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第八章 大精霊契約者vs.大精霊の親友
未来への渇望
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白のクイーンが倒れた。
「やったーっ!!」
思わずシノシュは拳を突き上げる。
穴蔵の天井にぶつけたが、痛みを感じないほど興奮していた。
まんまと敵新型ゴーレムが罠にハマったのだ。
その喜びは上級大衆になったときを上回った。
赤いルークとビショップが前に出て、クイーンを挟んでいる。
前進は禁じているので、作戦どおり「グラン・ノームがバーサーカーごと崖を崩した」のだと分かった。
案の定、前に出た赤い駒は二個とも倒れた。
地下の空洞に落ちたら内部の核も壊れるだろう。
大量の土を操作していると、いかなグラン・ノームでも会話する余力がない。
故に土の動きで戦況が分かるよう、チェスの駒を使うのだ。
「早く止めを!」
シノシュは穴蔵の地面に手を当て、念を送る。
敵新型ゴーレムはまだ行動不能なだけで、撃破したわけではない。
駒が倒れる――自軍ゴーレムの場合は撃破だが、敵新型ゴーレムでは行動不能を意味する。
撃破できたら役目を終えたオブスタンティアが戻ってくるのだから、合図は不要なのだ。
「早く、早く!」
心臓の鼓動は速まり、息も浅くせわしくなっている。
夢物語でしかなかった勝利に、手が届きかけているのだ。
(ルークスに勝てる!)
二年前に抱いた敗北感を、克服する瞬間となるだろう。
新型ゴーレムを倒して凱旋すれば、自分は市民になり家族も守れるに違いない。
今まで抑圧されてきた生存本能が、勝利を意識して解放されていた。
少年の高揚は最高潮だ。
白いクイーンはまだ倒れたまま。
生き埋めにされた、もしくは動けない程度に埋まっているのか。
どちらにせよ絶好のチャンスである。
だのにバーサーカーの接近は遅々としていた。
「レンジャーを敵新型ゴーレムの上に落とせ!」
焦れたシノシュは、戦力外のレンジャーを質量兵器として使い捨てることを命じた。
どんどん立ち上がっていく崖に、イノリはしがみ付いていた。
飛び降りることはできるが、足が埋まって動けないところに壁が倒れてくるのは確実だ。
これが土砂崩れなら、先ほどのようにまだチャンスもあったろう。
反省したのかグラン・ノームは土の層で押し潰す気らしく、隙が無い。
打開策を模索してルークスは必死で頭をひねるが、何も思いつかない。
「もうダメかも」
「諦めないで、ルークスちゃん!」
「ルールー、ノンノンが頑張るです!!」
精霊たちも励ますしかできない。
「今まで窮地を切り開いてきた風の力が、逆に主様を窮地に追い込んでしまったとは失態でした」
「インスピラティオーネのせいじゃない。落とし溝に落ちたら同じ状況になっていたんだ」
巨大落とし穴から脱出するには、どの道斜面を登るしかない。
その斜面こそが罠とは思ってもみなかった。
「これが……土の力か」
これまでずっとルークスを拒否してきた土精が、ついに命を消しにきている。
もちろんイノリがペシャンコにされたところで、肉体を持たない精霊たちは消えたりしない。
せいぜい苦しいくらいで、出口がなければ精霊界に戻ってしまうまでのこと。
唯一戻れない下位精霊のノンノンにしても、故郷である土中はむしろ居心地が良い。
だが四人にとって、ルークスこそが自己が存在する理由なのだ。
彼だけは助けようと必死だった。
精霊たちの奮闘も虚しく、ついにイノリの右手がずり落ちた。
勾配が限界に達してしまったのだ。
「これまでか――」
ルークスが絶望に挫けたそのとき、崖の動きが止まった。
「今だ!」
理由の解明は後回しにして、すぐさま崖をよじ登る。
頂に手をかけ体を持ち上げた。
狭い足場の向こうは大きく口を開けた地割れだった。
イノリの足下で声がする。
「早く行け! 三人がかりでも限界だ!」
ノームである。
「主様、あれはアルティの契約精霊サブルムです!」
インスピラティオーネが声を弾ませた。
「助かった、ありがとう!」
ルークスの呼びかけに、ノームは大声で返す。
