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第三章
192話 四人目の英雄
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「……またそれを使うのか?」
「ハオラン……。ああ。今回は少し自信がないがな」
「どうやらそのようだな」
宿屋の小さな庭には私と歳三とハオランだけ。大騒ぎの会議室とは打って変わって、不気味なまでの静寂が周囲に満ちていた。
歳三は鍔に指を掛け臨戦態勢でこちらを見ている。ハオランも地上に降り立ち、人型になり槍を持って仁王立ちしていた。
「それじゃあ、万が一の時は頼むぞ……。『英雄召喚』……!」
私の言葉に呼応するように「暴食龍の邪眼」が放つ光が大きくなり、そのまま辺りを白い光が埋めつくした。
目を開けると例の白い世界に招待されていた。
一歩進むと、どこからともなく目の前にキーボードが現れる。
私は躊躇いからキーボードに添えた指を止めた。それから小さく息を吐き、意を決して彼の名前を打ち込んだ。
「『ナポレオン・ボナパルト』……」
エンターキーを押すとキーボードは空に消えた。
そして目線を上げると前の方には白い壁にぽつんと扉が立っている。
私はゆっくりとその扉を開け、続く世界に足を踏み入れた。
目を開けるとそこは丘の上にある小さな屋敷の前であった。
波打つ音に誘われ振り返ると、どうやらここは小さな絶海の孤島のようだ。
「セントヘレナか……」
私は半開きになっていた玄関から屋敷の中へ入る。
しかしそこには誰かがいる様子はなく、少し歩き回ったが目的の人物には出会えなかった。
こんなことは初めてだったので少し焦った。
だが彼はこの小さな島から出ることはできない。そう分かっているから、潮風に吹かれながらこの辺りを散策することにした。
この世界に行けるのはこの『英雄召喚』の能力を使った時だけだ。そう思うと改めてこのスキルの異常性がよく分かる。
そんなことを考えて歩いていると、岩陰に一人の男の姿を見つけた。男は軍服に二角帽子といった出で立ちで、腕を組み海の向こうを眺めている。
「…………ナポレオン・ボナパルト皇帝ですか……?」
「“皇帝”……!? 余を皇帝と呼ぶ者が居るのか!?」
私が声をかけると、彼は勢いよく振り返った。
彼の目は失意に沈み、隈に縁取られている。顔には絶望の色が滲み、かつての威光は全く感じない、だらしない身体をしていた。
「……誰だ貴様は」
私がフランスではない、別の国の服を着ていると分かると、途端に声色が敵意を感じる冷たいものに変わった。
「私は貴方に会いに来ました。……ずっと、ここで一人だったのですか?」
「わざわざご足労感謝するよ、とでも言えば満足か? ……余は死んでもこの島に囚われたままだ。これは神が余に与えた罰なのだろう。多くの人間を戦争に巻き込んだ罪のな」
私は彼がそのことを理解していることに驚いた。
ナポレオン戦争と呼ばれる、彼に起因する戦争の死者は合計で五百万人とも言われる。救国の英雄、革命の申し子から人命の浪費者、コルシカの悪魔とまで貶されるに至った彼の転落人生。
悠久の時間を死後もこの島で過ごし、少し考えを改めたのだろうか。
「……どうでしょう、この島から出て、もう一度その采配を振るうのは」
「ほう、貴様は罪を許すことを伝えに来た神の遣いか何かだったのか?」
「いえ……、いや……、まぁ、貴方から見ればそうかもしれませんね。少なくとも、私は貴方をここから連れ出すことができる」
「…………」
依然として彼はふてぶてしい視線を私に向けていた。
「私は別の世界からやって来ました。元は貴方と同じ世界にいたんですがね。まぁ長くなるのでその辺は後々……。それよりも、私は今度その世界で一番の国の皇帝になる予定があるんです。そして私はその世界を統一したい。そこで貴方の力を借りたい」
「余が皇帝になれないのであれば意味がない」
「本当にそうですか? ここでこのまま逃げる事もできず、罪の意識に苛まれて無限の時を過ごす方が有意義だと思うのですか
?」
「…………! 黙れ……!」
プライドの高い彼のことだ。煽れば乗ってくることは目に見えていた。
