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第八章 ゴーレムライダー誕生
涙の出撃
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アルタスは妻と娘たちを、実家がある南へ逃がすと決めた。
ただし自分は残る。ゴーレムスミスとしてやるべき仕事があるのだ。
ルークスのゴーレムに合った鎧の製作が。
同業者もアルタスの呼びかけに応じ、一両日中に完成させようと全ゴーレムスミスがハンマーを振っていた。
学園から早々に帰ったアルティは、工房街の騒音が普段以上なのに驚いた。
もうこの町は役目を終えたとばかり思っていたのに。
アルティが帰宅すると、荷造りをしていたテネルがバスケットを差しだした。
「お弁当を工房にいるルークスに届けてあげて。そして、ちゃんとお見送りするのよ」
ルークスの見納めになるかもしれないと思うと、受け取る手が震えてしまった。
玄関を出たアルティには家からすぐの工房が、やたら遠く感じられた。だのに歩き出すとすぐ着いてしまった。
工房の前には鎧を半端に着けた普通の戦闘用ゴーレムが立っていた。しかしルークスも、彼の女性型ゴーレムも姿が見えない。
(まさか、もう出発してしまった?)
「ルークス!? ルークス、どこ!?」
「主様は今、中にいます」
どこからか風の大精霊の声がした。
工房の中と思って覗くと、父親が鋼板を切る為にタガネをハンマーでゴーレムに叩かせていた。職人の一人がゴーレムで部材を固定している他は、ゴーレムを使って炉を調整をしているようだ。ルークスはいない。
「ルークス?」
背後で音がした。
ゴーレムが兜を外した――と思ったら頭部が無い。
「え!?」
胴体から丸い頭が生えてきた。卵のようにのっぺりしていて、上半分は水面の様に中が透けている。人影が見える。
卵が左右に割れたら人間がそこにいた。
「ルークス!?」
見慣れた幼なじみが、なんとゴーレムの中から出てきたのだ。しかも女性型ではなく、普通の戦闘用ゴーレムからだ。
「やったよアルティ! 外部情報をゴーレムの目と耳を使って分かるようにできたんだ。まあ、他の部位でも『窓』を開ければ自由に見られるんだけど」
ゴーレムに下ろされる間、ルークスはいつものように勝手に説明している。
「内部を二重にしたんだ。とはいえ考えついたのはリートレだけど。十分に空間はあるし、空気や水で空間を作っているんだから、呼吸や飲み水の心配もない。しかも操作腕で腕を覆って手や指の動きを直接ノンノンに伝えられるんだ。だから繊細な動きは直接僕が操れる。今までの問題は全て解決だ。何より、友達に戦わせて僕は見ているだけ、って事が無くなったんだ。僕も一緒に戦うんだから」
ご機嫌なときのルークスそのものの調子で語る。
いつものように内容はほとんど分からない。それでも一つだけ、アルティにも理解できた。
「まさか……あんた、ゴーレムの中に入って、それで戦うの?」
「うん、そうだよ」
事も無げに言うルークスに、アルティの感情が爆発した。彼女は彼の横っ面を引っぱたいた。
「何考えているのよ!?」
アルティは絶叫した。
「ゴーレムは相手の内部の核を破壊するのよ!? ゴーレムの中なんて一番危ないじゃない! そんな所にいたら死んじゃうわよ!!」
幼なじみの剣幕に、ルークスは叩かれた頬を押さえて呆然としていた。
「止めなさい! そんな危険な真似は今すぐっ!!」
アルティにはルークスの「我が身への無頓着さ」が我慢ならない。だがその怒りの理由が「心配」であるとまでは自覚できなかった。
ルークスを心配するあまり、ルークスを危険にさらすルークスが許せないのだ。
だが怒りをぶつけられたルークスはたまらない。何とか「説得」を試みる。
「でも、外にいても敵兵に見つかったらお終いだよ。なら、中にいて状況を把握した方が良い」
「だからって、敵に身を晒す事ないでしょ!?」
「晒してないよ。鎧とゴーレムが間にあるんだ」
「バカな考えはやめて、私たちと一緒に逃げて!」
「さっきも言ったようにダメだよ」
と言ったあとで、ルークスはつぶやいた。
「やっと敵をやっつける約束を果たせるようになったのに」
「――え?」
アルティは混乱した。
(何故今ここで約束なんて出てきたの?)
しかもそれはアルティに言ったのではなく、独白に近い、ぼやきである。
(となると、そっちの方がルークスの本当の理由?)
彼にとり約束が特別な意味を持っているのは間違いない。
ルークスと何か約束したか、アルティは記憶を辿った。
しかし思い出せない。何も覚えていない。
だからと言って「ルークスの記憶違い」とは考えにくい。
ルークスが「覚えていない」のは良くある。だがそれは「聞いていない」など、はなから覚えていないからだ。
一旦覚えるとなると、やたら克明に覚えている。しかもアルティにとってはどうでも良いような些末な事を。
そのルークスが覚えているのだから、何かを約束したのは間違いない。
しかも命の危険を賭して戦いに赴くのだから、とても大切な約束のはず。
(まさか、私を守るって約束したの?)