「アルティの頼みだからな! お前のためじゃないぞ、風の小僧!!」
固い地面を得たイノリは前方に大きく跳躍、地割れを飛び越えた。
直後に崖が動きだす。地割れを閉じて大地を揺るがせた。
安心する暇もなく、周囲からバーサーカーとレンジャーが集まってくる。
「待ちかねたぜ!!」
と吠えるサラマンダーを宿した火炎槍を、イノリは引き抜いた。
赤い駒が描く内側の円を、白いクイーンが倒れたまま通り過ぎた。
「くそーっ!! 突破されたか!?」
シノシュは地面に拳を叩き付ける。
内陣の両隣りは既に倒れている。その両側や外陣の赤い駒が寄っていたが間に合わない。
少年は深呼吸して感情を抑制し、白い駒を立てた。
「バーサーカーは穴に沿って離れろ。左右二箇所で集結するんだ。レンジャーは敵を足止めしろ」
生存の期待から一転、シノシュの命は風前の灯火となった。
興奮で増加した心拍はそのままに、少年の背中を冷たい汗がつたう。
クイーンは穴の外周を高速で移動し、レンジャーを示す赤いポーンを追い越した。
「?」
後退しつつ時間を稼ぐはずのポーンが止まってしまった。だが倒れない。
すれ違いざまに足でも破壊したのか。
「レンジャーは止めを刺す価値もない、か」
自嘲した笑いが引きつる。
クイーンが追い越すたびに、次々とポーンは停止した。
一方で赤のナイトやルークは必ず倒される。
敵新型ゴーレムの機動力と攻撃力の前に、味方の全滅は時間の問題と思われた。
「オブスタンティア、足止めのレンジャーは複数にしろ! バーサーカーが集結する時間を稼ぐんだ!」
一度は手が届いた「家族の誰も悲しませない道」が閉ざされぬよう、シノシュは必死に抗った。
罠を食い破ったイノリの中、ルークスは敵の配置を尋ねる。
「埋め立て地の外周、北東と南西に従来型が集まりつつあります。軽量型は足止めする気らしく、速度を落として点在しています」
埋め立て地の東側から地表に出たイノリは、敵ゴーレムが祖国へ行かないよう南に向かった。
外周を疾走する。邪魔なレンジャーの下腹部を火炎槍で突いて行動不能にしながら。
足を止めてしまえば後で止めを刺すことも、味方に任せることも可能だ。
バーサーカーさえ片付けてしまえば、二線級部隊でも始末できるはず。
そのバーサーカーの一基にルークスらは追いついた。
盾を持たない支援型だ。
追い越しざま左脇の下を突く。
土が破裂、敵の頭部が吹き飛ぶ。右腕を落としながら惰性で進んで、倒れた。
その前に反動で抜けた槍を持ち直し、イノリは走り続ける。
レンジャーが二基、横に並んで待ち構えていた。
イノリは外側に膨らみ、斜めから外側の下腹部を突く。
股関節周りの土を失ったレンジャーは二つに折りになって倒れた。
急制動。
振り向きざまに僚基を突き倒す。
前方にバーサーカーが集まっている。
「インスピラティオーネ、強風で敵の目を潰すんだ。それと、地面が変化したら教えて!」
「心得ました」
そしてイノリは、敵ゴーレムの集団に突入した。
「やったーっ!!」
思わずシノシュは拳を突き上げる。
穴蔵の天井にぶつけたが、痛みを感じないほど興奮していた。
まんまと敵新型ゴーレムが罠にハマったのだ。
その喜びは上級大衆になったときを上回った。
赤いルークとビショップが前に出て、クイーンを挟んでいる。
前進は禁じているので、作戦どおり「グラン・ノームがバーサーカーごと崖を崩した」のだと分かった。
案の定、前に出た赤い駒は二個とも倒れた。
地下の空洞に落ちたら内部の核も壊れるだろう。
大量の土を操作していると、いかなグラン・ノームでも会話する余力がない。
故に土の動きで戦況が分かるよう、チェスの駒を使うのだ。
「早く止めを!」
シノシュは穴蔵の地面に手を当て、念を送る。
敵新型ゴーレムはまだ行動不能なだけで、撃破したわけではない。
駒が倒れる――自軍ゴーレムの場合は撃破だが、敵新型ゴーレムでは行動不能を意味する。
撃破できたら役目を終えたオブスタンティアが戻ってくるのだから、合図は不要なのだ。
「早く、早く!」
心臓の鼓動は速まり、息も浅くせわしくなっている。
夢物語でしかなかった勝利に、手が届きかけているのだ。
(ルークスに勝てる!)
