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第35話 にんじんは雪に埋もれる
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悲しいことに、ロスカが幼い頃思った通りに自分がなってしまった。
近衛兵は伝染病に触れたように、彼の存在を恐れるようになった。ロスカと最も親しい臣下に自ら相談に行き、フレイアの外出の頻度を減らすか護衛を交代制にして欲しいと申し出たのだ。勿論、それはすぐに承認された。
「お妃様、今後のご予定でござますが・・・」
ロスカの言葉の強さは置いておいて、彼の指摘は最もであった。
娯楽も少なく、雪も多く晴れなければ人々の注目は他人に向く。王族と平民、身分に差はあれどまだロスカもフレイアも彼らに寄り添う方の人間ではあった。
それでも、フレイアはロスカの言葉に注意以上のものを感じられたのだ。
自分の考えすぎだろうか、そう思ったが答えはわからない。ロスカは彼女を避けるように予定を立てているようなのだ。
遂に夜は、フレイアが床に入る時間を見計らって寝室にやってくるようになった。夫婦二人の部屋なのに、日中は顔を合わせる事もない。眠る頃までずっと一人で、目覚めた時も一人である。
「お妃様、先に夕食を取るよう陛下から言付かっております」
婚姻の儀を経てから三月も経っていないのに。
フレイアは愕然とした。彼と夕飯の時こそ会えるかもしれない、と結い上げた髪が愚かに思えた。生命の色を思わせる緑色のドレスも選んだ自分すらも惨めに思えてしまった。少しでも、恋しい男に美しく見られたかったのに。その相手はフレイアと同じ場所にも現れようとしないのだ。
食堂に向かう廊下は酷く寒く、酷く暗い。
寒気が入ってこないように、と鎧戸が閉じられているせいもあるだろう。彼女は自分の家の方がまだ明るかった、と落ち込んだ。
でも、きっとたまたまだ。暗い冬のせいで落ち込んでいるのだ。
フレイアはそう自分に言い聞かせて気持ちを持ち直しさせた。確かにロスカの事で悩んでいたが、無理矢理それを胸の奥へ閉じ込めた。
しかし、それがたまたま、という言葉で片付けられない出来事が起きる。彼に顔を合さず一週間も経った頃である。
「陛下はお戻りになりましたが、お怪我をなさっているので・・・先に食べるようにと」
侍女長の娘は毎日繰り返している言葉を最後に付け足した。フレイアは怪我?と口を動かす。
「陛下の自室で、今医師が来ております」
向かいます、と告げると侍女長の娘は慌てて扉を開けた。
声は変わらず出ないものの、簡単な言葉であれば伝わるようになった。殆ど訪ねた事のないロスカの自室に向かう。
二人が共有する部屋からそう遠くない。重厚な煉瓦で造られた城の中を、にんじん色の髪が揺らめく。
顔を見れていない夫はどんな顔をして、自分を見つめるのか。
フレイアはまるで神の審判を受けるかのような、そんな気持ちになった。そして、どうか、ただ忙しかったとだけ告げてほしい、と願った。
しかし、扉の向こうに居たロスカの瞳には柔和な明るさはなかった。
「これはお妃様」
王室付きの医師が立ち上がった。彼の横にいるロスカは額を打ったらしく、血が滲んでいた。
「陛下はご無事です。少し、無茶をされただけのようです」
不安で表情を滲ませるのも無理はないだろう。
フレイアは知っていたのだ。ロスカが時折街までおりて、国民の暮らしを見て回っているのを。
中には未だ根強い王室への恨みを持つ農民もいる。勿論、貴族も。彼らに何かされたのではないか、と恐ろしかったのだ。
「ご不安に思っている事ではありません。角の大きな鹿に驚いた馬が少し暴れ、バランスを崩してしまったのです」
「おい」
ずっと黙っていたロスカの、強い牽制する声だ。馬は元々臆病な生き物である。
