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2.告白
「ふーん、まだあいつのこと好きなんだ」
机に突っ伏してグラス越しに見えるこいつの顔が歪んでいる。歪んでいても不機嫌そうな顔をしていることは分かる。いつもよりワントーン低い声に俺はまたグラスに手を伸ばす。
「もうダメ。飲みすぎ」
「やだーまだのむ。のませてよ……あーおれのさけのむな、ばか」
「はいはい、もうグラス空だからお終いね」
手に力も入らなくて抵抗もできずに取り上げられたグラスに残っていた酒はこいつの口の中に注ぎ込まれる。濡れた唇を指で拭って席を立つ様子をぼんやりと眺めてまた腕の中に顔を埋めた。
「ほら、会計済ませたから店出るよ。歩ける?」
「ん、ばかにしてんの?」
「うん。ひとりじゃ歩けないの知ってるから」
腕を持ち上げられていざ椅子から立ち上がってみれば盛大によろけた。持ってきた鞄は彼の肩にかけられていて、自分も体重のほとんどを彼に預けている。
「あのさ、ちょっと遠回りして帰ってもいい?」
「んー」
もう自力じゃ帰れそうもないから、こいつの言うことに従うしかなかった。海沿いの公園はもうこの時間になると誰もいない。世界に俺だけしか居なくなったかのような静けさがある。優しい潮風にあたっていると次第に酔いが覚めていく。ベンチに座らされ、真っ直ぐに海を見つめた。周りの街灯が水面を煌めかせている。
「はい、水。飲んで」
「……アイスが良かった」
「我儘かよ」
彼はそう言ってペットボトルのキャップまで外してくれた。
だから俺は甘えてそのペットボトルを受け取ることもせず、ただ、餌付けされる雛のように口を開いて待った。
しばらくして唇に触れたのは温もりで。繋がった唇から流れ込む、体温の混じった液体をゆっくりと飲み込んだ。すこし甘い。
一気に酔いは冷めたと思う。かつてないスピードで脳が回転を始めるが、この状況を処理する事は出来ないらしい。離れていく熱の余韻と俺を真っ直ぐに捉えた視線に遂に思考は停止した。
「好きになってごめん」
俺が口を開くより先に、いや、俺の言葉を遮るように彼は言った。
「お前があの子のことすごい好きなのは知ってるよ。ずっと見てきたから。お前のことが知りたくて、お前の世界を知りたくて、ずっとずっと、お前の視線の先を追ってたから。今日だって、こんなに酔い潰れるまであの子のこと考えてたんだろ?本当にどうしようもなく好きなんだな」
苦しそうな顔に貼り付けられた精一杯の笑顔。口角が引きつって、少し震える声。
「全部知ってる。お前があの子に隠してる気持ちも、あの子に見せない表情も、知ってる。あの子のことが好きなお前が好きだよ。誰にも見せないもの全部を俺に見せてくれるから、勝手にひとりで舞い上がってさ……お前の事が好きな奴、ここにいるんだよ」
力なく目の前にしゃがみ込み、くしゃりと右手で髪を掴んで俯くこいつを見ている事しかできない。
「あーーーなんでお前そんなに傷ついてんの?傷つくなよ。笑ってろよ。なんでお前だけすり減ってんの?なんで俺は話を聞くだけで埋めらんねぇの?なんで俺、お前の事幸せにできねぇのかな」
あぁ、あぁ。視界がぼやけていく。鼻の奥が痛くなって喉がヒリヒリする。
気づかなかった。嘘。気づかないフリをしていた。俺を見る表情の柔らかさに、いつだって寄り添ってくれる優しさに甘えて、その奥にあるものを見ようとしなかった。
きっとそれは俺だけじゃない。あぁ、そういう事なのか。
頬を流れる涙はさっき飲み込んだ水よりも熱い。
「なんでお前泣いてんの。まだ酔ってる?」
「……酔ってない」
こぼれ落ちる涙を自分の意思で止めることなんて出来なかった。だけど、その涙を止めるように彼の指の腹が頬を撫で、大きな掌に顔を覆われる。
「やだな。俺だけはお前を泣かせないって決めてたのに。ごめん。ごめんな、ほんと好きになってごめん」
抱きしめられる感覚を知らなかった。こんなにも安堵してしまうのはこいつに抱きしめられているからだろうか。自分のことなんて考えてなかった。与えられ愛はこんなにも擽ったくて満たされるものなのだろうか。
俺はその、大きな背中に両手でしがみついた。離れたくなくて強く握りしめた。
「あのさ」
「なに」
「お前の事もっと知りたい」
こいつはきっと俺の知らない俺の事まで知っているから、俺もこいつのこと全部知りたい。
「うん。全部知って欲しい」
柔らかな声が重なる体を伝って届いた。
「俺のこれからも全部お前が知ってて」
「……なあ顔見せて」
「やだ」
「なんで?」
「俺がお前の顔見れないから」
少し元気の戻った声におどけて、抱きつく腕にぎゅっと力を入れた。
