一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第七章 激突

死地へ

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 激しく揺られるゴーレム車内で、シノシュは両手両足を突っ張っていた。
 少年は脂汗を流して必死に体を支えている。
 対して向かい席のジュンマン副官は、一人掛けなので余裕の表情だ。
 シノシュが必死なのは、隣に政治将校のファナチがいるからである。
 彼女は扉の上にある取っ手にしがみ付いているだけでいた。
 下半身はほぼフリーなので、車が揺れる度に彼女の腰がシノシュにぶつかってくる。
 繰り返される衝突ごとに、シノシュは総毛立った。
 大衆風情が「政治将校がぶつかる場所」にいるのだから、とがめられるのは時間の問題である。
 しかも女性なのだ。
 彼女が「接触を狙った」とでも言えばシノシュは破滅――家族もろとも――である。
 幸か不幸か、まだファナチは何も言わない。
 それが不気味で、少年の恐怖は度合いを増した。

 シノシュらが乗る他にゴーレム車が三両、百基のクリムゾン・レンジャーの縦列に続いていた。
 その両側を騎兵が挟んでいる。
 偵察ゴーレム二個大隊と特殊大隊の大隊長とゴーレムコマンダーの一部、そして随伴の騎兵連隊。
 それが分遣隊の総員であった。
 進軍速度を上げるために人員を絞ったのだ。
 部隊のほとんどのノームがゴーレムコマンダーと離れるという異例の編制である。
 だがシノシュの任務は変わらない。
 指揮官の命令を迅速かつ正確にグラン・ノームに伝えるのが、シノシュの役割なのだから。
 現在そのグラン・ノームを通じて出された命令によって、分遣隊の全ゴーレムが進軍していた。
 巨大ゴーレムと言っても、二足歩行する点は人間と同じ。
 人間に使える方法論が使える事例は多々ある。
「歩調を合わせる」などは最たるものだ。
 クリムゾン・レンジャー百基は一糸乱れず行進していた。
 グラン・ノームがタイミングを合わせるからことにより、通常以上の進軍速度を得ている。
 侵攻時にこれをやらなかったのは、グラン・ノームが指示を出せる距離に制限があるからだ。
 二個大隊百基の一列縦隊は、グラン・ノームが最後尾に付いてやっと入る程度である。
 その為に指揮官が乗るゴーレム車より前に、シノシュのゴーレム車はいた。
 いくら軽量化されたとは言え、百基のゴーレムが同時に足を接地させれば、音と振動は凄まじい。
 直後を行くシノシュらのゴーレム車は、路面から跳ね上がるほどだ。
 さらに車列の後を、四足歩行のゴーレムが全速で追っているので、車内は嵐に見舞われた船のように揺れていた。
(通過した後は、道路など無くなっているだろうな)
 シノシュは地元の民衆に同情した。

 快足の進軍が不意に終わった。
 先頭が川に到達したのだ。
 いくらゴーレムが渡れる石橋とは言っても、一度に一基ずつしか乗れない。
 従来型より三割軽量化したクリムゾン・レンジャーなら、続けて渡れる可能性はある。
 だが橋を壊してしまえば、余計時間がかかってしまう。
 結局、地道に一基ずつ通らせるのが最善と判断された。
 そうした判断は分遣隊の指揮官を兼ねる特殊大隊長が行うので、シノシュは大精霊に伝えるだけだ。
 しかもこの陸佐は師団長ほど口やかましくないので、少年の負担は軽減された。
(これで政治将校さえいなければ)
 師団長は本隊に残っていた。
 分遣隊の働きに「戦役の成否がかかっている」のにだ。
(中途半端は師団長に限らないが)
 レンジャーと騎兵の全てを投入して、少しでも成功率を上げねばならないのに。
 どの道ゴーレムはグラン・ノームが一元管理するのだし、騎兵は小部隊に分散する予定だ。
 部隊をまたごうが寄せ集めようが、デメリットは皆無のはず。
(数だけが取り柄の軍隊が、数的優位の強化を惜しんでどうする?)
 組織の枠組でしか考えられない元帥ら幹部に、少年は軽蔑を通り越して哀れみさえ感じていた。
 あるいは惜しんだのは手間ではなく、自分らの命かも知れない。
(皇帝陛下の勅命に失敗すれば、市民と言えども無事ではすまないだろうに)

