一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第五章 艦隊出撃

情報漏洩

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 追い風を失ったパトリア艦隊の四隻は、帆を帆桁に括りつけていた。
 帆船は向かい風でも斜め前方に進めるが、帆桁をどう回してもルークスのシルフが帆の正面から風を送って裏帆にしてしまう。
 帆柱は後ろから風を受けるように作られているので、前からの風には弱い。
 帆柱を守るためには帆を畳むしかなかった。
「ルークス卿め! 敵ではなく味方の動きを封じるとは!」
 青筋立てて激怒するフラッシュ提督に、澄まし顔でスーマム将軍が言う。
「風に愛された少年が、帆船に対してどれほどの力を持っているか、ご理解されましたか?」
「これは重大な利敵行為だ! 敵を前に動けぬでは、艦隊は全滅してしまう!!」
「ご安心ください。動けないのは敵も同様です」
 見れば帝国艦隊も裏帆を打っていた。
 それだけではない。
 敵艦隊のすぐ前に竜巻が現れた。
 自然に発生した竜巻ではないのは、誰の目にも明らかだ。
 左右と後ろにも竜巻が出現したので。
 竜巻が四方を囲む帝国艦隊の上に、グランシルフが昨夜同様に巨大な姿を見せた。
 天から降伏を命じるや、三隻は次々に帝国軍旗を下ろして白旗を掲げる。
 戦いもせぬうちに敵が降参したので、水夫や海兵たちが飛び上がって喜んだ。
 ルークス卿への感謝と賛辞が艦隊に響き渡る。
 絶句していた海軍将官に、陸軍将官が止めを刺した。
「味方の足を止めたは、巻き添えを避ける為とご理解いただけたようで何よりです」

 ひとあし先に帆を畳んで裏帆を防いだデルフィナ号が戻って来た。
 長艇に引かれてもいないのに後退してきて、旗艦グライフェン号と舷側を並べる。
 慣性力が強く働く大型艦を制御するのは非常に難しいのだが、舷側をコツンと当てただけでピタリと並んだ。
 あり得ない操艦に旗艦のみならず敵味方の全艦が驚いた。
 一番驚いたのは、当のデルフィナ号の乗員だ。
 ルークスの友達ウンディーネ六人がかりで達成した、神業であった。

 波の揺動で擦れ合う二隻の舷側を、ルークスは一息に飛び越した。
 ベテランの水夫ならともかく、海が初めての人間ではありえない動作である。
「危ねえ! 落ちたら死ぬだろうが!」
 歴戦の傭兵でも腰が退けてしまう海面までの高さと、深い海だ。
 振り返ったルークスは不思議そうな顔で言う。
「ウンディーネがいるのに、何が危ないの?」
 ウンディーネの友達ができて以来、ルークスは溺れる心配をしたことがない。
「その精霊への絶対の信頼が、精霊たちの信頼を勝ち得る要因なのですね」
 フォルティスは慎重に舷側を乗り越えた。
 旗艦に乗り移ったルークスは、あらかじめフォルティスに言われたとおり最初に部下であるスーマム将軍に尋ねる。
「将軍、僕の攻撃中止命令を誰が止めたか、見ましたか?」
「ええ。フラッシュ提督です」
 続いて自分と同格の騎士に確認する。
「プレイクラウス卿、あなたもその場にいましたか?」
「いたとも。提督に抗議をしたが聞き入れられなかった」
 他国の者には聞かず、当該人物に向きなおる。
「フラッシュ提督、あなたには命令違反の疑いがあります。攻撃中止命令を止めたと、認めますか?」
「何をバカな。帝国軍との戦闘は我々の義務であるぞ!」
「戦うべき時に戦わない人より、戦ってはいけない時に戦ってしまう人の方が迷惑ですね。それが命令に反してなんだから、余計に困ります」
「敵艦拿捕は海軍軍人の正当な権利だ! 利益は艦隊の全員に分配されるのだから、獲物を見逃したら乗員が反乱を起こすぞ!」
 埒が明かないのでルークスはため息をついた。
「スーマム将軍、命令違反の罰則は何ですか?」
「原則死刑です。やむを得ぬ理由がある場合は、例外的に減刑されますが」
「私腹を肥やすためなら?」
「作戦行動に支障がある場合、証人さえいれば略式裁判で――その場で処刑です」
「海軍にはそんな野蛮な法はない!」
 提督が怒鳴ると、ルークスはうんざりした顔で言う。
「本作戦は軍が――陸軍が主体で、海軍は支援が任務です。任務を放棄して海賊行為をするなんて。優秀な指揮官がこれじゃあ、海軍に必要なのは将官の文明化ですね」
「貴様!」
 野蛮人扱いされ、激怒したフラッシュ提督は手袋をルークスに投げつけた。
「決闘だ! 受けて立て!」
 腰のサーベルを抜き払う。
「また野蛮なことを。インスピラティオーネ、ちょっと黙らせて」
「承知」
 グラン・シルフがルークスの頭上に現れた。片手を振る。
 すると太った提督が剣を落とした。
 喉を押えて苦しみもがく。
 脂汗が浮いた顔から、みるみる血の気が退いてゆく。
「喉の空気を止めた。主様が許すまでしゃべるな」
 今にも窒息しそうな指揮官の様に、海軍の士官たちは青ざめる。
「ルークス卿、やり過ぎです」
 フォルティスが諫めると、ルークスは怪訝な顔をした。
「まさか『命令違反者と決闘しろ』と言うの?」
 これに苦笑したスーマム将軍が、助け船を出した。
「ルークス卿、軍規に照らせばフラッシュ提督の死刑は確実ですが、海軍の人間を勝手に処刑はできませんよ。帰国するまで拘束し、軍事法廷に立たせましょう」
「そうですね。ではフラッシュ提督、あなたを解任します。で、提督室に押し込めて――スーマム将軍、部下に見張らせてください」
「海軍での警察権は海兵にのみあります!」
 クランクルム艦長が抗議する。
「そうなんですか? でも、拘束するのは彼らの指揮官なんですよ? そちらの命令に従われたら困ります」
「海兵の指揮官は艦長の指揮下です。ですので――」
 しかし「艦長は提督の命令違反を諫めなかった」と聞かされたルークスは、抗議を却下した。
「旗艦をデルフィナ号に変更します。臨時提督はティモール艦長です」
 グライフェン号に乗っていた陸軍の司令部要員とリスティア解放軍は、乗り移ることになった。
 拘束する提督と一緒に。
 幸い、ゴーレムを積むために空けていた船倉は、板で仕切れる構造だ。
 リスティア解放軍を収容する部屋も、元提督を監禁する部屋も簡単にできた。
「インスピラティオーネ、シルフを一人提督に付けて。脱走とか反乱とか企てたら――息を止めてから報告に来させて」
 ルークスは少し考えてから恐ろしいことを口にした。
 フォルティスが目を見開いて驚く。
「ルークス卿、それはやり過ぎです」
「フローレンティーナ陛下は、死なせると分かっても軍に出動を命じたじゃないか。女の子にそんな重荷を背負わせておいて、今さら『自分の手を汚したくない』とかないよ」
「心配いらないさ、フォルティス君」
 スーマム将軍が言う。
「シルフが手を下す前に、私の部下が始末するから」
 せっかく呼吸を取り戻したフラッシュ元提督の顔が再び土気色になった。

