一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第二章 学園の軋み

編入生との軋轢

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 王立精霊士学園は新体制となった。
 盤石だった土精科中心の態勢が崩れ、風精科が新たな中心となったのだ。
 そもそもアウクシーリムが教頭になれたのも、ルークスが十才という驚異的年齢でグラン・シルフと契約できたことが大きな理由である。
 ただその生徒と意思疎通ができなかったせいで、全校生徒と教職員の前で大恥をかかされる羽目になったのだが。

 そのうえ学園を取り巻く状況は、派閥争いどころではないほど激変していた。
 失われた領土を取り戻した結果、パトリア王国の人口が二倍になった――正確には半減していた数が元に戻った――のだ。
 当然ながら学園が受け入れる対象も二倍になった。
 元々はその規模の学園である。
 九年前の人口半減に伴い生徒が減ったので、初等部と中等部ではクラスを一つに減らしていたのだ。
 それまで二クラスあったのだから、教室などの施設に不足はない。
 問題は人である。
 半減した生徒を基準に教職員を減らしていた。
 退職者を再雇用して凌ぐにも限度がある。
 初等部と中等部で倍増するクラスを教えるだけの人員を揃えるには時間がかかる。
 結局、一年目は「優先度が高い生徒」のみを編入させ、新年度からクラスを増やして全員を受け入れるとした。
 優先度が高い生徒とは、ノームと契約している生徒、そして貴族である。
 生徒はおよそ二割増え、その大半が中等部と高等部だ。
 クラスを増やさず編入させたので教室は手狭になった。

 ルークスら中等部五年も、四十人に十四人が編入し定数六十の教室がほぼ満席である。
 十四人の編入生のうち七人が貴族と、かなり比率が高い。
 元の四十人に貴族はルークスを入れても六人なので、倍増である。
 伯爵位が二人いて、これまで単独最高位であったシータス・デ・ラ・スーイの階級に三人並ぶこととなった。
 シータスの金色縦巻きロールも張りを失い垂れ下がってしまう。
 ただでさえゴーレムオタクと蔑まれていたルークスが、救国の英雄で女王の騎士となったため、クラスのカーストは崩れていた。
 なにしろ級長というカースト頂点のフォルティスが、カースト底辺のルークス卿の従者になったのだ。
 そして編入生たちは学園のルールを知らない。

 生徒同士の顔合わせの特別ホームルームで、自己紹介が終わるや編入したフブリス伯の孫ラウスが、級長の決め直しを宣言した。
 提案ではなく宣言である。
 ラウスは暗い色調の赤毛の少年で、低めの身長がコンプレックスであった。
 それを隠す為にやたら前に出たがる性格だ。
 これに同じく編入組のカストメル伯令嬢スペルビアも同調した。
 こちらは亜麻色の髪を丁寧に編み上げ、かなりメリハリある体型だ。
 騎士階級のフォルティスが自分の上にいるのが目障りなのだ。
 貴族と平民がいがみ合う学園で、この学年だけはフォルティスのお陰でトラブルは少なかった。
 それをシータスが言ったところで、平民を下僕と見なす二人は聞く耳を持たない。
 フォルティスは「互いに知る期間を設けたうえで、全員の投票」による選び直しを提案した。
 ところが伯爵家の編入生二人は「全員」どころか投票さえ認めない。
「最高階級の三人で決めれば済む話だ。異論は許さない」
 ラウスは三人いる伯爵家出身者の二人が同意したので決まったものと信じ切っていた。
 だので異論が出たときは目を剥いて驚いた。
 そんな怖い物知らずは一人しかいない。
 ルークスである。
「この学園では家の階級に関わらず全ての生徒は平等、の建前がある。級長になる前に、学園の規則を覚えたら?」
 シータスにとっては憎い相手であったが、この空気の読まなさが頼もしかった。
 救国の英雄に刃向かわれてラウスはたじろいだが、上級貴族としてのメンツが勝った。
「騎士になり立てならば知らないのも無理あるまい。貴族社会では階級は絶対なのだ。上位者に逆らう事は許されないぞ」
 そのメンツを踏みにじるのにルークスは躊躇ちゅうちょしない。
「先王様が定めた学園規則に逆らうのって、上位者に逆らうことにならないの?」
「貴様!」
 詰め寄るラウスは、不意の突風に足を止められた。
 生徒たちが驚きどよめく――どよめいたのは編入生だけだった。
 学園では日常的に見られる光景、グラン・シルフがルークスの頭上に現れたのだ。
「主様に危害を加えるなど、このインスピラティオーネが許さぬぞ」
「な、なんだ、このシルフは?」
 自分の知るシルフとは格が違う存在に、ラウスは戸惑った。
 フォルティスが説明する。
「ルークス卿は学園創立初の、大精霊契約者なのです」
「グラン・シルフだと!?」
 ラウスら編入生は知らなかった。
 この学園では新型ゴーレムより知られた「ルークスが風の大精霊契約者である」との常識を。
 ラウスに同調していた少女スペルビアの契約精霊はシルフだった。
 グラン・シルフを前に彼女は日和った。
「この学園は、外の世界とは違うようですわね」
 形勢逆転、フォルティスの案を支持する伯爵位が二名になった。
 他の編入生たちは大精霊を前に色めき立っている。
 精霊使いにとり大精霊との契約は目標かつ悲願なのだ。
 しかもルークスは今をときめく英雄でもある。
「く、仕方ない。投票による級長選出を認めてやる」
 強がったものの、頭上から鋭い視線を向けるグラン・シルフに、ラウスは完全に圧されていた。
 数千年もの時を経た精霊の前では、人間の子供は為す術などないのだ。

