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第一部 インサイド
第6話 参加者たちは集う
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スオウとイツカの2人は、スタッフに指示されたイベント広場前のレストランに向かうことにした。
園内は閉園が決まっている遊園地とは思えないほど、多くの人でごった返していた。皆が遊園地最後の夜を楽しんでいる。
園内のそこかしこには、ファストフードを販売する屋台が軒を連ねて並んでいた。中には長い行列が出来ている繁盛店もある。
「みんな、楽しそうだよな」
スオウは楽しげに遊んでいる入園客をチラチラと横目で眺めた。
「わたしたちとは正反対だね」
イツカは楽しげな入園客を見つめながらも、さらにその向こう側の景色を見つめているかのような遠い目をしていた。きっとそこに決して見ることの出来ない何かを探しているのだろう。それほどまでにイツカが抱えている事情は重いということなのかもしれない。
「まあ、おれたちも無事にゲームをクリアすれば思う存分遊べるさ」
ほんの気休めにしか過ぎないと分かっていながらも、イツカに声をかけずにはいられなかった。
「──うん。そうだよね。お互いにがんばらないとね!」
イツカが何かを吹っ切るように視線を前に戻した。
「おれたちも指定されたレストランに早く行こうか」
「うん、行こう!」
2人は園内をさらに奥へと歩いていった。
「イベント広場の前って言ってたから、多分、こっちの方向で合っていると思うんだけどなあ」
イツカが入り口にいたスタッフから貰ったらしい園内マップを開いて、レストランの場所を確認している。
「もしかしてレストランって、あの看板が掛かっている建物じゃないかな?」
スオウは視界の先に見えてきた、丸太で出来たログハウス風の大きな建物を指差した。建物の前は半円形の広場になっており、中央にステージが設置されていた。今は着ぐるみのキャラクターたちがショーを繰り広げている。この遊園地のマスコットキャラクターだろう。
ステージの後方には大きな池が広がっていた。池にはお馴染みのスワンボートが何艘か浮かんでいる。
「ここでキャラクターショーを見ていても仕方ないから、おれたちはレストランの方に入ろうか?」
「そうだね。わたしたち以外の参加者がもういるかもしれないしね」
広場の喧騒を尻目に、スオウとイツカはレストランまで歩いていき、正面の入り口から中に入っていった。
会計処理をするレジカウンターを通過して奥へと進んでいくと、だだっ広いレストランホールが二人の前に現れた。レストランによくあるようなテーブルとイスは置かれていない。おそらく、すでにあらかたの片付けが済んで、あとは建物の取り壊しを待つだけの状態なのだろう。
そんなホール内に三つだけ、スオウたちの目を引くものがあった。
楕円に並べられた13脚のパイプイス。壁際にでんと置かれた大きな液晶テレビ。そして、一人の男の姿。
液晶テレビの画面には『お好きなお席に着いて、もうしばらくの間お待ちください。紫人』という文字が映し出されている。さらに画面の右上には『ゲームスタートまで、あと23分48秒』という数字が表示されており、スオウが見ている間にも刻々と時間が減っていった。
パイプイスのひとつに男が座っていた。栗色の髪を見るまでもなく、入り口ゲートでスタッフに口汚く文句を言っていた男だと分かった。
「やっぱりあの男も今夜のゲームの参加者だったんだ」
スオウは一応ホール内をざっと見回してみたが、その男以外の参加者の姿は見当たらなかった。
「わたしたちが二番目みたいだね。とりあえず席に座ろうよ」
イツカが先になって歩き出していく。
「イツカ、どの席に座る? テレビには好きな席に座れと出ているけど……」
