一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

文字の大きさ
62 / 187
第十章 決戦

渡河作戦開始

しおりを挟む
 リスティア大王国征南軍の本隊がソロス川に到着したのは、その日の午後だった。
 総司令のパナッシュ将軍は先行させていた第一軍団を編入し、堤防の上に敷いた本陣に幕僚を集め軍議を始めた。
 征南軍の幕僚の他、第一軍団から参謀とゴーレム連隊長、精霊士長を加えている。
 現状報告は第一軍団の参謀だったキニロギキ参謀補佐にさせた。
「現在渡河用の丸太確保のため、伐採と運搬作業を一個大隊と土精使い十名に行わせています」
 過不足無い報告にパナッシュ将軍は満足してうなずいた。
 第一軍団に無能な指揮官と副官を付けられたときは将軍も目眩を起こしたが、この参謀を押し込んだ甲斐あり最悪の事態は免れた。
 パナッシュ将軍はこの年四十八才。馬に乗るのも苦労する肥満漢である。
 自分が有能ではないと自認し、部下を働かせる事を旨とする、リスティア軍では稀有な将である。ゆえに幕僚ら士官には評判だが、その反面兵からは頼りなく思われがちだ。
 自分が有能であると粉飾して大王に売り込む他の将軍と違い「儂には優秀な部下がおります。お命じくだされば何なりと」と実績を積み重ね、四十代で事実上国軍の最高司令官に上り詰めたのだ。
 今回の遠征でも売り込みだけは熱心な無能が先鋒と別動隊の指揮官に据えられてしまったので、補佐にはそれなりの人物を付けたつもりではいた。
 しかし第二軍団は司令部が丸ごと投降し、第一軍団も無駄な損害を出すなど、小手先では致命的な欠陥は補えない事を再確認した。
 キニロギキが予想以上に「使える」と分かった事だけが、今回の収穫だとパナッシュ将軍は総括した。
「敵は本陣を堤防上、主力を河川敷に展開。ゴーレム三十八基、兵は目視した範囲では四千ですが、堤防の背後や河川敷に隠れている事はほぼ確実かと」
 敵の陣容を報告するキニロギキ参謀補佐にパナッシュ将軍は尋ねる。
「シルフでは確認できなかったぞ」
「夜襲や伏兵などで、敵はシルフの目をあざむく事を何度も行っております」
「なるほど。精霊も万能ではないか」
 部下の体験を、自分の知識より優先することは将軍が心がけている事だ。敵は常に常識の裏を突いてくるのだから。
 パナッシュ将軍は折りたたみ式テーブルに広げた地図に指を落とす。川を遡る。貯水池があった。
「こちらはどうなっておる?」
 精霊士長が答える。
「敵歩兵一個中隊が守りを固めております。険しい山道で攻めるのは困難です。また精霊士が複数確認できておりますので、精霊を使っての事前の水門破壊も難しいかと」
「では向かわせた分遣隊は無駄足か」
 到着前に騎兵中隊と精霊士一個分隊を上流に派遣していたのだ。
「それでしたら」
 とキニロギキ参謀補佐が貯水池から下った地点を指した。
「この辺は渓谷となっておりますので、崩せば水を堰き止められるかと」
「どれだけの時間止められる?」
「そこまでは分かりませんが、ゴーレムが対岸へ渡る程度でしたら」
「うむ。分遣隊に命令変更を伝えよ。くれぐれも敵に見つかるな、とも伝えておけ」
 精霊士長が部下に指示する。その入れ違いに精霊士が報告してきた。
「敵陣後方からゴーレム十五基が接近中です」
「敵に予備兵力がそれほどあったのか?」
 パナッシュ将軍はゴーレム連隊長に尋ねる。
「敵ゴーレムを撃破したのは一昨日です。核を回収していたので、再生産は可能です。しかし、急ごしらえでは強度が出ず、ウルフファングの装備をもってしても、戦力的には我が軍の支援型以下かと」
「それでも数が増えたのは困りますな」
 征南軍の副官が渋い顔になる。
 たとえゴーレムには勝てなくても、人間には圧倒的脅威なのだから。
 そのゴーレムが堤防を越えて姿を見せると、渋面は幕僚全員に伝染した。
 ボアヘッド十五基が、パトリア軍の紋章を付けてやって来たのだ。
「ポニロスめっ!! あの若造は十五基も敵にくれてやったのか!?」
 普段は鷹揚なパナッシュ将軍も、これには激怒した。
「しかし、これで敵のゴーレム一基に第二軍団が負けた事も理解できます」
 とキニロギキ参謀補佐が言う。
「一基で二十基はさすがに無理でしょう。囮となってゴーレムを引きつけ、伏兵が本陣を急襲したとあれば、不思議ではありません。先程申しましたように、敵はシルフの目を誤魔化す術に長けておりますから」
 納得したが、パナッシュ将軍の怒りは解けない。
「これは、苦戦しそうだわい。総員気を引き締めろ!」
 睨むように幕僚を見渡した。
 その場には、第一軍団の指揮官アニポノス将軍の姿は無かった。
 到着早々に「敵の襲撃に備えた防衛陣地の構築」の任務に、副官ともども就かせているからだ。「騎士団の襲撃には詳しいであろう」と。
 もっともそれは表向きで、実際の所は渡河という重要作戦から無能な将を排除する為であった。