 もちろん、そんな不遜な考えをシノシュはおくびにも出さない。
 ゴーレム車が橋を渡るまで、黙って手足を休めていた。
 だが気は抜けない。
 隣にいる政治将校もさることながら、敵シルフの動向が気になる。
(奴はシルフをどうしたのだ?)
 数日前は、前進を阻むほどの暴風を吹かせたのに。
 分遣隊の存在も、とうに掴んでいるはず。
 だのに妨害されない。
(となれば「この百基を待ち望んでいる」と見るのが妥当か)
 帝国軍のゴーレムが分散してくれたのだ。敵は喜ぶだろう。
(上手くすれば、今日中に戦死できるか?)
 死は恐ろしくない。
 少年にとっては、むしろ救済である。
 それが名誉の戦死か不名誉になるか、それだけがシノシュの気がかりだ。
 上官からの命令を遅滞なく正確ににグラン・ノームに伝える。
 その結果が悪かった場合は、責任は命令した指揮官にある。
 だがそんな常識は、サントル帝国では成りたたない。

「聞き間違えた」と罰せられる大衆を、少年は何度も見てきた。

 そのうえ最大の懸念が隣にいる。
 政治将校の気分で、無実の者が処刑されるのは日常茶飯事だ。
(敵軍に突撃する小部隊に、政治将校が付いてくるなんてあるか!?)
 政治将校は部隊の最後尾で、逃げる兵を殺すのが仕事なのに。
 シノシュの家族の命運は、隣で汗をぬぐう若い女性にかかっていた。

                  א

「ゴーレム車を捨てましょう」
 アルティが決意した。
「皆さんは道を外れて行ってください。私は土に潜ってやり過ごします」
「危険過ぎます!」
 フォルティスが猛反対した。
「危険は無いわ。ノームが三人もいるのよ?」
「生き埋めの心配をしているのではありません。移動手段を失えば、いずれ敵に見つかります。アルティ、あなたの安全は絶対条件です!」
「じゃあフォルティスはどうしろって言うの?
「それは……」
 答えあぐねる従者見習いの肩を、大柄な傭兵が叩いた。
「どの道、車をどうにかしなきゃならん。奪われた車がゴーレムごと乗り捨てられていたら、連中は絶対に『乗っていた人間』を探すぜ」
 サルヴァージは馬を下りた。
「嬢ちゃんはこっちに乗れ。俺が車に乗る」
「どうする気?」
「この中で、帝国軍に見つかっても大丈夫なのは、俺様だけだ。傭兵なら、不利な戦況から逃げても不思議じゃねえ」
「ゴーレムと車は?」
「帝国に寝返る手土産に持ち出した、と言えば筋は通るだろ? あんたらは嬢ちゃんの言ったとおりに、馬で道を外れて行ってくれ」
 傭兵は少女を苦もなく持ち上げて下ろし、窮屈な御者台に体を押し込めた。
 長すぎる剣は、連絡窓から室内に差し込む。
「俺が車を離れたら、ノームさんはゴーレムから出て嬢ちゃんに知らせに戻ってくれ」
 アルティもフォルティスも無茶と思ったが、それがゴーレム車の始末に一番なのは間違いない。
 プレイクラウス卿ら実戦経験者は「切り代を落とす」のに躊躇はなかった。
 傭兵は基本、使い捨てなのだから。
「ルークス卿によろしく言っておいてくれ。嬢ちゃんを助け、ついでに敵騎兵を足止めしたら、女王陛下の拝謁くらいかなえてくれるだろうぜ」
 笑って去るサルヴァージ。
 ゴーレム車を見送るアルティの、目から涙がこぼれた。
「私が……前線なんかに出たから……」
「アルティの責任ではありません。輸送時の破損をチェックできるのはあなただけですし、ゴーレムマスターら非戦闘員が、まだ陣地におります」
 フォルティスが慰めるも、気休めでしかなかった。
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