例の男はテレビに一番近いパイプイスに陣取っている。手にしたスマホの画面を自分に向けて、何やらブツブツとつぶやいている。なぜかは分からないが、どうやら自撮りをしているらしかった。
「なんだよ。おまえたちが二番なんだぜ。さっさとイスに座れよ。立たれたままじゃ、目障りなんだよ」
男は急に顔を上げると、非友好的な声を発してきた。
「やっぱりあの男の近くだけは勘弁したいな」
「それじゃ、テレビの正面にあたる席にしない? 一番あの男から遠いし、テレビの画面も見やすいと思うから」
「それがいいな。そこにしようか」
スオウとイツカはテレビの画面が正面に見える席に着いた。
これで残りのイスは10脚──つまり今夜のゲーム参加者は13名ということなのだろう。
「ちぇっ」
例の男が聞こえよがしに舌打ちをした。
「なあ、イツカ。あの男の顔、どこかで見たことないか? なんだか見覚えがあるんだけどさ……」
スオウはイツカに顔を近づけて、そっと小さな声で尋ねた
「えっ? わたしは別に見たことあるような覚えはないけど……」
「そっか……。それじゃ、おれの勘違いかな……」
スオウはうろ覚えではあったが、どこかでこの男を見た気がしたのだ。学校ではない。街中でもない。でも、確かに見た覚えがあった。
スオウが頭の中で答えを探していると、足音ともに3人の人間が一緒にホール内に入ってきた。
ひとりは──ボサボサの髪に無精ひげを生やした、うす汚れた服に身を包んだ60代くらいの白髪まじりの男性。
ひとりは──きりっとしたビジネススーツ姿の50代の女性。
最後のひとりは──ジーパンにジャケットを羽織ったラフな姿の30代の男性。
3人に共通しているのは、どの顔にも人生に疲れた表情が浮いていることであった。むろん、命を懸けて行うという馬鹿げたゲームに参加するのだから、各々がそれなりの事情を抱えているのだろう。その事情が表情に出てしまっているのだ。あるいは、スオウも自分では気付いていないが、今までの疲れが顔に出ているかもしれなかった。
3人はテレビに映し出された文章と、ホール内に並べられたパイプイスとを見比べると、それぞれイスを選んで、無言のまま順番に腰を下ろしていく。
これでゲーム参加者の数は六名に増えたが、誰も口を開くことはなかった。
さらに5分後──再びホール内に新しいゲーム参加者が姿を見せた。今度は四名様のご案内である。
ひとりは──ひと目で着慣れていないと分かる安物のスーツをまとった20代後半の男性。
ひとりは──デート着のような今風のキレイめファッションで身を固めた20代半ばの女性。
ひとりは──明らかに夜の雰囲気を漂わせた派手なメイクと、そのメイクに負けないくらい派手な服装をした20代前半の女性。
そして、その3人の後ろに隠れるようにして、もう一人の姿があった。
隠れていたひとりは──セーラー服姿の少女。特徴的なのが、前髪で顔の半分以上を完全に隠している点だった。その為、表情はまったく窺い知れないが、年齢は十代後半に見えた。
4人はさきほどの3人と同様に、テレビの画面とホール内のパイプイスを見て、それぞれ散らばって席に着いていく。
ここまで参加者の間で特に会話はなかった。その沈黙を破ったのは、派手なメイクの女性であった。
「ねえ、何でみんな黙ってるの? これじゃ、なんだか葬式みたいで辛気くさいんだけど」
女性はその外見からは意外と思われるくらい低くハスキーな声で、誰にというわけじゃなく言った。
「ふんっ、どのみちこれから葬式じみたゲームが始まるんだぜ」
皮肉交じりに応じたのは、あの栗色の髪をした男である。
「あっ、そう」
女性は男の挑発じみた声を冷たくあしらった。夜のお店でこの手の男の対応に慣れているのかもしれない。
「これであと3人か」
スオウは参加者の顔をチラチラとそれとなく窺った。
「わたしとおない歳ぐらいの女の子がいたから、ちょっとだけホッとしたかも」
イツカはセーラー服姿の少女に興味深げな目を向けている。
「でも、あの髪型じゃ、顔が全然見えないけどな。ちょっと不気味じゃないかな?」
