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Just the beginning ㉚

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「……なあ」
「ん?」
「お前……いつから俺のこと、知ってんの?」
「……それは言えない」
「なんで?」
「言えないっていうか、言いたくない」
「だから、なんで?」
「意味がないから」
「は?」
「俺がアキちゃんに教えたら、意味がないから」

 そう言って、黒崎がソファから立ち上がった。ゆっくりと章良のほうへ近づいてくる。章良は思わず間合いを取った。黒崎が軽く微笑む。

「何もしないって。無理やりしたら駄目だってジュンから凄ぇ怒られたから」
「はあ……」

 てか。そんなん人に言われんでも、理解しろよ。

 という言葉は、また拳銃でも向けられたら面倒なので黙っておく。

 黒崎がさらに章良へと距離を詰めてきた。何もしないという言葉を信用して、今度は逃げずにそのまま立っていた。章良の目の前まで来ると、黒崎はしばらく章良をじっと見つめた。初めて見る、落ち着いた、穏やかな顔だった。こんな顔もできるんだな、と章良は見つめ返しながら考える。黒崎の右手が動いて、優しく章良の頭に乗った。ポンポンっと軽く叩かれる。

「アキちゃんはもう答え知ってるから」
「……え?」
「答えは、アキちゃんの中にある」
「…………」
「俺は、アキちゃんに自分で見つけてほしい。答え」
「それ……どういう……」

 言葉の意味を頭の中で必死に考える。自分の中にもうすでに答えがある。ということは。やっぱり。この目の前の男は、自分の抱いた疑惑どおりにあの夢の中の少年なのだろうか。

「黒崎……お前……」
「俺は諦めないから」
「…………」
「アキちゃんが思い出してくれるまで」

 黒崎の顔が近づいてきた。なぜか動けなかった。黒崎の動きをただ目で追う。黒崎が章良の頬に軽く唇を押し当てた。そのまま、耳元で小さく囁く。

「待ってるからな、アキ」

 とくん、と鼓動が鳴った。

『アキ』

 章良の中でカチリとパズルのピースがはまったような感覚がした。ああ。自分はこの声を知っている。この声が、こんな風に自分の名前を呼んでいたのを知っている。知っているのに。それがいつだったのかはっきりと思い出せない。あの夢の少年だということはわかるのに。顔も形もまだぼんやりとした影のまま、章良の記憶の中にある。

 目の前の男があの少年だったとしても。それが事実とわかっても。自分がはっきりと思い出せなければ、答えを見つけられないのと一緒だ。

 だからきっと。黒崎は明答を避けたのだ。自分に委ねたのだ。章良が自分自身で黒崎を思い出して、その上で黒崎と向き合うことを望んでいるのだ。それくらい、黒崎にとっては大事な何かがあったのかもしれない。

 あの少年の頃の2人に。一体どんなことがあったのだろう。

 黒崎の顔がすっと離れていった。再び見つめ合う。

「……何があったんだ?」
「……質問には答えない」
「…………」
「さっき言ったじゃん。全部思い出してくれるまで、俺からは何も言わないって」
「……思い出せなかったら?」
「……思い出す」
「…………」
「アキが俺を忘れるわけない。さっきも言ったけど、俺は諦めない」

 じっと真剣な瞳で見つめられて、言葉が詰まる。

 突然、黒崎がニヤリと笑った。

「まあ、存在バレたし、これからは遠慮なく、色んな意味でアキちゃんを諦めないことにするわ」
「は? 色んな意味?」
「ん。思い出すまで諦めないし~。そこんとこ置いといても、アキちゃんのことは諦めないし~」
「は? え? ちょ、何それ??」
「だから、思い出す云々関係なく、アキちゃんには惚れてるし。まあ、本当はアキちゃんも俺に惚れてるだろうけど。だからこれからはアキちゃんが素直に俺を受け入れるまでめちゃくちゃ頑張るわ」

 黒崎が章良に近づいてきた目的に、過去のことが絡んでいることはわかったが。結局のところ、黒崎がストーカー野郎になって章良を追い回していたのは、そことは関係なく、ただ、本当に章良に惚れているからということに変わりはなかったようだ。

『好きだから』

 黒崎のあの言葉も。有栖ののらりくらりな説明も。信じたくはなかったが。どうやらもうこの事実から逃れることはできないらしい。

「……申し訳ないけど、俺は好みじゃない」

 性格が。

「そんな、照れ隠しいいって。ほんと、可愛いいなぁ、アキちゃん」
「いや、だから、違うから」
「いいから、いいから。謙遜しなくても。また今度ゆーっくりイチャイチャしような?」
「いや、しないって、おいっ、聞いてんのかっ」

 黒崎は章良の抗議など耳に入っていない様子で、章良をぎゅうぎゅうと抱き締めた。苦しいっ、と黒崎の腕の中でじたばたしながら章良は思った。

 きっとこれから。厄介なことが死ぬほど起こるに違いない。このまま黒崎がアメリカへ帰って大人しくしているなんてあり得ない。

 章良を抱き締めながら黒崎が嬉しそうに呟いた。

「アキちゃんはこれから俺の専属ボディーガードだから」

 専属ボディーガード。

 え? 何の? どういう意味で? 誰が決めた??

 その黒崎の意味深な言葉に心の底からぞっとする。黒崎の腕の中に捕まりながら、章良は先の地獄のような日々を想像して、しばらく放心状態になっていた。
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