「お前、なんで貴族になったんだ!?」
 問題を起こした編入生は伯爵家のラウスだけではなかった。
 他の貴族は上下関係があるので、ラウスかスペルビアの顔色を見ているし、平民は貴族と一緒にされて怯えている。
 だが一人の平民編入生が、ルークスに食ってかかっていた。
「貴族に搾取される平民が、貴族になりたがるなんて裏切りだ! 我々は断固として糾弾する!!」
 デルディ・コリドンは枯れ木のように痩せた少女である。
 灰色の髪はバサバサで、色素が薄い肌にそばかすが浮いている。
 こけた頬にやたら大きな目が落ち着かず、絶えず周囲を警戒していた。
 いきなり噛みつかれてルークスは、まず彼女の間違いを訂正した。
「僕がなりたがったんじゃなくて、陛下が僕を騎士にしたがったんだ」
「言いなりになるなんて、お前には自分の意志がないのか!? この意志薄弱め!!」
「別に言いなりになったわけじゃない。友達の願いだから受けただけだよ」
「女王が友達だなんて頭がどうかしている! それとも増長しているのか!?」
「どうもしていないよ。陛下は僕の友達なんだ」
「そんなことある訳がないだろ! この不正直者!!」
 見かねたフォルティスがとりなす。
「ルークス卿は、フローレンティーナ陛下の九年来の友人です」
「権力の頂点にいる女王と、平民とが友達になるなんてあり得ない!!」
 信じないデルディにフォルティスは説明する。
 二人の出会いと約束、その約束を果たすためにルークスがゴーレムマスターに執着したこと。
「陛下は彼との約束を心の支えに、リスティアの侵略と重責に耐えました。そしてルークス卿は『ゴーレムにノームは不可欠』との常識を覆し『自分のゴーレムで陛下を守る』との約束を果たしたのです。身分を超えた友情が招いた、まさに奇蹟の勝利です」
 クラス全員の、ルークスを見る目が一変した。
 口々に賞賛が飛んでくる。
 それは戦場で敵を倒したことへの賞賛とは別だった。
 ルークスは、フローレンティーナの「その評価はひっくり返っている」との言葉を目の当たりにして驚いた。