もっとも、そんな嬉しい事を言われたら忘れるわけはない。
ルークスの事だから「フェクス家を守る」だった可能性の方が高い。
どちらにせよ同じ事だ。自分たちの為にルークスが死地に向かう……
アルティの胸が締め付けられ、息が詰まるほど痛んだ。
「ねえ、お願い。約束なんて守らないで良いから、逃げて……」
「ダメだよ。どの道ドゥークスの息子は逃げ隠れできない。どうせ居場所を明らかにするなら、戦うのが一番だ」
「私たちの事なんか……見捨てて良いから……逃げて……」
涙がポロポロこぼれて、上手く言えない。
その様を見てルークスも言葉を詰まらせた。アルティがここまで自分を心配しているとは思わなかった。
ならば、なおさら敵を撃退しなければならない。
この町を、自分たちの暮らしを、敵に踏みにじらせてなるものか。
さらに戦意を高めたルークスは、詰まっていた息と共に声を発した。
「ごめん。僕はこのゴーレムに乗って、戦ってくる」
言い出したら聞かないルークスが、きっぱりと言い切ってしまった。
もう誰にも止められない。
絶望するあまりアルティは両膝を着いて泣きじゃくった。幼児のように両手で目を擦って鳴き声を上げる。
「バカー。ルークスのバカバカバカー。さっさと行っちゃえー」
大泣きするアルティにルークスは途方にくれた。
だがいつまでもこうしてもいられない。
彼女が持ってきたバスケットを手に取った。
「弁当ありがとうね。おばさんとパッセルによろしく」
それだけ言うとルークスはゴーレムに歩み寄った。ゴーレムの手で頭部まで持ち上げられ、卵形の水繭に入り、ゴーレムの体内へと収まる。
ゴーレムは次いで兜を乗せ、その内部を満たすように頭部が形づくられた。
「主様の事は我らにお任せください。必ず無事に連れ帰ります」
風の大精霊の声が響く。
そして地響きを立てゴーレムが歩き出した。
涙目で見送るアルティから、ゴーレムが一歩、また一歩と遠ざかってゆく。
ルークスを乗せ、戦場へと旅立ってしまった。
アルティは土を握り、地面に投げ捨てた。
ただし自分は残る。ゴーレムスミスとしてやるべき仕事があるのだ。
ルークスのゴーレムに合った鎧の製作が。
同業者もアルタスの呼びかけに応じ、一両日中に完成させようと全ゴーレムスミスがハンマーを振っていた。
学園から早々に帰ったアルティは、工房街の騒音が普段以上なのに驚いた。
もうこの町は役目を終えたとばかり思っていたのに。
アルティが帰宅すると、荷造りをしていたテネルがバスケットを差しだした。
「お弁当を工房にいるルークスに届けてあげて。そして、ちゃんとお見送りするのよ」
ルークスの見納めになるかもしれないと思うと、受け取る手が震えてしまった。
玄関を出たアルティには家からすぐの工房が、やたら遠く感じられた。だのに歩き出すとすぐ着いてしまった。
工房の前には鎧を半端に着けた普通の戦闘用ゴーレムが立っていた。しかしルークスも、彼の女性型ゴーレムも姿が見えない。
(まさか、もう出発してしまった?)