「きっとあの髪型に敢えてしているってことは、あの子が抱えている事情に関係があるんだと思うよ」
「イツカの言うことも分かるけどさ、顔が見えないと表情が分からないからなあ……」
スオウとイツカが自分たちと同学年と思われる少女について話していると、またホール内に人が現れた。
パイプイスに座る人間の目が同じ方向に一斉に向けられる。そこに現われた女性の姿を見るなり、ホール内にうっという息の詰まる音が何人かの口からあがった。
その女性は──年齢は20代前半と思われた。新雪のような真っ白い肌に、それとは対照的な漆黒の髪。そして、人を寄せつけないような冷然とした美貌。しかし、何よりも一同の目を引いたのは、その女性の服装が黒一色で統一された喪服だったためである。
「おいおい、なんのブラックジョークだよ!」
また栗色の髪の男が吠え声をあげた。
しかし、その女性は男の声など聞こえなかったかのように、静々と空いている席に着いた。その楚々とした仕草と服装から、まるで若い未亡人のようだとスオウは思ってしまった。
これで空いているイスは残り二脚となった。
テレビ画面の残り時間の表示は──『ゲームスタートまで、あと4分19秒』。
その表示が三分を切ったところで、荒々しい足音をたてながら、12番目の参加者が登場した。
「きゃっ!」
悲鳴じみた声をあげたのは、キレイめファッションの女性である。
「はあ? 何なの?」
疑問の声をあげたのは、派手なメイクの女性である。
「いつからここはコスプレ大会の会場になったんだよ!」
明後日の方を向きながら毒づいたのは、またしてもあの栗色の髪の男である。
室内にいた人間が今までにない様々な反応を示したのには、しかし、それなりの理由があった。
レストランに入ってきたその人物は、顔中に真っ白い包帯を巻いていたのである。俗に言う、ミイラ男の状態であった。目と鼻と口の部分だけが、ナイフで切り裂いたように細く開いている。むろん、表情は一切読み取れない。着ているのはどこにでも売っているような紺のビジネススーツだが、年齢は不詳である。唯一、筋肉質の体格からして男だと分かるくらいであった。
全員の視線を一身に浴びながら、その男は空いているパイプイスに当たり前のように座った。
これで残りのイスは一脚。
テレビ画面の時間表示が1分を切ったところで、外から走ってくる音が聞こえてきた。どうやら、13人目の参加者がようやくレストランに到着したらしい。
「いやー、遅れた遅れた。遅刻したかと思ったぜ」
額に浮き出た汗をぬぐいながら入ってきたのは──30代半ばと思われる男性。青のチェック柄のシャツを、しっかりとジーパンにインした装い。頭にはなぜかピンクのバンダナが巻かれている。そして、極め付けがシャツの上に着ているピンクのド派手なジャンパーだった。胸には何かの名称とおぼしき、アルファベットの刺繍が施されている。アイドルのおっかけ、もしくはアイドルオタクと思われた。
「えーと、ここに勝手に座っちゃっていいのかな?」
男は最後まで空いていたスオウの左隣のパイプイスに座った。
最後の最後にまた強烈なキャラクターの人間が来たなあ。ある意味、この中で一番最強のキャラかもしれないな。まあ、とにもかくにも、これで今夜のゲームに参加する13人の人間が集まったことだし、いよいよこれからゲームが始まるんだろうな。
スオウが心中で予想していた、まさにその時――。
テレビに映し出されていた文字が消えた。同時に、残り時間の表示も消える。
スオウを含めてホールにいる全員がテレビの画面に視線を振り向けた。
「やっと何かが始まるみたいだね」
スオウの右隣に座るイツカが早口で囁いた。
「ああ、いよいよここから本番だな」
スオウは緊張混じりの声で答えた。
「えっ? 何が始まるんだ? 何が本番だって? 今来たばかりで何も分からないんだけどさ。なあ、誰かオレに説明してくれよ?」
キョロキョロと室内を見回しているアイドルオタクの男に対して、もちろん、返答する者は誰もいなかった。
時刻は19時00分。ゲーム開始まで――あと0分。
園内は閉園が決まっている遊園地とは思えないほど、多くの人でごった返していた。皆が遊園地最後の夜を楽しんでいる。
園内のそこかしこには、ファストフードを販売する屋台が軒を連ねて並んでいた。中には長い行列が出来ている繁盛店もある。
「みんな、楽しそうだよな」
スオウは楽しげに遊んでいる入園客をチラチラと横目で眺めた。
「わたしたちとは正反対だね」
イツカは楽しげな入園客を見つめながらも、さらにその向こう側の景色を見つめているかのような遠い目をしていた。きっとそこに決して見ることの出来ない何かを探しているのだろう。それほどまでにイツカが抱えている事情は重いということなのかもしれない。
「まあ、おれたちも無事にゲームをクリアすれば思う存分遊べるさ」
ほんの気休めにしか過ぎないと分かっていながらも、イツカに声をかけずにはいられなかった。
「──うん。そうだよね。お互いにがんばらないとね!」
イツカが何かを吹っ切るように視線を前に戻した。
「おれたちも指定されたレストランに早く行こうか」
「うん、行こう!」
2人は園内をさらに奥へと歩いていった。
「イベント広場の前って言ってたから、多分、こっちの方向で合っていると思うんだけどなあ」
イツカが入り口にいたスタッフから貰ったらしい園内マップを開いて、レストランの場所を確認している。
「もしかしてレストランって、あの看板が掛かっている建物じゃないかな?」
スオウは視界の先に見えてきた、丸太で出来たログハウス風の大きな建物を指差した。建物の前は半円形の広場になっており、中央にステージが設置されていた。今は着ぐるみのキャラクターたちがショーを繰り広げている。この遊園地のマスコットキャラクターだろう。
ステージの後方には大きな池が広がっていた。池にはお馴染みのスワンボートが何艘か浮かんでいる。
「ここでキャラクターショーを見ていても仕方ないから、おれたちはレストランの方に入ろうか?」
「そうだね。わたしたち以外の参加者がもういるかもしれないしね」
広場の喧騒を尻目に、スオウとイツカはレストランまで歩いていき、正面の入り口から中に入っていった。
会計処理をするレジカウンターを通過して奥へと進んでいくと、だだっ広いレストランホールが二人の前に現れた。レストランによくあるようなテーブルとイスは置かれていない。おそらく、すでにあらかたの片付けが済んで、あとは建物の取り壊しを待つだけの状態なのだろう。
そんなホール内に三つだけ、スオウたちの目を引くものがあった。
楕円に並べられた13脚のパイプイス。壁際にでんと置かれた大きな液晶テレビ。そして、一人の男の姿。
液晶テレビの画面には『お好きなお席に着いて、もうしばらくの間お待ちください。紫人』という文字が映し出されている。さらに画面の右上には『ゲームスタートまで、あと23分48秒』という数字が表示されており、スオウが見ている間にも刻々と時間が減っていった。
パイプイスのひとつに男が座っていた。栗色の髪を見るまでもなく、入り口ゲートでスタッフに口汚く文句を言っていた男だと分かった。
「やっぱりあの男も今夜のゲームの参加者だったんだ」
スオウは一応ホール内をざっと見回してみたが、その男以外の参加者の姿は見当たらなかった。
「わたしたちが二番目みたいだね。とりあえず席に座ろうよ」
イツカが先になって歩き出していく。
「イツカ、どの席に座る? テレビには好きな席に座れと出ているけど……」
例の男はテレビに一番近いパイプイスに陣取っている。手にしたスマホの画面を自分に向けて、何やらブツブツとつぶやいている。なぜかは分からないが、どうやら自撮りをしているらしかった。
「なんだよ。おまえたちが二番なんだぜ。さっさとイスに座れよ。立たれたままじゃ、目障りなんだよ」