「ヤバい」
 お下げ髪の少女ヒーラリは眼鏡を外して涙を拭った。
 アルティの友人なので、ルークスがどれだけ「無駄」とされた努力を続けていたか見てきたのだ。
 ずっと「物好きだから」と思っていたが、まさか幼い頃の約束を守る為だったとは。
 それはそれで胸を打つ感動話ではある。
 だが――とヒーラリは横目で見た。
 アルティの様子を。
 親友の胸中を思うと、胸が激しく痛んだ。

「なんでそれを朝礼で言わないんだ!」
 暴走ポニーの異名をとる小柄な少女カルミナが、ルークスの足に蹴りを入れた。
 そのカルミナの脳天にチョップを入れた長身の少女クラーエは、暴走ポニーを上から抑え込む。
「そうですよ。事情が分かれば私たちも、ゴーレムマスターになるのに協力しましたのに」
「協力? 君たちが?」
 ルークスには理解できない。
「陛下との約束でしょ? それを叶えるためなら――」
「僕が陛下と友達なこと、言えば信じた?」
「え?」
「あ」
 少女たちは上下で顔を見合わせ、気まずい表情になった。
 ルークスの言うことを理解せず、まともに聞いてこなかったのだ。
 精霊についてさえ聞き流していた二人が「女王と約束した」などと言われて信じるはずがない。
 一方のルークスは「彼女らは和解を求めてきた」と判断した。
「でも、信じてくれるなら、これからは色々話せる」
 二人の少女は表情を明るくさせた。
「ええ、信じます」
「ああ、うん、よろしくな!」
 二人と握手してルークスは胸がすく思いをした。
(陛下の言うことは正しかった)

 カルミナとクラーエは安堵して、アルティとヒーラリのいる場所に戻った。
「良かった良かった」
 と喜ぶカルミナに、ヒーラリが俯き加減で眼鏡を光らせる。
「あまり手放しでは喜べないんすよ」
「あ、目が赤いぞ。さては感動して泣いていたな」
「そりゃ、泣けもするっすよ」
 ヒーラリの示す先ではアルティが俯いていた。
「どうしたんだ?」
 無遠慮に言うアルミナの口を後ろからクラーエが塞ぐ。
「どうしたじゃありません。ルークスが『他の女の子との約束を第一に考えていた』って事ですよ?」
 説明されてカルミナも頷いた。安心したクラーエが手を離した途端、暴走する。
「そっか。ルークスの浮気か」
 クラーエが脳天チョップをお見舞いした。
「べ、別に。女王陛下に忠義を尽くすのは騎士の役割だし」
 アルティは強がったが、時系列の間違いに気付かないほど狼狽えている。
 その姿が痛々しくて、友人たちはかける言葉が無かった。

