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第二章 学園の軋み
集団戦・開始
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学園公認の「交流試合」は翌放課後に行われた。
園庭の泥沼前に、在校生九人と編入生九人が立つ。
在校生軍の指揮官はルークス、編入生軍はラウスである。
中等部でさえ七倍級ゴーレムを扱っていた編入生は、高等部ではより深刻な対立を生んでいた。
今後、町の北にある駐屯地で実際に七倍級を扱わせるにあたり、編入生の増長ぶりは重大事故を招く懸念がある。
そんなおり中等部五年が模擬戦を提案してきたのは、学園首脳陣にとって渡りに船だった。
何しろ在校生が勝つ見込みが一番高い。
ゴーレムの知識で他の追随を許さないルークスが指揮官なのだから。
「何故その学年なのか?」
との問いには「学園を代表する大精霊契約者がいるから」との建前もある。
他の精霊を含めた総合戦闘力では在校生側が圧倒的に上なため「増長した編入生たちに良い薬になる」とアウクシーリム学園長は許可した。
生徒や教職員も泥沼の前に集まり、試合について語り合う。
編入生が自分らの勝利を信じて疑わない一方で、在校生も「ルークスがどんな勝ち方をするか」と既に勝った気でいた。
審判を務めるマルティアル教諭が、在校生軍と編入生軍との真ん中に出てきた。
元ゴーレムコマンダーで、ゴーレム戦の実技を担当するベテランだ。
双方計十八人の生徒を並ばせて説明する。
「いいか、ルールは五つだ。
一つ、使うゴーレムは等身大のみ。
二つ、試合場は泥溜まりの内のみ。外に出たゴーレムは撃破されたとみなす。
三つ、勝利条件は相手ゴーレムの全滅、もしくは指揮官の降参。
四つ、ゴーレムに用いる以外の精霊の使用は禁止。
五つ、互いに相手に敬意を払う。
以上。質問は?」
「ゴーレムに用いる以外の精霊?」
ラウスは首をひねった。
「その使用を禁じる意味は?」
「それを認めると試合にならん。ルークス一人の精霊で、お前さんらのゴーレムは全滅させられるからな」
「バカな! ゴーレムは地上最強の兵器なのだぞ」
「あいにく生徒のゴーレムはその域に達していない。他に何か?」
「こちらはありません」
と言うルークスに、ラウスは勝ち誇って言う。
「ゴーレムの数に制約が無かったぞ。こちらには二体のノームと契約した奴がいるんだ! 水ゴーレムなど数にもならん。数的優位で圧倒的に我が軍の有利だ」
「うちには三基のゴーレムを使える人間がいるけど?」
「な!? 卑怯だぞ!!」
「なら一人一基に制限する?」
まるで緊張感がないルークスに、ラウスは歯ぎしりした。
「いらぬ! 水ゴーレムを除けば数は互角だ。勝負は指揮の優劣で決まる! 覚悟しろ!」
だがルークスは聞こえなかったかのように無反応だった。
ラウスの「いらぬ」で頭が切り替わったために。
いかに勝つか、戦術の検索と検討とで脳が忙殺されたため、何も見えず何も聞こえない状態になっている。
その様子がラウスに「侮っている」と受け取られ、怒りを倍加させた。
皮肉にも、ルークスが「敵を侮らずに」全力で戦おうとしたせいで、逆の印象を与えてしまったのだ。
審判が互いに握手をするよう求めたが、ラウスは無視して編入生たちを自陣へと追いやった。
痩身の少女デルディがルークスを睨みつつ去るのを、在校生たちは苦笑して見送った。
「では双方とも、ゴーレム製作にかかれ!」
マルティアルの号令で、ルークスはやっと我に返った。
泥沼の左右に分かれた両軍は、一斉にゴーレム作りに入る。
ノームに泥人形を作らせ、呪符を貼りつけた。
貼る場所はそれぞれの考えで、頭頂部だったり後頭部だったりする。
場所を統一するとそこを狙われるし、体内に入れると土圧で破れる危険があるため、普通はしない。
ウンディーネが泥水人形を作ると歓声があがった。
編入生のほとんどが初めて見る液体ゴーレムの美しさに目を奪われている。
ルークスは呪符をゴーレムの額に貼り、ノンノンを土に同化させた。
「それじゃ二人とも、よろしく頼むよ」
水ゴーレムは滑らかな動きで手を振り、編入生たちを驚かせた。
審判のマルティアルが手を挙げる。
「準備はいいな!? それでは、始め!!」
手が振り下ろされ、交流試合が始まった。
「隊列を組め!」
号令を発したラウスは、次の瞬間に信じられない光景を目にした。
自軍のゴーレム一基が、いきなり前進を始めたではないか。
「誰だ!? 勝手に進むな!!」
「貴族の命令なんか聞けるか!!」
怒鳴り返したのは、痩身の平民少女デルディだった。
「ルークス! 貴様を倒す!!」
自分のゴーレムを敵陣へと突き進ませる。
ラウスは舌打ちした。
数的優位が失われた今、正攻法での勝ち目はほぼ無くなった。
ならば、と次善の策に切り替える。
「愚か者は放っておけ。他八基で陣形を組む!」
隊列を組んでいた在校生軍は、単基で突進してくるゴーレムに気付いた。
「誰だ?」
と首をかしげるルークスに、アルティがげんなりして言う。
「あー、何となく分かった」
「よし、私が止めてやる!」
と暴走ポニーのカルミナが勝手に自分のゴーレムを差し向ける。
「あー」とルークスは言いかけ「ま、いいか」と見送った。
不確定要素が遊撃基を止めてくれるならそれで良い。
敵本隊との交戦中に勝手な行動を取られるよりマシである。
