16 / 62
第三楽章
至宝の歌姫(4)
しおりを挟む
芸人宛の依頼書を用意する執事がトゥシェを連れ部屋を出た。残されたリンカは寂しさを感じる。
レラーイから侍女たちが離れた。数十本もの筒を着ける作業が終わった頭は、どう見ても奇怪である。
侍女たちは道具を片付け服を持ってきた。レラーイが立ち上がると、侍女は躊躇うことなくバスタオルを剥ぎ取る。
「ぶっ!?」
恥ずかしげもなくレラーイが裸身を晒すのでリンカは呆気にとられた。
(いくら同性でも羞恥心とか無いの?)
それにしても胸も腰も豊かで見応えある肢体だ。幼児体型のリンカには羨ましい限りである。
侍女が下着を、主に着けるのでまた驚く。
「一人で着換えられないの?」
「その様な真似、高貴な人間はしませんわ」
言い放つレラーイは上下に下着をまとうと、腰に板状の帯を巻き付けられる。侍女は足を上げ、なんとレラーイの背中を踏みつけ、後ろで紐を引っ張りギリギリと帯を締め付けている。
(ドレスってこんな窮屈なものなんだ)
やたらフリルの付いたドレスを身につけ、やっとレラーイはソファに腰を下ろした。と、今度は踵の高い靴を履かせてもらっている。
(大きなお人形だわ)
続いて侍女たちはレラーイの頭から筒を外しだした。解放された金髪は乾いており、縦の螺旋状という変わった髪型――昨日見た――になった。
筒は髪を形づける為の道具で、装身具のように着けたまま外に出るのではなかった。
レラーイは侍女からカップを受け取り、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
「もし弟子が間に合わなかったら、どうしてくれますの?」
「大丈夫。トゥシェが言った事を失敗したなんて無いから」
「確実ではないのでしょう?」
「問題が起きるとしたら、芸人さんが嫌がることくらいだよ」
「あたくしの舞台に立てる栄誉を嫌がる芸人など存在しませんわ。何しろ一世一代の晴れ舞台ですもの」
「でもレラーイって敵が多そうだし」
「果てしなく失礼な方ですわね。こんな無礼千万な人の言う事など信じられませんわ。弟子が間に合わなかった時を考えて、二流の芸人を使う事も考えなければなりませんわね」
「だったら私を出さなきゃ良いじゃない」
「責任を逃れるなんて許しませんわよ」
「そうじゃないけど、お客さんの気分を害さない方法を考えるわけにはいかないの?」
「このあたくしが舞台を延期したという重大事を、納得行く形で伝えるには本人に説明させる以外ありませんわ」
「でも一度はトゥシェにやらせるって決めたじゃん」
「あのような屈辱、二度とご免でしてよ!」
「え? あんなのが屈辱なの?」
「高貴な人間の誇りなど、野蛮人には理解できないのですわ」
「面倒くさいんだね、高貴な人間って」
「く、口が減らない方ですわね、貴方は。呪歌使いとやらを止めて芸人にでもなったらいかがかしら?」
「私は呪歌しか取り柄ないし」
「その取り柄で大失敗しましたわよね」
「仕方ないでしょ。……音痴なんだから」
「音痴が何か関係が?」
「呪歌は歌だから、音程が狂うと失敗することがあるの」
「つまり舞台背景を壊したのは、貴方が音痴だからだと?」
「うん、まあ、そうなんだけど」
レラーイは少し考えた。
「歌ってみなさい」
「呪歌を?」
「とんでもない! いくら常識の無い貴方でも連邦賛歌くらいは知っていて?」
「う、うん」
リンカは咳払いして歌い始めた。すぐにレラーイが噴きだした。
「結構だわ。良い方法を思いつきましてよ」
細められた菫色の瞳が、嫌な感じに光っている。
レラーイはテーブルにあった紙の束から一枚を探し出した。
「芸人が間に合わなかったら、前説の後にこの民謡を歌いなさい」
「だから、私が音痴だって分かったでしょうが」
「ええ、思い切り音を外しなさいな。下手な芸より余程ファンの方々を笑わせますわ」
「音痴の歌なんかで笑ったりするの?」
「あたくしが現に笑いましてよ。ファンの方々はあたくしと同じ感性の持ち主ですから、必ず笑いますわ」
「そうかな……?」
「やって、くださいますわよね? 弟子が失敗したときは、師匠が責任を取って」
「わかった。やります」
「不満そうですわね。そう顔に書いてありましてよ」
「別に、私が恥をかくくらい大したことないよ」
「では何がご不満?」
「ただ、それで笑えなかったら、お客さんが可哀想じゃないの?」
「笑いますわよ。あたくしのファンなら必ず」
「皆が皆、レラーイと同じじゃないんだよ? むしろ大陸の人でもレラーイは珍しいと思うよ」
「当然でしてよ。あたくしは芸術と美を司る神々の恩寵を受けていますもの。そのあたくしに惹かれたファンなら、あたくしと同じ感性があるに決まっておりましてよ」
ファンという人たちの事がどうもリンカには良く分からない。レラーイが語るだけで、実際に会ったこともない不特定多数の人たち。本当にレラーイと同じ感性なのか?