 九年間の努力と成果に、編入組の貴族たちも「一目置かざるを得ない」と認めた。
 平民たちは自分たちを重ね、努力次第でのし上がれると希望を抱いた。
 一人、デルディだけが納得しない。
「お前がどれだけ尽くしたところで、女王は騎士に任じただけだ! その程度の見返りで喜ぶなど愚の骨頂だ!!」
 その発言はルークスには理解不能だった。
「友達に見返りを求めるの? というか、見返りを求める関係って友達なの?」
 ルークスにとっては純粋な質問だった。
 だが友達がいないデルディにとっては、心臓を貫く糾弾だった。
「貴族など、平民を食い物にする寄生虫だ! お前は宿主から寄生虫になったんだ! 我々は断固として糾弾するぞ!!」
 いい加減ルークスもうんざりした。
「寄生虫なんかに話しかけないでよ」
「ただちに騎士の位を返上しろ!!」
「なんで君なんかの命令を聞かなきゃならないの?」
「ほら! 貴族になったとたん平民の言葉を無視しだしたぞ! 貴族の横暴は許さないぞ!!」
「平民なら君の言う事を聞くの?」
 ルークスは確認で尋ねただけである。
 だが「誰にも自分の言い分を聞いてもらえないできた」デルディにとっては強烈な皮肉だった。
 他人は自分と知識を共有してはいない、との常識が欠けているせいで、デルディは激しい被害妄想に陥った。
「お前は貴族の毒に染まった毒物だ! 綺麗事を言ったところで、結局は貴族になりたかっただけだろ!? 搾取する側に回りたくて! お前は人間の世界から飛び出た人非人だ!!」
「人間の世界から飛び出たって、君は今精霊界にでもいる気なの?」
 比喩表現を使うデルディに、言葉を額面通りに受け取るルークスとでは会話にならない。
 フォルティスが取りなすも「あんたも貴族よ!」と取り付く島もない。
 見かねたアルティが口を挟む。
「こいつにはそういう表現したら通じないわ。比喩はやめて具体的に言わないと」
「お前も貴族か!?」
「私は平民よ」
「こいつとどういう関係だ!?」
「私は――家族よ」
「やっぱり貴族じゃないか!!」
「家族の中で騎士に任じられたのはルークスだけよ。他は平民のまま」
「ほら! 騎士になった途端、家族を捨てたじゃないか! 貴族は人間のクズだ!!」
「捨てられていないわよ! それどころか養育費をもらったくらいなんだから」
「養育費?」
「彼が両親を失ったんで、うちで引き取ったの」
「そうか。お前の親が金目当てで騎士に仕立て上げたんだな!?」
 あまりに見当外れな事を言われ、アルティは言葉を失う。
 この家族への侮辱にルークスは激怒した。
「いい加減にしろ!!」
 突然の怒声にアルティは驚いた。声を荒らげるなどない少年なのだ。
 驚いたのは他の在校生たちもだ。
 そもそもルークスが怒ることが滅多にない。
 ゴーレムの議論に熱が入る程度で、ルークスが本気で怒る様は誰も見ていなかった。
 生徒たちは「ルークスに騎士団の使いが来訪した場」にいなかったし「リスティアの大王を捕らえた」ときは遥か彼方だった。
 ルークスにとり他の生徒は「自分を理解しない人の形をした壁」だった。
 まともに相手にされなかったから、自分もまともに相手しなかった。
 だから感情を向けることもあまりなく、また向けないように自制していた。
 ルークスは自分の中にある怒りの苛烈さに恐れを抱いている。
 気を許すとすぐ怒りの精霊フューリーが集まってくるほど、怒りは強く激しい。
 両親が殺された理不尽への怒りが、発散されずに心の中を駆け巡り続けるからなのだが、それに気付いていなかった。
 今まで散々怒鳴っていたデルディだが、他人の怒鳴り声に震えあがった。
 彼女は常に怯えている。
 自分の言動が他人の怒りを買っているのだが、本人は「正義を主張するから迫害されるのだ」と思い込んでいた。
 その恐怖を隠す為に、無意識のうちに他者を攻撃してしまう。
「お、脅しになんて屈しないぞ!」
「勝手に他人を決めつけ、思い込みで悪く言って。そういうのを言いがかりって言うんだよな。それは悪い事だ」
「ま、間違いを指摘しただけだ!」
「間違いだと言っているのは君だけだ」
「正しいのは我々だ!」
「ならそれを証明しろ。君が正しいと証明したら、言いがかりでもイチャモンでも付ければいいさ」
「そんな証明なんて、できるわけない! 不可能を要求するのは卑怯だ!」
「僕はやったよ」
「え?」
「僕は自分の正しさを証明した。君がそれをできないなら、努力が足りないか、そもそも正しくないからだ」
――正しくない――
 正義を否定された衝撃で、デルディはよろけた。
(我々は正しい。我々は正しい。正しい我々を正しくないと言った、こいつは悪だ!! こいつは貴族だ。貴族は敵だ。こいつは敵だ!!)
 ルークスは言いがかりを批判しただけで、デルディの内心の正義など知りもしないし、話題にさえしていない。
 だが内心の正しさと言動の正しさとを同一視しているデルディは、行為をとがめられただけで「正義を否定された」と思い込んだ。
 立ち去るルークスに、怒りと憎悪の視線を向け続けるのだった。
 そんなデルディに気を取られていたため、別の編入生が向ける熱を帯びた視線にルークスは気づかなかった。
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