男は急に顔を上げると、非友好的な声を発してきた。
「やっぱりあの男の近くだけは勘弁したいな」
「それじゃ、テレビの正面にあたる席にしない? 一番あの男から遠いし、テレビの画面も見やすいと思うから」
「それがいいな。そこにしようか」
スオウとイツカはテレビの画面が正面に見える席に着いた。
これで残りのイスは10脚──つまり今夜のゲーム参加者は13名ということなのだろう。
「ちぇっ」
例の男が聞こえよがしに舌打ちをした。
「なあ、イツカ。あの男の顔、どこかで見たことないか? なんだか見覚えがあるんだけどさ……」
スオウはイツカに顔を近づけて、そっと小さな声で尋ねた
「えっ? わたしは別に見たことあるような覚えはないけど……」
「そっか……。それじゃ、おれの勘違いかな……」
スオウはうろ覚えではあったが、どこかでこの男を見た気がしたのだ。学校ではない。街中でもない。でも、確かに見た覚えがあった。
スオウが頭の中で答えを探していると、足音ともに3人の人間が一緒にホール内に入ってきた。
ひとりは──ボサボサの髪に無精ひげを生やした、うす汚れた服に身を包んだ60代くらいの白髪まじりの男性。
ひとりは──きりっとしたビジネススーツ姿の50代の女性。
最後のひとりは──ジーパンにジャケットを羽織ったラフな姿の30代の男性。
3人に共通しているのは、どの顔にも人生に疲れた表情が浮いていることであった。むろん、命を懸けて行うという馬鹿げたゲームに参加するのだから、各々がそれなりの事情を抱えているのだろう。その事情が表情に出てしまっているのだ。あるいは、スオウも自分では気付いていないが、今までの疲れが顔に出ているかもしれなかった。
3人はテレビに映し出された文章と、ホール内に並べられたパイプイスとを見比べると、それぞれイスを選んで、無言のまま順番に腰を下ろしていく。
これでゲーム参加者の数は六名に増えたが、誰も口を開くことはなかった。
さらに5分後──再びホール内に新しいゲーム参加者が姿を見せた。今度は四名様のご案内である。
ひとりは──ひと目で着慣れていないと分かる安物のスーツをまとった20代後半の男性。
ひとりは──デート着のような今風のキレイめファッションで身を固めた20代半ばの女性。
ひとりは──明らかに夜の雰囲気を漂わせた派手なメイクと、そのメイクに負けないくらい派手な服装をした20代前半の女性。
そして、その3人の後ろに隠れるようにして、もう一人の姿があった。
隠れていたひとりは──セーラー服姿の少女。特徴的なのが、前髪で顔の半分以上を完全に隠している点だった。その為、表情はまったく窺い知れないが、年齢は十代後半に見えた。
4人はさきほどの3人と同様に、テレビの画面とホール内のパイプイスを見て、それぞれ散らばって席に着いていく。
ここまで参加者の間で特に会話はなかった。その沈黙を破ったのは、派手なメイクの女性であった。
「ねえ、何でみんな黙ってるの? これじゃ、なんだか葬式みたいで辛気くさいんだけど」
女性はその外見からは意外と思われるくらい低くハスキーな声で、誰にというわけじゃなく言った。
「ふんっ、どのみちこれから葬式じみたゲームが始まるんだぜ」
皮肉交じりに応じたのは、あの栗色の髪をした男である。
「あっ、そう」
女性は男の挑発じみた声を冷たくあしらった。夜のお店でこの手の男の対応に慣れているのかもしれない。
「これであと3人か」
スオウは参加者の顔をチラチラとそれとなく窺った。
「わたしとおない歳ぐらいの女の子がいたから、ちょっとだけホッとしたかも」
イツカはセーラー服姿の少女に興味深げな目を向けている。
「でも、あの髪型じゃ、顔が全然見えないけどな。ちょっと不気味じゃないかな?」
「きっとあの髪型に敢えてしているってことは、あの子が抱えている事情に関係があるんだと思うよ」
「イツカの言うことも分かるけどさ、顔が見えないと表情が分からないからなあ……」
