 動けないドリュアスたちはおしゃべりが日常の楽しみで、ルークスは格好の話題であった。それを通りすがりのシルフが聞きつけ、行く先々で話して回る。
「ルークスという精霊の友人がいる」と。
 人間は精霊を利用したがっているだけ、それが精霊たちの共通認識であった。
 精霊に優しい人間、敬う人間はいる。
 だがそれも精霊の力を欲し、あるいは恐れているからだ。
 ルークスのように「精霊の力が眼中にない」人間は極めて特殊である。
 だのに友達になり、精霊が困っていれば手を貸すのだ。
 精霊の間で評判にならないはずがない。
 そんな評判を聞いた精霊はルークスが話しかけると大抵友達になる――土精を除いて。
 評判を聞きつけシルフが遠方から来るくらいルークスは特別だった。その中には大精霊さえいた。それがインスピラティオーネであり、今もルークスの側にいる。

 こうした経緯が明らかになると、精霊と友達になる「レークタ法」で契約する生徒が続出した。
 実際、それまでの手法より簡単なうえ精霊との関係も良好になるので、平民を中心にかなりの生徒と一部教職員が精霊と友達になる道を選んだ。
 何しろ王宮精霊士室が認め「レークタ法」と命名さえしたのだ。
 さすがに成績最下位で素行に問題がある生徒の名前にはならなかった。土精科の教師たちは否定的だったが、発案したのが同じ土精使いで、英雄の「苗字」とあっては反対できなかった。
 まだレークタ法はマニュアル化されていないので、風精科の教師たちが聞き取り調査をしている。しかし、ゴーレム以外の事になると途端にルークスは要領を得なくなるので、マニュアル作りは難航していた。
 
                   א

 一限目の土精科選択科目はゴーレム実習である。生徒たちは園庭の泥沼に集まっていた。
 教師ローレムの指示でそれぞれ等身大ゴーレムを作る。
 アルティらノームと契約していない生徒は、ノームの召喚から始める。カルミナもまだ契約精霊が戻ってこないので、召喚からだ。
「ちえ。クラーエは再契約できたのに」
 暴走ポニーもいつもの元気がない。
 これがシルフやウンディーネなら、ルークスに頼めば友達繋がりで呼んでもらえる可能性もある。だがノームなのでその手が使えないのだ。
 一人ルークスは、小さな木の人形に泥を被せていた。端材の胴体に、紐を関節にして枝の手足が繋がっている。すっかり泥で覆えば見た目は泥人形だ。その額に小さな呪符を貼り付けた。
「何をしているの?」
 野良ノームにゴーレム作りを依頼し終えたアルティが尋ねる。
「ノンノンは動かすだけならできるかもってね。さあ、これでやってみて」
「了解しましたです」
 ビシッと敬礼したオムの幼女は、自分と同サイズの木製人形に被せられた泥に同化した。
「立てるかな?」
 寝かせられた人形が、ギクシャクと動いて立ち上がる。ふらつきはしたが、自力で立てた。
「良し、やったぞ。次は右手を挙げて。次は左手」
 ルークスの指示どおり泥人形は動いた。
「じゃあ、歩けるかな?」
 ルークスが声を弾ませる。
 よろめきつつも、人形は歩いた。
「成功だ!」
 ルークスは飛び上がって喜んだ。
「芯に何か仕込んでいても、泥で覆えばノンノンは動かせる!」
「それって凄い事なの?」
 アルティにはピンと来ない。
「原理的には工房の可動模型も、泥で覆えばノンノンは動かせるんだ」
「つまり、これはもうゴーレムな訳?」
 ルークスはにんまりとした。
「そう、これはもうゴーレムなんだ!」
 人形から出てきたオムを、ルークスは両手ですくって頬ずりする。
「やったぞ! ノンノンはついにゴーレムを動かせたんだ!!」
「やったです!! ノンノンはやったです!!」
 ノンノンも飛び跳ねて喜ぶ。
「主様、おめでとうございます」
 頭上からグラン・シルフもそよ風をもって祝福した。
「次は芯の人形を大きくしよう。等身大を動かせれば僕もゴーレムマスターだ」
「ノンノンは頑張るです」
 固体を自在に動かせるノームだが、量が増すほど制御が難しくなる。ゴーレムなら自分と同じ大きさ――人間の半分――までなら割と簡単である。人間の等身大は、ノーム基準では二倍級になる。それをノームに操らせて初めて、ゴーレムマスターと呼ばれるのだ。
 ルークスとノンノンは今、大きく一歩を踏み出せた。二人の心は飛ぶ鳥のように舞い上がっている。

 手を洗いに向かった井戸の縁に、ウンディーネのリートレが腰掛けていた。
「ついにやったわね、ルークスちゃん」
 彼女はルークスの前進を祝福した。
「ああ。あとは芯の人形を大きくして、ノンノンが制御できるか試すだけだ」
「人形は木でなければならないの?」
「関節が動けば何でも良いんだ」
「ならこれはどうかしら?」
 水の精霊は井戸から水を溢れさせた。地面に流れた水が盛り上がり、背丈ほど伸びて形が変わる。水は人型になった。それもリートレとそっくな等身大の造形――水像を作ったのだ。
「そうか。水なら大きさは自在なんだ。関節も人間以上に曲がる。あとは、泥で覆うだけか」
 土をすくって人型の肩に乗せたら、水に溶け込んでしまった。
「最初から泥を入れて、後から分離しましょう」
 ウンディーネは人型を水に戻して泥沼へ流した。泥と混ぜた泥水を盛り上げ、先程と同じ形にする。表面に泥が貼りつき、すっかり覆われた。
「泥は皆、表面に押しつけてあるわ」
「凄い! 清水を作る要領で泥人形を作るなんて!」
「私もルークスちゃんの役に立ちたいから」
 ルークスは呪符を泥人形の貼ろうとした。だが羊皮紙を押し付けたら額が陥没してしまった。
「表面の泥が私の力を邪魔しているわね」
 リートレは額に空いた穴に手を突っ込み、内部の水に同化して中に入り込んだ。形を取り戻したリートレそっくりの泥人形は、呪符を貼り付けても陥没しない。
「ノンノン、やってみて」
 小さなオムを頭部に乗せ、泥に同化させる。
 しばらく動かない。ノンノンが感覚を全身に巡らせているのだ。
 泥人形の瞼が開いた。白目や黒目は無く、中の水が見える。
「ノンノン、右手を挙げて」
 ゆっくりと、だが滑らかに右手が挙がる。
 逸る心を抑えて、ルークスは左手も挙げさせる。
「両手を下ろして、歩いてみて」
 片足をあげるとふらつき、ゆっくりと前に出し重心を移動して半歩踏み出す。反対側の足を上げ、ゆっくりと前に出し、踏み出す。カタツムリのように遅く、ぎこちないが泥人形は歩けた。
「それって、ウンディーネが動かしているの?」
「いや、ノンノンだよ。リートレは体を支えているだけ。そうだよね?」
 女性型のゴーレムはゆっくりと首を縦に動かした。
「しゃべれる?」
 口は開いたが、声は出ない。
 だが握手はできた。
 動きはやたら遅いが、ゴーレムとは思えないほど人間そっくりな等身大の泥人形が、ルークスの言うがままに動いている。
 教師のローレムは夢を見る目で言った。
「ルークス・レークタ、君はとんでもない事をやってのけたな。動きは遅いが、これは紛れもなく等身大ゴーレムだ」
 今、ルークスはノームの力無しで、等身大ゴーレムを操っているのだ。
「ゴーレムだ。これが僕のゴーレムなんだ」
 その意味する所を、ルークスは口にした。

「ついに、僕は、ゴーレムマスターに、なれたんだっ!!」

 ノームが使えないというゴーレムマスターにとって致命的な欠点を克服し、長年の夢を達成した瞬間である。
 ルークスの双眸から涙があふれ出した。今までの苦労が次々と頭を過る。
「できやしない」
「才能を間違えている」
「無駄な努力だ」
 あらゆる否定的言葉を投げられた。
 ノームに生き埋めにされるほど嫌われ、絶望した中でも希望を失わず、いつまでも見苦しく足掻き続けた末に、ついに夢を叶えたのだ。
「ありがとう、ノンノン! ありがとう、リートレ! 二人のお陰で、僕は夢を叶えられた!! ゴーレムマスターになれたんだっ!!」
 涙するルークスの背中にアルティが頭を付けた。彼女も涙をこらえきれなかった。幼なじみがどれほどゴーレムマスターになりたがっていたか、どれだけ努力と失敗を重ねてきたか、側でずっと見ていたから。
「おめでとう……」
 そう言うのがやっとだった。
 天空から花びらが降ってきた。無数に舞い散る。数十のシルフたちが、グラン・シルフの指揮で一斉に花びらを振りまいていた。その花々は学園の木々が差しだしたものだ。
 ドリュアスたちも友達の成功を祝っているのだ。
 
 精霊に愛された少年は、ゴーレムマスターになった。

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