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第七章 激突
師団戦
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帝国軍第七師団の師団長やゴーレム連隊長、そして全ての将兵が息を飲んだ。
何が起きたか、理解できなかったがために。
パトリア王国の新型ゴーレムは、自軍の右横を迂回すると思われた。
二列横隊のクリムゾン・バーサーカーと距離を置いてすれ違う瞬間――
――時間が飛んだ。
そうとしか考えられない事態が起きている。
新型ゴーレムがバーサーカーに槍を突き刺していた。
距離を詰めるどころか、向きを変えるそぶりも無く走っていたのに、次の瞬間は後列右端のバーサーカーに横合いから槍を突き刺していたのだ。
気が抜けた音がしてバーサーカーの兜が宙に舞った。
左腕がもげて落ち、轟音を立てる。
遅れて兜が地面に落ちて跳ねた。
次いでバーサーカーが横に倒れ、地響きが周囲を揺るがし砂塵を巻き上げる。
帝国軍の全将兵は驚愕のあまり思考も行動も止まり、呆然となってしまった。
目にも留まらぬ早技、しかも一撃でゴーレムが破壊されたなど、あまりにも非現実的で信じられなかった。
人間が停止してもゴーレムは止まらない。
事前に受けた指示どおり動いた。
破壊されたバーサーカーの前にいた僚基は、危険範囲内に「グラン・ノームの影響にないゴーレム」を認識、足を止めた。
左隣にいた第二小隊のゴーレムも同様に止まり、他は前進を続けている。
そのとき既に、一列目にいた僚基の右脇に槍が突き刺さっていた。
槍が描いた炎の軌跡だけが、何が起きたかを説明した。
大音響を轟かせ、二基目のバーサーカーが崩れた。
ゴーレム連隊長が我に返り、声を裏返した。
「第二大隊迎撃せよ! 第一大隊は間隙を埋めよ!」
その命令は三基目のバーサーカーが撃破された轟音と、帝国兵の悲鳴に飲み込まれてしまう。
兵たちは理解した。
自分たちを守る無敵の壁が、崩れ始めたことを。
兵たちは恐怖した。
ゴーレムの次は自分たちの番だと。
連隊長が再度命令する間に、四基目が倒れる。
「バカな! 情報と違うではないか!?」
連隊長は絶叫した。
彼らが知っている情報は「新型ゴーレムは一撃でゴーレムを破壊できる。ただし、かなりの間を要する」であった。
ソロス川の攻防戦で同盟国の観戦武官は、パトリア軍本陣近辺にいた。
リスティア軍ゴーレム部隊が迫ると、いち早く河川敷から撤退したのだ。
そのため彼らが見たのは、松明で穂先を炙る作業を挟んでの戦闘だった。
魂を得たサラマンダーがもたらした連続撃破の光景は目撃していない。
「新型ゴーレムの戦闘力は、報告を遥かに上回る」
そうゴーレム連隊長が認識したとき既に、バーサーカーが六基も撃破されていた。
同盟国では二個小隊分だが、帝国軍は二基で小隊を編制するので三個小隊になる。
ここに至りゴーレム連隊長は敵の意図を察した。
端から順に倒している。
「バーサーカー全基で仕留めろ!」
ゴーレム連隊長の命令に歩兵師団長が悲鳴をあげた。
「それでは師団本部が無防備になるではないか!?」
「敵は指揮系統の分断をする必要がない! 我が軍が大王都に着く前に、全ゴーレムを仕留める気です!!」