「じゃ、陣形は手直し。前列は五基。中央がフォルティス、その左右と右端がアルティ、左端はワーレンス」
五基が横一列に並ぶ。
「後列は四基。内側左がシータス、右がデクストラ、外側左がシニストリ、右がクラーエ」
水ゴーレムを後方に残し、残る九基が二列横隊を作る。
「前列、小股で微速前進。後列はその場で足踏み」
「は?」
シータスはフォルティスの手前、ルークスの指揮に逆らうつもりはない。
だが意味も分からぬ命令に従うにはプライドが邪魔した。
「理由をおっしゃい」
「まずゴーレムに指示して。ゴーレムが動きだしたら説明するから」
仕方なくシータスは取り巻き二人にも指示し、ゴーレムに足踏みをさせた。
前列が少しずつ前進する間に、ルークスは敵陣を観察する。
「なるほど、楔型陣形で中央突破か」
積極的に攻めてくるとの予想は的中し、編入生は一丸となって攻める構えだ。
先行する一基だけが想定外だった。
突出してきたデルディのゴーレムに、カルミナのゴーレムが立ち向かう。
リスティアの訓練所で優秀な成績だったデルディは、一対一で負けるとは思っていなかった。
対するカルミナは、成績がブービーの劣等生である。
ルークスが成績最下位なのは精霊学の拒否が理由だが、カルミナの場合は全教科まんべんなく成績が悪い。
ゴーレム戦基礎も例外ではなく、ゴーレムの戦闘動作など頭に入っていない。
一方、持ち前の負けん気で、幼い頃から男子と取っ組み合いの喧嘩をしてきた。
だからノームへの指示もゴーレムの戦闘動作ではなく、自分が喧嘩をする時の戦法だった。
「下から突撃だ!」
学年で一番背が低いという体格の不利を補うため、相手の転倒を狙うのがカルミナ流だ。
本人と同様にゴーレムは深く前傾し、低い姿勢で突進した。
これが実戦なら、鎧が薄い背中を「叩いてください」と戦槌に晒すことになる。
わざわざ敵に弱点を向けるゴーレムコマンダーなど存在しない。
実戦に即した訓練ばかりしていたデルディは、非常識な動きに判断が遅れた。
拳を上から振り下ろし、背中に叩き付けたのは激突直前だった。
だが手を振っただけの一撃では、勢いづいた重量物を止めることはできない。
デルディの腰にカルミナが肩からぶつかってきた。
踏みとどまろうにも泥沼では踏ん張りが利かない。
踵が沈んで重心が下がるや、後ろに倒された。
「そんな戦い方なんて実戦にない!!」
いくらデルディが怒鳴っても、相手は遥か彼方。
馬乗りになったカルミナのゴーレムは、両の拳を次々と叩き付ける。
「ギャハハハハ!! 行くぜ行くぜ行くぜ!」
クラス一小柄なカルミナは、体格差で喧嘩に負けてばかりだった。
だから体格が互角の喧嘩に舞い上がっている。
両の拳が面白いように相手のガードを突き崩し、頭部を殴り、はたき、叩き込んだ。
倒れたゴーレムに泥沼から水が染み、力が弱まっていることを両者は知らない。
デルディはノームに「振り払え!」「叩き落とせ!」と念を送るも実現せず、一方的に殴られ続けた。
「やめろー!! ルークスと戦わせろ!!」
デルディが叫ぶなか頭部が崩れ、後頭部にあった呪符と本体との接触が断たれた。
彼女のゴーレムは、カルミナの基に押し潰されて泥沼に溶ける。
デルディは言葉を失い呆然となってしまった。
一対一で負けるなんて信じられない。
訓練所では上級生にも勝ってきた自分が、一番最初に撃破されてしまうなんて。
戻って来た契約精霊に声をかけることもなく、宙に向かって叫ぶ。
「こんな、実戦からかけ離れたデタラメで、ゴーレムの技量など分かるか!!」
誰が聞いても負け惜しみだった。
「やったー!! 勝ったぞー!!」
カルミナは雄叫びと共に拳を高々と挙げる。
しかし喜びはつかの間だった。
敵の本隊が到着し、泥沼に座り込んでいたカルミナのゴーレムを袋だたきにして破壊した。
「あー、ちきしょう! やられたぜ!」
悪びれず言うカルミナに、ルークスは「ご苦労さん」とだけ言う。
ねぎらうよう、フォルティスに言われたので。
二人が戦う間に在校生軍は横二列の陣を動かしていた。
「前列停止。後列は作業を続けて」
ルークスの指示に従い、前列五基のゴーレムは前進をやめ敵を待ち構える。
後列のゴーレムは小刻みに横移動し、隣の基がいた場所まで行くと足の大きさ分前進、今度は反対側に足踏みしながら横移動。
要は前列との間を隙間無く足踏みしていくのだ。
作戦は聞かされたもののシータスには理解できず、ただ言われたまま不毛な行為をゴーレムにさせ続けた。
デクストラは「シータス様にこのような真似をさせるなんて」と不平を言い、シニストリは「これで負けたら承知しませんわよ」と脅しつつ、主人たるシータスに従いゴーレムに作業をやらせる。
クラーエはルークスの指示に従えば勝てると信じていた。
信じると約束したのだから。
編入生からは後列の動きは分からず、間隔を空けた二列横隊に見えた。
在校生からは三角形の楔型陣形の手前の辺しか見えない。
「一基少ない」
とルークスが言い出したので、シータスが呆れた。
「先ほどカルミナさんが倒しましたわよ」
「え? まさか、そんな話だと?」
「は?」
ルークスが気を逸らせたのを見てアルティが注意する。
「今は敵に集中しなさい。来たわよ!」
双方の距離が縮まる。
「じゃ、予定通りに」
ルークスは前列担当のフォルティス、アルティ、ワーレンスに指示をした。
ワーレンスとしては、ルークスの下に付くのは不本意である。