 夜半、月は時折雲に隠れる。
 リスティア大王国征南軍総司令官パナッシュ将軍は、暗がりを突いて命じた。
「作戦開始!」
 四千の兵が一斉に丸太をソロス川に運び入れ、跨がって板きれで必死に漕ぐ。
 八名が跨がる丸太五百本が対岸を目指した。
 精霊士がウンディーネを放って丸太を押し、シルフが追い風を吹かせる。
 水音で察知したパトリア軍は川に火矢を放ってきた。
 兵や丸太に刺さる都度、リスティア兵たちは水をかけて火を消す。その火を目印に矢が集中してくるからだ。
 不運なリスティア兵が次々と冷たい雪解け水に落ちるが、四千のうち一部だった。向かえ撃つパトリア兵は絶対数が少ない。特に熟練の弓兵が少なく、多くの兵は装填に時間がかかる弩を使っていた。
 たちまち川の半ばまで押し寄られてしまう。
 しかしリスティア軍の前に巨大な影が立ちはだかった。
 パトリア軍のゴーレムが川砂利を投げつける。
 降り注ぐ石の雨は、矢より多くの兵を川へと叩き落とした。
 人間がゴーレムに抗う無謀さをリスティア軍は見せつけられた。

 パナッシュ将軍はゴーレム連隊に命じた。
「出撃せよ!」
 一昨日二十基を失った第二大隊のゴーレムボアヘッド三十基が、インヴィタリ橋のたもとから川に踏み込む。
 ゴーレムが渡れるこの橋を奪取してしまえば、王都まで遮る物は無い。
 これをパトリア軍の大型弩が迎撃する。
 丸太の矢は重装甲型でも盾で防げるのは一本。二本目は盾を砕き左手を潰し、三本目は胴体に突き刺さる。それでも核が無事なら前進できる。
 しかしさすがに足の付け根に打ち込まれると動けなくなった。
 五基が動きを止めるも、残りは川の半ばを越した。
 渡河兵に砂利を投げていたパトリア軍のゴーレムが、迎撃の為に橋に集まって来る。五十三対二十五で一時的に数的有利の状態だ。
 しかし、渡河する兵を阻止する力は弓兵のみとなった。丸太が南岸に押し寄せてくる。
 橋のたもと、川岸で両軍のゴーレム同士が激突した。
 鋼鉄と鋼鉄とが打ち合わされる。幾度となく火花が闇を刹那照らし、衝撃が河川敷全体に響き渡り、地響きが橋を揺るがした。
 今回ウルフファングは退かない。ボアヘッドを川に押しとどめようと圧力をかける。
 鹵獲されたボアヘッドもかつての味方を攻撃し、攻撃される。
 真っ先に支援型が破壊され、続いて通常型も餌食になった。
 敵ゴーレム全てが戦闘に加わったのを確認すると、パナッシュ将軍は再度ゴーレム連隊に命じた。
 今度は四十基。橋よりかなり下流で渡河を始める。対岸にウルフファングはいない。
 これが渡りきれば敵を圧倒、橋の奪取は確実である。
 パトリア軍には渡河部隊を一掃する切り札があるが、それに対してリスティア軍は手を打っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした

茜カナコ
ファンタジー
魔法使いよりも錬金術士の方が少ない世界。 貴族は生まれつき魔力を持っていることが多いが錬金術を使えるものは、ほとんどいない。 母も魔力が弱く、父から「できそこないの妻」と馬鹿にされ、こき使われている。 バレット男爵家の三男として生まれた僕は、魔力がなく、家でおちこぼれとしてぞんざいに扱われている。 しかし、僕には錬金術の才能があることに気づき、この家を出ると決めた。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...