「そんな事ができるはずがない!」
「現にやっていますっ!!」
帝国軍にはまったくの想定外であった。
圧倒的少数、かつ速力は勝るが防御力が脆弱な敵が、最強部隊に正面からぶつかってくるだなんて、軍事的にあり得ない。
少数が多数を制するには「弱点を突く」のが鉄則だ。
今回なら、指揮官を狙うのが最適解のはずである。
そうした戦術の常識が覆され、対応以前に思考が追いつかなかった。
一方のルークスは、予定通り「敵ゴーレムの破壊」をやっていた。
最短距離を進み、盾に守られていない右側から順番に片付けているに過ぎない。
ヴラヴィ女王に言ったように、帝国軍が罠を仕掛けることは考えていた。
だがいかに帝国軍が間抜けでも「自分たちの進路に罠をしかける」まではしないはず。
何しろ最強の剣であり盾でもあるゴーレム部隊が前にいるのだから。
そしてイノリならば、その盾を正面から砕けるのは実証済み。
しかも一見無謀な正面攻撃も、ルークスなりに「敵の弱点」を突いたものなのだ。
兵たちの心という弱点を。
たった一基のイノリで万の兵を押しとどめるのは不可能だ。
だが、逃げるように仕向けることはできる。
兵たちの頼みであるゴーレムを破壊することによって。
イノリが十基目を撃破したとき、ルークスは気付いた。
敵ゴーレムが立てる地響きのリズムが変わったことに。
バーサーカーの列が乱れはじめた。
「コマンダーが指示を出したな」
「主様『敵指揮官が全基による攻撃を命じた』とシルフが申しております」
「らしいね。じゃあ予定どおりに」
「承知」
帝国軍右翼の兵たちは、自軍のゴーレムが一方的に破壊される様を目の当たりにしていた。
士官が叱りつけるも、兵たちの動揺は収まらない。
ゴーレムが撃破される度に、轟音と地響きが起きる度に悲鳴があがる。
追い打ちとばかり、突然の強風が帝国軍の正面から吹き付けてきた。
砂塵によって将兵は前が見えなくなる。
ゴーレムコマンダーも例外ではなく、自己の御するゴーレムを見失った。
ゴーレムを自律行動に戻させ、ルークスは「片付け」を継続する。
その度に起きる轟音や地響きが、視界を失った兵たちの精神を削りとった。
そして限界を迎える。
「逃げろ!」
誰かの叫びが引き金となった。
兵たちは算を乱して逃げだす。
第七師団の右翼端から始まったパニックは横隊に伝播していった。
「逃げるな! 貴様ら!」
士官が叫んだところで、視界と同時に意思疎通も失った兵たちは止まらない。
全てのゴーレムが破壊されるのは時間の問題に見えたし、その後で新型ゴーレムが自分たちを踏みにじるのは確実に思えた。
しかも敵は軽量型ゴーレムどころか、馬より速く走れたのだ。
人間の足で逃げ切れるわけながい。
生き延びる道は一つ、部隊から離れること。
暴風で上官の声も聞こえづらいので、口々に「逃げろ!」と叫びながら走る。
逃げる先は、唯一視界が確保できる風下、つまり後方だ。
政治将校が指揮する啓蒙隊こと督戦隊も、吹き付ける砂塵で目も開けていられない。
兵たちは彼らの間をすり抜け後ろへと逃がれた。
さすがに政治将校も気付いた。
「後ろに向かって射よ!」
啓蒙隊員は風下に向かい、逃げる自軍兵の背中を弩で狙った。
その動作は、啓蒙隊の脇を通り抜けようとする兵たちの、目の前で行われたのだ。
今横を通ったら射られる!