彼はバカなルークスを嫌っていたし、偽善者のフォルティスをもっと嫌っていた。
だが居丈高に振る舞うラウスを見て、理解できたことがある。
ラウスに比べれば二人はマシだということが。
ラウスはある意味正直で、貴族の本音を吐いて支配欲を丸出しにした。
対してフォルティスは下心を隠して綺麗事を言うが、建前を守り平民に配慮する姿勢はある。
ルークスはワーレンスを怒らせる言動が多いが、鈍感でバカなだけ。
編入初日でラウスはワーレンスの中で「一番嫌な奴」の座に就いたのだ。
あの高慢ちきな鼻っ柱をへし折れるのなら、バカの指揮にも我慢できる。
その指揮にしても、難しいことは要求されていない。
隊列を守って布陣し、激突したら攻め込むだけ。
自分から攻めていかないだけで、敵の攻撃を受けたあとは好きに暴れられるという、シンプルな作戦だ。
その時が来るのを、今か今かと待ち構えていた。
編入生ゴーレム隊の、楔の頂点が前列中央のフォルティスと激突する。
編入生の先頭はラウスである。
一番手強いのがフォルティスと見て、そのゴーレムの配置を見張らせていた。
そして前列中央にいると分かって、まっしぐらに突き進んだ。
実戦訓練を経験した自分が一対一で遅れをとるはずがない。
絶対の自信を持って突き進み、フォルティスのゴーレムに正面からぶつかった。
二基のゴーレムが同時に右の拳を放つ。
その際、フォルティスは上体を右に傾けたので、ラウスの初撃は頭部を掠めるだけに終わった。
対してフォルティスの拳は敵の頭部中央を捉えた。
殴られた衝撃でラウスのゴーレムは足が止まってしまう。
ノームへの指示がただ「殴れ」と「上体を傾け敵の攻撃を回避しつつ殴れ」との差である。
ゴーレムを動かすだけのリスティアの訓練所と違い、王立精霊士学園ではゴーレムの動きをマスターが覚える実習まである。そしてその指示どおりに動く訓練をノームもしているのだ。
マスターの格闘能力はゴーレムの戦闘力に影響する。
その事実はカルミナ対デルディでも証明された。
そしてノームの練度とマスターの指示能力は、それ以上の影響を与える。
「おのれ!」
ラウスがノームに念を送り、ゴーレムを立ち直らせている間に、今度は左の拳を食らった。
ラウスのゴーレムは停止どころか押し返される始末。
そこに左右のゴーレムが並んだ。
編入生軍が密集しているのに対し、在校生軍は一基間の距離があり、フォルティスは三基のゴーレムの相手をせねばならない。
迷わずフォルティスは一歩後退。
楔型を維持する為にラウスだけが前進。
そしてまた同時に攻撃。
今度もフォルティスはゴーレムを傾け浅手で済ませたのに、ラウスの基は頭部が崩れかけた。
三発もクリーンヒットしたダメージで、補修が必要な状態だ。
ラウスに左右の僚基が並ぶとフォルティスが下がる。
アグルム会戦でパトリア軍が見せた遅滞戦術を、フォルティスは実行していた。
ラウスは左腕で頭部をガードし、補修しつつ前進。
フォルティスの拳はガードした左腕を頭部にめり込ませた。
勇んで先頭に立ったものの、操作能力の差を見せつけられラウスは歯ぎしりした。
「忌々しい!」
「落ち着こう、ラウス君」
唯一の貴族仲間である男爵家の次男ソドミチがなだめる。
「所詮は兵士としての能力だ。指揮官の価値は采配で決まる。我が軍は押して、敵陣は崩れかけている」
楔型陣形の三段目が、敵二基と激突した。
フォルティスの左右を固めるのは、共にアルティのゴーレムである。
互いに殴り合い、フォルティスが下がると、その二基も一歩下がった。
そして楔型の最終段、四段目に在校生軍の前列両端が寄せてくる。
両端は右がアルティの三基目、左がワーレンスだ。
編入生軍の密集隊形に合わせ内側に寄り、横合いから攻撃してきた。
楔型で来る敵に合わせ横隊の内側が下がったので、在校生軍の前列はVの字型になっている。
編入生軍は楔型の外側七基が交戦中だが、内側の一基は戦闘に参加していない。
先頭が倒れたときの予備であり、ラウスは一つの策略を授けていた。
外側から攻撃されている楔型の四段目は、味方が前進したので孤立しかける。
「応戦しつつ続け!」
ラウスの指示で二基は外にいる敵に向いたまま、横に移動した。
そこを攻められ、押し込まれる。
敵二基は追撃するため、楔型の後方に回りこむ。
「包囲する気か!?」
ラウスにソドミチが同意する。
「そのようだね」
「だが甘い! 中央を突破してしまえば良いのだ」
楔型陣形はまさに、敵陣を突破するための陣形なのだ。
ラウスは自分のゴーレムを左右と並ばせ、三基でフォルティスに攻めかかった。
そのときルークスが指示した。
「フォルティスはそこで止まって」
「非常識な命令ですわ!!」
シータスは叫んだが、フォルティスは言葉を返すことなく従った。
そしてルークスは次の指示を飛ばす。
「後列は左右に分かれて、前列の左右横へ移動」
「そんなメチャクチャな指揮がありますか!?」
怒るシータスにフォルティスが言う。
「指揮官はルークスです。彼の指揮に従ってください」
彼に言われては否はない。シータスは取り巻きにも命じて部隊を二分した。
その間フォルティスのゴーレムは三基の集中攻撃を受けていた。
奮闘虚しく左腕を折られ、よろけたところに体当たりを食らって横に倒れる。
見ていた在校生たちから悲しげな声があがった。
「ほらごらんなさい!」
いきり立つシータスに、ルークスは答えなかった。
フォルティスのゴーレムが倒れた!