 帝国艦三隻から下ろされた長艇が、新たに旗艦となったデルフィナ号に接舷した。
 網ハシゴを上がってきたのは各艦の艦長で、籠で吊り上げられたのは縛られた提督だった。
 グラン・シルフを頭上に抱いたルークスと金モールを着けたティモール臨時提督、スーマム将軍にリスティア解放軍のパナッシュ将軍らが、降伏した帝国軍の提督とリスティア人艦長三人を出迎えた。
 もっとも、サントル帝国人である提督は、頑として降伏を認めなかったが。
「女性が提督とは!」
 驚くリスティア人艦長の一人に、ルークスが言う。
「お互い女性が君主の国ですよね?」
「ま、まあ、そうですが」
 腹の読み合いなどの駆け引きなしに、話の流れでルークスが名乗った。
「さて、皆さんはどうしてこの海域にいたのです?」
 自分だけ名乗って話を進めてしまったので、フォルティスは内心で頭を抱えた。
 まさか敵の前でたしなめるわけにもいかない。
 ルークスに問われても、帝国軍提督はふて腐れた態度で何も言わなかった。
 その顔をうかがい、旗艦艦長が答える。
「パトリア海軍の捜索と迎撃が、我が艦隊の任務でした」
「貴様! 皇帝陛下を裏切るか!?」
 帝国の提督が詰め寄ろうとしたので、海兵が縄を掴んで無理やり座らせた。
「やっぱりね。情報は漏れていたか」
 思ったことを口にしてしまったのだが、これはルークスの早合点だった。
 フォルティスには分かったが、スーマム将軍などは「ハッタリをかました」と誤解した。
 事情を知らないリスティア人は、自分が知っている情報を明かした。
「先だっての敗戦で、南方艦隊は大王都直近のリマーニ軍港に母港を変えました。それが突然北部に母港が変わって移動させられ、我々中央艦隊はパトリア海軍の捜索に出されたのです」
 ルークスはエステル海尉に地図を持ってこさせた。
「その港って、どこですか?」
 リスティア人は北の港を指す。
「ここが現在の南方艦隊の母港です」
 上陸予定地なのでルークスはため息をついた。
 これで情報漏洩は確定だ。
 ルークスが考えこんでしまったので、沈黙が流れる。
「そろそろ紹介してくれますか?」
 リスティア解放軍のキニロギキ参謀長がため息交じりに言う。
 その存在を忘れていたルークスは、解放軍をリスティア人艦長と引き合わせた。
 パナッシュ将軍は貫禄を出し、痩せた参謀長に説明をさせる。
「――とのことで、リスティア大王国が対帝国同盟に留まるなら、パトリア王国は大女王を承認、同盟諸国も説得してくれます。ですので我らリスティア解放軍はパトリア軍と協同し、祖国から帝国軍を排除します。ぜひお三方にも合流していただきたい」
「その様な裏切り、許さんぞ!」
 わめくサントル人は海兵に猿ぐつわを噛まされた。
「それは良い話ですね。良い話ですが――可能なのでしょうか?」
 旗艦艦長は慎重だった。
「その成否を決めるのが、本作戦です」
 と眼鏡の参謀長はルークスに説明を求めた。
「ええと、先ほどの竜巻は、陸でも起こせます。そして新型ゴーレムはリスティア軍のゴーレム三十七基を一度に撃破できました」
「まさか」
 疑う艦長らに、キニロギキ参謀長は「事実です」と肩を落とした。
「今でも信じられません。我が軍のオーガヘッドが、一撃で撃破された光景は」
「一撃?」
「はい。信じられぬ運動性能と攻撃力。従来のゴーレムでは話になりません」
 ルークスが後を継いだ。
「戦争がゴーレムの数で決まる時代は終わりました。リスティア国内の帝国ゴーレムは全て、パトリア軍が片付けます」
 半信半疑の艦長らにルークスは思いつきを言う。
「皆さんの船は我が軍が拿捕しましたが、フローレンティーナ女王陛下は寛大だから、その三隻をリスティア解放軍に供与しても許してくれるでしょう」
 これには水夫たちが不満の声をあげた。
 ルークスが言い返す。
「何言ってんですか? 分け前をもらったところで、パトリアが帝国軍に占領されたらお終いじゃないですか。今は少しでも帝国軍と戦う戦力を増やさないと」
 それで納得した水夫は半分もいない。
 想像力が欠けた人間は、自分の行いが大きな災いを招くなど信じないのだ。
 想像力の塊であるルークスには、それが分からない。
 ティモール提督が苦言を呈すのを、連絡将校のエクセル海尉が止めた。
「ルークス卿が本作戦の司令ですので」
 と提督をルークスから遠ざける。