「これは取り引きです。私は貴方にもう一度輝ける場所を用意できる。もう一度、人々に崇められることができるのですよ? ナポレオン“将軍”?」
「……ッ! …………ッァ! …………」
言葉にならない声を漏らす彼の顔は屈辱に歪んでいた。
「私の国から兵をかき集めれば百万はいくでしょう。百万の兵を率いる将軍も、今の貴方には悪い地位だとは思いませんがね」
「……いいだろう」
「ほう……?」
「余が将軍をやってやろうと言っているのだ!」
彼はそう吐き捨てた。
「私が皇帝、貴方は私に仕える将軍。それでもいいということですか?」
「そう言っているだろう!」
「そうですか。……とりあえず、私の国がある大陸を制覇するまでは、私の将軍であり続けてください。大陸を統一し平和の世を築いた後、まだ見ぬ海の向こうの国に関しては……、まぁその時考えますが、私一人では手が回らなくなるでしょうね……」
「…………必ずや貴君を大陸の覇者にしてみせよう。──皇帝陛下」
彼は跪き私の手を取って忠誠を誓った。
一度あの栄華を知ってしまえば、私の提案は喉から手が出る程魅力的に見えたことだろう。
「まだ皇帝にはなっていないがな。……私はレオ・ウィルフリード。改めてよろしく頼もう」
「余……、いや、我輩はナポレオン・ボナパルト。こちらこそよろしくお願いする」
私はナポレオンの手をガッチリと掴み、引き上げて立たせる。そのまま固い握手を交わし私の目の前に立つ彼の姿は、先程とは打って変わって自信と希望に満ちた顔をしていた。
脇に落ちていたマントを拾い肩から掛け背筋を伸ばすと、だらしなく見えた身体も今は精悍な体躯に変わっている。
そしてどこからともなく、ヒヒンと馬の嘶く声が聞こえ、屋敷の方から突如として白馬がやって来た。
「さあ行くぞ!」
馬の上でそう手を伸ばす彼の姿は、まるでアルプスでも越えるかのような力強さを感じた。
その姿を見て、私の中にあった不安は全て希望に変わった。それだけの魅力を、今のナポレオンから感じた。
「一応私が上司なんだからな……?」
私がそう苦笑するのをフッと笑い飛ばし、彼は光の中へ駆けて行く。
私もそれについて行くように、光の世界へ飛び込んだ。
「ハオラン……。ああ。今回は少し自信がないがな」
「どうやらそのようだな」
宿屋の小さな庭には私と歳三とハオランだけ。大騒ぎの会議室とは打って変わって、不気味なまでの静寂が周囲に満ちていた。
歳三は鍔に指を掛け臨戦態勢でこちらを見ている。ハオランも地上に降り立ち、人型になり槍を持って仁王立ちしていた。
「それじゃあ、万が一の時は頼むぞ……。『英雄召喚』……!」
私の言葉に呼応するように「暴食龍の邪眼」が放つ光が大きくなり、そのまま辺りを白い光が埋めつくした。
目を開けると例の白い世界に招待されていた。
一歩進むと、どこからともなく目の前にキーボードが現れる。
私は躊躇いからキーボードに添えた指を止めた。それから小さく息を吐き、意を決して彼の名前を打ち込んだ。
「『ナポレオン・ボナパルト』……」
エンターキーを押すとキーボードは空に消えた。
そして目線を上げると前の方には白い壁にぽつんと扉が立っている。
私はゆっくりとその扉を開け、続く世界に足を踏み入れた。
目を開けるとそこは丘の上にある小さな屋敷の前であった。
波打つ音に誘われ振り返ると、どうやらここは小さな絶海の孤島のようだ。
「セントヘレナか……」
私は半開きになっていた玄関から屋敷の中へ入る。
しかしそこには誰かがいる様子はなく、少し歩き回ったが目的の人物には出会えなかった。
こんなことは初めてだったので少し焦った。
だが彼はこの小さな島から出ることはできない。そう分かっているから、潮風に吹かれながらこの辺りを散策することにした。
この世界に行けるのはこの『英雄召喚』の能力を使った時だけだ。そう思うと改めてこのスキルの異常性がよく分かる。
そんなことを考えて歩いていると、岩陰に一人の男の姿を見つけた。男は軍服に二角帽子といった出で立ちで、腕を組み海の向こうを眺めている。
「…………ナポレオン・ボナパルト皇帝ですか……?」
「“皇帝”……!? 余を皇帝と呼ぶ者が居るのか!?」
私が声をかけると、彼は勢いよく振り返った。