「止めだ!」
逸るラウスにソドミチが言う。
「敵陣の中央が空いているよ」
先頭三基の前方は、一基だけ残っている水ゴーレムまで何も無かった。
後列が左右に分かれて側面に回ったため、中央はがら空きだったのだ。
ルークスのゴーレムを撃破する絶好のチャンスであった。
ラウスはフォルティスに止めを刺したい欲望を抑え、命じた。
「全ゴーレム突撃! 敵は無視しろ!」
八基のゴーレムは全速で前進した。
在校生軍は追いすがるも、距離を開けられる。
勢い込んで進むラウスのゴーレムが、不意に止まった。
左右の二基も、先頭に並ぶや途端に止まる。
後方から来た予備が止まれず、ラウスにぶつかり前に倒してしまった。
「何をする!?」
「済みません! 急に止まられたので」
平民の少年は震えあがった。
三段目のゴーレムは停止している四基の左右を通ろうとして、また横並びで止まった。
四段目のゴーレムは予備のゴーレムと並んだところで停止、前との衝突を避けた。
「何故止まった!?」
こちらから念は送れるが、ノームからの応答は人間には聞こえない。
この連絡の一方通行が、ゴーレム戦の足かせである。
「泥沼に足を取られたのでは?」
とソドミチが推測する。
「今まで普通に歩けてきたろうが」
だがソドミチの言ったとおり、彼らのゴーレムは片足を深々と泥沼に突っ込み、抜くに抜けない状況だった。
停止した編入生のゴーレム隊に、後方から在校生軍が攻め寄せた。
「ラウス君、どうやら罠に陥ったらしい」
「何故分かる!?」
「敵はわざと前を開けたのだよ。きっと底なし沼のような罠を仕掛けたのだろう。それに填められたのだね」
「そんなバカな! 敵が通ってきた場所なんだぞ!」
編入生軍が足を取られたのを見て、ルークスは総攻撃を命じた。
ただし、敵の後方からのみ。
絶対に前に回らないよう、念を押して。
ルークスが後列に足踏みさせたのは、その重量と振動とで水分を地表にしみ出させるためだった。
アグルム平原でパトリア軍がやったように、最初はアルティの余分なノームで底なし沼を作ろうとした。
だがフォルティスが正攻法に制限したので、ゴーレムにやらせることにしたのだ。
敵を罠にかけるためには「それまで自軍のゴーレムがいる」ことが必要だ。
だから前列を先行させ、その後ろに作ったのである。
小股で歩けば片足が沈む前にもう片足を付くから沈むことはなく、突進などで片足に全重量がかかればゴーレムの力でも抜けないくらい深く沈む。
作戦は図に当たり、敵はまんまと罠にかかった。
身動きできない敵を在校生軍のゴーレムが猛攻する。
ワーレンスは敵の反撃を無視し、上体ごとひねって荷重をかけた拳を左右から連打、頭部を殴り飛ばして撃破した。
アルティは二基で相手の両腕を押え、残る一基で頭部を潰して仕留める。
そこに後列四基も合流した。
在校生軍が数的優位を得たのに対し、編入生軍の一基は倒れ、四基が足を取られ身動きできない状態だ。
自由に動けるゴーレムは、もはや予備の一基しかない。
在校生軍の勝利は目前だった。
編入生軍の勝利が失われたのを見て、ラウスは決断した。
「あれをやれ!」
予備担当の平民少年は、ゴーレムの手にある泥の塊を、前方に投げさせた。
放物線を描いて飛んだ泥の塊は、リートレとノンノンの水ゴーレムの斜め手前に落ちた。
そこから泥が盛り上がっていく。
「まさか?」
ルークスは目を見張った。
敵ゴーレムが、前線から離れた後方で、新たに作られているではないか。
先ほど気付いた「足りない一基」がこんな形で現れるとは、さしものルークスにも予想できなかった。
園庭の泥沼前に、在校生九人と編入生九人が立つ。
在校生軍の指揮官はルークス、編入生軍はラウスである。
中等部でさえ七倍級ゴーレムを扱っていた編入生は、高等部ではより深刻な対立を生んでいた。
今後、町の北にある駐屯地で実際に七倍級を扱わせるにあたり、編入生の増長ぶりは重大事故を招く懸念がある。
そんなおり中等部五年が模擬戦を提案してきたのは、学園首脳陣にとって渡りに船だった。
何しろ在校生が勝つ見込みが一番高い。
ゴーレムの知識で他の追随を許さないルークスが指揮官なのだから。
「何故その学年なのか?」
との問いには「学園を代表する大精霊契約者がいるから」との建前もある。
他の精霊を含めた総合戦闘力では在校生側が圧倒的に上なため「増長した編入生たちに良い薬になる」とアウクシーリム学園長は許可した。
生徒や教職員も泥沼の前に集まり、試合について語り合う。
編入生が自分らの勝利を信じて疑わない一方で、在校生も「ルークスがどんな勝ち方をするか」と既に勝った気でいた。
審判を務めるマルティアル教諭が、在校生軍と編入生軍との真ん中に出てきた。
元ゴーレムコマンダーで、ゴーレム戦の実技を担当するベテランだ。
双方計十八人の生徒を並ばせて説明する。
「いいか、ルールは五つだ。