机に突っ伏してグラス越しに見えるこいつの顔が歪んでいる。歪んでいても不機嫌そうな顔をしていることは分かる。いつもよりワントーン低い声に俺はまたグラスに手を伸ばす。
「もうダメ。飲みすぎ」
「やだーまだのむ。のませてよ……あーおれのさけのむな、ばか」
「はいはい、もうグラス空だからお終いね」
手に力も入らなくて抵抗もできずに取り上げられたグラスに残っていた酒はこいつの口の中に注ぎ込まれる。濡れた唇を指で拭って席を立つ様子をぼんやりと眺めてまた腕の中に顔を埋めた。
「ほら、会計済ませたから店出るよ。歩ける?」
「ん、ばかにしてんの?」
「うん。ひとりじゃ歩けないの知ってるから」
腕を持ち上げられていざ椅子から立ち上がってみれば盛大によろけた。持ってきた鞄は彼の肩にかけられていて、自分も体重のほとんどを彼に預けている。
「あのさ、ちょっと遠回りして帰ってもいい?」
「んー」
もう自力じゃ帰れそうもないから、こいつの言うことに従うしかなかった。海沿いの公園はもうこの時間になると誰もいない。世界に俺だけしか居なくなったかのような静けさがある。優しい潮風にあたっていると次第に酔いが覚めていく。ベンチに座らされ、真っ直ぐに海を見つめた。周りの街灯が水面を煌めかせている。
「はい、水。飲んで」
「……アイスが良かった」
「我儘かよ」
彼はそう言ってペットボトルのキャップまで外してくれた。
だから俺は甘えてそのペットボトルを受け取ることもせず、ただ、餌付けされる雛のように口を開いて待った。
しばらくして唇に触れたのは温もりで。繋がった唇から流れ込む、体温の混じった液体をゆっくりと飲み込んだ。すこし甘い。
一気に酔いは冷めたと思う。かつてないスピードで脳が回転を始めるが、この状況を処理する事は出来ないらしい。離れていく熱の余韻と俺を真っ直ぐに捉えた視線に遂に思考は停止した。
「好きになってごめん」
俺が口を開くより先に、いや、俺の言葉を遮るように彼は言った。
「お前があの子のことすごい好きなのは知ってるよ。ずっと見てきたから。お前のことが知りたくて、お前の世界を知りたくて、ずっとずっと、お前の視線の先を追ってたから。今日だって、こんなに酔い潰れるまであの子のこと考えてたんだろ?本当にどうしようもなく好きなんだな」
苦しそうな顔に貼り付けられた精一杯の笑顔。口角が引きつって、少し震える声。
「全部知ってる。お前があの子に隠してる気持ちも、あの子に見せない表情も、知ってる。あの子のことが好きなお前が好きだよ。誰にも見せないもの全部を俺に見せてくれるから、勝手にひとりで舞い上がってさ……お前の事が好きな奴、ここにいるんだよ」
力なく目の前にしゃがみ込み、くしゃりと右手で髪を掴んで俯くこいつを見ている事しかできない。
「あーーーなんでお前そんなに傷ついてんの?傷つくなよ。笑ってろよ。なんでお前だけすり減ってんの?なんで俺は話を聞くだけで埋めらんねぇの?なんで俺、お前の事幸せにできねぇのかな」
あぁ、あぁ。視界がぼやけていく。鼻の奥が痛くなって喉がヒリヒリする。
気づかなかった。嘘。気づかないフリをしていた。俺を見る表情の柔らかさに、いつだって寄り添ってくれる優しさに甘えて、その奥にあるものを見ようとしなかった。
きっとそれは俺だけじゃない。あぁ、そういう事なのか。
頬を流れる涙はさっき飲み込んだ水よりも熱い。
「なんでお前泣いてんの。まだ酔ってる?」
「……酔ってない」
こぼれ落ちる涙を自分の意思で止めることなんて出来なかった。だけど、その涙を止めるように彼の指の腹が頬を撫で、大きな掌に顔を覆われる。
「やだな。俺だけはお前を泣かせないって決めてたのに。ごめん。ごめんな、ほんと好きになってごめん」
抱きしめられる感覚を知らなかった。こんなにも安堵してしまうのはこいつに抱きしめられているからだろうか。自分のことなんて考えてなかった。与えられ愛はこんなにも擽ったくて満たされるものなのだろうか。
俺はその、大きな背中に両手でしがみついた。離れたくなくて強く握りしめた。
「あのさ」
「なに」
「お前の事もっと知りたい」
こいつはきっと俺の知らない俺の事まで知っているから、俺もこいつのこと全部知りたい。
「うん。全部知って欲しい」
柔らかな声が重なる体を伝って届いた。
「俺のこれからも全部お前が知ってて」
「……なあ顔見せて」
「やだ」
「なんで?」
「俺がお前の顔見れないから」
少し元気の戻った声におどけて、抱きつく腕にぎゅっと力を入れた。
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