恐怖に駆られた兵は、目の前の啓蒙隊員を突きとばし、殴り、蹴り、踏み越えた。
驚いて振り向く政治将校も殴られ、蹴られた。
恐慌状態の兵たちは、倒れた者の姿など目に入らない。
お陰で世界革新党員たちは暴力からは逃れられたが、闇雲に逃げる兵たちに何度も踏まれ、蹴られた。
兵たちが逃げる先、啓蒙隊の後ろには軽量型ゴーレム、クリムゾン・レンジャーの横列があった。
行動範囲に味方兵が入ったので停止している。
啓蒙隊を蹂躙した逃亡兵たちは、その足下を走り抜けた。
「奴らを逃がすな!」
師団長からの要請を受け、ゴーレム連隊長は「逃亡阻止」をレンジャー中隊に命じた。
中隊長は各コマンダーに命じる。
「逃げる兵を踏み潰せ!」
コマンダーがいる本陣からは、最後尾の軽量型ゴーレムは砂塵で霞み、逃亡兵は人垣に阻まれて見えなかった。
だが命令された以上、ゴーレムを動かすしかない。
コマンダーたちは地面に手を着き、土を介して契約ノームに指示した。
足下の味方兵を殺せ、と。
何が起きたか、理解できなかったがために。
パトリア王国の新型ゴーレムは、自軍の右横を迂回すると思われた。
二列横隊のクリムゾン・バーサーカーと距離を置いてすれ違う瞬間――
――時間が飛んだ。
そうとしか考えられない事態が起きている。
新型ゴーレムがバーサーカーに槍を突き刺していた。
距離を詰めるどころか、向きを変えるそぶりも無く走っていたのに、次の瞬間は後列右端のバーサーカーに横合いから槍を突き刺していたのだ。
気が抜けた音がしてバーサーカーの兜が宙に舞った。
左腕がもげて落ち、轟音を立てる。
遅れて兜が地面に落ちて跳ねた。
次いでバーサーカーが横に倒れ、地響きが周囲を揺るがし砂塵を巻き上げる。
帝国軍の全将兵は驚愕のあまり思考も行動も止まり、呆然となってしまった。
目にも留まらぬ早技、しかも一撃でゴーレムが破壊されたなど、あまりにも非現実的で信じられなかった。
人間が停止してもゴーレムは止まらない。
事前に受けた指示どおり動いた。
破壊されたバーサーカーの前にいた僚基は、危険範囲内に「グラン・ノームの影響にないゴーレム」を認識、足を止めた。
左隣にいた第二小隊のゴーレムも同様に止まり、他は前進を続けている。
そのとき既に、一列目にいた僚基の右脇に槍が突き刺さっていた。
槍が描いた炎の軌跡だけが、何が起きたかを説明した。
大音響を轟かせ、二基目のバーサーカーが崩れた。
ゴーレム連隊長が我に返り、声を裏返した。
「第二大隊迎撃せよ! 第一大隊は間隙を埋めよ!」
その命令は三基目のバーサーカーが撃破された轟音と、帝国兵の悲鳴に飲み込まれてしまう。
兵たちは理解した。
自分たちを守る無敵の壁が、崩れ始めたことを。
兵たちは恐怖した。
ゴーレムの次は自分たちの番だと。
連隊長が再度命令する間に、四基目が倒れる。
「バカな! 情報と違うではないか!?」
連隊長は絶叫した。
彼らが知っている情報は「新型ゴーレムは一撃でゴーレムを破壊できる。ただし、かなりの間を要する」であった。
ソロス川の攻防戦で同盟国の観戦武官は、パトリア軍本陣近辺にいた。
リスティア軍ゴーレム部隊が迫ると、いち早く河川敷から撤退したのだ。
そのため彼らが見たのは、松明で穂先を炙る作業を挟んでの戦闘だった。
魂を得たサラマンダーがもたらした連続撃破の光景は目撃していない。
「新型ゴーレムの戦闘力は、報告を遥かに上回る」
そうゴーレム連隊長が認識したとき既に、バーサーカーが六基も撃破されていた。
同盟国では二個小隊分だが、帝国軍は二基で小隊を編制するので三個小隊になる。
ここに至りゴーレム連隊長は敵の意図を察した。
端から順に倒している。
「バーサーカー全基で仕留めろ!」
ゴーレム連隊長の命令に歩兵師団長が悲鳴をあげた。
「それでは師団本部が無防備になるではないか!?」
「敵は指揮系統の分断をする必要がない! 我が軍が大王都に着く前に、全ゴーレムを仕留める気です!!」
「そんな事ができるはずがない!」
「現にやっていますっ!!」
帝国軍にはまったくの想定外であった。
圧倒的少数、かつ速力は勝るが防御力が脆弱な敵が、最強部隊に正面からぶつかってくるだなんて、軍事的にあり得ない。
少数が多数を制するには「弱点を突く」のが鉄則だ。
今回なら、指揮官を狙うのが最適解のはずである。
そうした戦術の常識が覆され、対応以前に思考が追いつかなかった。
一方のルークスは、予定通り「敵ゴーレムの破壊」をやっていた。
最短距離を進み、盾に守られていない右側から順番に片付けているに過ぎない。
ヴラヴィ女王に言ったように、帝国軍が罠を仕掛けることは考えていた。
だがいかに帝国軍が間抜けでも「自分たちの進路に罠をしかける」まではしないはず。
何しろ最強の剣であり盾でもあるゴーレム部隊が前にいるのだから。
そしてイノリならば、その盾を正面から砕けるのは実証済み。
しかも一見無謀な正面攻撃も、ルークスなりに「敵の弱点」を突いたものなのだ。
兵たちの心という弱点を。
たった一基のイノリで万の兵を押しとどめるのは不可能だ。
だが、逃げるように仕向けることはできる。
兵たちの頼みであるゴーレムを破壊することによって。
イノリが十基目を撃破したとき、ルークスは気付いた。
敵ゴーレムが立てる地響きのリズムが変わったことに。
バーサーカーの列が乱れはじめた。
「コマンダーが指示を出したな」
「主様『敵指揮官が全基による攻撃を命じた』とシルフが申しております」
「らしいね。じゃあ予定どおりに」
「承知」
帝国軍右翼の兵たちは、自軍のゴーレムが一方的に破壊される様を目の当たりにしていた。
士官が叱りつけるも、兵たちの動揺は収まらない。
ゴーレムが撃破される度に、轟音と地響きが起きる度に悲鳴があがる。
追い打ちとばかり、突然の強風が帝国軍の正面から吹き付けてきた。
砂塵によって将兵は前が見えなくなる。
ゴーレムコマンダーも例外ではなく、自己の御するゴーレムを見失った。
ゴーレムを自律行動に戻させ、ルークスは「片付け」を継続する。
その度に起きる轟音や地響きが、視界を失った兵たちの精神を削りとった。
そして限界を迎える。
「逃げろ!」
誰かの叫びが引き金となった。
兵たちは算を乱して逃げだす。
第七師団の右翼端から始まったパニックは横隊に伝播していった。
「逃げるな! 貴様ら!」
士官が叫んだところで、視界と同時に意思疎通も失った兵たちは止まらない。
全てのゴーレムが破壊されるのは時間の問題に見えたし、その後で新型ゴーレムが自分たちを踏みにじるのは確実に思えた。
しかも敵は軽量型ゴーレムどころか、馬より速く走れたのだ。
人間の足で逃げ切れるわけながい。
生き延びる道は一つ、部隊から離れること。
暴風で上官の声も聞こえづらいので、口々に「逃げろ!」と叫びながら走る。
逃げる先は、唯一視界が確保できる風下、つまり後方だ。
政治将校が指揮する啓蒙隊こと督戦隊も、吹き付ける砂塵で目も開けていられない。
兵たちは彼らの間をすり抜け後ろへと逃がれた。
さすがに政治将校も気付いた。
「後ろに向かって射よ!」
啓蒙隊員は風下に向かい、逃げる自軍兵の背中を弩で狙った。
その動作は、啓蒙隊の脇を通り抜けようとする兵たちの、目の前で行われたのだ。
今横を通ったら射られる!
恐怖に駆られた兵は、目の前の啓蒙隊員を突きとばし、殴り、蹴り、踏み越えた。
驚いて振り向く政治将校も殴られ、蹴られた。
恐慌状態の兵たちは、倒れた者の姿など目に入らない。
お陰で世界革新党員たちは暴力からは逃れられたが、闇雲に逃げる兵たちに何度も踏まれ、蹴られた。
兵たちが逃げる先、啓蒙隊の後ろには軽量型ゴーレム、クリムゾン・レンジャーの横列があった。
行動範囲に味方兵が入ったので停止している。
啓蒙隊を蹂躙した逃亡兵たちは、その足下を走り抜けた。
「奴らを逃がすな!」
師団長からの要請を受け、ゴーレム連隊長は「逃亡阻止」をレンジャー中隊に命じた。
中隊長は各コマンダーに命じる。
「逃げる兵を踏み潰せ!」
コマンダーがいる本陣からは、最後尾の軽量型ゴーレムは砂塵で霞み、逃亡兵は人垣に阻まれて見えなかった。
だが命令された以上、ゴーレムを動かすしかない。
コマンダーたちは地面に手を着き、土を介して契約ノームに指示した。
足下の味方兵を殺せ、と。
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