 艦の一番端で、エクセル海尉は小声でティモール提督に訴えた。
「あの竜巻をご覧になりましたよね? 彼は一人で海戦に勝てます。彼を得れば、パトリア海軍が海を制するのも夢ではありません。それはとりもなおさず『クナトス殿下が世界を手にする』ことを意味するのですよ?」
 海尉が上官である海佐に、臨時とはいえ提督に意見するのは異例である。
 そんな挙に出られるのは彼女が海軍本部付だからだ。
 エクセル海尉はプロディートル公爵の懐刀とも言える人物で、公爵がルークスに付けた間諜なのだ。
 そしてティモール提督も本部付の意味を理解していた。
「君は彼を?」
「ええ、ルークス卿は是が非でも海軍がいただきます。陸に置くなど宝の持ち腐れですから」
「できるのか?」
「我々は彼のことを何も知りません。まずは良好な関係を築きませんと。彼に従い、信頼を得るのです。その上で『海を制した者が世界を制する』と教えれば、必ず海軍に来るはずです」
「良いでしょう」
 女性提督はうなずいた。

「主様に逆らう者の顔は覚えたぞ」
 グラン・シルフがルークスの頭上で言うや、不平を叫んでいた水夫たちは静まりかえった。
 司教でさえ教化できない海の無法者たちも、風の大精霊には逆らえない。
 風が生死を分かつのが海だからだ。
 怯える水夫たちに、ルークスがため息をつく。
「あんまり怖がらせないでよ」
 すると彼の前にインスピラティオーネが降りたって「口が過ぎました」としおらしく言う。
 その光景は、水夫たちの常識を書き換えるに十分だった。

 大自然の驚異その物である大精霊を、支配できる人間がいるのだ、と。

 同時に彼らの中で力の順位が変わった。

 ルークス、大精霊、海、司教、上官の順となる。

 水夫が静まると、フォルティスの助言に従ってルークスは友達を王都に飛ばした。
 拿捕艦の供与の許可を得る為に。
 その間リスティア人艦長たちは額を付き合わせて相談している。
 リスティア解放軍に合流するか否か、まだ結論は出ていない。
 そんな艦尾甲板に、周辺警戒のシルフが次々と戻って来た。
「嵐が近づいてくるよ」
「北西に向きを変えた。このままだと上陸するね」
「多分、北の港に着く頃と被る」
「そうか――」
 情報漏洩に続いてさらなる悪条件が重なった。
 情報を整理する頭の中で、閃きが生じる。
「そうだよ。どうせ作戦はバレているんだ。なら……」
 ルークスの口元が緩んだ。
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