彼の目は失意に沈み、隈に縁取られている。顔には絶望の色が滲み、かつての威光は全く感じない、だらしない身体をしていた。
「……誰だ貴様は」
私がフランスではない、別の国の服を着ていると分かると、途端に声色が敵意を感じる冷たいものに変わった。
「私は貴方に会いに来ました。……ずっと、ここで一人だったのですか?」
「わざわざご足労感謝するよ、とでも言えば満足か? ……余は死んでもこの島に囚われたままだ。これは神が余に与えた罰なのだろう。多くの人間を戦争に巻き込んだ罪のな」
私は彼がそのことを理解していることに驚いた。
ナポレオン戦争と呼ばれる、彼に起因する戦争の死者は合計で五百万人とも言われる。救国の英雄、革命の申し子から人命の浪費者、コルシカの悪魔とまで貶されるに至った彼の転落人生。
悠久の時間を死後もこの島で過ごし、少し考えを改めたのだろうか。
「……どうでしょう、この島から出て、もう一度その采配を振るうのは」
「ほう、貴様は罪を許すことを伝えに来た神の遣いか何かだったのか?」
「いえ……、いや……、まぁ、貴方から見ればそうかもしれませんね。少なくとも、私は貴方をここから連れ出すことができる」
「…………」
依然として彼はふてぶてしい視線を私に向けていた。
「私は別の世界からやって来ました。元は貴方と同じ世界にいたんですがね。まぁ長くなるのでその辺は後々……。それよりも、私は今度その世界で一番の国の皇帝になる予定があるんです。そして私はその世界を統一したい。そこで貴方の力を借りたい」
「余が皇帝になれないのであれば意味がない」
「本当にそうですか? ここでこのまま逃げる事もできず、罪の意識に苛まれて無限の時を過ごす方が有意義だと思うのですか
?」
「…………! 黙れ……!」
プライドの高い彼のことだ。煽れば乗ってくることは目に見えていた。
「これは取り引きです。私は貴方にもう一度輝ける場所を用意できる。もう一度、人々に崇められることができるのですよ? ナポレオン“将軍”?」
「……ッ! …………ッァ! …………」
言葉にならない声を漏らす彼の顔は屈辱に歪んでいた。
「私の国から兵をかき集めれば百万はいくでしょう。百万の兵を率いる将軍も、今の貴方には悪い地位だとは思いませんがね」
「……いいだろう」
「ほう……?」
「余が将軍をやってやろうと言っているのだ!」
彼はそう吐き捨てた。
「私が皇帝、貴方は私に仕える将軍。それでもいいということですか?」
「そう言っているだろう!」
「そうですか。……とりあえず、私の国がある大陸を制覇するまでは、私の将軍であり続けてください。大陸を統一し平和の世を築いた後、まだ見ぬ海の向こうの国に関しては……、まぁその時考えますが、私一人では手が回らなくなるでしょうね……」
「…………必ずや貴君を大陸の覇者にしてみせよう。──皇帝陛下」
彼は跪き私の手を取って忠誠を誓った。
一度あの栄華を知ってしまえば、私の提案は喉から手が出る程魅力的に見えたことだろう。
「まだ皇帝にはなっていないがな。……私はレオ・ウィルフリード。改めてよろしく頼もう」
「余……、いや、我輩はナポレオン・ボナパルト。こちらこそよろしくお願いする」
私はナポレオンの手をガッチリと掴み、引き上げて立たせる。そのまま固い握手を交わし私の目の前に立つ彼の姿は、先程とは打って変わって自信と希望に満ちた顔をしていた。
脇に落ちていたマントを拾い肩から掛け背筋を伸ばすと、だらしなく見えた身体も今は精悍な体躯に変わっている。
そしてどこからともなく、ヒヒンと馬の嘶く声が聞こえ、屋敷の方から突如として白馬がやって来た。
「さあ行くぞ!」
馬の上でそう手を伸ばす彼の姿は、まるでアルプスでも越えるかのような力強さを感じた。
その姿を見て、私の中にあった不安は全て希望に変わった。それだけの魅力を、今のナポレオンから感じた。
「一応私が上司なんだからな……?」
私がそう苦笑するのをフッと笑い飛ばし、彼は光の中へ駆けて行く。
私もそれについて行くように、光の世界へ飛び込んだ。
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