それにリンカが舞台で恥をかいたら、リンカを自分自身より大切に思ってくれる弟子が責任を感じてしまう。トゥシェが傷つくのは自分が傷つくよりつらい。
(トゥシェ、信じているからね)
望みを託すのもやはり弟子であった。
レラーイから侍女たちが離れた。数十本もの筒を着ける作業が終わった頭は、どう見ても奇怪である。
侍女たちは道具を片付け服を持ってきた。レラーイが立ち上がると、侍女は躊躇うことなくバスタオルを剥ぎ取る。
「ぶっ!?」
恥ずかしげもなくレラーイが裸身を晒すのでリンカは呆気にとられた。
(いくら同性でも羞恥心とか無いの?)
それにしても胸も腰も豊かで見応えある肢体だ。幼児体型のリンカには羨ましい限りである。
侍女が下着を、主に着けるのでまた驚く。
「一人で着換えられないの?」
「その様な真似、高貴な人間はしませんわ」
言い放つレラーイは上下に下着をまとうと、腰に板状の帯を巻き付けられる。侍女は足を上げ、なんとレラーイの背中を踏みつけ、後ろで紐を引っ張りギリギリと帯を締め付けている。
(ドレスってこんな窮屈なものなんだ)
やたらフリルの付いたドレスを身につけ、やっとレラーイはソファに腰を下ろした。と、今度は踵の高い靴を履かせてもらっている。
(大きなお人形だわ)
続いて侍女たちはレラーイの頭から筒を外しだした。解放された金髪は乾いており、縦の螺旋状という変わった髪型――昨日見た――になった。
筒は髪を形づける為の道具で、装身具のように着けたまま外に出るのではなかった。
レラーイは侍女からカップを受け取り、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
「もし弟子が間に合わなかったら、どうしてくれますの?」
「大丈夫。トゥシェが言った事を失敗したなんて無いから」
「確実ではないのでしょう?」
「問題が起きるとしたら、芸人さんが嫌がることくらいだよ」
「あたくしの舞台に立てる栄誉を嫌がる芸人など存在しませんわ。何しろ一世一代の晴れ舞台ですもの」
「でもレラーイって敵が多そうだし」
「果てしなく失礼な方ですわね。こんな無礼千万な人の言う事など信じられませんわ。弟子が間に合わなかった時を考えて、二流の芸人を使う事も考えなければなりませんわね」
「だったら私を出さなきゃ良いじゃない」
「責任を逃れるなんて許しませんわよ」
「そうじゃないけど、お客さんの気分を害さない方法を考えるわけにはいかないの?」
「このあたくしが舞台を延期したという重大事を、納得行く形で伝えるには本人に説明させる以外ありませんわ」
「でも一度はトゥシェにやらせるって決めたじゃん」
「あのような屈辱、二度とご免でしてよ!」
「え? あんなのが屈辱なの?」
「高貴な人間の誇りなど、野蛮人には理解できないのですわ」
「面倒くさいんだね、高貴な人間って」
「く、口が減らない方ですわね、貴方は。呪歌使いとやらを止めて芸人にでもなったらいかがかしら?」
「私は呪歌しか取り柄ないし」
「その取り柄で大失敗しましたわよね」
「仕方ないでしょ。……音痴なんだから」
「音痴が何か関係が?」
「呪歌は歌だから、音程が狂うと失敗することがあるの」
「つまり舞台背景を壊したのは、貴方が音痴だからだと?」
「うん、まあ、そうなんだけど」
レラーイは少し考えた。
「歌ってみなさい」
「呪歌を?」
「とんでもない! いくら常識の無い貴方でも連邦賛歌くらいは知っていて?」
「う、うん」
リンカは咳払いして歌い始めた。すぐにレラーイが噴きだした。
「結構だわ。良い方法を思いつきましてよ」
細められた菫色の瞳が、嫌な感じに光っている。
レラーイはテーブルにあった紙の束から一枚を探し出した。
「芸人が間に合わなかったら、前説の後にこの民謡を歌いなさい」
「だから、私が音痴だって分かったでしょうが」
「ええ、思い切り音を外しなさいな。下手な芸より余程ファンの方々を笑わせますわ」
「音痴の歌なんかで笑ったりするの?」
「あたくしが現に笑いましてよ。ファンの方々はあたくしと同じ感性の持ち主ですから、必ず笑いますわ」
「そうかな……?」
「やって、くださいますわよね? 弟子が失敗したときは、師匠が責任を取って」
「わかった。やります」
「不満そうですわね。そう顔に書いてありましてよ」
「別に、私が恥をかくくらい大したことないよ」
「では何がご不満?」
「ただ、それで笑えなかったら、お客さんが可哀想じゃないの?」
「笑いますわよ。あたくしのファンなら必ず」
「皆が皆、レラーイと同じじゃないんだよ? むしろ大陸の人でもレラーイは珍しいと思うよ」
「当然でしてよ。あたくしは芸術と美を司る神々の恩寵を受けていますもの。そのあたくしに惹かれたファンなら、あたくしと同じ感性があるに決まっておりましてよ」
ファンという人たちの事がどうもリンカには良く分からない。レラーイが語るだけで、実際に会ったこともない不特定多数の人たち。本当にレラーイと同じ感性なのか?
それにリンカが舞台で恥をかいたら、リンカを自分自身より大切に思ってくれる弟子が責任を感じてしまう。トゥシェが傷つくのは自分が傷つくよりつらい。
(トゥシェ、信じているからね)
望みを託すのもやはり弟子であった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3)
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる