34 / 61
第34話 伝染病をもたらす足音
しおりを挟む
日が短くになるにつれ、曇り空増えるにつれてロスカの気持ちは暗く重くなって行った。
始めの頃こそは、フレイアもよくわからなかったが今では確かにわかる。彼は何か、不愉快なのだ。
抱擁し合って眠りにつく事も無くなった。
食事の時も会話は極々、少ない。それは問題ないのだが、彼女の心を不安にさせた事が一つあった。
眠る前に、暖炉で話す事である。婚姻の当初からずっと、二人は時間が合えば紙ともって会話し続けていた。
なのに、最近は無い。話すかもしれない、とフレイアは椅子に腰掛けまって居るのに、彼は寝室にすぐに下がってしまうのだ。
「陛下は最近お忙しいようです」
侍女長は疑問に思うフレイアを感じ取ったのか、そう告げた。嘘である。
臣下から彼女にはそう告げるようにと言われたのだ。元老院とロスカの近くに居る者にしか聞こえなかった暗い足音が鳴り始めていた。
聞き覚えのある、足音である。人々は皆、その足音の主と目を合わせまいと急いで首を垂れた。
煙の香りもしないのに、煙の香りがすると言われては恐ろしいからだ。
瞳の下に、クマを住み始めさせたロスカは、父親である炎帝そっくりであった。
まだ内乱の起きる前、炎帝も政権も元気であった頃の話である。
疑わしき芽は全て摘む、その通りに彼が一度匂いを嗅ぎつければ城中に疑いの眼差しが向けられた。
煙を出す目を炙り出すような瞳と、重い影を背負った足音は皆を恐怖に陥れた。誰かが無実の罪を着せられて殺される。
ロスカもその事はよくわかっていた。兄にその話をした時、決して父親に言わないようにと言われた事も。
『父上の足音は伝染病のように広がる』
皆が、伝染病のように炎帝を恐れたのだ。
そしてまさか、自分がそのようになりつつあるとは、ロスカは思いもしなかった。と言うのは言い過ぎだろう。
彼はああ、と自分を酷く嫌悪した。フレイアの瞳の向こうにある煙を探そうとしているのだ。
煙などないのに、ロスカは炙り出そうと無意識のうちに必死になっていた。そのせいか眠りは浅い。
夜に何度も目覚めるし、起床時間になって目覚めても外はまだ暗い。酷く気分が落ち込んだ。
まるで、亡命生活で塔に幽閉されていた時のようなのだ。永遠に夜明けなどない。当時、真っ暗な塔の天井を見つめながら思った事と同じ事を思い出した。
今も同じだ。陽が上ろうにも分厚い雲が日差しを独り占め類ように、多い隠す。
陰鬱な空で、ロスカの気持ちは更に沈んだ。でも、これはこの国に住まう人間の多くが感じる事であった。日差しがないと、こんなにも人間の心は沈むのか。皆誰もが、春を待ち遠しく思っていた。
「お妃様の髪色は、春の陽気ですね」
勿論、それはフレイアの護衛をする近衛兵も同じであった。
彼女は彼の言葉にそうかしら、と首を傾げる。
「真っ白に染まる世界で見える、唯一の春の色です」
辺りを見回せばそうだろう。世界は白銀の世界に染まっている。木々も緑色、と言うには黒く見えた。
今視界に映る殆どの色は木々の黒さか、雪の白さだけなのだ。フレイアは眉頭を寄せてから、でも、嬉しそうに微笑んで見せた。
近衛兵の彼は弟と歳が同じであった。だから、彼と馬を乗る時間は彼女にとって数少ない力を抜ける時間であった。しかし、この時間は長く続かない。
近衛兵はフレイアの背中へ視線を投げ、姿勢を正した。
振り向けばロスカがいたのだ。同じように近衛兵を引き連れている。だが、フレイアと違ってただの遊びではなく、政務のようだ。
複数の元老院が馬丁に馬を馬房から出させていた。ロスカも例に漏れずである。しかし、彼はフレイアに優しく声をかける事もなければ、触れることもなかった。
「あまり近衛兵と親しくするな」
目も合さず、ロスカはそう言って馬房から出てきた馬に荒々しく乗った。
残念ながら小さくなっていたロスカの不安の四肢が疼き、異様に鼻が大きくなってしまったのだ。
始めの頃こそは、フレイアもよくわからなかったが今では確かにわかる。彼は何か、不愉快なのだ。
抱擁し合って眠りにつく事も無くなった。
食事の時も会話は極々、少ない。それは問題ないのだが、彼女の心を不安にさせた事が一つあった。
眠る前に、暖炉で話す事である。婚姻の当初からずっと、二人は時間が合えば紙ともって会話し続けていた。
なのに、最近は無い。話すかもしれない、とフレイアは椅子に腰掛けまって居るのに、彼は寝室にすぐに下がってしまうのだ。
「陛下は最近お忙しいようです」
侍女長は疑問に思うフレイアを感じ取ったのか、そう告げた。嘘である。
臣下から彼女にはそう告げるようにと言われたのだ。元老院とロスカの近くに居る者にしか聞こえなかった暗い足音が鳴り始めていた。
聞き覚えのある、足音である。人々は皆、その足音の主と目を合わせまいと急いで首を垂れた。
煙の香りもしないのに、煙の香りがすると言われては恐ろしいからだ。
瞳の下に、クマを住み始めさせたロスカは、父親である炎帝そっくりであった。
まだ内乱の起きる前、炎帝も政権も元気であった頃の話である。
疑わしき芽は全て摘む、その通りに彼が一度匂いを嗅ぎつければ城中に疑いの眼差しが向けられた。
煙を出す目を炙り出すような瞳と、重い影を背負った足音は皆を恐怖に陥れた。誰かが無実の罪を着せられて殺される。
ロスカもその事はよくわかっていた。兄にその話をした時、決して父親に言わないようにと言われた事も。
『父上の足音は伝染病のように広がる』
皆が、伝染病のように炎帝を恐れたのだ。
そしてまさか、自分がそのようになりつつあるとは、ロスカは思いもしなかった。と言うのは言い過ぎだろう。
彼はああ、と自分を酷く嫌悪した。フレイアの瞳の向こうにある煙を探そうとしているのだ。
煙などないのに、ロスカは炙り出そうと無意識のうちに必死になっていた。そのせいか眠りは浅い。
夜に何度も目覚めるし、起床時間になって目覚めても外はまだ暗い。酷く気分が落ち込んだ。
まるで、亡命生活で塔に幽閉されていた時のようなのだ。永遠に夜明けなどない。当時、真っ暗な塔の天井を見つめながら思った事と同じ事を思い出した。
今も同じだ。陽が上ろうにも分厚い雲が日差しを独り占め類ように、多い隠す。
陰鬱な空で、ロスカの気持ちは更に沈んだ。でも、これはこの国に住まう人間の多くが感じる事であった。日差しがないと、こんなにも人間の心は沈むのか。皆誰もが、春を待ち遠しく思っていた。
「お妃様の髪色は、春の陽気ですね」
勿論、それはフレイアの護衛をする近衛兵も同じであった。
彼女は彼の言葉にそうかしら、と首を傾げる。
「真っ白に染まる世界で見える、唯一の春の色です」
辺りを見回せばそうだろう。世界は白銀の世界に染まっている。木々も緑色、と言うには黒く見えた。
今視界に映る殆どの色は木々の黒さか、雪の白さだけなのだ。フレイアは眉頭を寄せてから、でも、嬉しそうに微笑んで見せた。
近衛兵の彼は弟と歳が同じであった。だから、彼と馬を乗る時間は彼女にとって数少ない力を抜ける時間であった。しかし、この時間は長く続かない。
近衛兵はフレイアの背中へ視線を投げ、姿勢を正した。
振り向けばロスカがいたのだ。同じように近衛兵を引き連れている。だが、フレイアと違ってただの遊びではなく、政務のようだ。
複数の元老院が馬丁に馬を馬房から出させていた。ロスカも例に漏れずである。しかし、彼はフレイアに優しく声をかける事もなければ、触れることもなかった。
「あまり近衛兵と親しくするな」
目も合さず、ロスカはそう言って馬房から出てきた馬に荒々しく乗った。
残念ながら小さくなっていたロスカの不安の四肢が疼き、異様に鼻が大きくなってしまったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
セイレーンの家
まへばらよし
恋愛
病気のせいで結婚を諦めていた桐島柊子は、叔母の紹介で建築士の松井卓朗とお見合いをすることになった。卓朗は柊子の憧れの人物であり、柊子は彼に会えると喜ぶも、緊張でお見合いは微妙な雰囲気で終えてしまう。一方で卓朗もまた柊子に惹かれていく。ぎこちなくも順調に交際を重ね、二人は見合いから半年後に結婚をする。しかし、お互いに抱えていた傷と葛藤のせいで、結婚生活は微妙にすれ違っていく。
『魔王』へ嫁入り~魔王の子供を産むために王妃になりました~【完結】
新月蕾
恋愛
村の人々から理由もわからず迫害を受けていたミラベル。
彼女はある日、『魔王』ユリウス・カルステン・シュヴァルツに魔王城へと連れて行かれる。
ミラベルの母は魔族の子を産める一族の末裔だった。
その娘のミラベルに自分の後継者となる魔王の子を産んでくれ、と要請するユリウス。
迫害される人間界に住むよりはマシだと魔界に足を踏み入れるミラベル。
個性豊かな魔族たちに戸惑いながらも、ミラベルは魔王城に王妃として馴染んでいく。
そして子供を作るための契約結婚だったはずが、次第に二人は心を通わせていく。
本編完結しました。
番外編、完結しました。
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
手出しさせてやろうじゃないの! ~公爵令嬢の幼なじみは王子様~
薄影メガネ
恋愛
幼なじみの王子様ジュードは天使のような容姿で文武両道の完璧な男性。ジュードと幼なじみの公爵令嬢エルフリーデはそんな完璧王子と婚約していて、二人は親公認の仲でもある。ちょっとおてんばなエルフリーデと大人なジュード、二人は幼い頃から仲良しでいつも傍にいるのが当たり前の大切な存在。けれど、エルフリーデにはある不満があって……
結婚するまで手を出さない? なら手出しさせてやろうじゃないの!
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる