一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第七章 侵略

占領地の絶望

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 教職員や早い生徒が三々五々学園に来る。
 園庭に精霊らと共にいるルークスの姿に見物人が集まってきた。
「今度は何をしでかす気だ?」
 ローレムに話しかけたのは元ゴーレムコマンダーのマルティアルだ。学園ではゴーレム戦を教えている。
「七倍級に挑戦だそうです」
「ほう。やはりそう来るか」
 マルティアルの「予期していた」と言わんばかりの口ぶりに、ローレムは感心した。
「大人しい生徒に見えたんですが、やはり男の子ですね」
「そういうのではないな。闘志の面では不合格。というか戦いたくないんだ、彼は」
「平和主義というわけでもあるまいに」
「頑固で自分の主張は曲げない。当然トラブルを起こす。火の粉は払い落とさにゃならん。だから戦う必要性は分かっている。実際、養育家庭の為に決闘までしたからな」
「あれは凄まじかったですね」
「あれで戦いを嫌う理由が分かった。ゴーレムが好き過ぎて、壊したくないんだ」
「ああ、実に彼らしい」
 それはとても自然にローレムの腑に落ちた。
「相手のゴーレムさえ壊すのが嫌なんだ。ましてや自分のゴーレムが壊されるなんて我慢ならないはず。だから『勝つ』より『負けない』事が大切なんだ。模擬戦でも攻撃よりも、相手の観察を重視している。恐らく敵を見る目では同年代でトップクラスだろう。ただ体力も運動神経も目に追いついていない。だのにそうしているのは、自分ではなくゴーレムが戦う時の事を想定しているからだろう」
 教師たちが自分を評していても、ルークスの耳には入らない。彼の脳はゴーレムの改良に酷使されているため、周囲の音を処理する余裕が無いのだ。
 ルークスはカバンから木製人形を出した。昨日、最初にノンノンが使った奴だ。
「これを芯にしてみて」
 リートレは水で人形を覆った。それを手に乗せ、水を操る。
 ぎこちなく動く様はノンノンの時と変わらない。
「芯が動きの邪魔になっているわね。それに芯を保持するにも力を割かなきゃならないわ」
「そうか。ウンディーネに固体は異物か。かと言って直接泥で覆ったら、ノンノンが保持しなければならなくなる。保持を何かでやっても、大量の泥を動かすのは難しい」
「泥の層は私が保持して、力も私が分担しないと」
「芯は固体じゃだめ。でも水だと自重を支えられない。水より軽い液体でないと難しいか」
 油なら若干は水より軽いが、その程度ではあまり変わらない。
 ルークスの意識が液体に向けられていると、気づきを促すかのようにそよ風が首筋をくすぐった。
「主様、水より軽いなら空気があります」
 風の大精霊がそっと舞い降りた。
「空気なら水と同じく器の形に合わせて形を変えられますし、水面を抑える事もできます」
「そうか。水で外と内の形を決めれば……できる?」
 ルークスの問いかけに、リートレはにこやかに答える。
「やってみせるわ。ルークスちゃんの望みだもの」
「インスピラティオーネ、風精を閉鎖空間に閉じ込めるなんて――」
「精霊冥利に尽きます。主様の為に働けるのですから」
 自由に動く事が本質の風精は閉じ込められる事を嫌う。だがインスピラティオーネの心は、ルークスの役に立てるという喜びに満ちていた。
 リートレが泥水をこね、三倍級の人型を寝姿で作る。
 それだけで見物人が息を飲んだ。
 インスピラティオーネは竜巻と化して周囲の空気を集め、人型の腹部へと突き刺さり、強制的に内部を押し広げた。
 みるみる人型が膨らみ、七倍級の大きさとなった。
 教職員や生徒たちが呆気にとられるなか、ルークスは頭頂部に呪符を貼る。そしてノンノンを両手で運んだ。
「やってくるです」
 ビシッと敬礼してオムは泥に同化した。
 ノンノンが全身に感覚を拡大していく間、ルークスは固唾を呑んで見守った。
 やがて瞼が開かれた。
「手は動く?」
 右手が開いて閉じた。
「爪先は」
 足指も開いて閉じた。
「全身にノンノンの感覚は届いているね。それじゃあ、右手を挙げて」
 右手が、先程より滑らかに、そして崩れずに上に伸びる。
「右膝を立てて」
 右脚が動き、膝が浮く。
 ルークスは大きく息を吸って、言った。
「立ち上がれるかな?」
 巨大な女性像が身をひねり、手を着き、体を持ち上げる。
 七倍級に慣れたマルティアルでさえ、その様に目を奪われていた。
 ゴーレムとは思えぬほど人間らしい泥の巨像が、ゆっくりとしゃがみ姿勢となり、慎重に足を伸ばして立ち上がる。
 女性像の優美な姿が、町の隅々から見える大きさで屹立した。
 生徒たちから歓声が上がった。
「やったー!! やったぞ――!! ノンノーン!! リートレー!! インスピラティオーネー!!」
 ルークスはゴーレムの足に抱きつき、泥まみれになって喜ぶ。
 遙か高みでゴーレムは、自分の主に向け手を振る。
 ローレムは無意識のうちに、拳をマルティアルの肩にぶつけていた。
 土精との相性が最悪という欠点を他との相性の良さで、特に風と相性が良すぎるという利点の力技で克服したのだ。

 また一つ、常識が覆された。

 その立役者は、大声でゴーレムに指示していた。
 喜びの波が過ぎ、既に関心は「この常識外れのゴーレムをどう動かすか」に移っていたのだ。

                   א

 リスティア大王国の南部辺境地は、九年前の戦争によりパトリア王国より編入された新しい領土である。そこの住民は大王への忠誠度が低いと見なされ、他より重い税と労役に苦しめられてきた。
 今、その地を地響きを立てて巨大ゴーレムの集団が進んでいる。数十、それ以上の巨体が一路南を目指して行進してゆく。歩兵や騎兵も続いた。
 見送る住民たちは、祖国の滅亡を悟って涙した。
 昔は「戦争など領主が変わる程度」だと思っていた。だが、リスティア大王国になるや生活が激変した。
 それまでは貧しくとも暮らしていけた。今は飢餓に喘いでいる。
 抜け出したいと思っていた「食べるのがやっと」という貧しい生活が、今では贅沢な思い出なのだ。
 食べる物に困り、雑草やネズミを食べる日々が続く。
 そして今、その苦しさから抜け出せる唯一の道が断たれようとしていた。
 かつて奇蹟を起こしたゴーレムコマンダーは、もういない。
 たとえ再度の奇蹟が起きて暴君が倒れたとしても、戻る祖国が失われては今の生活が続くだけだ。
 微かに存在していた最後の希望が消えてしまう。
 多くの者が嘆き、悲しみ、絶望した。少数が神を罵り、神殿を恨んだ。そして幾人かが動けるうちに自害した。

「リスティア大王国挙兵す」
 その情報を祖国に送るため、パトリア王国から潜入していた間諜は伝書鳩を放った。
 敵にいないはずのグラン・シルフがいて、シルフによる連絡が遮断されている今、これが最後の連絡手段である。
 恐らく同僚も同じ事をしているはずだ。
 シルフの目を逃れ、敵が飛ばすハヤブサの爪を躱し、一羽でも帰還できれば自分たちの犠牲も無駄では無い。
 鳩に気付いたシルフが、飛び立った辺りに目星を付け見て回っている。
 住民に成りすまそうにも、鳩の匂いは消しようがない。間諜は捕まったら最後、拷問の末に殺される。
「せいぜい、敵を引きつけるか」
 彼は自分の契約精霊に言った。
「あのシルフを足止めしてくれ。その後は、もう俺の事は忘れて良い」
「契約は生きている限り有効だぞ」
「捕まったらその場で自害するんだ。もう死んだも同然だ」
「何でこんな仕事をするんだ?」
「言ったろ? ここが俺の故郷なんだ。一度は捨てた故郷だけど、リスティアの好きにさせる気にはなれなくてな。ここで死ぬなら、俺みたいな人間でも、生まれてきた事を肯定できる」
「人間は分からないな」
「分かれよ。そうだ。こないだ言っていたが、風精と仲が良いガキがいるそうだな、俺の後輩に。そいつに聞いたらどうだ?」
「そうだな。ルークスならお前みたいな変な人間の事が分かるかもな。あいつも人間としては相当変だから」
「じゃ、そのルークスによろしく」
 彼はシルフを放つと、隠れていた廃屋から滑り出た。まばらに人家が散る集落を人目を避けて抜け、小川に降りて川下に向かう。
 奇しくも小川は南に向かっていた。
「何だよ。また俺に故郷を捨てろってか?」
 だが、シルフも鳩も届かない状況でも、人間が直接伝える伝令があるではないか。
「万が一、億が一でも可能性があれば情報を届ける為に足掻く、それが間諜だったっけ」
 彼は身をかがめて小川を下り続けた。
 南へ、祖国へ向かって。
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