一つ、使うゴーレムは等身大のみ。
二つ、試合場は泥溜まりの内のみ。外に出たゴーレムは撃破されたとみなす。
三つ、勝利条件は相手ゴーレムの全滅、もしくは指揮官の降参。
四つ、ゴーレムに用いる以外の精霊の使用は禁止。
五つ、互いに相手に敬意を払う。
以上。質問は?」
「ゴーレムに用いる以外の精霊?」
ラウスは首をひねった。
「その使用を禁じる意味は?」
「それを認めると試合にならん。ルークス一人の精霊で、お前さんらのゴーレムは全滅させられるからな」
「バカな! ゴーレムは地上最強の兵器なのだぞ」
「あいにく生徒のゴーレムはその域に達していない。他に何か?」
「こちらはありません」
と言うルークスに、ラウスは勝ち誇って言う。
「ゴーレムの数に制約が無かったぞ。こちらには二体のノームと契約した奴がいるんだ! 水ゴーレムなど数にもならん。数的優位で圧倒的に我が軍の有利だ」
「うちには三基のゴーレムを使える人間がいるけど?」
「な!? 卑怯だぞ!!」
「なら一人一基に制限する?」
まるで緊張感がないルークスに、ラウスは歯ぎしりした。
「いらぬ! 水ゴーレムを除けば数は互角だ。勝負は指揮の優劣で決まる! 覚悟しろ!」
だがルークスは聞こえなかったかのように無反応だった。
ラウスの「いらぬ」で頭が切り替わったために。
いかに勝つか、戦術の検索と検討とで脳が忙殺されたため、何も見えず何も聞こえない状態になっている。
その様子がラウスに「侮っている」と受け取られ、怒りを倍加させた。
皮肉にも、ルークスが「敵を侮らずに」全力で戦おうとしたせいで、逆の印象を与えてしまったのだ。
審判が互いに握手をするよう求めたが、ラウスは無視して編入生たちを自陣へと追いやった。
痩身の少女デルディがルークスを睨みつつ去るのを、在校生たちは苦笑して見送った。
「では双方とも、ゴーレム製作にかかれ!」
マルティアルの号令で、ルークスはやっと我に返った。
泥沼の左右に分かれた両軍は、一斉にゴーレム作りに入る。
ノームに泥人形を作らせ、呪符を貼りつけた。
貼る場所はそれぞれの考えで、頭頂部だったり後頭部だったりする。
場所を統一するとそこを狙われるし、体内に入れると土圧で破れる危険があるため、普通はしない。
ウンディーネが泥水人形を作ると歓声があがった。
編入生のほとんどが初めて見る液体ゴーレムの美しさに目を奪われている。
ルークスは呪符をゴーレムの額に貼り、ノンノンを土に同化させた。
「それじゃ二人とも、よろしく頼むよ」
水ゴーレムは滑らかな動きで手を振り、編入生たちを驚かせた。
審判のマルティアルが手を挙げる。
「準備はいいな!? それでは、始め!!」
手が振り下ろされ、交流試合が始まった。
「隊列を組め!」
号令を発したラウスは、次の瞬間に信じられない光景を目にした。
自軍のゴーレム一基が、いきなり前進を始めたではないか。
「誰だ!? 勝手に進むな!!」
「貴族の命令なんか聞けるか!!」
怒鳴り返したのは、痩身の平民少女デルディだった。
「ルークス! 貴様を倒す!!」
自分のゴーレムを敵陣へと突き進ませる。
ラウスは舌打ちした。
数的優位が失われた今、正攻法での勝ち目はほぼ無くなった。
ならば、と次善の策に切り替える。
「愚か者は放っておけ。他八基で陣形を組む!」
隊列を組んでいた在校生軍は、単基で突進してくるゴーレムに気付いた。
「誰だ?」
と首をかしげるルークスに、アルティがげんなりして言う。
「あー、何となく分かった」
「よし、私が止めてやる!」
と暴走ポニーのカルミナが勝手に自分のゴーレムを差し向ける。
「あー」とルークスは言いかけ「ま、いいか」と見送った。
不確定要素が遊撃基を止めてくれるならそれで良い。
敵本隊との交戦中に勝手な行動を取られるよりマシである。
「じゃ、陣形は手直し。前列は五基。中央がフォルティス、その左右と右端がアルティ、左端はワーレンス」
五基が横一列に並ぶ。
「後列は四基。内側左がシータス、右がデクストラ、外側左がシニストリ、右がクラーエ」
水ゴーレムを後方に残し、残る九基が二列横隊を作る。
「前列、小股で微速前進。後列はその場で足踏み」
「は?」
シータスはフォルティスの手前、ルークスの指揮に逆らうつもりはない。
だが意味も分からぬ命令に従うにはプライドが邪魔した。
「理由をおっしゃい」
「まずゴーレムに指示して。ゴーレムが動きだしたら説明するから」
仕方なくシータスは取り巻き二人にも指示し、ゴーレムに足踏みをさせた。
前列が少しずつ前進する間に、ルークスは敵陣を観察する。
「なるほど、楔型陣形で中央突破か」
積極的に攻めてくるとの予想は的中し、編入生は一丸となって攻める構えだ。
先行する一基だけが想定外だった。
突出してきたデルディのゴーレムに、カルミナのゴーレムが立ち向かう。
リスティアの訓練所で優秀な成績だったデルディは、一対一で負けるとは思っていなかった。