「ルークス!? ルークス、どこ!?」
「主様は今、中にいます」
どこからか風の大精霊の声がした。
工房の中と思って覗くと、父親が鋼板を切る為にタガネをハンマーでゴーレムに叩かせていた。職人の一人がゴーレムで部材を固定している他は、ゴーレムを使って炉を調整をしているようだ。ルークスはいない。
「ルークス?」
背後で音がした。
ゴーレムが兜を外した――と思ったら頭部が無い。
「え!?」
胴体から丸い頭が生えてきた。卵のようにのっぺりしていて、上半分は水面の様に中が透けている。人影が見える。
卵が左右に割れたら人間がそこにいた。
「ルークス!?」
見慣れた幼なじみが、なんとゴーレムの中から出てきたのだ。しかも女性型ではなく、普通の戦闘用ゴーレムからだ。
「やったよアルティ! 外部情報をゴーレムの目と耳を使って分かるようにできたんだ。まあ、他の部位でも『窓』を開ければ自由に見られるんだけど」
ゴーレムに下ろされる間、ルークスはいつものように勝手に説明している。
「内部を二重にしたんだ。とはいえ考えついたのはリートレだけど。十分に空間はあるし、空気や水で空間を作っているんだから、呼吸や飲み水の心配もない。しかも操作腕で腕を覆って手や指の動きを直接ノンノンに伝えられるんだ。だから繊細な動きは直接僕が操れる。今までの問題は全て解決だ。何より、友達に戦わせて僕は見ているだけ、って事が無くなったんだ。僕も一緒に戦うんだから」
ご機嫌なときのルークスそのものの調子で語る。
いつものように内容はほとんど分からない。それでも一つだけ、アルティにも理解できた。
「まさか……あんた、ゴーレムの中に入って、それで戦うの?」
「うん、そうだよ」
事も無げに言うルークスに、アルティの感情が爆発した。彼女は彼の横っ面を引っぱたいた。
「何考えているのよ!?」
アルティは絶叫した。
「ゴーレムは相手の内部の核を破壊するのよ!? ゴーレムの中なんて一番危ないじゃない! そんな所にいたら死んじゃうわよ!!」
幼なじみの剣幕に、ルークスは叩かれた頬を押さえて呆然としていた。
「止めなさい! そんな危険な真似は今すぐっ!!」
アルティにはルークスの「我が身への無頓着さ」が我慢ならない。だがその怒りの理由が「心配」であるとまでは自覚できなかった。
ルークスを心配するあまり、ルークスを危険にさらすルークスが許せないのだ。
だが怒りをぶつけられたルークスはたまらない。何とか「説得」を試みる。
「でも、外にいても敵兵に見つかったらお終いだよ。なら、中にいて状況を把握した方が良い」
「だからって、敵に身を晒す事ないでしょ!?」
「晒してないよ。鎧とゴーレムが間にあるんだ」
「バカな考えはやめて、私たちと一緒に逃げて!」
「さっきも言ったようにダメだよ」
と言ったあとで、ルークスはつぶやいた。
「やっと敵をやっつける約束を果たせるようになったのに」
「――え?」
アルティは混乱した。
(何故今ここで約束なんて出てきたの?)
しかもそれはアルティに言ったのではなく、独白に近い、ぼやきである。
(となると、そっちの方がルークスの本当の理由?)
彼にとり約束が特別な意味を持っているのは間違いない。
ルークスと何か約束したか、アルティは記憶を辿った。
しかし思い出せない。何も覚えていない。
だからと言って「ルークスの記憶違い」とは考えにくい。
ルークスが「覚えていない」のは良くある。だがそれは「聞いていない」など、はなから覚えていないからだ。
一旦覚えるとなると、やたら克明に覚えている。しかもアルティにとってはどうでも良いような些末な事を。
そのルークスが覚えているのだから、何かを約束したのは間違いない。
しかも命の危険を賭して戦いに赴くのだから、とても大切な約束のはず。
(まさか、私を守るって約束したの?)
もっとも、そんな嬉しい事を言われたら忘れるわけはない。
ルークスの事だから「フェクス家を守る」だった可能性の方が高い。
どちらにせよ同じ事だ。自分たちの為にルークスが死地に向かう……
アルティの胸が締め付けられ、息が詰まるほど痛んだ。
「ねえ、お願い。約束なんて守らないで良いから、逃げて……」
「ダメだよ。どの道ドゥークスの息子は逃げ隠れできない。どうせ居場所を明らかにするなら、戦うのが一番だ」
「私たちの事なんか……見捨てて良いから……逃げて……」
涙がポロポロこぼれて、上手く言えない。
その様を見てルークスも言葉を詰まらせた。アルティがここまで自分を心配しているとは思わなかった。
ならば、なおさら敵を撃退しなければならない。
この町を、自分たちの暮らしを、敵に踏みにじらせてなるものか。
さらに戦意を高めたルークスは、詰まっていた息と共に声を発した。
「ごめん。僕はこのゴーレムに乗って、戦ってくる」
言い出したら聞かないルークスが、きっぱりと言い切ってしまった。
もう誰にも止められない。
絶望するあまりアルティは両膝を着いて泣きじゃくった。幼児のように両手で目を擦って鳴き声を上げる。
「バカー。ルークスのバカバカバカー。さっさと行っちゃえー」
大泣きするアルティにルークスは途方にくれた。
だがいつまでもこうしてもいられない。
彼女が持ってきたバスケットを手に取った。
「弁当ありがとうね。おばさんとパッセルによろしく」
それだけ言うとルークスはゴーレムに歩み寄った。ゴーレムの手で頭部まで持ち上げられ、卵形の水繭に入り、ゴーレムの体内へと収まる。
ゴーレムは次いで兜を乗せ、その内部を満たすように頭部が形づくられた。
「主様の事は我らにお任せください。必ず無事に連れ帰ります」
風の大精霊の声が響く。
そして地響きを立てゴーレムが歩き出した。
涙目で見送るアルティから、ゴーレムが一歩、また一歩と遠ざかってゆく。
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アルティは土を握り、地面に投げ捨てた。
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