スオウとイツカが自分たちと同学年と思われる少女について話していると、またホール内に人が現れた。
パイプイスに座る人間の目が同じ方向に一斉に向けられる。そこに現われた女性の姿を見るなり、ホール内にうっという息の詰まる音が何人かの口からあがった。
その女性は──年齢は20代前半と思われた。新雪のような真っ白い肌に、それとは対照的な漆黒の髪。そして、人を寄せつけないような冷然とした美貌。しかし、何よりも一同の目を引いたのは、その女性の服装が黒一色で統一された喪服だったためである。
「おいおい、なんのブラックジョークだよ!」
また栗色の髪の男が吠え声をあげた。
しかし、その女性は男の声など聞こえなかったかのように、静々と空いている席に着いた。その楚々とした仕草と服装から、まるで若い未亡人のようだとスオウは思ってしまった。
これで空いているイスは残り二脚となった。
テレビ画面の残り時間の表示は──『ゲームスタートまで、あと4分19秒』。
その表示が三分を切ったところで、荒々しい足音をたてながら、12番目の参加者が登場した。
「きゃっ!」
悲鳴じみた声をあげたのは、キレイめファッションの女性である。
「はあ? 何なの?」
疑問の声をあげたのは、派手なメイクの女性である。
「いつからここはコスプレ大会の会場になったんだよ!」
明後日の方を向きながら毒づいたのは、またしてもあの栗色の髪の男である。
室内にいた人間が今までにない様々な反応を示したのには、しかし、それなりの理由があった。
レストランに入ってきたその人物は、顔中に真っ白い包帯を巻いていたのである。俗に言う、ミイラ男の状態であった。目と鼻と口の部分だけが、ナイフで切り裂いたように細く開いている。むろん、表情は一切読み取れない。着ているのはどこにでも売っているような紺のビジネススーツだが、年齢は不詳である。唯一、筋肉質の体格からして男だと分かるくらいであった。
全員の視線を一身に浴びながら、その男は空いているパイプイスに当たり前のように座った。
これで残りのイスは一脚。
テレビ画面の時間表示が1分を切ったところで、外から走ってくる音が聞こえてきた。どうやら、13人目の参加者がようやくレストランに到着したらしい。
「いやー、遅れた遅れた。遅刻したかと思ったぜ」
額に浮き出た汗をぬぐいながら入ってきたのは──30代半ばと思われる男性。青のチェック柄のシャツを、しっかりとジーパンにインした装い。頭にはなぜかピンクのバンダナが巻かれている。そして、極め付けがシャツの上に着ているピンクのド派手なジャンパーだった。胸には何かの名称とおぼしき、アルファベットの刺繍が施されている。アイドルのおっかけ、もしくはアイドルオタクと思われた。
「えーと、ここに勝手に座っちゃっていいのかな?」
男は最後まで空いていたスオウの左隣のパイプイスに座った。
最後の最後にまた強烈なキャラクターの人間が来たなあ。ある意味、この中で一番最強のキャラかもしれないな。まあ、とにもかくにも、これで今夜のゲームに参加する13人の人間が集まったことだし、いよいよこれからゲームが始まるんだろうな。
スオウが心中で予想していた、まさにその時――。
テレビに映し出されていた文字が消えた。同時に、残り時間の表示も消える。
スオウを含めてホールにいる全員がテレビの画面に視線を振り向けた。
「やっと何かが始まるみたいだね」
スオウの右隣に座るイツカが早口で囁いた。
「ああ、いよいよここから本番だな」
スオウは緊張混じりの声で答えた。
「えっ? 何が始まるんだ? 何が本番だって? 今来たばかりで何も分からないんだけどさ。なあ、誰かオレに説明してくれよ?」
キョロキョロと室内を見回しているアイドルオタクの男に対して、もちろん、返答する者は誰もいなかった。
時刻は19時00分。ゲーム開始まで――あと0分。
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