対するカルミナは、成績がブービーの劣等生である。
ルークスが成績最下位なのは精霊学の拒否が理由だが、カルミナの場合は全教科まんべんなく成績が悪い。
ゴーレム戦基礎も例外ではなく、ゴーレムの戦闘動作など頭に入っていない。
一方、持ち前の負けん気で、幼い頃から男子と取っ組み合いの喧嘩をしてきた。
だからノームへの指示もゴーレムの戦闘動作ではなく、自分が喧嘩をする時の戦法だった。
「下から突撃だ!」
学年で一番背が低いという体格の不利を補うため、相手の転倒を狙うのがカルミナ流だ。
本人と同様にゴーレムは深く前傾し、低い姿勢で突進した。
これが実戦なら、鎧が薄い背中を「叩いてください」と戦槌に晒すことになる。
わざわざ敵に弱点を向けるゴーレムコマンダーなど存在しない。
実戦に即した訓練ばかりしていたデルディは、非常識な動きに判断が遅れた。
拳を上から振り下ろし、背中に叩き付けたのは激突直前だった。
だが手を振っただけの一撃では、勢いづいた重量物を止めることはできない。
デルディの腰にカルミナが肩からぶつかってきた。
踏みとどまろうにも泥沼では踏ん張りが利かない。
踵が沈んで重心が下がるや、後ろに倒された。
「そんな戦い方なんて実戦にない!!」
いくらデルディが怒鳴っても、相手は遥か彼方。
馬乗りになったカルミナのゴーレムは、両の拳を次々と叩き付ける。
「ギャハハハハ!! 行くぜ行くぜ行くぜ!」
クラス一小柄なカルミナは、体格差で喧嘩に負けてばかりだった。
だから体格が互角の喧嘩に舞い上がっている。
両の拳が面白いように相手のガードを突き崩し、頭部を殴り、はたき、叩き込んだ。
倒れたゴーレムに泥沼から水が染み、力が弱まっていることを両者は知らない。
デルディはノームに「振り払え!」「叩き落とせ!」と念を送るも実現せず、一方的に殴られ続けた。
「やめろー!! ルークスと戦わせろ!!」
デルディが叫ぶなか頭部が崩れ、後頭部にあった呪符と本体との接触が断たれた。
彼女のゴーレムは、カルミナの基に押し潰されて泥沼に溶ける。
デルディは言葉を失い呆然となってしまった。
一対一で負けるなんて信じられない。
訓練所では上級生にも勝ってきた自分が、一番最初に撃破されてしまうなんて。
戻って来た契約精霊に声をかけることもなく、宙に向かって叫ぶ。
「こんな、実戦からかけ離れたデタラメで、ゴーレムの技量など分かるか!!」
誰が聞いても負け惜しみだった。
「やったー!! 勝ったぞー!!」
カルミナは雄叫びと共に拳を高々と挙げる。
しかし喜びはつかの間だった。
敵の本隊が到着し、泥沼に座り込んでいたカルミナのゴーレムを袋だたきにして破壊した。
「あー、ちきしょう! やられたぜ!」
悪びれず言うカルミナに、ルークスは「ご苦労さん」とだけ言う。
ねぎらうよう、フォルティスに言われたので。
二人が戦う間に在校生軍は横二列の陣を動かしていた。
「前列停止。後列は作業を続けて」
ルークスの指示に従い、前列五基のゴーレムは前進をやめ敵を待ち構える。
後列のゴーレムは小刻みに横移動し、隣の基がいた場所まで行くと足の大きさ分前進、今度は反対側に足踏みしながら横移動。
要は前列との間を隙間無く足踏みしていくのだ。
作戦は聞かされたもののシータスには理解できず、ただ言われたまま不毛な行為をゴーレムにさせ続けた。
デクストラは「シータス様にこのような真似をさせるなんて」と不平を言い、シニストリは「これで負けたら承知しませんわよ」と脅しつつ、主人たるシータスに従いゴーレムに作業をやらせる。
クラーエはルークスの指示に従えば勝てると信じていた。
信じると約束したのだから。
編入生からは後列の動きは分からず、間隔を空けた二列横隊に見えた。
在校生からは三角形の楔型陣形の手前の辺しか見えない。
「一基少ない」
とルークスが言い出したので、シータスが呆れた。
「先ほどカルミナさんが倒しましたわよ」
「え? まさか、そんな話だと?」
「は?」
ルークスが気を逸らせたのを見てアルティが注意する。
「今は敵に集中しなさい。来たわよ!」
双方の距離が縮まる。
「じゃ、予定通りに」
ルークスは前列担当のフォルティス、アルティ、ワーレンスに指示をした。
ワーレンスとしては、ルークスの下に付くのは不本意である。
彼はバカなルークスを嫌っていたし、偽善者のフォルティスをもっと嫌っていた。
だが居丈高に振る舞うラウスを見て、理解できたことがある。
ラウスに比べれば二人はマシだということが。
ラウスはある意味正直で、貴族の本音を吐いて支配欲を丸出しにした。
対してフォルティスは下心を隠して綺麗事を言うが、建前を守り平民に配慮する姿勢はある。
ルークスはワーレンスを怒らせる言動が多いが、鈍感でバカなだけ。
編入初日でラウスはワーレンスの中で「一番嫌な奴」の座に就いたのだ。