個々の性格にもよるが、自身の足が視界に入っただけで驚く馬もいる。フレイアはまあ、と呟いてみせた。医師は気を遣い、まだ日の浅い夫婦にロスカの自室から出て行った。
近衛兵は伝染病に触れたように、彼の存在を恐れるようになった。ロスカと最も親しい臣下に自ら相談に行き、フレイアの外出の頻度を減らすか護衛を交代制にして欲しいと申し出たのだ。勿論、それはすぐに承認された。
「お妃様、今後のご予定でござますが・・・」
ロスカの言葉の強さは置いておいて、彼の指摘は最もであった。
娯楽も少なく、雪も多く晴れなければ人々の注目は他人に向く。王族と平民、身分に差はあれどまだロスカもフレイアも彼らに寄り添う方の人間ではあった。
それでも、フレイアはロスカの言葉に注意以上のものを感じられたのだ。
自分の考えすぎだろうか、そう思ったが答えはわからない。ロスカは彼女を避けるように予定を立てているようなのだ。
遂に夜は、フレイアが床に入る時間を見計らって寝室にやってくるようになった。夫婦二人の部屋なのに、日中は顔を合わせる事もない。眠る頃までずっと一人で、目覚めた時も一人である。
「お妃様、先に夕食を取るよう陛下から言付かっております」
婚姻の儀を経てから三月も経っていないのに。
フレイアは愕然とした。彼と夕飯の時こそ会えるかもしれない、と結い上げた髪が愚かに思えた。生命の色を思わせる緑色のドレスも選んだ自分すらも惨めに思えてしまった。少しでも、恋しい男に美しく見られたかったのに。その相手はフレイアと同じ場所にも現れようとしないのだ。
食堂に向かう廊下は酷く寒く、酷く暗い。
寒気が入ってこないように、と鎧戸が閉じられているせいもあるだろう。彼女は自分の家の方がまだ明るかった、と落ち込んだ。
でも、きっとたまたまだ。暗い冬のせいで落ち込んでいるのだ。
フレイアはそう自分に言い聞かせて気持ちを持ち直しさせた。確かにロスカの事で悩んでいたが、無理矢理それを胸の奥へ閉じ込めた。
しかし、それがたまたま、という言葉で片付けられない出来事が起きる。彼に顔を合さず一週間も経った頃である。
「陛下はお戻りになりましたが、お怪我をなさっているので・・・先に食べるようにと」
侍女長の娘は毎日繰り返している言葉を最後に付け足した。フレイアは怪我?と口を動かす。
「陛下の自室で、今医師が来ております」
向かいます、と告げると侍女長の娘は慌てて扉を開けた。
声は変わらず出ないものの、簡単な言葉であれば伝わるようになった。殆ど訪ねた事のないロスカの自室に向かう。
二人が共有する部屋からそう遠くない。重厚な煉瓦で造られた城の中を、にんじん色の髪が揺らめく。
顔を見れていない夫はどんな顔をして、自分を見つめるのか。
フレイアはまるで神の審判を受けるかのような、そんな気持ちになった。そして、どうか、ただ忙しかったとだけ告げてほしい、と願った。
しかし、扉の向こうに居たロスカの瞳には柔和な明るさはなかった。
「これはお妃様」
王室付きの医師が立ち上がった。彼の横にいるロスカは額を打ったらしく、血が滲んでいた。
「陛下はご無事です。少し、無茶をされただけのようです」
不安で表情を滲ませるのも無理はないだろう。
フレイアは知っていたのだ。ロスカが時折街までおりて、国民の暮らしを見て回っているのを。
中には未だ根強い王室への恨みを持つ農民もいる。勿論、貴族も。彼らに何かされたのではないか、と恐ろしかったのだ。
「ご不安に思っている事ではありません。角の大きな鹿に驚いた馬が少し暴れ、バランスを崩してしまったのです」
「おい」
ずっと黙っていたロスカの、強い牽制する声だ。馬は元々臆病な生き物である。
個々の性格にもよるが、自身の足が視界に入っただけで驚く馬もいる。フレイアはまあ、と呟いてみせた。医師は気を遣い、まだ日の浅い夫婦にロスカの自室から出て行った。
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