二年前に抱いた敗北感を、克服する瞬間となるだろう。
新型ゴーレムを倒して凱旋すれば、自分は市民になり家族も守れるに違いない。
今まで抑圧されてきた生存本能が、勝利を意識して解放されていた。
少年の高揚は最高潮だ。
白いクイーンはまだ倒れたまま。
生き埋めにされた、もしくは動けない程度に埋まっているのか。
どちらにせよ絶好のチャンスである。
だのにバーサーカーの接近は遅々としていた。
「レンジャーを敵新型ゴーレムの上に落とせ!」
焦れたシノシュは、戦力外のレンジャーを質量兵器として使い捨てることを命じた。
どんどん立ち上がっていく崖に、イノリはしがみ付いていた。
飛び降りることはできるが、足が埋まって動けないところに壁が倒れてくるのは確実だ。
これが土砂崩れなら、先ほどのようにまだチャンスもあったろう。
反省したのかグラン・ノームは土の層で押し潰す気らしく、隙が無い。
打開策を模索してルークスは必死で頭をひねるが、何も思いつかない。
「もうダメかも」
「諦めないで、ルークスちゃん!」
「ルールー、ノンノンが頑張るです!!」
精霊たちも励ますしかできない。
「今まで窮地を切り開いてきた風の力が、逆に主様を窮地に追い込んでしまったとは失態でした」
「インスピラティオーネのせいじゃない。落とし溝に落ちたら同じ状況になっていたんだ」
巨大落とし穴から脱出するには、どの道斜面を登るしかない。
その斜面こそが罠とは思ってもみなかった。
「これが……土の力か」
これまでずっとルークスを拒否してきた土精が、ついに命を消しにきている。
もちろんイノリがペシャンコにされたところで、肉体を持たない精霊たちは消えたりしない。
せいぜい苦しいくらいで、出口がなければ精霊界に戻ってしまうまでのこと。
唯一戻れない下位精霊のノンノンにしても、故郷である土中はむしろ居心地が良い。
だが四人にとって、ルークスこそが自己が存在する理由なのだ。
彼だけは助けようと必死だった。
精霊たちの奮闘も虚しく、ついにイノリの右手がずり落ちた。
勾配が限界に達してしまったのだ。
「これまでか――」
ルークスが絶望に挫けたそのとき、崖の動きが止まった。
「今だ!」
理由の解明は後回しにして、すぐさま崖をよじ登る。
頂に手をかけ体を持ち上げた。
狭い足場の向こうは大きく口を開けた地割れだった。
イノリの足下で声がする。
「早く行け! 三人がかりでも限界だ!」
ノームである。
「主様、あれはアルティの契約精霊サブルムです!」
インスピラティオーネが声を弾ませた。
「助かった、ありがとう!」
ルークスの呼びかけに、ノームは大声で返す。
「アルティの頼みだからな! お前のためじゃないぞ、風の小僧!!」
固い地面を得たイノリは前方に大きく跳躍、地割れを飛び越えた。
直後に崖が動きだす。地割れを閉じて大地を揺るがせた。
安心する暇もなく、周囲からバーサーカーとレンジャーが集まってくる。
「待ちかねたぜ!!」
と吠えるサラマンダーを宿した火炎槍を、イノリは引き抜いた。
赤い駒が描く内側の円を、白いクイーンが倒れたまま通り過ぎた。
「くそーっ!! 突破されたか!?」
シノシュは地面に拳を叩き付ける。
内陣の両隣りは既に倒れている。その両側や外陣の赤い駒が寄っていたが間に合わない。
少年は深呼吸して感情を抑制し、白い駒を立てた。
「バーサーカーは穴に沿って離れろ。左右二箇所で集結するんだ。レンジャーは敵を足止めしろ」
生存の期待から一転、シノシュの命は風前の灯火となった。
興奮で増加した心拍はそのままに、少年の背中を冷たい汗がつたう。
クイーンは穴の外周を高速で移動し、レンジャーを示す赤いポーンを追い越した。
「?」
後退しつつ時間を稼ぐはずのポーンが止まってしまった。だが倒れない。
すれ違いざまに足でも破壊したのか。
「レンジャーは止めを刺す価値もない、か」
自嘲した笑いが引きつる。
クイーンが追い越すたびに、次々とポーンは停止した。
一方で赤のナイトやルークは必ず倒される。
敵新型ゴーレムの機動力と攻撃力の前に、味方の全滅は時間の問題と思われた。
「オブスタンティア、足止めのレンジャーは複数にしろ! バーサーカーが集結する時間を稼ぐんだ!」
一度は手が届いた「家族の誰も悲しませない道」が閉ざされぬよう、シノシュは必死に抗った。
罠を食い破ったイノリの中、ルークスは敵の配置を尋ねる。
「埋め立て地の外周、北東と南西に従来型が集まりつつあります。軽量型は足止めする気らしく、速度を落として点在しています」
埋め立て地の東側から地表に出たイノリは、敵ゴーレムが祖国へ行かないよう南に向かった。
外周を疾走する。邪魔なレンジャーの下腹部を火炎槍で突いて行動不能にしながら。
足を止めてしまえば後で止めを刺すことも、味方に任せることも可能だ。
バーサーカーさえ片付けてしまえば、二線級部隊でも始末できるはず。
そのバーサーカーの一基にルークスらは追いついた。
盾を持たない支援型だ。
追い越しざま左脇の下を突く。
土が破裂、敵の頭部が吹き飛ぶ。右腕を落としながら惰性で進んで、倒れた。
その前に反動で抜けた槍を持ち直し、イノリは走り続ける。
レンジャーが二基、横に並んで待ち構えていた。
イノリは外側に膨らみ、斜めから外側の下腹部を突く。
股関節周りの土を失ったレンジャーは二つに折りになって倒れた。
急制動。
振り向きざまに僚基を突き倒す。
前方にバーサーカーが集まっている。
「インスピラティオーネ、強風で敵の目を潰すんだ。それと、地面が変化したら教えて!」
「心得ました」
そしてイノリは、敵ゴーレムの集団に突入した。
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