あの高慢ちきな鼻っ柱をへし折れるのなら、バカの指揮にも我慢できる。
その指揮にしても、難しいことは要求されていない。
隊列を守って布陣し、激突したら攻め込むだけ。
自分から攻めていかないだけで、敵の攻撃を受けたあとは好きに暴れられるという、シンプルな作戦だ。
その時が来るのを、今か今かと待ち構えていた。
編入生ゴーレム隊の、楔の頂点が前列中央のフォルティスと激突する。
編入生の先頭はラウスである。
一番手強いのがフォルティスと見て、そのゴーレムの配置を見張らせていた。
そして前列中央にいると分かって、まっしぐらに突き進んだ。
実戦訓練を経験した自分が一対一で遅れをとるはずがない。
絶対の自信を持って突き進み、フォルティスのゴーレムに正面からぶつかった。
二基のゴーレムが同時に右の拳を放つ。
その際、フォルティスは上体を右に傾けたので、ラウスの初撃は頭部を掠めるだけに終わった。
対してフォルティスの拳は敵の頭部中央を捉えた。
殴られた衝撃でラウスのゴーレムは足が止まってしまう。
ノームへの指示がただ「殴れ」と「上体を傾け敵の攻撃を回避しつつ殴れ」との差である。
ゴーレムを動かすだけのリスティアの訓練所と違い、王立精霊士学園ではゴーレムの動きをマスターが覚える実習まである。そしてその指示どおりに動く訓練をノームもしているのだ。
マスターの格闘能力はゴーレムの戦闘力に影響する。
その事実はカルミナ対デルディでも証明された。
そしてノームの練度とマスターの指示能力は、それ以上の影響を与える。
「おのれ!」
ラウスがノームに念を送り、ゴーレムを立ち直らせている間に、今度は左の拳を食らった。
ラウスのゴーレムは停止どころか押し返される始末。
そこに左右のゴーレムが並んだ。
編入生軍が密集しているのに対し、在校生軍は一基間の距離があり、フォルティスは三基のゴーレムの相手をせねばならない。
迷わずフォルティスは一歩後退。
楔型を維持する為にラウスだけが前進。
そしてまた同時に攻撃。
今度もフォルティスはゴーレムを傾け浅手で済ませたのに、ラウスの基は頭部が崩れかけた。
三発もクリーンヒットしたダメージで、補修が必要な状態だ。
ラウスに左右の僚基が並ぶとフォルティスが下がる。
アグルム会戦でパトリア軍が見せた遅滞戦術を、フォルティスは実行していた。
ラウスは左腕で頭部をガードし、補修しつつ前進。
フォルティスの拳はガードした左腕を頭部にめり込ませた。
勇んで先頭に立ったものの、操作能力の差を見せつけられラウスは歯ぎしりした。
「忌々しい!」
「落ち着こう、ラウス君」
唯一の貴族仲間である男爵家の次男ソドミチがなだめる。
「所詮は兵士としての能力だ。指揮官の価値は采配で決まる。我が軍は押して、敵陣は崩れかけている」
楔型陣形の三段目が、敵二基と激突した。
フォルティスの左右を固めるのは、共にアルティのゴーレムである。
互いに殴り合い、フォルティスが下がると、その二基も一歩下がった。
そして楔型の最終段、四段目に在校生軍の前列両端が寄せてくる。
両端は右がアルティの三基目、左がワーレンスだ。
編入生軍の密集隊形に合わせ内側に寄り、横合いから攻撃してきた。
楔型で来る敵に合わせ横隊の内側が下がったので、在校生軍の前列はVの字型になっている。
編入生軍は楔型の外側七基が交戦中だが、内側の一基は戦闘に参加していない。
先頭が倒れたときの予備であり、ラウスは一つの策略を授けていた。
外側から攻撃されている楔型の四段目は、味方が前進したので孤立しかける。
「応戦しつつ続け!」
ラウスの指示で二基は外にいる敵に向いたまま、横に移動した。
そこを攻められ、押し込まれる。
敵二基は追撃するため、楔型の後方に回りこむ。
「包囲する気か!?」
ラウスにソドミチが同意する。
「そのようだね」
「だが甘い! 中央を突破してしまえば良いのだ」
楔型陣形はまさに、敵陣を突破するための陣形なのだ。
ラウスは自分のゴーレムを左右と並ばせ、三基でフォルティスに攻めかかった。
そのときルークスが指示した。
「フォルティスはそこで止まって」
「非常識な命令ですわ!!」
シータスは叫んだが、フォルティスは言葉を返すことなく従った。
そしてルークスは次の指示を飛ばす。
「後列は左右に分かれて、前列の左右横へ移動」
「そんなメチャクチャな指揮がありますか!?」
怒るシータスにフォルティスが言う。
「指揮官はルークスです。彼の指揮に従ってください」
彼に言われては否はない。シータスは取り巻きにも命じて部隊を二分した。
その間フォルティスのゴーレムは三基の集中攻撃を受けていた。
奮闘虚しく左腕を折られ、よろけたところに体当たりを食らって横に倒れる。
見ていた在校生たちから悲しげな声があがった。
「ほらごらんなさい!」
いきり立つシータスに、ルークスは答えなかった。
フォルティスのゴーレムが倒れた!
「止めだ!」
逸るラウスにソドミチが言う。
「敵陣の中央が空いているよ」
先頭三基の前方は、一基だけ残っている水ゴーレムまで何も無かった。
後列が左右に分かれて側面に回ったため、中央はがら空きだったのだ。
ルークスのゴーレムを撃破する絶好のチャンスであった。
ラウスはフォルティスに止めを刺したい欲望を抑え、命じた。
「全ゴーレム突撃! 敵は無視しろ!」
八基のゴーレムは全速で前進した。
在校生軍は追いすがるも、距離を開けられる。
勢い込んで進むラウスのゴーレムが、不意に止まった。
左右の二基も、先頭に並ぶや途端に止まる。
後方から来た予備が止まれず、ラウスにぶつかり前に倒してしまった。
「何をする!?」
「済みません! 急に止まられたので」
平民の少年は震えあがった。
三段目のゴーレムは停止している四基の左右を通ろうとして、また横並びで止まった。
四段目のゴーレムは予備のゴーレムと並んだところで停止、前との衝突を避けた。
「何故止まった!?」
こちらから念は送れるが、ノームからの応答は人間には聞こえない。
この連絡の一方通行が、ゴーレム戦の足かせである。
「泥沼に足を取られたのでは?」
とソドミチが推測する。
「今まで普通に歩けてきたろうが」
だがソドミチの言ったとおり、彼らのゴーレムは片足を深々と泥沼に突っ込み、抜くに抜けない状況だった。
停止した編入生のゴーレム隊に、後方から在校生軍が攻め寄せた。
「ラウス君、どうやら罠に陥ったらしい」
「何故分かる!?」
「敵はわざと前を開けたのだよ。きっと底なし沼のような罠を仕掛けたのだろう。それに填められたのだね」
「そんなバカな! 敵が通ってきた場所なんだぞ!」
編入生軍が足を取られたのを見て、ルークスは総攻撃を命じた。
ただし、敵の後方からのみ。
絶対に前に回らないよう、念を押して。
ルークスが後列に足踏みさせたのは、その重量と振動とで水分を地表にしみ出させるためだった。
アグルム平原でパトリア軍がやったように、最初はアルティの余分なノームで底なし沼を作ろうとした。
だがフォルティスが正攻法に制限したので、ゴーレムにやらせることにしたのだ。
敵を罠にかけるためには「それまで自軍のゴーレムがいる」ことが必要だ。
だから前列を先行させ、その後ろに作ったのである。
小股で歩けば片足が沈む前にもう片足を付くから沈むことはなく、突進などで片足に全重量がかかればゴーレムの力でも抜けないくらい深く沈む。
作戦は図に当たり、敵はまんまと罠にかかった。
身動きできない敵を在校生軍のゴーレムが猛攻する。
ワーレンスは敵の反撃を無視し、上体ごとひねって荷重をかけた拳を左右から連打、頭部を殴り飛ばして撃破した。
アルティは二基で相手の両腕を押え、残る一基で頭部を潰して仕留める。
そこに後列四基も合流した。
在校生軍が数的優位を得たのに対し、編入生軍の一基は倒れ、四基が足を取られ身動きできない状態だ。
自由に動けるゴーレムは、もはや予備の一基しかない。
在校生軍の勝利は目前だった。
編入生軍の勝利が失われたのを見て、ラウスは決断した。
「あれをやれ!」
予備担当の平民少年は、ゴーレムの手にある泥の塊を、前方に投げさせた。
放物線を描いて飛んだ泥の塊は、リートレとノンノンの水ゴーレムの斜め手前に落ちた。
そこから泥が盛り上がっていく。
「まさか?」
ルークスは目を見張った。
敵ゴーレムが、前線から離れた後方で、新たに作られているではないか。
先ほど気付いた「足りない一基」がこんな形で現れるとは、さしものルークスにも予想できなかった。
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